仮面ライダーフォーゼ サンシャインキターッ!   作:高砂 真司

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 はじめまして。東京の新天ノ川学園高校から来た、如月弦太朗だ。基本的にみんなとは生徒指導や進路相談なんかで会うことになる。休みの先生の代打で教壇に立つこともあるから、そんときはよろしく。だいたい職員室、放課後は生徒指導室にいるから、声かけてくれ。

 早速だが、みんなには夢があるか? 俺の夢は、宇宙中のやつら全員と友達になることだ。宇宙中ってのはあれだぞ。この浦の星の教師も、生徒も、内浦の人たちも、それからどっかにいるはずの宇宙人とかもだ。この宇宙にダチになれないやつはいねぇ。俺はそう思ってる。
 馬鹿馬鹿しいって思うかもしれない。それでも俺は夢の可能性を、ダチの力ってのを信じてる。心の通い合った本当のダチってのは、どんな逆境だって跳ね返す奇跡を起こす。実際、俺はこれまで数え切れないくらい助けられた。
 今日はこの場を借りて、みんなにある言葉を届けたいと思う。これは俺の親友の、亡くなった親父さんが残した言葉だ。

“宇宙を掴む若者達へ。宇宙は一人では挑めない。互いを信じて、手を繋げ。最後に不可能を越えるのは、人間同士の絆”

 諦められないなら、どんな無茶な夢でも挑戦してほしい。困ったことがあったら頼ってほしい。繋がりあって奇跡を起こせる、そんな絆を育める青春を送ってほしい。奇跡なんか起きないって思うな。信じるだけじゃ奇跡は起こせねぇが、信じてやんなきゃ奇跡は起きねぇ。だってみんなには、無限の可能性があるんだから。

 お前ら、これからよろしくな!


第2話 転・校・生・徒

 積み上げてきた練習の日々も、所詮は砂の城でしかないと気づかされる。砂浜に築いた王国も、寄せては返す波に飲まれ更地に戻されてしまうのだから。たった一人の努力でその波を抑えることができるだろうか? 波に打たれても城が崩されずに済む方法はあるのだろうか? 考えたところで答えはでない。優しい少女は、誰に頼ることもできず答えを出せない。だから、ここにいるのだ。

 拍手に囲まれ鍵盤に手を添えるも、指は動かない。弾かなくてはいけない。弾けなくてはいけない。打ち寄せる波は戸惑いとざわめきの濁流になって王国を飲み込もうとする。自分の城を守ろうと身一つを壁にしようとも、孤独な力では抗うことすら許されない。聴衆の期待という波が、王国のみならず大切な城さえも削り取ろうと激しく打ち付けてくる。

 

 弾けない。

 出来ない。

 

 わかってしまった。指一つ満足に動かせない重荷が、重圧が、全身にのしかかるのが。聴衆からの、周囲からの、他人からの、友人からのプレッシャー。できなくてはいけない、弾けなくてはいけないという自分自身のプレッシャー。すべての期待を飲み込もうとし、そして無惨にも押し潰されてしまった優しい少女は、波に押されて城もろとも崩れ去り、辛うじて残った砂の塊とともにただ静かに蓋を閉じるしかなかった。崩れ去った心を支えるものはなにもない。過去から鳴り響く旋律は、優しい少女を縛り付ける呪いの鎖へと変化してしまった。

 

 そんなときだった。

 

 “御守り”を手にしたのは。

 

 御守りをくれた女性は、とても美しかった。惹き付けるような仕草も、美貌も、大切なものが破片しか残っていない少女にとって羨ましい限りだった。彼女は言った。

 

 期待は雑音である、と。

 周りは雑音である、と。

 邪魔物は全て雑音である、と。

 雑音を全て消し去ってこそ自分の奏でたい音が出せるのだ、と。

 雑音を消さなければ美しい音色は描けないのだ、と。

 雑音を黙らせる力が御守りにはあるのだ、と。

 自分という殻を破るための御守りだ、と

 

 しかし、少女には雑音を黙らせることなどできはしなかった。そんな残忍で、残酷な選択ができるような人間ではなかった。だから、優しい少女は雑音から遠ざかることを決めた。

 そのとき、御守りはただの御守りになるーーーはずだった。

 

「星に、願いを」

 

 美しい女は、微笑みながらそう言った。

 

