仮面ライダーフォーゼ サンシャインキターッ! 作:高砂 真司
「なんだ」
「生徒の前であんだけカッコつけてドライバー捨てちまった手前、今更二号機作るってのもなぁ、なんて……」
「フォーゼドライバーは父さんがアストロスイッチからコズミックエナジーを安全にマテリアライズするために発明したクッション兼ブーストシステムだ。この先コズミックエナジーを研究していくには宇宙に行かなくてはならない。そのためにもフォーゼは必要になる。別に君がフォーゼに変身するために使わなければ問題はないだろ」
「いや、理屈じゃそうなんだろうけどよ……」
「それとも何か? アストロスイッチのチャンネル開放率を上げてゾディアーツのようなニュークリーチャーになれと? 体の負担が大きくスイッチャーが死にかねない危険極ま「わーかった! わかったから! 捨てた俺が悪かった! 協力させていただきます!」
「わかればいい。そもそもフォーゼドライバーの負担にも耐え、アストロスイッチの力を引き出せた適合者は現在地球上で君だけだ。ラビットハッチは崩壊してデータは残っていない。父さんが研究していたコアスイッチもない。君の協力なしに二代目フォーゼドライバーの完成は不可能なんだ」
「……わかってるよ。ダチの頼みだ。自分のケツくらい自分で拭く!」
((でもこのやり取り、今ので何回目だ……?))
「転勤? 三月も終わりのこの時期にか。えらく急な話だな」
「決定じゃないんだけどよ。俺さえよければ、って理事長がさ」
着崩したスーツ姿の青年は空を仰いだ。視界いっぱいの青と、舞い始めた桜の花びらが到来する季節を告げている。春休みに入って休講中だからか、それとも時間帯か。人影の無い大学の中庭に吹く風は、早朝ということもあっていつもより澄んでいるように感じた。
しかし晴れやかな天気模様とは真逆で、青年の声は湿っぽい。トレードマークのリーゼントも心なしか力がないように思える。二年ですっかり通い馴れたベンチに腰を掛ける彼は、顔を真上に向けたまま言葉を続けた。
「理事長の娘さんが転勤予定の浦の星って学校で理事長になるんだと。だから、君のように真っ直ぐな教師に見ていてほしいって言われた」
「なんだ引き抜きか。たしか新理事長は
心配して損した。そう言いたげな声色で、話し相手の白衣の青年は笑う。缶のプルタブを開けた彼は、隣の悩める親友を横目にブラックコーヒーを流し込んだ。大人になって覚えた苦味が口一杯に広がり、夢心地な徹夜明けの目を覚ます。彼は懐からもう一本同じコーヒーを出すと、そっと悩める親友の隣に置いた。
「てっきり、君の非常識さに愛想をつかしたのかと思ったよ」
「そんなわけないだろ。理事長だって俺のダチだ。俺はダチの嫌がることはしねぇ」
「……やっぱり変わらないな、君は」
クスッと笑う青年は、上司をダチだと言い切る親友に安堵を覚える。こんな彼だからこそ、きっと理事長とやらも目をつけたのだろう。親友のような生き方を羨ましく思えると同時に、そんな彼の親友でいられる自分を誇らしく思う。
黙って考える親友に、青年は柔らかく訊ねた。
「君はどうしたいんだ?」
その問いに考えを巡らせる。リーゼントの青年は、纏まらない思考をポツポツと吐き出し始めた。
「必要とされてるなら何かしたい。大杉先生も校長も、いい経験になるって言ってくれた。生徒も概ね送り出してくれるみたいだ。ミヨッペも三郎も、これからは自分たちが天高を守るって張り切ってた。ダチの言うことだ、安心して任せられる」
「でも、部員の少ない宇宙仮面ライダー部のこともある。三郎たちも三年になったことだし少年同盟も見届けたい。他の生徒たちのことも気になる。お世話になった先生方もいる。それに……」
「それに?」
「……俺たちの思い出が詰まった天高を離れるってのが、少し寂しい」
そう言った彼の横顔は、青年に七年も前のことを思い出させるには十分だった。別れが辛く、心細く、それでも泣きながら送り出そうとしてくれたあの日を。
「なあ
あの思いを返すのは、今だと感じた。
「……君のやりたいようにすればいいさ」
賢吾と呼ばれた青年は立ち上がり、飲み干した缶を近くのゴミ箱に放り込む。その姿を見つめる親友に、賢吾は笑顔を向けた。
「別れは心の骨折だ。今は痛いが、治ればもっと強くなる。だろ?」
