叙事詩の悪に私はなる!   作:小森朔

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前回の英霊ヨダナのバレンタイン


小話 バレンタイン

 日本における甘い祭典、お菓子の飛び交う女性たちの合戦場。甘酸っぱさも苦さもしょっぱさも混じり合う一大イベント。

 ここカルデアでも、それが行われるのは変わらないようである。

「バレンタインかぁ、おいしいものが増えるのはいいことだね」

 マスター準拠なだけに、ホワイトデーも分けて考えられて設けられているようなので、私は多分どちらも参加するべきなんだろうな……。

 

「ドゥリさんは作らないの?」

 マイルームで一緒にゴロゴロしていたマスターに問われてふと考える。私には渡す相手居ないな?

「いやぁ、私は食べる専門がいいな。チョコ菓子ならエミヤ氏のものがあるから、わざわざ贈答する必要もないだろうし」

 何より、かったるい。製菓はきっちり計量しておけばどうにかなるが、それが面倒だ。だったら、手間を厭わない誰かが作ったものの相伴にあずかるのが一番だと思う。

 

 柔らかく洗い上げられたシーツの上でダラダラしながら、マスターを見る。なんか納得行かなさそうな顔。こんなに柔らかくていい寝床に、恵まれた菓子供給。なんでそんな顔するんだろう。

「でも、外交で食品扱う程度にはお菓子も作ってたんだよね?」

「……まあ、一応ね。でもあれは別だ。必要なければしないさ」

 マスターに報酬か返礼として、ならまだしも、だ。結構甘党で健啖家のマスターでさえ、バレンタインは少し苦しそうな訳だし、あまり無理に食べさせるようなことをするわけには……

「そんなぁ……ドゥリさんからも貰えると思ってたのに」

「……そう」

 そんなに言うなら、作ってあげようじゃないか。チョコレートである必要はないわけだし、まあ、インドでよく食べているようなものがいいんだろう。いつか彼女がインドに行ったとしたら、思い出してもらえるように。

 

 

 

「ハッピーバレンタイン、だよ。マスター。なに、単なるサプライズだ」

 用意したグラスを前に置くと、歯磨きの前だったらしいマスターは歯ブラシをすぐ置いた。

 食いしん坊さんめ。だが気分はとても良い。

「え! いいの?」

「もちろん。ま、これ一つだけしか作らなかったから、味の保証まではできないけどね」

 やる気はないよ、もちろん。だって砕いたナッツとか、エバミルクとかは厨房で料理していた娘たちが使っていた残りだ。レシピと分量は見たが、砂糖の量も減らして結構適当にやったから多分本場よりは甘さひかえめだ。

「そんな、いいよ! 嬉しいな。で、なんていうお菓子?」

「クルフィだよ。焼き菓子を作った気化熱でアイスを作るらしい。私の時代にはなかったけど、まあ、チョコ以外でこういうのも悪くないだろう」

「そうなんだ。これシャーベットみたいだね」

「アイスクリン、だったかな、そういうのに似ているみたいだ」

「へ〜」

 

「生前は奸計を立てていたとはいえ、食べ物を粗末にはしない。毒なんて入れてないから安心するといい」

「そんなこと気にしないってば!

 ……そういえば、これ、一つしか作ってないの? カルナとアルジュナの分は?」

「勿論、作ってないね」

「なんで!?」

 いや、当然じゃないか。

「だって面倒だし、これは女の子達の祭典なんだよ? 私は今世は女だが、元の姿はどちらでもあり、どちらでもないんだ。出張って、君にチョコを渡したい彼女たちを邪魔したくはない。馬に蹴られてしまうよ」

 私がこれを作ったのは、実はレイシフト先だったりする。厨房は絶賛大戦争。ある意味抜け駆けとも言える。材料だけはどうしようもないから、お菓子を作り終わった人から貰ったけれど。ありがとうエミヤ氏。

「ええええぇ……」

「何、その顔と声……まさか、あの二人だって私が菓子を作るとは思ってもいないだろうし、アルジュナに至っては嫌がりそうだ」

 思い出すと、だいたい私が絡むと凄く嫌そうだからアルジュナにはかかわらないのが良いと思うんだが。カルナについては、やはり美形だからよくモテるし沢山もらっている。本人はのほほんとしているのでホワイトデーはそれなりの品の選び方を誰かにレクチャーしてもらったほうが良さげだな。

「いーや! あの二人、ラサロハからもチョコ貰いたいだろうと思うんだけどなぁ」

「だとしたら、既製品で手抜きになってしまうな」

「そこは意地でも作らないんだ」

「もちろん。毒を疑われたくないからね」

 ビーマのやつが勝手にブランデーケーキ食ったのとかな。子供に酒だ、実質毒。まあ、あいつらに毒なんぞ効かないんだが。

 

