叙事詩の悪に私はなる!   作:小森朔

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ドゥリーヨダナがもう少し大きくなった頃の話。
本編ではもう少し先の話。


幕間・ある国民が見たカウラヴァの長子

 この国の王子は、この国を変えている。かの方は、子供と母親をひどく優遇していらっしゃられるのだ。

 

「殿下! あの魔法の薬はいつお持ちになるのですか?」

「あと少し、そう、三日後辺りには持ってこさせよう。産湯はきちんと濾過して煮沸しているな?」

「はい、仰せのとおりに」

 

 男とも女ともつかない顔のドゥリーヨダナ様は、元気に過ごしている子供の様子や母親の様子を聞くとひどく柔らかく微笑む。そのたびに、この方が本当に忌まれているのか、男の子供であるのかわからなくなっていく。

 最初に、この妊婦用の施設を作ったのはドゥリーヨダナ様だった。実験のため、とお触れを出して複数人を集めたときは、彼女たちも子供も生きては家庭に帰れないだろうと皆思っていた。そうでなくてもお産は死ぬかもしれない大事なのだから、皆選ばれてしまってはこれ限り、と泣きながら別れを告げてこの建物に集っていた。

 しかし、結果は皆が考えていたものと真逆。それどころか、流産してしまい予定よりも早く帰っていった妊婦以外はおよそ無事に出産できたのだ。逆子も、何とか母子共に健康にここから戻っていき、似たような建物は、今他の街にも建てられようとしている。

 

「芳しくないのは、食べ物の関係もあるか。やっぱり栄養の見直しが必要なんだろうな」

 何やら見慣れない物で書き付けているらしいドゥリーヨダナ様は、そう呟くと手に持った薄茶の薄い四角いものを畳んで懐に仕舞われた。

「殿下、そろそろお時間にございます」

「ああ、すまない。何かあったら、慌てず対処するように。それと、何か起き次第使者を寄越せ」

「かしこまりました」

 御者の言葉に振り向いたときには、先程までの柔らかな雰囲気の王子はそこにはもう居なかった。冷たく鋭い視線は、真っ直ぐに宮殿の方向へと向けられている。纏っている空気も、馴染みやすいそれから王太子らしい威圧的で我々に馴染まない刺々しいものへ変わってしまっていた。

 

「殿下は、次はいついらっしゃるの?」

「さあ、わかりません。でも、3日後には薬は届くようですよ」

 同僚の産婆にそう告げれば、嬉しそうに彼女は笑った。それまで妊婦や子供が死んでいくのを多く見てきた彼女も、ここで無事にお産ができるのを喜んでいた。時折顔を見せに来る産後の女たちを見て涙していたのは決して古い記憶ではない。

 

「あの王子殿下は、きっとアシュヴィン様の化身なんだよ。だって、こんなに無事に子供が生まれて、母親も生きている」

「そうね、母親と子供が無事なのはいいことだわ」

 

 忌み子でもなんでもいい。あの王子は、たしかに私達の王になる、民の傍に立つお方だ。少なくとも、こうである限り、私たちは彼を王として掲げるだろう。




この時点で交易をしているから紙が手に入っています。
多分パーンダヴァとのあれこれの辺り。

アシュヴィンは安産を司る神でもある。パーンダヴァの双子の父親だけど。

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