 

∝∝∝∝∝

 

 

『バガミールの昨日の記録を確認した。遠望京はテレスコープ、望遠鏡座のゾディアーツだ』

 

 NSマグフォンの向こう側、賢吾は開口一番にそう言った。フードロイドを足元で遊ばせている弦太朗は、登校してくる生徒たちを屋上から眺めつつ缶コーヒーに口をつける。

 

「望遠鏡座か。他に何かわかることとか無いか?」

 

『スイッチャー本人に関してはJKからの返答待ちだ。ゾディアーツについてだが、解析結果はなかなか興味深いものだった。君の意見が聞きたいんだが、すまないがこっちも今立て込んでいるんだ。今晩でも構わないか?』

 

「俺も仕事だから別にいいけどよ。何かあったのか?」

 

 口をついて出た疑問だった。何事も要領よくこなす親友にしては、何かを後回しにするということが珍しかったからだ。トラブルかと思われたが、返ってきた言葉に心配が杞憂であることがわかった。

 

『今から地方に出張なんだ。仕事が溜まっていたからな。意見交換と会食を繰り返したら、週末からは地方の大学で海洋研究に協力することになっている』

 

「大変だな。でも、賢吾って確かコズミックエナジーの研究してただろ? なんで海?」

 

『光の届かない深海での生物に対するコズミックエナジーの影響、が研究テーマらしい。地元の水族館やダイバーたちとも連携をとって行うと聞いている。ちょっと待ってくれ』

 

 そう言うと、電話の向こうで誰か知らない声とのやり取りが聞こえる。一言二言ほどの聞き取れない会話のあと、賢吾は弦太朗にこう告げた。

 

『すまない、そろそろ新幹線の時間だ。夜までに動きがあればまた連絡をくれ』

 

「わかった。任せとけ」

 

 見えはしないだろうが、胸を叩いて自分を鼓舞する。手持ちの情報は少ないが、昨日の戦いで手応えはあった。しかしそんな考えはお見通しだったのか、賢吾は真剣な声色でそれと、と付け足した。

 

『最後に。君はまだフォーゼに変身できない。生身でゾディアーツに挑むのは危険だ。だから次に遭遇しても戦わず逃げろ。そのためのフードロイドでもある。いいな?』

 

 その言葉に、弦太朗は返答が詰まる。きっといつもの調子で戦うことがわかっているのだろう。そして、だからこそ心配しているというのがわかる。親友の思いを受け取った弦太朗は、言いたいこと全てを飲み込んで頷いた。

 

「わかった、約束する。研究頑張れよ賢吾」

 

『ああ、お互いにな』

 

 通話の終わったNSマグフォンをポケットにしまい、コーヒーを一気に流し込む。時間としてはかなり早いが登校する生徒はもういないようで、早朝一番に職員室で挨拶を交わした教師の一人が門を閉じているのが見えた。誰にも見つからないようにしゃがみ、フードロイドを召集する。

 

「よし、頼んだぞお前ら」

 

 一列に並んだフードロイドに拳をぶつけ、気合いを入れていく。生徒にも教師にも見つからないように屋上から出発していく姿を見送り、空になった缶を握り潰す。ゾディアーツのこともあるが、今は教師の仕事が優先だ。リーゼントを軽く整え、自分にも切り換えの意味で気合いを入れ直す。

 

「さて。ちょっと早いが行くか」

 

 弦太朗には今日の全校集会で生徒への挨拶がある。初の母校以外の勤務ということで多少の緊張はあるものの、それ以上に楽しみが気持ちを占めていた。今年は更に転校生がいると聞かされていたので、より期待は増す。ただ一つ懸念があるとするならば、まだ理事長と顔を会わせていないということだけだった。

 

「ま、その辺は俺が気にしても仕方ねぇな」

 

 手持ちの潰した缶の所在を気にしつつ屋上からの階段を下りていると、こちらに気づかず横切っていく二人組が目に入る。教室とも体育館とも違う方向へ進んでいく後ろ姿に、弦太朗は見知った少女の影を重ねた。

 

「どこ行くんだお前ら」

 

「あ! 弦ちゃん先生! ちょうどいいところに!」

 

 振り返った千歌は弦太朗に気がつくと、パタパタと駆け寄ってくる。見て見て、と少し興奮気味に弦太朗へと突き出したのは、水も滴る申請書だった。

 

