叙事詩の悪に私はなる!   作:小森朔

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原典の邪悪に目覚めた辺りから武術大会辺りまで。
ドゥリーヨダナの世界は弟たちが中心にいる。


弟と!

私が正しいとは限らない

 

 ユユツは、私の弟の中で唯一腹違いの弟だ。割と結託していても反発することがあるとすれば真っ先にユユツがする。それは間違ってるときもあるし、正しいこともある。

「兄上、兄上は何故早く生まれたのでしょうね」

「さあなぁ、タイミング間違えて瓶割られたからな私は」

 しまった、と言いたげなユユツに早とちりがすぎるよなあと話をすれば、なんとなく先程よりは顔色が良くなったような気がした。

 

 私は特に気にしていないけど、結構この弟たちはそういうところに気を回してくれている。

「然るべき時を失敗したら、そりゃあ不吉の予兆と被りもするだろうね」

 まあ、あの後で会議を開いて、そこでも獣の鳴き声が凄かったから物凄く迷ってたみたいだけどな。この国の継承は目上のユディシュティラの方が良いって思われてるし、わざわざ私を連れてくる必要は特にないはずなんだけど、なんで筆頭王子してんだっけ……そうだ、やれること多いからだったわ。あとは大人の事情。

 

 

 投げ飛ばされて痛む肩をさすりながら、どうしようもなく恨み言が口から出て行く。そんなことをしても書類は減らないんだけどな。

「しっかしあの狼腹め、なんであの時蛇におとなしく噛まれてくれなかったんだよ……血清が取れなかったじゃないか」

「あ、やっぱり兄上の仕業だったんですね、あれって」

 やっぱり、と半笑いで告げるドゥフシャーサナに、私以外に居るわけ無いだろうと返せば、それもそうだと弟は更に笑った。

 原典では腹いせだけど、アイツが溺れ死なないの試してから簡単に死なないだろうと思って活用しようと思ったのが実際の行動だ。一応土地の蛇の血清を面倒ながら確保したくて試してみたのだ。結果は原典通りに惨敗。初めに読んだときも思ったけど、蛇の歯すら立たないってどんな皮膚してんだよアイツは。

「ああ。でもまあそれはそれでいいや。採血して分離しても人間の血液使えないってあとから気づいたから」

 ABO式にせよRh式にせよ検査のしようがないから血清打てる相手を割り出すのが大変面倒なことに、蛇をけしかけてからようやく気付いて諦めたのだ。我ながらアホとしか言いようがない。

「でも川に流した時は普通に沈んでましたよね、アレ」

「ちょっと工夫したんだ。お前は知らないでいてくれ」

 蛇をけしかける前に川に落としたときは、確か私が用意したブランデーケーキを平らげて寝こけてやがったからそのまま「女神」に祈祷して力が抜けるように仕向けた。冷静に振り返ると、結構作るの大変だったので後先考えない程度には腹が立ってたんだと思う。

 それから、あのケーキは実は彼女へのお供え用だったんだよね。だから快く酩酊時間を持続させてくれたんだ。それでわかったことだけど、あの女神様は神の介入除けだけじゃなくて、少しだけなら化身の力を削いでくれるんだと思う。お供えが出来ればの話だけど。

 でもこれは多分反則技だから使うのやめよう。人の手を借りて弟のぶんの仕返しするの、みっともないよな。できる力が私にはあるんだから、奴らは私の実力で潰すのが私なりの礼儀だ。ムカつくやつだとしても自分の流儀からは絶対外れない。私は私の決定に殉じる。

 

