叙事詩の悪に私はなる!   作:小森朔

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原典寄りの死亡ルートを辿ったif.
『諸悪の世界の可能性』のものをこちらに載せることにしました。向こうは消します。


ifとか小話とか
小話 英霊召喚されてしまった場合


 眠っているときに暗い空間を見るなんて今までなかったが、実際に放り込まれてみれば随分と懐かしい空間にいるような気がした。私が昔体験した、母胎の中や暗い壺の中のような、温くて安心感がある場所。

 ああ、でもなんとなく呼ばれているような気がする。光が来る方向に行かなければいけない気がしてしまう。

 最初の人生の途中に、三度目の人生を体験するなんて不可解だ。でも、二度あることの三度目だから、もう何も考えず言ってしまってもいいと思った。

 

 

 どう見ても召喚用の魔法陣を見るに、転生というか普通に呼び出されただけのようだった。まあ、ゼロから始めるよりは幾分マシか。

 呼び出したのは、赤毛の可愛らしい少女だった。うん、アプリでよく見た「ぐだ子」だ。高校生くらいだろうか。筋肉のつき方を見るにかなり活発そう。マシュちゃんも隣にいるけど見るからに強そう。この子がマスターになってくれるなら安泰かもしれない。

 口上ってなんだっけなぁと思っていれば、勝手に口が動いてスルスル唱えていく。これは楽だな。戦い方は覚えてないけど、大丈夫なんだろうか。

「サーヴァント・バーサーカー。真名はまだ明かせませんが、そうですね、クル国のバーサーカーとでもい」

「ドゥリーヨダナ!?」

 マスターに気を取られていて気付かなかったけど、サーヴァントが一人いた。遮るように大声を上げた人間が誰かを知りたくてそちらを向けば、相当昔に見た顔がそこにあった。

「アルジュナ王子も来てたのか。そりゃ結構」

 中年になる頃に見たきりだから物凄く懐かしいけど、確かに彼は私が敵対していたパーンダヴァの三男だった。

 

 その後呆然としているアルジュナがもとに戻るまでにマスターに自己紹介してもらった。藤丸立花。とても愛らしい名前だ。デフォ名じゃなくて、この世界の親御さんがつけたものだ。良い名前だと思う。

「貴様と共に戦うことになるとはな」

「まあ、世界の為だからな。どうしようもないわけだから堪えてくれよ」

 剣呑なのは生前の若い頃に引きずられているからだろう。いやぁ、感性と感情が若いってすごいな。最後の方落ち着き払った半狸だったのに。あれ、でもクリシュナの野郎の入れ知恵だったっけか。まあ、なんでもいいよね。

 正直アルジュナの剣呑さはどうでもいいんだけど、はわわ、とでも吹き出しがついてそうな様子のマスターが少し可哀想だ。

「け、喧嘩はご法度です!」

「もちろん分かってる。これだけサーヴァントがいるのに、きちんとまとめようとできるなんてマスターは偉いね」

 カルデアが半壊するからかもしれないけど、きちんと伝達できるってのは案外すごいことだ。体張ってる。凄く大変なことだ。それに、

「そもそも、私には何故そんなに剣呑になれるかが分からないんだが。私、彼の兄に殺されて一度死んでるんだよ?」

 へいきへいき、と笑えば、三人共サァっと血の気を引かせて青い顔になった。地雷だったかな、この話題。

「あの、だから余計に剣呑になるんじゃ……」

「ああ、そういうことか」

 おずおずと小さく挙手して言うマシュちゃんに、やっと理解する。ここでの人間関係って割と継続してんのもあるんだっけ。

「敵対してたとは言え、私は転生した別の人間だ。今の自分に関係のない人間に強い怒りなんて抱かない、というか抱けないよ」

 憑依状態だけど、実質ただの人間だからね、と返すと、限界だったのかアルジュナが倒れた。

 

 倒れたアルジュナを救護室に連れて行ったついでにドクターへの顔合わせもした。やっぱり三十路には見えない。若いな彼は。

 そのドクター・ロマンが言うところによれば、今のところ5つ目の聖杯が回収できたのだとか。カルナもいるらしいが、正直会いたくはない。あの頃は物凄く忙しかったけどその分楽しかったし、カルナに会ったら帰るのが惜しくなってしまいそうだ。

 

 それから気になっていることについて衝撃的な事実を聞かされた。

「まさかヒジュラだった話もひっくるめてカウラヴァ側の残ってるとは……」

「消えるどころか、むしろマハー・バーラタくらい重要な書物で残ってるよ」

 君の貿易相手国の方に残ってたんだ、とドクター言われて、その頃に懇意にしていた国を思い出す。インド国外だとカシミールとかイラン、イラクあたりにあるらしい国とも交易してたから、あちらなら確かに残した資料が保存しやすかっただろう。羊皮紙はインドだとカビやすいから残ってないだろうし。

「結構評価されてたんだな」

 残った資料の一部をまとめたものを見せてもらったけど、それなりに評価されているらしい。時々とんでもないことしでかしてたりするんだけど、それもまあまあ。ああ、でも最後の方はあんまりだな。やっぱり私の首一つで済ませば良かったか。それでも動乱は避けられなかっただろうけど、そのほうが考察としては平和だったらしい。

