叙事詩の悪に私はなる!   作:小森朔

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世界を救う戦いについて、あるいはメメント子守り

 まずは産業から始めよう。強い国造りに、問題となるのは人づくりと製鉄である。もっと平坦に言うと、硬く質の良い鉄を大量生産できる反射炉などの技術に、加工するための技術。それから屈強な戦士とバックで支える訓練された国民だ。

 鉄はあれだ、反射炉の構図なんぞ覚えてないから私には玉鋼の方しかできない。やるとなれば鉄火場が必要だし今のところ手を付けるのは無理だ。上手くできれば剣鍛冶や防具なんかも作れるのに口惜しい。

 やれる方の人づくりはまだいい、というか、とっとと始めないと恒例ながら非常にまずいことになる。

 実は、もうすぐ高温多湿の雨季になるのだ。つまり、そういう時期に大発生する風土病の繁盛する時期になるということである。特に、赤痢が有名である。

 できることから、というのもこれから始めるということなわけで。結構最初からハードだ。やらなきゃいけないものは他にもマラリヤとか腸チフスとかがある。肝炎とか脳炎とか狂犬病とか、そういうものは対処ができる気がしないから野生獣は郊外に出たら駆除の方向で行くしかない。

 で、赤痢に対処するにしろマラリヤに対処するにしろ、共通して必要なものがある。また、産院や調理場などでも積極的に使ってほしいものがある。それはアルコールだ。もっと簡単に言えば消毒液が必要なのだ。

 

 で、その大事なアルコールを大量生産するのはカウラヴァ(実質私一人)である。うん、だって知られたら楽にはなるけどパーンダヴァに使われるの凄く癪。私と、弟たちだけ知ってればいいんだけど、正直弟に教えるのも離反されるの知ってるから嫌なんだよな。大元の分だけ作らせて生成は私がやるとかにした方がいいかもしれない。

 

 ところで私はアルコールの合成方法はよく知らない。知っているのはめちゃくちゃ度数の高い酒の醸造方法だ。だからそのままその酒を使っている。

 そう、元の世界では「スピリタス」と呼ばれていた、世界一アルコールに近い酒を。

 

 私は基本的に離れになってる小屋を(と言ってもだいぶ大きい家だけど)生産地にしている。部品は必要に応じて分解、組み立てをしているし何かあれば生成に必要な器具はすぐ壊してしまおうと思ってる。けど、誰かがこのわけの分からない部品を使えたならそれはそれでいいのかもしれないとも、今のところ思っている。

「兄上、よろしいでしょうか」

「ああ、構わないぞユユツ。どうした」

 弟、ユユツが呼びに来たのは多分これを知りたかったからだろう。

 

「兄上は何をお作りになっているのですか?」

「魔法の薬。これがあれば、生まれてくる子供や産後の母親が死ぬことが減るだろうし、赤痢が流行ったときにも必要だ」

「そのために、隈を作ってまでこれを作っているのですか?」

「ああ、もちろん。」

 

 そりゃね!確保する量が量だから過労気味でもやんなきゃいけないんだよ!

 これでも筆頭王子だからやること多いんだけど、まだまだ遊びたい盛りの弟たちに分担させるわけにも行かず、かと言って弟たちをほったらかしにするわけにも行かないから昼間は精製ができない。

 だからお呼びがかかったあと、少しの間でたくさん仕込まなきゃいけないんだけど、弟を寝かしつけたあとやってるとかなり睡眠時間が削れてしまうのだ。叶う限り作業する日は減らしているとは言え、くまが出来もする。ただ、三徹ぐらいしてやっと見える血色の悪さに少しだけ救われているからまだましだ。

 

 しかし、どうもユユツは納得しなかったようだ。

「そんなこと、何故するんですか!体を削っても国民を優先するなんて、おかしいでしょう兄上!」

 俯いて拳を握り、肩を震わせる弟は心底心配してくれている。情けないけど、これだけ怒ってくれるほど私はちゃんと兄として慕ってもらえていると思っていなかったから泣いてしまいそうだ。

「いいや、優先するだけの価値はある』

 それでも私は、目の前で兄に怒りをぶつけられずにいる弟に言い切った。だって、これだけは絶対誰にも否定させられない、私の存在意義なんだと思っているからだ。私がここに放り込まれてこんなことに力を注いでいる理由がそれだから。

「これは、世界を救うための戦いなんだよ」

 私の国民と、私の弟を。

 私の友と、私の愛する妹を。

 私の父上と、私の母上を

 私の愛した"世界"を、それらを救うための私の戦いなのだ。

 決して、彼等にたやすく踏みにじられてはなるものか。あらん限り、私は"世界"を生かすための戦い。

 

 

「まあ、それはそれで、私が大事にしてるだけだから気にするな。さてと、じゃあもう寝る時間だからね、ドゥブシャーサナたちのところへ行こうか」

「……はい」

 私が世界を救う戦いだといったのが納得できないのか、ブスくれた顔になったユユツの手を握って、不得意ながら笑いかける。

 私の弟なのに元気一杯で感情がストレートすぎるくらい真っ直ぐで、この子達は本当に可愛らしい。これがなくなる運命なんて、壊してしまいたい。だから、できるだけ努力しなくてはいけないのだ。女神に放り込まれたからってだけじゃなくて、この子達が可愛いから。私は運命を変える為に頑張る。私は死ぬにしても、この子達の幾人かには生き延びてほしいし、そうじゃなかったとしても、できるだけ延命してほしい。

 

「兄上、僕は貴方が体を壊すのは嫌です」

「ユユツ、大丈夫だよ。ちゃんと寝るから」

 ぶすっと頬を膨れさせつつも心配をかけてくれる弟が可愛くて仕方ない。

 ああ、これからやることは多いけど、出来る限り弟たちを最優先にしたいなぁ……。

 

 

 その後寝室に集まっていた弟たちに囲まれてもっちゃりして団子状態になったのは至福だったし、寝物語だけじゃなくていろいろ遊びに出て一緒に楽しもうと、私は決意を新たにした。まあまずは、メメント子守りで行くしかない

 


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