賢吾は胸を二回叩くと、指をまっすぐ、力強く親友に向ける。その笑みは、彼の中で燻っていた何かを突き動かした。
「別に一生会えなくなるわけじゃない。寂しくても、離れても、君と繋いだ俺たちの絆は切れやしない。天高での思い出も無くなるわけじゃない。ダチが困れば何処へだって駆けつける」
すっと、指していた手を開く。握手を催促しながら、賢吾は続けた。
「君は宇宙人とも、機械とも友達になる男、
「賢吾……」
弦太朗は立ち上がると賢吾の差し出した手を掴む。握手、拳を重ねて、友情のシルシ。お互いの拳を突いたとき、弦太朗はいつものように快晴の笑みを浮かべた。
「ありがとよ賢吾。お陰で前に走れそうだ」
「そうか。ならよかった」
よし、と気合いを入れた弦太朗はリーゼントを整え直してベンチに置かれた缶コーヒーを勢いよく飲み干す。眉間にシワを寄せ、この上なく厳しい表情を作る弦太朗は、缶を握りつぶすとゴミ箱へと投げ込んだ。カランと軽い音が響く中庭で、大きな息を吸ってありったけの声で叫ぶ。自分の中で、ケジメをつけるために。
「苦さは別れの悲しみだ! 涙も一緒に飲みこんじまえばわけはねぇ! 今日辛い別れがあるなら、明日は新しい出会いがある!」
二度大きく自分の頬を叩き、目を大きく開く。真っ赤な手形の残る顔は、知り合ったときから変わらない笑顔を咲かせていた。
「待ってろよ沼津! 俺は沼津の連中全員と友達になる男。如月弦太朗だーーッ!」
真っ直ぐに太陽へと向けた目には、まだ見たことのない夢の軌道が映っていた。
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疎らな人波。広いバスターミナル。何もかもが東京都は違う街。
駅中で売られていた静岡限定のっぽパンを飲み下し、新天地に降り立った弦太朗の第一声はお決まりのものだった。
「沼津キターーーッ!」
駅前で大きく腕を上げ叫ぶ。登山家のような大きなリュック、トレードマークのリーゼントはお馴染みで、道行く人から奇異の目を向けられても一切気にしない図太い精神は今日も絶好調だ。
「さて、こっからどうすっかな」
バス停のベンチに腰を落ち着かせ、持ってきた沼津の地図を広げた。一応、急な転勤だったために小原理事長からは仮住まいとしてホテルを用意されている。そこまでの経路を地図で辿ると、かなり時間はありそうだった。日付も学校やらの挨拶があるため二日と余裕をもってやって来ている。
なので。
「ま、とにかく腹ごしらえからか」
早々に地図を畳んだ弦太朗は、リュックから貰い物の観光雑誌を取り出す。転校を繰り返していた学生時代を思い出し、久々の転居に心を踊らせる姿は友人たちに見られれば変わってないと言われることだろう。パラパラと雑誌を捲っていると、不意に一通の封筒が落ちた。
「あ、これ
拾い上げて、親友と話したあとのことを思い出す。
各先生への挨拶回り、生徒たちへの感謝の言葉、そして仮面ライダー部の仲間たちに新天ノ川学園高校を離れるということを伝え回った。その時のJKの言葉を回想して、神妙な面持ちになる。
『いいっすね沼津! きれいな海、山、旨い海産物! ……でも気を付けてくださいよ。最近その沼津で、被害こそ出てないもののゾディアーツらしき姿が目撃されてます。これも弦太朗さんの、いや、仮面ライダーの運命ってやつなんすかねー』
「仮面ライダーの運命、か」
何故か悪い気はしなかった。その運命で救える人がいるのなら、弦太朗としては諸手を挙げて喜ぶべきだと思えたからだ。立ち上がった弦太朗は、挑戦的に口角を吊り上げた。
「なら俺は運命とさえも友達になる男。どんなことが起こるかわからねぇが、楽しみだぜ!」
二回胸を叩き、真っ直ぐに空を指す。空は、今日も快晴だった。
「お疲れですね、
「君か。……見ての通りだ。これで三徹目だが、全く形にならない」
「フォーゼシステム、でしたっけ。基盤のドライバーとスイッチは完成してるんですよね」
「ああ、そっちはもうとっくに。だがコズミックエナジーの伝達が悪すぎる。これではフォーゼになるどころかモジュールを展開するのも不可能だ」
「何か足りないってことでしょうか?」
「その何かが分かれば苦労はしないんだがな……」
(父さん。俺にはいったい、何が足りないっていうんだ……?)