叙事詩の悪に私はなる!   作:小森朔

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ドゥリーヨダナがはっちゃける話。
何話かに分けます。


星色の髪の乙女(仮) その1

 いい加減ストレスが溜まってきたからカツラを作った。何を言ってるかさっぱりわからないと思うが私も衝動的にやったので、正直なところ自分の行動が自分でもよくわからない。

 ただ、変身願望があったんだろうな、とは、全部やってしまってから思った。服も真新しい美しい布で作った後だったから、多分そうだったんだろうとしか思えない。

 

 鏡の前に立って自分の姿を確認すると、まだ成長期に入ってないせいか違和感は特になかった。一応いい年のはずなんだけど、未だに身長は伸びないし二次性徴らしく生殖機能が完成してもいない。やっぱりおかしい存在だと笑われそうだと思ってしまって、華やかな衣装を着た直後に感じていた高揚感はたちまち萎んでしまった。鏡の中の女の子は、結婚直前の幸せな花嫁みたいな姿なのに。

 

 ベースは花嫁装束。中々いい布を惜しみなく使って、金銀の糸も使って色とりどりの刺繍を施したそれは、どこからどう見ても男が着るものではない。あと、カツラは人毛。街で髪の長い女の子から買った。時代が時代だからか、どこの街でも長くて質の良い髪の毛は絶好の売り物なのだ。

 

 「これ明らかにアルビノの髪の毛だよな?」って感じのそれは、見事なまでの星の銀色だ。しかも、ふんわりウェーブが掛かってるみたいな愛らしい天然パーマ。着ける前に結い上げて色付き水晶のビーズの髪飾りと髪紐でまとめてある。

 

 ちなみに材料はアウトカーストの女の子から買った。ついでに、本人が虐待されてるっぽかったから、その子も買い上げてきた。色白美人で、綺麗な紫色の目をした子だ。衣装の着付けはその子に手伝ってもらってやった。丁寧な作業をする子だから個人的にはとてもありがたい。

 

 売り物にするためなのか物凄くしっかりと手入れされていたその髪の毛と対象的に、その子の肌は傷や痣だらけだった。それが精神障害になったのか、宮殿に連れてきて真新しい服を着せて事情を聞こうにも話せなかった。

 連れてくるときには怯えてるから話さないのかと思ったけど、これはどう考えてもトラウマ由来だ。相当ひどいことをされたんだろう。私にも警戒してたから、多分、男に。

 

 私がこういうことをしていることにひどく驚いたみたいだけど、他の人には言えないから秘密だよ、と告げるとにっこり笑った。そのために彼女を買ったんだと了解したらしい。特に何も考えずやった割には、いい方向に転んだから満足だ。彼女はちょうど、文字もかけないし話せないからバラされる心配はない。

 自分の体が情けなくなったけど、たまにはこういうことしても怒られないよな。ドゥフシャーサナと父上には言ってあるし。

 

ーーーー

 

 「じゃあ、ちょっとうろついてくるから。お姉さんたちとご飯を食べたあと部屋に控えていて。」

 着飾った最後に、一吹きだけ自作の香水を付けてから彼女に告げると、彼女はとてもホッとしたような笑みを浮かべだ。私が着方をよくわかってないせいで結構手間取ったし、内心ヒヤヒヤしてたのかもしれない。ごめんな、と心の中で呟く。

 こくりと頷いて召使の食堂の方へ歩いていくのを見送ってから、私は宮殿の庭に出た。竪琴を抱えてから行くので、あんまり歩みは早くないけど、やることといえば夕方のオレンジ色になってる庭で歌いながら演奏するくらいなものなんだから、別にどうということはない。外に出てもいいなら、多分もっと焦って朝から出かけてるけどね。

 

 

 こうして何がなんだかわからないままに女装して自由を謳歌することになったのは、自由な日を作るならヒジュラとして過ごすようにという父の命令をちゃんと受け入れたからだと思う。女装して化粧するだけで良かったのに、なぜベストを尽くしたのかは、やっぱりまだ自分でもわからない。

 半陰陽は、本当ならヒジュラになることになってる。それをむりやり王子にしてるんだから自由な日はヒジュラとして生きて誤魔化せと父王は言った。私はまだ庇護下にあるから逆らえない。

 

 ヒジュラは半陰陽の芸能者だ。大体がどちらでもないと自覚してからカーストから外れる存在。先天的なヒジュラも、割とすぐ引き取られてそのカーストで育つんだけど、私はそうじゃない。まぁ、それも今のところの話だから、そのうち王族から外れる可能性はあるけども。