「スクールアイドル部、曜ちゃんも入ってくれるって!」

 

「初めまして! 千歌ちゃんの親友やってます、渡辺(わたなべ)(よう)です! あなたが噂の弦ちゃん先生ですね!」

 

「おう、如月弦太朗だ。よろしくな!」

 

 千歌の後ろから敬礼のポーズで現れた曜に、弦太朗は握手を求める。差し出された手に目を丸くした曜は、得意気な顔で顎に手を当てた。

 

「ほほぅ。これが千歌ちゃんの言ってた友情のシルシでありますな」

 

「なんだ、知ってんのか」

 

「はい! では僭越ながら、スクールアイドル部の結束を深めるためにも! よろしくヨーソロー!」

 

 そう言って、曜は弦太朗の手を固く握り返す。刻んでいく友情のシルシを見届けた千歌は、ヨーソローと敬礼しあう二人を背に高らかに宣言した。

 

「よーしっ! メンバーも揃ったことだし、スクールアイドル部発足に向けて全速前進だー!」

 

「残り三人の当てはあるのか?」

 

「ありません! でも、生徒会長にこの熱意が伝わればきっとわかってもらえると思うんです! あの人たちも歌ってました! 諦めちゃダメなんだって!」

 

 教師相手に規定違反を堂々と宣言する千歌に、曜はしまったという顔をした。本人が友達と言っても教師は教師。流石にまずかったのではと隣の弦太朗を横目で確認すると、曜の考えとは裏腹に彼はわなわなと肩を震わせていた。悲しいことに弦太朗の手にあったスチール缶は微かな悲鳴とともに痩せ細っている。その震えが怒りなどではないと気づいたとき、親友は静かに肩を掴まれていた。

 

「千歌。お前の熱い思い、十分伝わった」

 

「……」

 

「だから俺は! 今! 猛烈に感動している!」

 

「……! 弦ちゃん先生!」

 

「思いは青春のガソリンだ! 一度入っちまえば、どこまででも走れる! それが青春ってもんだ!!」

 

「はい! 私もそう思います!!」

 

「よし、諦められねぇその熱い思い。ぶつけるぞ! 生徒会へ殴り込みだ!」

 

「はい!」

 

 二人揃って胸を二回叩く。廊下の先を指さす二人の目には、燃える闘志と見えぬ生徒会長を映していた。

 

「如月弦太朗!」「高海千歌!」

「「タイマン張らせてもらうぜ!」」

 

「いや、三人で行くからタイマンじゃないですよねー、なんて」

 

「行くぞォォ!」

「うおー!」

 

 一人冷静になってしまった曜の、控え目なツッコミは耳に入っていないのようで。数世代前の熱血青春ドラマのような空気を残して、二人は廊下を全力疾走していく。なんというか、一人だけ時代の波にも乗り遅れた曜は、少し寂しいながらも保護者のような気分で二人の背中を追っていった。

 

(ていうか先生、スチール缶あそこまで握り潰すってすごい握力してるんだな……)

 

 

∝∝∝∝∝

 

 

「よくこれでもう一度持ってこようと思いましたわね」

 

 机の上を濡らす申請書は、怒りが臨界点に達しつつあるダイヤに睨まれて居心地が悪そうにしなだれていた。目を見れば、眉がピクピクとひきつっているのがわかる。何となくそんな気がしていた曜はやっぱり、と不格好な愛想笑いを浮かべているが、あとの二人はやはり違っていた。

 

「生徒会長は私の根性を試しているんじゃないかと思って!」

 

「この思いをぶつければ、ダイヤにも千歌の本気をわかってもらえると思ってな!」

 

「そんなわけないでしょう……」

 

 室内温度を一、二度上昇させる千歌と弦太朗の熱気に、怒りが一周回ったダイヤは気を落ち着けるため、眉間を押さえて深い深い溜め息を吐いた。漏れ出る苦労人の雰囲気が、スクールアイドル部サイドで唯一冷静な曜の同情を誘う。それほどまでにダイヤの二人を捉える半眼は、底無しの阿呆を見るような目付きをしていた。

 

「人数云々は言わずもがな。それを除いても、スクールアイドル部は認められないと前に伝えたはずですが?」

 

「どうしてですか!」

 

