叙事詩の悪に私はなる!   作:小森朔

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これでこの話は最後。
ちょこっとモブ召使いさんの名前も出てきます。


星色の髪の乙女(仮) その3

「君の名前を教えてください」

 

 とんでもない爆弾を落とされた気がした。

 まてまて、まずヒジュラに興味を持つようなやつじゃないだろうお前は。というかこういうのに気をかけると色々面倒だから普通なら名前を問いかけるようなこともしないだろう。パーンダヴァは「正しい存在」側の男なんだから。

 

 しかし私は立場が弱いのである。どう切り返したものか。

 

「僕の名前は貴方にはあげない。王様にも。大事にしてるから」

 

 ようやく思いついた返答は相当不敬だけど、王相手でも誰にも言わないってところで一貫させてるからな。文句は言わせない。

 してやったりっと多分顔に出てると思うけど言ってやれば、分かりやすく嫌な顔をされた。ざまあみろ、簡単に教えてやるもんか。と言うかヒジュラの名前全く決めてないから教えようも何もないんだけども。

 

「じゃあ、なんと呼べばいいんですか」

 

 あ、なんか怒ってる。声色からわかるけどすごく苛立ってる。これ確か私がビーマを河に突き落としたときと同じトーンだ。

 

 また頭をフル回転させていると懐かしいアニソンが脳内で流れ始めた。某超時空シンデレラが歌う青い青い旅路のアレだ。私の名前を一つあげるってやつだ。いや、私はあげないけど。

 

 そっか、そうだ、それでいこう。

「じゃあ、貴方の言葉をひとつ頂戴。それが貴方といるときの僕の名前」

「私の言葉……」

 

 これならさっきの私の発言でささくれた自尊心をケアしつつ質問も満たせているだろう。

 噛みしめるというか、ちゃんと咀嚼して意味を飲み込もうとしてるみたいに反復するアルジュナに笑いそうになる。

 図体でかくて声変わりしたぐらいの年のくせに子供じゃないか。

 

 ……いや、この年だとまだ子供なんだ。それでも、滅ぼそうとしている側の神の力も強まってるし、子供でいられない頃になってるんだ。声変わりしたならもうそろそろ元服もするだろう。

 そう考えてようやく気付いた。こいつもだけど、コイツの兄弟のあいつらも子供でいることを許されてないんだ。子供という概念がまだ完成していない、大人と小さな大人で出来てる、そういう時代だからってのもある。けど、それでも子供に背負わす分には相当酷なことだ。

 私は敵対しているときは絶対に宿敵としてあいつらは殺そうと思うし、行動する。

 でも、それが関係ないヒジュラの私は、どちらかと言うと中の人そのままの私はこの子供に同情する。子供を育む者になりたかったから、そう思うんだろう。カウラヴァとしての私なら絶対に、考えかけた瞬間に捨てている感情だ。

 

 それなら、私はヒジュラとしての私に名前が必要だ。ドゥリーヨダナじゃない視点を持ってる役割にドゥリーヨダナと名付ける(ラベリングする)訳にはいかない。

 

「カウムディー。君は月光(カウムディー)だ」

「カウムディーか。なら貴方と居るときはそう呼んでください」

 

 髪の色から来てるんだろうと思うけど、なかなかいい愛称を貰った。あとでターラーにも伝えておこう。

 

 ターラーは、この髪の提供者のあの子だ。

 君の髪の毛をアルジュナ王子が素敵な色に例えてたって。ターラーも恋とかする年頃だからそういうことを言ってくれる人が結構いるって知ってると結構心持ちが変わるんじゃないかと思う。会ったときに髪を褒めたらブンブン頭を振って否定されたから。積極的にダシにする所存だ。

 

「カウムディー、いつか、あなたの名前を教えて下さい」

「えぇー……わかった。いつか貴方が英雄になったら教えてあげます」

 面倒なことばかり言う彼に何度目かわからなくなってきたけど、はぐらかす。

「なら、すぐにでも立派になりますから教えてくださいね、カウムディー」

 一番うまくはぐらかされてくれたらしく喜んでるけど、これ死んでからしか言わねぇよってことなんだ。悪いけど、私の英雄の基準は死んだ人物だからね。

 

 

 それから、もう一度手を振りほどいて王宮に戻って、誰にも見られないようにこっそり部屋に潜り込むように入った。

 

 その途端にどっと疲れが押し寄せてきたから、これじゃヒジュラになってた意味がないなど独りごちた。王子の生活は常に公だから、個人としては自然体でいられるヒジュラをしてるのに。全くたまったものじゃない。

 控えていたターラーに衣装を脱がせてもらって、外から見えないよう布で覆った洗濯物の籠に押し込む。装飾品とカツラは誰にも知られないように箱にしまって棚の奥深くへ。竪琴は籐の籠にしまって寝台の下に。結構、バレたらめんどくさいんだなこれが。

 

「なぁ、ターラー。キミの髪の毛をアルジュナ王子が褒めたよ。月の光のようだって。

 気障なことを言ったけど、君の髪は本当にきれいだから、それは同意できる」

 ビクッとして否定しようと首を振るターラーの髪は、やっぱり月光にも見える星色の髪の毛だ。

 

「まったく、厄介だよなぁ……おっと、こちらの話だよ。ごめんな」

 

 化粧を椿油でオフしながらブチブチ文句を言っていると、不思議そうにターラーが首を傾げて、申し訳なさそうにしたから、関係ないよと謝る。

 

 自覚したくはなかったけど、ドゥリーヨダナとして生きるのを一旦やめただけで、ドゥリーヨダナに戻ったときかなり疲れると分かってしまった。

 ドゥリーヨダナでいるときの感情は確かに私のもので、中の人を圧し殺してるわけじゃない。でも中の人の感情もまだ人格の土台の部分で生きてるからストレスが大きい。パーンダヴァのアルジュナと居ても、弟に害があるのに心の底から恨みたくても恨めない。

 でも、逆にいえば恨まなくて済むから、その分ストレスが減る。弟が可愛いのは相変わらずなのに、究極的には家族以外は害があってもどうでもいい精神(スタンス)の中の人が恨まないだけでこんなに違うとは。

 人格の切り替えってこういうふうに行うんだろうか。良くわからないけどかなり差があるように思う。

 

「しばらくラサロハになるのやめよう……」

「?」

「ヒジュラとしての名前だよ。水銀(ラサロハ)。王様の毒だ。ちょうど良いと思わないか?」

 

 銀色の液体だよ、と言えば嬉しそうにターラーは笑った。どうやら同意らしい。バレたらヤバイからってのもしっかり理解してくれてるからか凄く可笑しそうだ。

 

 私の名前を彼に告げることは、きっと死んでも無いだろう。原典通りならあの世で一度会うけどね。英雄になっても、私は彼に教えてやらない。(ドゥリーヨダナ)が死ぬとき、ラサロハも死に絶えるのだから。




名前は多分合ってるはず。
主人公の言う「どうでもいい」は等しく興味が薄いということで、たまに心は動かされるけど対して気にするほど大事なものじゃないという程度。

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