叙事詩の悪に私はなる!   作:小森朔

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カルデア帰還後の話。
次々回から2章に入ります。


帰還と指令

 パッと目が覚めた。背中がふかふかしてる。いいベッドだ。それから、

「知らない天井だ」

「ベタだねぇ。そしておはよう、八百坂ちゃん」

 傍らからかかった声にギョッとする。気配がわからないのは寝ぼけてたからだけど、これはいけない。何かあったときにすぐ起きれなきゃ死ぬ。

「あ、どうも……モナ・リザさん?」

 敵意がない彼女?に言えば、ちょっとびっくりしたのか目が点になる。いや、なんか地雷踏んだわけでもないよね?確か、名乗られたことはなかったはず。知ってはいるけども

「うん、半分正解。私は大天才のレオナルド・ダ・ヴィンチさ!覚えてないってことは、ここにたどり着いた記憶も曖昧だったりする?」

「お恥ずかしながら、何も」

 そう言われるということは何かあったんだろうけど、でもなんにも覚えてない。宝具は元の髪飾りに戻って頭にあるから、多分所長も生きてると思うんだけど、どうなんだろう。

「そっかぁ、それはそれは……じゃあ所長たちのところに行って話すのが早いね」

 良かった、生きてた。でも、大丈夫かな。気になるな。

「なら、準備を……」

 服がそのまま、オリーブ色の平服のままだから、これの皺をなんとかしていきたい。

「ああ、着替えはそこにおいてあるからね。職員の制服で悪いけど、その衣装のままよりは良いだろう。とりあえず、実際に着てサイズを確認してみてくれるかい?」

「はい。ご厚意に感謝します」

 言われて見てみると、スタッフの制服らしい、ドクターの服と似たデザインの制服がおいてあった。色はグリーンじゃなくて紺色だけど。10号くらいの、だいたい体に合うサイズのそれを広げてみる。うん、おおよそは合う。

 外にいるよ、と気を利かせて出ていってくれたから着てみると、やっぱりだいたい合ってた。でも、部分的にちょっときつい。

「すみません、もう一つ大きなサイズってありますか?」

「ん?どうして?胴回りとか袖の長さとかは大丈夫だったと思うけど?」

「それは平気なんですけど……胸周りが、ちょっと……」

 厳しい。押しつぶす感じになってちょっと苦しいし、できればどうにかしたい。

「おや、それはごめんね。うーん、でも実は今一つ大きなサイズはないんだよねぇ。2つだとぶかぶかすぎるし、あとで調整しようか」

「二回りくらい大きくても袖捲りすれば大丈夫ですけど……」

「仕様が仕様だからだめだよー。ここ相当寒いからね」

 無いものは仕方ない。却下されたのも仕方ない。諦める他ないか。

 とりあえず、シワシワの服で動き回る訳にはいかないし、少しきつくてもそのまま着ることにする。下はスカートに厚手のタイツだからいいけど、パンツルックに出来ないかあとで聞いてみよう。次にレイシフトするときとかは平服の方だからね。直してもらうのに合わせて変えたいところだ。

 

 

 

 ついて行った先は医務室だった。白ではない、オフホワイトとブラウンの壁は目に優しくて、クラクラしなくていい色合いだ。

「お待たせしました」

「うん、おはよう八百坂さん。」

 医務室、ベッドに居るオルガマリーと、その横でカルテを書いていたドクターに近寄る。本当に無事みたいだ。良かった。彼女が死んだら、私はここに居なかった。手を握ると、温かい。ちゃんと血の通った人間だ。

「バーサーカー、貴女その、大丈夫なの……?」

「もちろん。ピンピンしてるけど、なんで?」

 死にかけた彼女のほうが大丈夫かわからないだろうに、私の心配をしてる。何か口走ったんだろうか、記憶がない次点の私は。

「だって貴女、ここに着いたとき、真っ青になってもう縫いたくないって言ってたらしいじゃない」

「……そうですか」

 

 完全にトラウマだったみたいだな。あの頃の記憶はドラマで見たような感覚でしかないんだけど。……ああやだ、思い出したくない。試しただけで吐き気がしそうだ。

 遠い記憶で思い出すだけでも、地獄のような戦場だったと感じるんだ。だからこそ、思い出すとき他人事のように感じるように脳が動いているんじゃないかと思う。こんなのをずっと、普通に持ってたら私という自我が崩壊しそうだ。いや、"前"はほとんど崩壊して別人格だったから、実際そうなるはずだ。

 

「君を呼んだのは他でもなく、君の真名を知りたいからなんだ。教えてくれるかな」

「それは、うーん、どうなんだろう」

 私がこの世界のドゥリーヨダナだという確証はないし、そもそも半英霊なのか前世の力だけ移譲されてるのかも微妙なところだし。多分デミ鯖であってるんだけども、ちゃんと実感できるまでは口に出してそうだというわけにも行かない。

 

