叙事詩の悪に私はなる!   作:小森朔

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要塞にて救護活動と情報収集をする一行。
ちょっとグロい内容もあります。


逃亡先と情報収集

「うわぁ、ここも焼き討ちにあってたか」

「これは、ひどい……」

 辿り着いた先は、当然ながらというべきか多少焼け焦げて、そして廃墟かと見紛うほどにボロボロになっていた。それなりの人数がいるということは、命からがら逃がれたというところだろう。

 しかし、この分だと先に焼きに来た奴らを防いだものがいたということか。

 立香ちゃんは疲弊している。少し休憩を挟まなければいけないだろうことは分かっていた。ちょうどいい、一度襲ったらクールタイムくらいはあってしかるべきだろう、少し休める。

 

「なあ、おい、そいつらは何者だ?」

 要塞に入れてもらった直後に訝しがられたが、魔術による隠蔽の効果もあって多分ただの町娘にしか見えないのだろう。兵士に混じって兵士を支えて逃げる町娘は、当然ながらおかしく見える。鎧は重たいし、農家の娘でも男一人運ぶのは難しいだろう。デミ・サーヴァントだからこそ運べるが、本来なら不自然でしかない。

 

「ボンジュー、ムッシュ。巡礼の途中に助けていただいたのです。私と、こっちのマシュ嬢は立香お嬢さんの付き添いでして……魔女のことを知らないままなら、この先で大怪我をしていたかもしれません。ありがとうございます、フランスの誇り高き方々」

 二人共傭兵、あるいは用心棒であるかのようにも受け取れる答えをすると、得心が行ったというかのように、その兵士は安心した表情を浮かべた。

「ああ……スペインからか?」

「はい。ですから、道中迷いに迷ってしまって、街で起きていることをあまりよく知らなかったのです」

 スペイン訛りを継続して話すと、納得したように頷かれた。よし、ごまかせた。口蓋垂のR音習ってて良かった。第二外語の授業は苦手で授業中は地獄だったけど、ここで役に立つとは思わなかった。ありがとうスパルタ授業、ありがとうスペイン語の先生……。

 

 ちなみに、言ったことは嘘八百というわけでもない。実際に問題の原因にたどり着けたのは幸先が良かったし、迷っていたのも、街に近づいていなかったのも事実だ。偽りは出身地くらいだろうか。今後はその魔女について調べれば良い。

「負傷者の方も多いようですし、私に手当をさせていただけませんか。多少の心得がありますので」

 インドにいた頃は病院や野戦病院に縁があったし、授業以外でも多少手当の方法について習っていた。それに、カルデアでも出立前に中〜軽度の止血などについてはみっちりレクチャーしてもらった。今後の活動内で現地民との会話の糸口になりそうだし、救護活動も必要になると思ったんだ。

「本当か? それはありがたい……だが、薬品も包帯も足りないんだ」

「でしたら、できる範囲のことを」

「助かる。案内するから、ついてきてくれ」

「ええ。同行者にも伝えてきます。少々お待ちを」

 マシュと相談しあっている立香ちゃんを示すと頷いてくれたので、すぐにそちらに駆け出す。

「立香ちゃん」

 ここは二手に別れたほうがいいなと考えて声をかけると、一応こちらを伺っていたらしい立香ちゃんはすぐに反応してくれた。

「先生、どうしよう?」

「暫く一緒にいて情報収集、のち合流」

 情報は多いほうがいい。途中で何かあったら合流するようにして、簡易の連絡機器を持つことにした。ドクターの使っているアレではなくて、音や振動で伝えるモールス信号機のようなものだ。あまりにあからさまだと警戒されるから、とダ・ヴィンチちゃんが作ってくれたらしい。マシュが胸を張っていたのでめちゃくちゃ褒めた。一緒に立香ちゃんも褒めた。本当は頭撫でたいけど、他人に頭を撫でられるのって不快だろうし、なにより教師としての私が全力で止めるから駄目だ。生徒に安易に触れちゃいけません。これ大事。

「うん。ありがとう、先生」

「了解。立香ちゃんも無理しないようにね。怪我をしたら先生に相談してよ?」

 

「分かってます。先生、あのね」

「なに?」

「……ううん、やっぱり何でもない」

 

「そんな心細そうな顔しないで。マシュもいるし、私は無理しないようにするから」

 

 

 

「……二人を連れてこなくてよかった」

 案内された先は、重症者を纏めて収容している部屋だった。鼻を直撃する匂いからして、いくらか隔離する必要がある患者もいるだろう。場所を取るのも承知で間隔をとって寝かせなきゃいけないのに、そのままギチギチに詰め込まれているような状態だ。感染症もひどいことになっているかもしれない。

 ああ、前に治療行為をしていて良かった。多少なりとも心構えができるのは、ありがたい。

 

「殺さない。死なせない。絶対、死なせるものか……」

 あの頃の、子を失った母親たちの顔が浮かぶ。苦しみもがく兵士の顔が重なる。うっかりすれば、狂化に身を委ねて意識が飛びそうだ。怒りと、悲しみと、苦しみが理性をかき消さないように、気合を込めて手袋をはめる。

 ここにいるのは、私の私の庇護下にある者(わたしの民)だ。何者であろうと、ここにいる人間の命を奪わせはしない。

 

 トリアージを施して、患者を比較的清潔な布に寝かせる。ウジの湧いた、患部の侵食しつつある足を切り落とす。未だに深く、血の流れ出る傷口を火で熱した鏝で焼く。矢傷を消毒し、清潔な布を持ち込んで傷口を固める。現代人が見たら、きっと過剰だと言うだろう。私だってそう思うし、他の方法を知っていたら、そうはしない。でも、重傷者は多く、薬の在庫は少ないのだ。洗いざらしだ布だって、微々たるもの。悔しくて仕方がない。クリミアの天使も、こんな気持ちだったんだろうか。

「嫌だ、嫌だ嫌だ!」

「やめてくれ、死にたくない!」

「痛い、痛いよぉ! 殺してくれぇ!」

「おかあさん、おかあさぁん!!」

 患者の絶叫が響く。耳を塞ぎたくなるけれど、そんなことをしている暇はない。一刻も早くしなければならないから、手を動かすしかない。

 暴れる患者を麻酔なしに治療する。動ける兵士に声をかけて全力で抑え込ませて、あとは私が引き受けて手当をする。心苦しいが仕方がない。これ以上放置するのはまずいから、死んでしまうかもしれないから。

 

 本当に、ここに立香ちゃんがここにいなくてよかった。私もしんどくて、いっそ気絶したほうが楽かもしれないと思いながら手を動かしているのに、彼女が平静でいられるとは思わない。経験がある人間でも、こんなに臭いも、傷も、叫び声も耐え難いんだから、余計に。

 戦場ではこれが普通だった。総大将に分かるわけない、ということはないんだ。私だって、兵士とともに戦ったし、野戦病院ではお世話になった。傷だらけで、ボロボロで、今にも死にそうな兵士も見てきた。それでも、これだ。

 

 無我夢中で治療をしていると、ふいにポケットの中の連絡機器が震えた。信号色は赤。振動も、何度か繰り返される。

【会敵、応援求ム】

 ああ、行かなくては。私の兵に、無理をさせてはいけない。殺させない、傷つけさせない。敵軍などには、絶対に。

 

 思考がブレる。狂化が掛かってきたのか、じわじわと意識しないうちの行動が増える。敵意をちらしている気配は、(パーンダヴァ)は、どこだ。


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