「それをあなた方に言う必要はありません」

 

「なんでです!」

 

「なんでもです」

 

 納得のいかない千歌は膨れっ面でキャンキャンと噛みつくも、ダイヤは子犬が吠えている程度の扱いで適当にあしらっている。そんな子どもと大人の争いを眺める曜は、気づけば同じく一歩離れた位置にいる弦太朗にそっと耳打ちをした。

 

「止めなくていいんですか?」

 

「ぶつかり合って互いを認め合う。青春には付きもんだろ。それに割って入るなんて野暮なことしねぇよ」

 

「は、はあ……」

 

「それに、これでダイヤが腹割ってくれりゃいいんだけどな」

 

「?」

 

 首を傾げる曜の隣で傍観者に徹底する弦太朗。淡く願いつつも物事はそう上手くはいかないようで、腹を割るどころか二人の溝は徐々に広がっているようにさえ思える。このままでは埒があかないと判断したのか、ダイヤは渋々といった様子で口を開いた。

 

「では仮に。やるにしても作曲はできるんですの?」

 

「「……作曲?」」

 

「スクールアイドルの祭典、ラブライブにはオリジナル曲でしか参加できない。だったよな?」

 

「スクールアイドルにとって最初の難関ですわ。よくご存じですわね、如月先生」

 

「顧問やるっつったんだ。こんくらいは勉強してるぜ」

 

「ですが、そのくらいの知識も持ち合わせていない方が、二人もいらっしゃるようですが?」

 

 話を振られ、気まずそうに弦太朗から目を逸らす千歌と曜。弦太朗は頬を緩めるがダイヤは追求の手を緩めず、口許を隠すように頬杖をつく。所謂、圧迫面接というやつだと弦太朗は悟った。

 

「どちらか作曲、もしくは楽器の心得は?」

 

「「……ありません」」

 

「話になりませんわね」

 

「で、でも! 探せば一人くらい!」

 

「一人くらい? ならその一人くらいに心当たりは?」

 

「……ない、です」

 

「曲も作れない。メンバーも集まらない。この程度のことも出来ないような熱意なら私を動かすことは、人の心を動かすことはできません。スクールアイドルは諦めなさい」

 

 鋭い言葉が千歌の胸を突き刺していく。彼女自身も反論の言葉が見つからないのか、唇を真一文字に結んでいる。今の自分だけではどうにもならない壁が、目の前に立ち塞がっていた。現実を突きつけたダイヤは、俯く千歌から目を背けるように立ち上がる。一瞬だけ覗いた苦しそうな表情が、弦太朗の目に鮮明に焼き付いた。

 

「奇跡なんていうものはいつだって、都合よく起きはしないのですから……」

 

(……? ダイヤ?)

 

 ダイヤの呟きが三人の耳に入る。しんみりとした背中が寂しそうに見えたのは、どうやら弦太朗だけではなかったらしい。俯いていた千歌ですら、不思議なものを見たような顔を上げていた。しかし誰かに声をかけられるより早く、ダイヤは三人の脇をすり抜けていく。

 

「話は終わりですわ。次は全校集会ですから、急いだ方がよろしいのでは?」

 

 去り際の気丈な台詞がどこか悲しく、三人はダイヤが消えていった扉を見つめることしかできなかった。遠ざかっていく足音を見送る千歌は、何かに突き動かされるように廊下へ飛び出した。

 

「私は諦めません! 奇跡だって、起こしてみせます! 必ず!」

 

 千歌の叫びが廊下に響き渡る。しかし、ダイヤは一度たりとも振り返ることはなかった。

 

 

∝∝∝∝∝

 

 

「どうしても作曲できる人が必要でー!」

 

「ごめんなさーい!」

 

 

 

「……一週間も何してるんでしょうね、高海さん」

 

「ははは。まあ、青春ってやつッスよ」

 

 受け持ちの授業がない教師同士、二年の体育風景を眺めながら熱いお茶をすする。歳をとった気分になるが、この落ち着いた空気というのも浦の星らしさというか、内浦らしさというか。配布用のプリントを作る手は止まるが、都会の忙しなさを忘れさせてくれるこういう時間は弦太朗にとって心地よいものになりつつあった。

 

(それにしても千歌のやつ、ダイヤとのやり取りを相当バネにしてんな)

 