「作っといたほうがいいと思うけどなぁ」

「嫌だよ。絶対に嫌だ」

「まだ引かない……何かトラウマでもあるの?」

 じっ、と見てくるマスターは私が本気でそう言っているのではない気がしているらしい。見透かすような目は、こういう子供がするもんじゃないだろうが、マスターはある意味仕方がないのだろう。ここまで、生き延びるために人を見る目を酷使してきた。本能的にわかるのかもしれないが、積み重ねで見分けているのだろう。実際、まだ少しだけ隠していた。

「……女性じみた真似は、あんまり好きじゃないんだよ。男として、王として必要なこと以外求められなかったし」

 それは元々女性だったときから感じていたことでもあるし、その後の人生の結果でもある。現代は、いささか縛りが多すぎる。男として生きていたほうが、そう振る舞ったほうがよほど楽で楽しいのだ。

「怖いことじゃないよ」

「知ってるよ、でも、私にとってはあまり好ましくない。聞き分けてくれないか、マスター」

 これは私の問題であって、彼女が嘴を挟む領分ではない。流石にこれだけは踏み込まれたくないし、誰かに言われて改めることはない。改めるとしたら、私がそうしたいと思ったときだ。

「……ごめん」

「謝らなくていい。問題なのは私の方だからね。

 ……ただ、これに関しては、私も我を通す。納得できなくても、とりあえずはそういうものだと知っていてほしい」

 ごめんね、本当に。インド関係は私を含めてだいたい過去が面倒くさいのしかいないから本当に迷惑をかけるけど、許してほしい。

 

 

 で、カルナに捕まって横の壁が抉れたんだが、なぜこうも加減できないのか。これ、修理する役は私に回ってくるんだぞ。

「カルナ、」

「お前は王に向かなかった。戦場で剣を振るうより、料理人として包丁を研ぐ方がよほど向いていただろう」

 遮って言う言葉と顔が合っていない。パッと聞いたときどう考えても貶されてると思うぞ、それ。悲痛そうな顔をしてるけども。

 前々からそうだったけど、一層ズレでわかりにくくなってないか。あちらで何があったんだ。

「だからといって、もう菓子を作ったりはしないさ。ここは戦場と直に結びついているんだぞ」

「お前は、戦士らしく生きるべきではない」

 もう無理するな、いい加減休めということなんだろう、多分。今はもうクル王ではないから。

「それでも、だろう」

 ここにいる私は王の器だったもの。だったら、王たる存在で有り続けなければならない。本来なら切り捨てるべきである生活要素は、求められたってなかなか差し出せないものだろう。政治や弟たちの絡まないそれらは、生前の私の在り方とはかけ離れているから。

 ……まだバレンタインに参加しているだけマシなんだけどなぁ。

 

「……ドゥリーヨダナ、お前」

 背後から声が降ってきたので振り向くと、ずいぶん近くにアルジュナがいた。……キミ、アーチャーであってアサシンじゃないよな? さっき気配遮断して近寄らなかったか?

「ああ、安心しろ。別に誰かに食物を渡して毒物混入なんてことにはならない」

「は……?」

「じゃあ、カルナ。私はこの後レイシフトで居ないから、あまり暴れたり、もらった相手を忘れたりしないようにな」

「待て、ドゥリーヨダナ!」

「……なんだ?」

 低い声になってしまったのは、相性の悪い相手で仕方のないことだと思ってほしい。まあ、今更どうこう変わるものでもないが。

「私に、いや、私達に渡すものはないのか」

「あるわけないだろう」

 何を言っているんだ君は、と思ったものの、口に出す前に二人共ものすごく悲しそうな顔をするから驚いた。

「君らはいつも曲解するんだからな。当然大人しくしているし、誰かからの愛を受け取るだけだよ、私は」

 こればかりは自衛のためだから本当にやめてほしいし、勘弁してほしい。他からは貰えるんだからそちらで十分だろうに。あと、マスターもくれるだろうし。

 まあ、私の方はお義理とはいえ友愛に満ち溢れた誰かは確実にくれるらしいので、私はだらりと脱力しながら待つ。その前に仕事があるけども。……ああでも、恋い慕ってくれる誰かがいるなら、別かもしれない。その時は相手に合わせて誠実に答えなきゃ、まずいよね。いつかのあいつのように。

 

 どうしてもレイシフト中までチョコレートに惹かれてその人のことを口に出してしまいそうで、まぶたの裏の誰かさんは、思い出さないようにした。


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