叙事詩の悪に私はなる!   作:小森朔

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アルジュナ視点。
ちょっと違うかもしれないのは幼少期だからと言うことで少し口調を変えた結果です。同世代相手ならもう少し口調が砕けてるんじゃないかな。


星色の髪の乙女(仮) その2

「ヒジュラの演奏を聞いたことがない、のは分かりました。けど、貴方の身分ならいつでも聴けるでしょう?」

「でも、いつになるかわかりません。

 だから今、聞いてみたいんです」

 

 四阿の椅子に腰掛け、フラフラと足をぶらつかせながらふてくされたように言う「彼女」にどうしてもと言い募る。

 実際に聞いてみたいのは彼女の歌だ。他のヒジュラの演奏と歌はいつでも聴けるだろう。でも、彼女の歌は違う。次にいつ彼女に会えるかわからない。だから、どうしても聞いてみたかったのだ。

 

 宮殿の庭で花の枝に手を伸ばしていた彼女に声をかけたのは、勝手に庭木に手を伸ばしていたから。ただそれだけだった。

 でも、話の途中に、木に立て掛けてあった不思議な形の竪琴を見た瞬間、いつぞやに練兵場で兵士たちが話していた内容を思い出したのだ。不思議な形の竪琴で聴いたこともない演奏と歌を聴かせるヒジュラの話を。

 

 その歌は、彼女が選ぶものだが、どれも異国の響きだとか。

 その声は、低いけれど母親の子守唄のような響きがあるとか。

 その演奏は、全く聞いたことがないのに郷愁にかられるのだとか。

 

 きっと王に聴かせるためだけに招かれたのだとわかってはいても、どうしても湧き上がる好奇心には勝てない。

 葛藤をしながらも、遂には図々しくも彼に演奏と歌を聴かせろと迫ってしまった。

 ここで話すのも難だからと四阿に手を引いて連れていき、どうしてもと言葉を並べ立てた。さっきの言葉を聴くに大方納得してくれたようだが、まだ押しが足りないのだろうか。

 

「私は他でもない、君の歌を聴いてみたいんです」

「……よーし、そこまで言うなら歌ってあげましょう」

「本当に?」

 はぁっ、と大きく息を吐きだしてから彼女は私の方を見た。真っ直ぐ、貫くような強い視線だった。

「ただし一曲だけ。次が聴きたければ対価をください。安売りはしませんよ」

 まだ少しだけ眉根をひそめていたのが、竪琴の弦に指をかけた瞬間にスゥッと緩められる。竪琴に向き合う彼女は、とても優しい顔をしていた。しかし、何処かで、見たことがあるような気がする。とても似ている人を知っているような、そんな面影が濃く現れた、薄い笑み。

 

 それから奏で始められた音は思っていたよりもずっと素朴で、優しい音だった。

 聞いたことのない異国の言葉で、ゆったりとした曲調で。それは確かに、穏やかに、母親が子供に歌い聞かせるような優しい曲。何を歌っているのかわからないけれど、どこか遠いところや、遠い記憶を懐かしむような響きがある。

 

 帰りたい。住み慣れぬここではなく、慣れ親しんだ故郷へ。

 

「はい、おしまい。……って、うわ、どうしたんですか!」

 ギョッとしたような声に、彼女の顔を見下ろすと輪郭が随分ぼやけて映った。

「なにがですか」

「何がって、涙ボロボロ流して言う返事がそれ?!」

 おかしいだろ、と言外に吠えながら布を目元に当ててきた彼女に、抵抗する気力は何故か無く。

 体中の気力が抜けていって、どうにか姿勢を保っているような有様だった。それすら、背もたれがあるからできているほど。

 

「帰りたいんです」

 

 どうしようもない望みを零すと、布を当てて、あーあと呆れたような声を上げていた彼の手が一瞬こわばったのを感じた。言葉に出した途端、自分の気持ちがストンと心に落ちてくるのがわかった。

「きっと、疲れてるんですよ。疲れたら、帰りたくなるでしょう?」

「君も?」

「ええ、もちろん」

 得心がいったように彼女はそう言った。私が、疲れているのだと。

 それがどこだとは言わないけれど、きっと彼女にはわかっているんじゃないだろうか、と思わせるような口ぶりだった。

 

 確かに、周りからの期待が苦しいと思っていた。

 兄たちは当然と思っていることの一つ一つが、恐らく苦しかったのだろう。

 私は彼女が言うように、そういうものに疲れていたんだろう。

 

「僕の居場所は、遠い遠い処(この国じゃない)ですから」

 帰れる貴方が羨ましいですよ、と布を退けて笑った彼女は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

 先程までの表情をすぐに消して、彼女は竪琴を雑に抱えた。

「これにて終了!僕はそろそろ行かないと。アルジュナ様、それでは失礼!」

 

 思い切り良く言い放って、良い笑顔で颯爽と踵を返そうとしたので、慌てて彼女を引き止める。

「なんなんですか今度は」

 非常に迷惑そうに顔をしかめたのに少しだけ胸が痛む。彼女にこういう顔を向けられるのは、とても嫌な気持ちになった。他では感じなかった不快感がある。

 

 それでも、大事なことを聞きそびれていたのだ。これから彼女について知るために必要なことを。

 

「名前を」

「へ?」

 不思議そうに首を傾げる彼女に、震えを抑えられないまま、もう一度きちんと尋ねた。

 

「君の名前を教えて下さい」

 




ドゥリーヨダナが歌ったのは某アザラシの主題歌。

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