 千歌の、スクールアイドル部の目の前に舞い降りた大逆転の奇跡、ピアノが弾けて作曲のできる転校生がやって来て早一週間。暇さえあれば勧誘を繰り返す彼女の姿は、職員室でも有名になりつつあった。この分ではダイヤの耳にも届いているだろうことは想像に難くない。

 

(頑なにスクールアイドルを拒絶するダイヤ。あの心を抉じ開けねぇと、作曲者が入っても創部は厳しそうだけどな)

 

 熱いお茶に再び口をつけ、そもそもその転校生に加入の意思がないことも付け加えておく。一難去ってまた一難。前途多難な千歌の夢に、応援すると背中を押した弦太朗もダチになるだけではダメな問題の解決方法を模索していた。そんな弦太朗は、隣でそわそわしている同僚の視線に気づくことはない。

 

「そ、そういえば、如月先生もいらっしゃってそろそろ一週間ですね! 歓迎会とかしようかって話が出てるんですけど、週末のご予定とかありますか……?」

 

「あー、ないっちゃないんスけど、あるっちゃあるっていうか……」

 

「?」

 

「いや、こっち来たばっかで、やることとか色々あるんスよー」

 

 町を狙う謎の怪人がいつ現れてもいいようにパトロールするんですよ、などとは流石の弦太朗も言いづらく。キョトンとした表情の同僚に、なんとか笑って誤魔化そうと下手な作り笑いで場を濁す。仕事仕事と呟いて書類作成に戻ろうとするも、脳裏に甦ったのは数日前の作戦会議だった。

 

 

 

 

『朝方に話しかけていたテレスコープの解析結果だが、その前に』

 

『遠望京ですよね。ちゃーんと調べてきましたよ、謎多き美女』

 

「頼む、JK」

 

 NSマグフォンをケーブルで繋いだバガミールが、賢吾とJKの二人を薄暗くしたホテルの壁にそれぞれ投影する。三者間のビデオ通話での情報交換に、一番に名乗りをあげたのはJKだった。

 

『株式会社リバースター社長、遠望京。年齢、血液型、出身地、家族、親しい友人、その他諸々の略歴、不明!』

 

「『不明?』」

 

 声を揃えた二人に対し、JKは両手を挙げて白紙の束を掲げる。眉を潜める先輩に、後輩は困ったように眉を垂らせた。

 

『はい。どれだけ調べても確かなものは出てきませんでした。ただ忽然と、その姿のままそこに産まれたみたいな感じで。これじゃまるで幽霊です』

 

『ふざけてるのか?』

 

『大真面目ですよ。東京の関連会社、それと俺個人の情報網全部に当たりましたけど、彼女個人についてはなーんにも得られる情報はありませんでした』

 

 でも、とJKは続ける。

 

『彼女が代表を務めるリバースターって会社。宇宙関連の機材の製造・販売を主としてるんですけど、この会社については興味が湧くと思いますよ』

 

 意味ありげな前置きをし、JKは白紙の束を後ろへと放り投げて手元から一枚のイラストを取り出した。そこに描かれているのは、人の姿をした真っ白なコスチューム。ロケットのような頭部に、顔の部分は黒貫き。両腕と両足には見覚えのある四種類のマークがあしらわれていた。よく知った姿との既視感に、弦太朗は思わず呟く。

 

「フォーゼ……?」

 

『いいえ。これは数ヵ月前、リバースターが東京で行われた新型宇宙服の選考会で発表した、オリジナルの新型宇宙服のデザインです』

 

『そんな馬鹿な! ドライバーが無いだけで、見た目は完全にフォーゼだ!』

 

『でしょ? しかもこのデザイン、描いたのは遠望京だそうです。選考会でそう発言したと関係者から。でも面白いのはここからですよ』

 

 イタズラっぽく指を振り、JKはニヤリと口角を釣り上げる。彼が画面から消えると、代わりに書き込まれたホワイトボードが現れた。声に合わせて見切れたJKの持つ指示棒がホワイトボードを指していく。

 

『リバースターが立ち上がったのは一年前。本社を沼津市に建てたのは二ヶ月前。それまでは東京の秋葉原近辺でビルの一室を借りて運営してました。で、金の出所がおかしいんですよね。銀行はどこも融資を行っていません。でも本社を沼津に建てた際、支払いは一括現金だったそうです。当時の経営状況からして、そんな金があったとは思えません』