「でもアレの血が使えるなら血清の材料にするの結構アリじゃないかと思うんだ……」

「生かして次を取るにも量が少なすぎます。却下」

 ドゥフシャーサナには血清についての話を先にしていたから、この分野については相談できる。負担の軽減にお兄ちゃん泣きそう。

「ちぇ。じゃあ、やっぱり馬か」

「それかヤクでしょうね、兄上?」

「だろうなぁ。気は進まないけど」

「兄上のお気に入りですもんね、彼らは」

 ヤクはウシ科ウシ目の偶蹄類で、私達の瓶を満たしていたギーの原料の乳を出す、ほぼウシの生き物。

 神獣に限りなく近いせいで結構すれすれなことをすることになるから、面倒避けるためにあんまり手を出したくないんだけどな。まあ、最悪仕方ないからやるけど、呪詛も何もかも面倒なのは確かだ。仕事に支障が出そうだし、あの可愛いの相手だと気が滅入るから作業捗らないし、で、正直やりたくない。

 あ、馬といえば、

「馬の輸入と交配は難しい」

「話が唐突に変わりましたね兄上。あれほどの馬なら、あちらの商人が売りたがらないのも当然でしょう。」

「アラブの馬はいい馬が揃ってるから惜しいな……」

 できるなら軍備を整えたいけど、公益のことを考えるとこっちはまだだめだろう。

 今、私は父上の元で、後にムスリム圏になる所から来る商人と交易をしている。あちらからは珍しかった葡萄やガラスを、こちらからは絹や宝石、航海に使える保存食の提供などを行っている。技術の流入もあり、建築は少しずつ変わっているように思うからこのまましばらく続けたいところだ。

 

 

「兄上、そういえば武術大会が開かれますが」

 資料をまとめ上げたあとお茶にしていると、ふと思い出したようにドゥフシャーサナがそう言った。

 数日後は御前試合。まあ殆ど確定でドローナ先生お気に入りのアルジュナが選ばれるんだろう。でも一応参加はしなくちゃいけないのだ。

「婿選びとかもありますね」

「そういうのは観戦だけにしたいね。私は不能だよ?」

「それは難しいでしょう」

「やっぱり」

 がっくり項垂れても現実は変わらない。焼き菓子をもう一つ渡してくれる弟は天使だと思う。

 

 出たくない理由は2つある。私が嫁を貰うのを躊躇っているからということと、私が戦うのが嫌だからということの2つだ。

 一つ目は私が不吉扱いされた原因の一つで、私が両性具有であることが大きい。

 半陰陽はヒジュラと呼ばれる特異な階級に入ることになるんだけど、父王はそれを厭って私を男として育てている。これ結構カースト破りでヤバそうなやつなんだよね。

 現代で生きてた頃なら、ISと言うらしい、70種類くらいある曖昧な性ってことで自由もあったんだろうけど。ここは残念ながら古代インドだ。王族なら子を残さねばならないのに、私は男性としても女性としても子供は残せない。王族は嫁を貰うのも義務だからそのうち嫁さん貰わなきゃいけないけどな?それでも、せめてもう少し時期は引き伸ばしたい。

 二つ目としては、私が非常にひょろいせいである。いや、ビーマのやつと殴り合える程度には力はあるけど、弟の分を殴りに行く以外は正直嫌で仕方ない。私は中身がモヤシのままなんだ。バリバリ文系で運動嫌いのままで武道大会なんて行きたいと思えるはずもなかった。

「なんか面白い奴が見つかったらスカウトしたい……」

「じゃあ、それを目当てに行けばいいじゃありませんか」

 ほんの少しだけ笑みを滲ませて言う弟に、ああ、そんな楽しみ方もあるよなあと気付く。何か、何だろうかが起こりそうな気がするんだよな。原作では何があったっけ。

「そうだね。うーん、少しだけ楽しみになったかな」

 忘れてることがある気がするけど何だろう。どうしても思い出せない。ただ、ドゥフシャーサナの助言で面白そうなやつに出会える気がしてきたから、心が少しだけ軽く、踊りそうになった。




カルナのことはしっかりすっかり忘れてしまっているドゥリーヨダナ。
実はインドの神様補正だったりする。

追記、勘違いしていたので婿選び→御前試合に変更しました

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