布石
いない、いない、いない、いない、いない。どこにも、いない。姿どころか気配も何もない。
何故、何故だ。生き延びると笑っていたはずだ。そうでなくともこちらに来るだろう、なのに、何故……
待てど暮せど、彼は来ない。あの優しい人間は、我々の従兄弟殿は、英雄には決してならないというのか。それだけの功績があれど、望まないのか。弾かれているのか。誰に、何に?
思考を巡らせていると、不意に声が聞こえた。音ですらない、ただの意識を流し込まれたようなそれに、不思議と抵抗できない。ただ流されるままに思考に答える。
「彼は永遠を望まない」
だが友情は望み、友として親しまれることを欲した。そういう者だったはずだ。
「彼はあの世界で愛することを求めない」
それは自らの体が半端であると思ったからだ。いつだって、相手のことしか考えていなかった。
「あの子には、帰る場所があった。ここではない、もっと大事な場所があった」
信じない。信じたくはない。それなら、オレたちがしたことは何だったのだ。繋ぎ止めんとしたことは、全て徒労だったというのか。
「あの子は、王になるために空っぽになっただけだ」
オレたちでは満たせなかったのか。取り戻したいと思うことは間違いなのか。
否、違うだろう。求めていいと、そう告げたのは奴だ。手を伸ばせ、掴めと唆したのは奴だ。そういう心の種を埋め込んだのは、あの親とも等しい人だ。
「取り戻す。嫌われようが構わない」
自由に我欲を持っていいと言ったのだ。求める心から何かしらのものが生まれると、それだから良いのだと言った。負から、正から、どんな心からでも、何かしらのものが生まれるからいいのだと確かに彼は言った。
本人がそう言ったのだから、良いだろう。なあ、ドゥリーヨダナ。
「チョコレート美味しいなぁ」
課題をしつつアクセサリー素材を漁っていると、なかなか良いメタルパーツをみつけた。太陽のモチーフだけど、これ案外イヤリングとかにするといいかもしれない。カルナの耳飾りみたいなデザインにできる。かなり小ぶりだけど。
ちょっと未練がましいかもしれないけど、私はまだあの夢からインスピレーションを引き出したいと躍起になっていた。
あの夢には妙に現実味があった。後から少しずつ掘り返して考えたら、結構納得行く終わりじゃないかと思う。自分があの夢の中のドゥリーヨダナだったとは信じないけど、なんとなく。
だって、最初から帰りたかったんだ。王様はお仕事です。帰って来て、全部いい体験だった、って血肉にしてお終い。楽しい部分もあったんだけど、私は最後にはどうあがいても彼らより先に死ぬ。仮に神様みたいに長々と、天国で生きていたら多分心が先に死ぬ。楽園って平穏だけど、つまらなさそうじゃないか。だからこれでいい。
私は何かしていないと生きて行けない性質なんだ。だからこその小説書きのオタク。だからこその多趣味。
あ、でも、次あったら殴られそう。いやだな、カルナ馬鹿力だから頭が凹むかすっごく大きなタンコブができそうだ。
嫌いじゃなかったよ。心からみんな愛してたよ。でも、私の本体はこっちだからね。謝る相手は、もういないから気にすることもないんだろうけど。
それでも、もし会えるとしたら、今度こそちゃんと友達になれると嬉しいんだけどな。二度あることかも知れないし、そうなったら三度だって起きるはず。
あ、でもビーマとクリシュナとは嫌だ。あいつら絶対悪戯は倍返しにしてくるし。ターラーは幸せになったかな。伴侶居たんじゃなかったっけ。あのあと、良い人出来たかもしれないし、本当に幸せであってほしい。私も今、幸せだからね。先生にもなれそうだ。夢が叶うのって、夢の中でも現実でも嬉しいんだね。
教育実習に行った先ではまあ上々、という程度のことで先生から合格はもらった。これからはもっと、本腰入れて頑張らなきゃいけない。あとちょっとで、手が届く。あとちょっとなんだ。
口に入っていたチョコを飲み下して、次を摘む。齧ったチョコにオレンジピールが入っていて、ふと実習先にいた橙色の髪の女の子、藤丸さんのことを思い出した。面白い話があってな、と話したらすごく嬉しそうに聞いてくれた子だ。世界史クラスタの素質があると思う。ニーベルンゲンの歌やアーサー王伝説のあたりのことだったから、もしかしたら神代に興味があるのかもしれない。
もっと、面白いって言われる授業したいなぁ。できれば、あの子の授業を受け持ってみたいなぁ。
ドゥリーヨダナの中の人は幸せです。
ドゥリーヨダナという役割は悲劇的でも、本人の望みは手が届きつつある状態で、いつも通りに生きていく。
そしてここからFGO編です。のんびり更新。