 

『出資者がいる、ということか?』

 

『そこも不明です。でも変だと思いませんか? 名前以外何もわからない人間が、自力で宇宙関係の会社を立ち上げ、オリジナルと称してフォーゼのデザインを盗用し、本社をゾディアーツの目撃情報のある沼津に移す。さらには本人がゾディアーツになるし、謎の出資者からの莫大な援助ときた。何かあるって思うのが普通でしょ』

 

『……財団X、か?』

 

 賢吾の呟きに、弦太朗は七年前の戦いを思い出す。我望を援助し、ゾディアーツスイッチに関わっていた死の商人たちのことを。それは二人も同じだったらしく、皆が一様に険しい表情をしていた。だからこそ、弦太朗はフッと笑みを浮かべる。

 

「考えたって仕方ねぇ。あいつらとは、いつかは決着をつけなくちゃいけねぇんだからな」

 

『……それもそうだな。JK、他には?』

 

『現状での報告は以上です! もうちょっと探ってみますけどね』

 

『よし、なら次は俺だな』

 

 そう言うと、バガミールの映像に変化が現れる。二人の枠が収縮し、代わりに先日のテレスコープとの戦闘の映像が映し出された。テレスコープが地面に光弾を発射するシーンで画面が止まり、そこから弦太朗では理解不能なアルファベットの羅列が記入されていく。

 

『テレスコープの戦闘データだ。威力に加えて、射出の制度、速度、それからダスタードの腕力と脚力から概算した。こちらからのアプローチが何もなかったため装甲の固さはわからないが、結論から言おう。テレスコープは弱い』

 

「確かにダスタードは手応えなかったけどよ、どういうことだ?」

 

 弦太朗の疑問に、咳払いをした賢吾は解説を始める。

 

『まず光弾。ダスタードを召喚するためのものだろうが、幹部クラス(ホロスコープス)が腕を振るうだけで容易に行っていたものを、わざわざ弾にしている。つまりそのレベルの力量ではない証拠だ』

 

 映像は動きだし、次は弦太朗とダスタード四体との混戦の様子に切り替わる。今思い返しても、今までのダスタードの中で一番手応えのない相手だったように感じていた。が、その感想についても賢吾は補足する。

 

『そして召喚されたダスタードもこの様だ。例えるなら無尽蔵に体力のあるゴロツキレベルだな。ゾディアーツとしては論外だ』

 

『そこまで言っちゃいます?』

 

 苦笑いを浮かべて少し同情を見せるJKに、賢吾は真剣な表情で画面を操作する。四体のダスタードとテレスコープが画面に並び、またアルファベットが羅列されていく。答えない賢吾は、腑に落ちない様子で息を吐いた。

 

『だが、このテレスコープはゾディアーツとして例外過ぎる』

 

「例外?」

 

『力は弱い。恐らく望遠鏡座の特性は戦闘能力ではなく、羅針盤座のピクシスのような特殊能力に傾倒するゾディアーツのはずだ』

 

「牧瀬か。なら、他人の星を見るってのがそれか。確か天高って、理事長がホロスコープスを覚醒させるために建てた学校だったよな?」

 

『ザ・ホールの影響下なら降り注ぐコズミックエナジーへの耐性がつき、人間の許容量も比例していく。ゾディアーツを量産するには効果的だ。スイッチでチャンネルを開いても、コズミックエナジーを受信する人間が耐えられなければゾディアーツにはなれないからな。朔田の親友、二郎君が例だ』

 

『ゾディアーツになれるかなれないか、さらにどんなゾディアーツになれるか確実に当てられるってことですよね。確かにチートっぽいですけど、ホロスコープスを探してる訳じゃないし意味ありますか? 例外過ぎるってほどじゃないでしょ』

 

『テレスコープの内包するコズミックエナジーが、我望の変身したサジタリウスを優に越えている、と言ってもか?』

 

「『え?』」

 

 賢吾の一言に、次は弦太朗とJKの声が重なる。疑問符を飛ばす二人を置いて、賢吾も納得できないように続けた。

 

『俺はゾディアーツスイッチに一番関わっていた我望が人間の許容量の限界だと思っていた。膨大な量のコズミックエナジーを直接攻撃力に転換できるんだ、最強のゾディアーツと言っても過言じゃない。しかし、それを越えるテレスコープは観測してきた中で最弱の存在だ。訳がわからん』