「ああ。君が作った施設は簡素だったけど、それがモエンジョダーロ遺跡の頃には随分円熟した技術になったみたいだよ」

 そう言われると、とても感慨深い。それに、それらを一応ユディシュティラやその後の代の統治者が残して、継続して使ったり技術的に伸ばしたりしたんだと思うと、それで良かったと思える。

 

「でも本当にヒジュラだったんだね、ドゥリーヨダナさん。私、その辺り創作だとばっかり思ってた」

「一応、私の立場は王子だったから誤魔化してたんだ。王子として記録が残ってるのも当然だろう」

 他国に行った資料の方だと一応ヒジュラの話は残ってるらしい。やはり人の噂に戸口は建てられないか。それかユディシュティラか兵士が話を流したか。

「そっか。じゃあ、バーサーカーなのは?マハー・バーラタが出典だとアヴェンジャーっぽいけど」

「どうだろう。あの頃からパーンダヴァは国づくりに邪魔で弟たちにも害悪だから殺したかっただけなんだが」

 そんなことで、とベッドに転がされて煤けているアルジュナにムッとして、お前の兄にうちの弟殆ど全員ほど殺されかけたんだがと言えば暗い顔になった。ええい面倒臭い男だな、一回死んでるし、全員お前等に殺されてるんだから開き直ればいいものを。

「国づくり?」

「母親が生きて我が子を抱けて、その子どもが無事に生きて親を看取れる、民が飢えない国にしたかったんだ。そのためなら何だってやったさ」

 結局、私が居なくなれば元の木阿弥だったけどなと最終章の差を読み比べながら呟くと、何とも言えない苦い顔をされた。

 私も、あのときは流石に苦い思いをしたよ。もう随分前に終わった話だけどね。

 

 

「パーンダヴァ、というかほとんどビーマが弟殺しかけたことだけど」

「それは、ビーマ兄上に直接言ってください。貴方の日記を読んでかなり苦悩してました。ユディシュティラ兄上は貴方の手腕は評価してましたよ」

 まあ、あれだけ改革だの何だのやって、いくらか残ってないほうがおかしいからね。まあ、地ならししようとしても1つ2つ取りこぼしていくから、それで何か残るのを狙ってたんだけど。コンクリートで舗装した道だって、種は確かに埋まったままだし、それから草は生えてくる。上手くやり仰せて良かった。

「その割には私が君らを殺したかった理由は知らなかったんだね」

「読む前に焼き捨てられましたからね、聞いても答えてくれませんでした」

 それは、まあ、考えられなくもない。今あるものを読んだ限りでは、アルジュナは原典通りに自分から追放されて旅に出てる。少なくともこの優等生君への悪影響を考えて言わなかったんだろう。いい判断だ。まあ、それはともかくとして。

「……あれには資料編纂のことも書き付けてたから残してほしかったんだけど」

 年代記とかの書き方とか書物を残す意義とは何かについても書き残してたんだけど、焼かれたのか。せっかく残るように高い紙を使ったのに。羊皮紙だからよく燃えただろうな……。

 

 

 

 とりあえずこれから過ごす部屋に案内するね、と言われたんだけど、これはどっちに行っているのかわからなくなる作りだ。少し歩けば慣れるだろうけど、それまで多分迷うな。

 居住区、というか部屋割はどうするべきなんだろうか。元の体に合わせて今は女性なんだけど、まさか男性扱いだったりするのだろうか。聞いてみないととは思うけれど面倒だ。なんとなく、どちらだとしてもショックを受ける気がする。

 

ドスッ

 

 後ろからいきなり衝撃を受けて、一瞬息ができなくなる。が、大きく息を吸い込んだら今度は肢体がガッチリ固定される。

 視界にチラチラ見える銀糸の髪と、長い手足から大体の察しは付いた。

「ヴィカルタナ、久しぶりだね」

「ああ、久しいな」

 うん、聴こえる声もかなり懐かしい。

 あとね、カルナよ。ぎゅうぎゅう、というよりミシミシ言ってそうな締め方は心から止めてほしい。

「なぜ、座に居なかった」

「転生してたからね。そこに居ないんだからそりゃ会わないだろう?」

 力が余計にこもる。首元から腕が外れたのはいいけど今度は肩と肋のあたりの筋肉が悲鳴を上げる。無言の訴えで力を入れるのは良くないと思うんだ。これ以上言ったら死にそうだけど。

「マスター、ドゥリーヨダナと同室にしてくれないか」

 カルナが言い出したことは予想外なのか、マスターが狼狽え始めた。そこはきっぱり断ってほしかった。しかし、私は一人部屋だったのからそれとも相部屋でもう申し入れもしてあったのか。

「え、でもドゥリーヨダナさんは……」

 迷っているマスターに、ヒジュラだと思われてたんだなと理解する。残念だが今のところ女だ。ショックは少ない。あと今生でどうこうなるはずもないから別に同室でも構わないんだけど、カルデアの風紀的には不味いだろう。

「……今は完全な女性体なんだが、同室でいいのかい」

「女子部屋ね」

 今度こそミシ、と骨が悲鳴を上げたので、流石に私死ぬかもしれない。二度目の死亡要因が前世の親友なんてどんな状況なんだ。




このドゥリーヨダナは多分婦長と副局長を足して2で割ったみたいなタイプのバーサーカー

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