叙事詩の悪に私はなる!   作:小森朔

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蘇生の話と藤丸立香の困惑の話。

クリスマスイベントもあと5日か……
エレシュキガル様来ません。


帰還のその直後

 通信が途切れ、藤丸立香とマシュが帰ってきたあと、しばらく彼女は現れなかった。それでも、必ず送り届けてくるだろうという前提でスタッフ全員が活動していた。

 

「ホムンクルスの調整が終了しました!」

「神経系、血管系、リンパ系、臓器、その他器官は全て正常です」

「よし、医務室へ運ぶんだ!」

 

 そうして、すべての準備が整ったあと、彼女は現れた。

 オリーブ色のシェルワニを着て、大きなランプを掲げている彼女は、こちらをじっと見つめて唇を震わせた。

 

「あなたがた、は?」

「僕はロマニ・アーキマン、こっちは」

「レオナルド・ダ・ヴィンチ。オルガマリーの器はこっちだ」

 

 初対面で半分亡霊なのではないかと疑うほど、彼女は血の気が引いていた。しかし、震えるでもなく、しっかりと一歩一歩踏みしめるように歩き、手に持つランプを血が滲むのではないかと思うほど、手が白くなるほど強く握りしめてこちらへと歩み寄って来る。呼吸は乱れている。恐らく、物理的に長距離を運んできたのだろう。早く案内しなければ彼女の身も保たないかと危惧し、そのまま医務室へと先導した。

 

 用意された新しい器は、彼女のマスターである所長の正確なコピーだ。定期検診を行い、生体データを残していたのが幸いした。遺伝子情報は、採血して処理する予定だったものを用いて本人の肉体を再現した。

 魔術刻印はどうにもならなかったが、それも、全て終わったあとに移植するしか方法はなく、その時点でできる最高の再現体だ。彼女がきちんとその中に入るかどうかは、やってみなければ決して分からない。

 

「もう、縫いたくない」

 ぽつり、と彼女が小さく漏らした言葉を、ロマニ・アーキマンは聞き逃さなかった。縫いたくない、というのは一体どういうことか。何かの比喩なのか、それとも。

 

「皆縫った。手も、足も、腸も、首も、全部縫ったんだ」

 

 今度は、こちらが青くなる番だった。彼女自身の体験なのか、それとも、彼女に力を貸す英霊のものなのかわからない。いや、彼女自身の体験というよりは彼女が追体験ないし記憶を共有している事柄というべきか。それにしても、普通の人間であれば耐えられないことであるには違いなかった。

「もう、無くすのは嫌だよ」

 絞り出すような、嗚咽混じりのような掠れた声。どちらだったとしても、彼女に相当のストレスがかかっていることは明白だった。本来ただの人間である八百坂という女性は、想像さえできないような状況に置かれているのだ。追体験のような記憶の共有なんてしてしまえば、それこそ心が壊れてしまいかねない。

 

 だから生きて。お願い、オルガマリー。

 

 静かに歩み寄り、寝台の前に跪いて、そっとランプをオルガマリーの新たな器に近付け、光を降り注ぐ。中に蹲っていたオルガマリーは、溶けるように粒子になり、姿を消した。

 

 

ばたり、からん。

 

 

 光が収まった途端、彼女は崩れ落ちた。杖のように支えにしていたランプを手放してしまったからだ。手から離れた宝具のランプもまた粒子になって解け、髪飾りに戻り頭に収まる。彼女は、もうとっくの昔にもう限界だったのだ。

「ロマン、急いで手当を!」

「ああ!」

 急いで抱え上げた体は酷く冷たかった。まるで何時間も冬空の下を歩いていたかのように、布地まで冷気を纏っている。

 背筋に嫌なものが走る。彼女は、一体ここに来るまで何時間、寒い空間を歩き続けたのか。そもそも、そんな冷えた空間とは一体何なのか。

 

「あ……ここは……?」

 うめき声のあとの呟きが医務室に響く。見れば、全く変わらない姿で、何事もなかったかのようにオルガマリーが上体を起こして頭を抑えていた。

「やった!本当に成功したんだ!」

「言ってる場合か、ロマン!」

 かろうじて呼吸はしていている。だが、サーヴァントとは言え本体は普通の人間なのだから一刻も早く対処しなければならないことには変わりなかった。功労者であり、これからの貴重な戦力を失うわけには行かない。

 

 

 

 

 

「先生は、一体どういう人なんだろう」

「先輩?」

 わからない。あのとき、どうして八百坂先生は笑顔で戦えたのか、全然わからない。それがバーサーカーだからだとしても、かんたんに納得なんてできない。

「裏の顔を見ちゃったというか、先生あんな人だったんだ、って……」

 なんとなく穏やかで面白いことを知ってる先生だと思ってたから、あんな姿見たらどうしたらいいかわからなくなる。

「それは違います、マスター。どのサーヴァントであれ、狂化する可能性はあるんです。方法次第で強制的に狂化を付与することだってできます」

「え、じゃああれは」

「先生の裏の顔じゃないんだと思います」

 それは、ある意味救いかもしれない。でもやっぱり無理。納得するまで時間掛かりそう。だって、まだグランドオーダーのことだって全部飲み込めてない。

 

 でも、それでもマシュがそう教えてくれたことは嬉しかった。

「……うん。ありがとう、マシュ」

「いえ。私も、第一印象は穏やかそうな人だと思っていたので非常に驚きました。彼女が起きたら、色々と聞かなければいけませんね」

「うん、洗いざらい教えてもらわないと!」

 マシュに手を引かれ、医務室へ行く。オルガマリー所長に魔術について聞きたいことがまだたくさんあるから、色々教えてもらわなきゃ。休養のついでに、教えてくれるって言ったのはオルガマリー所長だから、聞かなきゃ損だし。

 早く、早く目が覚めないかな、先生。


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