『影響を受けたダスタードも耐久値だけが異様に高い。復帰能力に注目すればゾンビといった方がいいかもしれないな。受けたダメージや消耗した体力をすぐさまコズミックエナジーで補っている。まるでテレスコープ自身が無限にコズミックエナジーを生成しているようだ』

 

『実際そうだったりして』

 

『それはありえない。スイッチはコズミックエナジーを物質化するキーでしかない。コズミックエナジーを生成することができるなら、我望は天高を建てるなんて回りくどいことはしていなかったはずだ。何かカラクリがある』

 

 

 

 

(今までで一番弱くて、一番訳わかんねぇゾディアーツか……)

 

 帰路に着こうと、バイクを停めてある校舎横の駐輪場に向かいながら頭を悩ませる。一週間も音沙汰のないテレスコープが何を考えているのか。他のゾディアーツが現れる兆候も今のところない。平和で喜ばしいことなのだが、弦太朗にはどうも何かあるとしか思えなかった。

 

「とにかく、今の俺にはパトロールくらいしかできることはねぇな」

 

 バイクに跨がり、ヘルメットを被ろうとしたときだった。

 

 

「きゃっ!」

 

 

 駐輪場から更に奥の方で悲鳴に近い声が聞こえた。ヘルメットを投げ捨てた弦太朗は素早く駆け出し、声の主へと急行する。思い起こされるのは遠望の言った大虐殺を予感させる言葉。頭に浮かぶだけで気が焦る。

 

「どうした!?」

 

 角を曲がった校舎裏。無事であってほしいと願い、強ばる弦太朗の目に飛び込んできたのはーーー

 

「いたた……。あれ? 弦ちゃん先生?」

 

 ーーー地面に転がるハンバーガーと、頭の天辺を押さえて座り込む千歌の姿だった。あまりの拍子抜けっぷりに、肩の力が抜けるのがわかる。ゾディアーツの襲撃でなかったことに胸を撫で下ろした弦太朗は、落ち着きを取り戻して尋ねた。

 

「こんなとこで何してんだ?」

 

「いやー、帰りにもう一押し桜内さんを勧誘しようと探してたんだけど、何かハンバーガーが降ってきて……」

 

 たはは、と頭を擦る千歌を背に、見覚えのありすぎるハンバーガーを手に取る。背面部に刺さったカメラスイッチを抜き取って確信した。これは、なんとかして誤魔化さなければならないと。後ろ手にフードモードのバガミールを隠し、弦太朗はできる限りの笑顔を作った。

 

「ま、まあ、空からハンバーガーが降ってくる日もあるよな! 保健室行くか?」

 

「いや、大丈夫だけど……。それって弦ちゃん先生の?」

 

「い、いや? 違うぞ? まあこれは俺が持ち主を探して返しておくから、任せとけ。な?」

 

 はははと笑うも誤魔化しきれず、何となく冷めた目で見られる。どうしたものかと考え、そういえばと思い出したように千歌に尋ねた。

 

「梨子の勧誘は順調なのか?」

 

「え? うーん、もうちょっと、って言いたいんだけど……」

 

「自信なさげだな」

 

 弦太朗の言葉に、千歌は少し視線を下げる。

 

「桜内さんにね、言われちゃったんだ。やらなきゃいけないことがあるからごめんなさい、って。今は雑音に構ってる暇はないからって……」

 

 語尾が尻すぼみに弱くなっていく。自分の夢を雑音呼ばわりされたのだ、誰だって気持ちが滅入るだろう。悔しそうに握る手に、力が込められているのがわかる。一歩進むごとに増えていく壁は、打ち破るには堅すぎるようだ。ふと、弦太朗は疑問に思っていたことを口にする。

 

「気になってたんだけどよ。なんで梨子のこと、桜内さんって呼んでんだ?」

 

「え? だって、まだ全然仲良くないし、下の名前で呼ぶの嫌がるかなって……」

 

「ああ、なるほど。そういうことか……」

 

 一枚目の壁を破る取っ掛かりが、見えた気がした。

 

「なあ、千歌の好きなものってなんだ?」

 

「好きなもの? えっと、みかんかな?」

 