 本気で唸ったせいか、私の言い方をいい感じにマシュみたいなものだと思いこんでくれたようで、張り詰めていたドクターの空気が緩んだ。ゆるふわだ。なんというか、直で見るとかなり愛嬌があるな、この人。

「君の英霊の記憶で、何かわかることはあるかい」

 うーん、記憶から答えを出す方に切り替えてきたか。でも、さっきのつながりで思い出すことといえば。

「死体」

「え?」

「ひたすら死体を縫い合わせて弔った記憶がある。弟も、友も、部下も皆、毎晩縫い合わせたよ」

 そう、どう考えてもその辺りなんだ。そもそもドゥリーヨダナらしく居たのって最後にカルナに倣ってクシャトリヤらしく戦って死んだことくらいだろうし。うーん、ますます原典というものから存在が揺らいでいくな。ちゃんと後で読ませてもらったほうがいいかもしれない。 

「なっ、」

「それは……随分ハードな記憶だね……」

 絶句しているけど、確かにまともな体験ではない。そもそも王が縫い物なんてするかよってところには突っ込まない当たり、何も私という半英霊について情報がわかってないってことなんだよね。下手に口出しすると墓穴掘りそう。

「あんまり思い出したくないような記憶が多くてね、もう少し待ってくれるかな」

「あ、ああ。ごめんね、無理に思い出させて」

「いや、これはちゃんとわかってない私にも責任があるから。信用されなくて当然だろう」

 しゅんとしたドクター・ロマンに慌ててフォローを入れる。この人、なんかほっといたらどこまでもドジっ子属性でいろんなミラクルミス連鎖させそうだな。

「良かった……八百坂ちゃんが話のわかるバーサーカーで良かった……!」

「それは私以外のバーサーカーに対する風評被害……」

「とりあえず、時代とかがわかる単語とか覚えてない?」

「クルクシェートラ、クル、パーンダヴァ。カウラヴァに付いてたみたいだってのは分かる」

「マハー・バーラタか!でも死体を縫ったなんて記録はないぞ!?」

 すぐにわかるドクターは博識だなぁ。というか、王族が縫い物してる記録なんて残ってたらかなり問題なんだけどね?

「ロマン、そこまでにしなよ。八百坂ちゃん、その辺りはまあ、追々ね。とりあえず今後のオルガマリーについてなんだけど」

 やんわり諌めたダ・ヴィンチちゃんが私の方を見据えた。コバルトブルーの大きな目に捉えられると、口を開くのが億劫になる。

「彼女はしばらく休養する。それで、君にはオルガマリーの司令で立香くんたちとレイシフトしてほしいんだ。サポーターとして、これから戦ってほしい」

 まだちゃんと本調子になってないマスター、しかも今度もレイシフト適性があるかわからないマスターを前線に出すのはまずい。そもそも後方においておくべき司令塔だ。

「まあ、それが妥当でしょうねぇ。オルガから命令してもらえれば、私はそれに従いますよ」

 オルガマリーは私の言葉に少し動揺したように目を泳がせたけど、それからちゃんとこちらに顔を向けて言った。

「わかりました。バーサーカー、これは命令よ。藤丸立香たちを手助けしなさい」

「ご随意に、マスター」

 命令があるなら、私は従うまでのこと。ちゃんと遠隔でも指示は出されるだろうから、まず心配はない。まあでも、単独行動スキルがあれば良かったんだけどね。……あるのかな。それかスキル生えてきたりするかな。してほしいけど、十中八九は無理だな。

「では、八百坂燈くん。これから、よろしく頼むよ」

「ええ、もちろん。こちらこそ」

 手袋を外して手を差し伸べてきたドクターに、こちらも手を出して思い切り力を込めて握手する。ドクター握力結構強いね、成人男性の握力痛い。

「力弱っ!?」

「まあ、私自身の握力はそこまで強くないですから」

 面と向かって手弱女とか言われたらバーサーカーモードに切り替えて棍棒で一発お見舞するけどね。びっくりするくらいならノーカウントだ。握力は()()()()だけど、これでも腕力はそこそこあるんだぞ。

 

 少しぐだぐだと締りのない感じの終わりになったけど、これが私に下されたオーダーだった。これからは、少し厳しい戦いだけど生き延びなきゃいけない。

はてさて、ちゃんといろんなもの壊しながら生きていけるだろうか。意地でも生きて帰らなきゃね。私の世界はもう、この世界なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌だ、もう、彼女まで縫いたくない。皆縫った、手も、足も、(はらわた)も、首も、全部縫ったんだ。もう、無くすのは嫌だよ。だから生きて」

 ねぇ、オルガマリー。お願い。




 記憶がないのは、対霊宝具が相当魔力を食ってかなりフラフラしていたのが遠因。オルガマリーを蘇生させたあと、いきなり欠乏したところに魔力供給が来てぶっ倒れたせいで記憶が飛んでます。飢餓状態で食事をさせたら死ぬとか悪影響が出るアレ。

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