 そのヒジュラの人々は、女装して祭礼のときに演奏したり祝いだりする役割をするカースト。だから私も一応竪琴を持って庭に降りた。形ばかり、ではないように一応練習だってしてる。日本の某有名アニメの主題歌とか好きだった歌は弾けるようになった。ちょっと音は外れてるかもしれないけど、これで稼げるくらいにはオリジナリティあるものって受け取られるし大丈夫なはずだ。一度兵士の前で演奏してみたら結構な量のお捻りを貰えた。ちゃんと自力で稼げたのはその時が初めてだったから嬉しくて泣きそうになったんだよな。

 

 庭に降りると、思ってた以上に花が咲いていて香りが凄かった。柔らかい良い匂いの花だけで作った庭園でも、降り立って香りに包まれてみると圧倒される。

しばらくフラフラしてると肩の力が抜けてきて心が楽になる。結構気を張ってたんだなとその時やっと気付くほど、神経をすり減らしてたらしい。

 最近、宮殿にあの兄弟がずっといるから正直疲れ切ってたんだろう。殺されるってわかってる相手がそばにいることほど心がすり減ることって無いんじゃないだろうか。

 

 弟たちが殺されかけるたびに威嚇して、二度目が起きないようにと何度も警告して見張って、でも防げないから終わったあとに無事に生きてるのを確認してから殴り飛ばして。早く出ていってくれないだろうか、あの男ども。神の子供ならよいことをするはずなのに、私のところには厄災しか運ばれてきてないんだけど。

 まあ、私がドゥリーヨダナで、カウラヴァである限りあいつらからは厄介事しか押しつけられないんだろうな。腹立つ。

 

 

 あ、この花の香水は作れるかな。母上が好きそうな香りだ。蒸留してエッセンシャルオイルができれば長続きするんだけど。フラワーウォーターでもいいや。

 

 香水が作れる花か確認しようとして花の枝をもっと引き寄せようとした瞬間

「そこで何をしている!」

「えっ?!」

 

 パキッ

 

 背後から声がかかったせいで、思わず枝ごと花を手折ってしまった。

 

 ……どうしよう、これ桜とかみたいな下手に切ったら枯れる花木じゃないよね?もしそうだったら、早く庭師さんに頼まないと最悪枯れてしまう。

 手に持った枝を持って呆然として居ると、声の主がこちらへ駆け寄ってくるらしい足音が聞こえた。それに合わせてふつふつと苛立ちが湧いてくる。なんてタイミングが悪いやつなんだ。庭師のおじさんめちゃめちゃ良い人だから悲しい顔させるの嫌なんだけど!

 

「これは……」

「キミのせいだよ!なん、で……」

 

 腕を掴んで覗き込んで来た相手に思わず怒鳴りかけたけど、顔を見て思わず息が止まりそうになる。

 

 声を掛けたのはアルジュナだった。

 

 ウッソだろお前さっき物凄く涼やかな美声だったじゃん!

 あんな声とか確か二、三日前まで全然してなかったはずだ。まだまだ可愛らしいボーイソプラノだったろ!?こんなに一気に声変わりとかするのかよ?!

 

「いきなり声をかけたことは謝ります。ですが、許可なくうろつくことは許されません。君は何者ですか」

 花の枝を折ってしまったのが自分のせいだと気づいて謝ってくれたものの、警告はやはり怠らなかった。いや、宮殿に入れてる時点で許可は普通にもらえてるからね。そうじゃない可能性とかほとんど無い。こんな目立つ格好をして庭に降りてる奴が盗人とでも思うのかよ。

 ……なんて言えるはずもない。ヒジュラは彼らより地位が低いから、今の私は王族のアルジュナにそんな口を聞いちゃいけない。

「……僕はヒジュラ。うろつく許可だったら陛下から貰ってます」

 枝を握りしめて、正体がバレないか不安なのを悟られないよう睨めつけて言うと、こちらを見る目が大きく見開かれる。え、そんなにびっくりすることか?まさか早速バレたんじゃないよな……声はいつもより高くなるように心がけてるんだけど。顔、これバレるほど化粧下手くそなのか?

 

「何なんですか、一体」

「あ、ええと……君はヒジュラなんですか」

「でなきゃどうしてこんな派手な格好でうろつくと?」

 

 ため息混じりに問い返すと、あぁ、とか、うぅ、とか言って言葉につっかえだした。本当に何がしたいんだ、一体。

 気まずいのかモジモジしだしたアルジュナから一旦目を逸して、木の傍に立てておいた竪琴を抱え直す。これはとっとと退散したほうがいいかもしれない。

 

「もう一度聞きます。何が言いたいんですか」

 何もないなら帰るぞ、という空気を出しながら言うと、何かを決意したようにアルジュナは私をまっすぐ見た。黒い目が、星を散らしたように輝いている。

「貴方の演奏を、私に聞かせてくれませんか」

 

 

 

……はい?

 




一旦区切ります。
次はアルジュナ視点かも

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