 唐突な質問に、千歌は不思議そうな顔で答える。対して弦太朗は納得したように首を縦に振った。

 

「じゃあ質問だ。千歌がどうしようもない理由で都会に転校したとしよう。周りの人間がどんなヤツかわからねぇその学校で、ダチでもねぇやつが、“高海さん! 美味しいみかんを作る園芸部に入りませんか!”って勧誘してきたら、千歌はどうする?」

 

「……困る、かな」

 

 質問の意味を察したのだろう。千歌の表情がより暗くなる。諦めた方がいいのか、そんな気持ちが心の中で渦を巻く。

 でもよ、と弦太朗は続けた。

 

「ダチならどうだ? 例えば曜が本当に困ってるって知ったら」

 

「もちろん助けるよ! 曜ちゃんが困ってるなら私……!」

 

 弦太朗の言わんとしていることが伝わったのだろう。暗くなっていたのが、光明が差したように開けた表情になっていく。その変化を見た弦太朗は、優しく語りかけた。

 

「勧誘の前に、まずはダチになること。今見えてないものも、通じ合えば見えてくる。梨子のやらなきゃいけないことってのも、理解できるんじゃねぇかな。そうすりゃ千歌が困ってることもわかってもらえる」

 

「で、でも。下心あるって思われて、友達にもなれなかったら……」

 

「千歌は下心しかねぇのか?」

 

「そんなわけない! 私、桜内さんと、梨子ちゃんと仲良くなりたい! これは作曲ができるからとか、そんなの関係なく!」

 

「ならその気持ちをぶつけろ。信じてくれねぇなら、信じてくれるまでぶつけるんだ。真っ直ぐな思いはみんなを結ぶ。ダチになりてぇって思いは絶対に裏切らねぇ」

 

 胸を二回叩いて千歌を鼓舞する。ニカッと快活な笑みを見せる弦太朗は、目線を合わせて千歌の頭をポンポンと撫でた。

 

「まずは友達から。梨子のことを知って、自分のことを知ってもらう。それで断られたら、梨子が今やりたいことはそれだけ大事だってことだ。そうすると諦めるしかねぇけどな」

 

「……それでもいい。私、自分のことばっかり考えてて、梨子ちゃんのこと考えてなかった。大事なこと忘れてたよ」

 

 立ち上がった千歌の目は力強く、吹っ切れたような表情を浮かべる。なんというか、素直に眩しいと弦太朗は感じた。

 

「スクールアイドルは皆を笑顔にする。だから、梨子ちゃんを笑顔にしてあげるんだ。これから同じ学校で過ごす仲間なんだもん!」

 

「よし、その意気だ!」

 

「ありがとね、弦ちゃん先生!」

 

「おう。気を付けて帰れよ」

 

 じゃーねー! と走り去っていく千歌を見届けて、弦太朗は一人考える。これだけ千歌に言っておいても、きっと梨子の加入という話はダチになるだけではダメな問題のはずだ。それでも、ダチにならないと何も始まらない。

 

「あれだけ偉そうに演説しておきながら、俺も大事なこと忘れてたな」

 

 どんなことも、ダチからもらった思いと力で解決してきた。どんな苦境も、絶体絶命のピンチも、心を一つにして、支えられて今がある。大人になって忘れそうになっていたことを、見失いそうになっていたことを思い出せた。込み上げてくる熱い何かが、弦太朗の顔を綻ばせる。

 

「まずはダチになる。じゃなきゃ、ダイヤの抱える問題がわかるわけねぇよな」

 

 この熱い何かを一言で表すことはできない。それでも、この気持ちが弦太朗に力をくれているのはわかった。




 海を一人眺める少女は、今しがた別れたばかりの“友達”のことを思い出す。

 内浦に来て自分が初めて話した同年代。
 崩れ行く自分を凄いと言ってくれた少女。
 寄せ集めの成れの果てとなった自分を、必要としてくれた人。
 拒絶する自分を受け入れてくれた彼女。

 こんな私に、まずは友達になろうと笑ってくれた女の子。

(高海……千歌ちゃん)

 桜内梨子は、ただ波の音に耳を傾ける。欲しても決して聴くことができない海の音を探して。雑音の中に眠る、自分の音を探して。友情のシルシを刻んだ手の中には、すがるように握られた気味の悪い“御守り”が顔を覗かせていた。

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