叙事詩の悪に私はなる!   作:小森朔

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すべて終わったあとの話。
一応主なエンドはあの2つで、バッドエンドは道半ばでの過労死です。バッドエンドではそのまま騒乱になる。

リクエストがあれば活動報告へのコメントにお願いします。


エピローグ

エピローグ

 

 気がついた頃には、部屋が暗くて、布団の薄い布がいい具合になっている時間だった。……暗くて少し寒い?

ということは、

「うっわ、今何時?!」

 がばっと起きて時計を確認すると、夜の八時。ダメだ、完全に寝てた。クーラー切れてたからどっちかというと気絶かもしれないけど、めちゃめちゃ長い時間寝てたらしい。

 これ、大丈夫かな。今夜ちゃんと寝ないと明日に響く。それは流石に辛い。明日は教育実習の挨拶に行かなきゃいけないのに。

 

「ごはんよ〜」

「はーい」

 とりあえず体を起こすと、畳にそのまま倒れていたせいか、かなり痛い。ご飯を食べて、風呂に入って、寝よう。課題はもう少しあとでもいいや。

 そういえば、すごく楽しかった記憶がある。ぼんやりしてるけど。

「なんだか不思議な夢だった気はする」

 多分、いい夢だった。とても泣きたくなるくらい、楽しくていい夢だった。

 でも、もう起きたんだから、忘れるものだ。忘れなきゃいけないものだ。

 腕時計を探して周りを探ると、何かに手が触れた。拾ってみると、見覚えのない髪飾り。綺麗な色付き水晶と飾り紐の、高価そうな。

「こんなん持ってたっけ……福袋のかな」

 まあ、ここにあるんだったらちゃんと買ったものだ。大丈夫。私のだ。でも、しばらくは使わないだろうそれは、戸棚の奥に、箱にしまって押し込めた。髪が長くなったら使おう。それまで存在を覚えてるか心配だけど。さて、ご飯食べて頑張ろう。

 ふすまを開けて繫げていた隣の部屋で、神棚の、その炎が大きく揺れた。

 

 

 

 母上、いや、父上か。どちらでもいいが、私の親は死んだ。今は、銀髪の侍女に支えられて生きている。直に、私も成人して一人で生きていくだろう。

 彼の人は、私が元服し参戦することを良しとしなかった。そして、私だけが生き延びた。本当の親ではなかったが、心から愛されていたとは思う。

 だから私はこれからも、精一杯生きていこう。彼の人が望んたように、私は私の人生を送る。そして、天国に行ったら、あの人にやり遂げたと伝えるのだ。貴方の、ドゥリーヨダナの息子は立派に生き抜いたと。

「ターラー、あなたから見て、私は彼の人の求めるように生きて行けているだろうか」

「それは、あなたが決めること。私に聞くことではないですよ、若君」

「そうか、人生は難しいな。父も、こんな気持ちだったのだろうか」

 私の呟きに、侍女は曖昧に笑っただけだった。

 

 

 地獄で炙られる弟たちを見て、ユディシュティラは激怒した。私が天国で、彼らが地獄にいることがよほど気に食わないらしい。

「あれだけ不正、不実を重ねたのによく言えるな」

「確かに、お前からしてみればそうだろう!だが私も神の法を守った!誠実に生きたのだ!」

 従兄弟殿が吼える。ああ、ちゃんと肯定できることはいいことだ。お前らのことは嫌いだったけど、そのあり方は悪くないと思う。そして、こんなことに使われる我が身がひどく惨めだ。やっぱり舞台装置からまだ外れることはできていない。じわじわと、私の足元にも火が迫る。

「弟たちが地獄で焼かれるならば、私とて焼かれなければならぬ!」

 激昂したまま、そう叫んだ瞬間に空間が歪み、緩み、変わる。やっと、やっと解放されるか。良かった。もう、暗い中でずっと待っていなくても構わないのか。

 風景が変わる。神の花園、死後の楽園に。ここはお前たちのいる場所になった。私がもう帰る時間になった。

「良かったな、お前らはここで幸せになれる」

 さて、今度こそサヨナラだ。さよならだけが人生なのだから。もともと、なんの変哲もない人間が、よく頑張ったと褒めてくれたっていいだろう。私だってもう疲れたんだから休ませてほしい。

 

 ユディシュティラがそちらへ向かったあと、足元の暗さが影になり、体を覆う。振り返ったユディシュティラたちやカルナ、アウシュヴィッターマン、ドローナ師、縁のあった人々が驚いたようにこちらを見ているのが、遠くに見えた。なんでそんなに驚くのだろうか。私以外、救われたというので十分だろうに。

 まあ、私だけいないのは大したことじゃないだろう。他のみんなで幸せに済めばいいだろう。お前たちのための大団円に、なんの問題があるだろうか。無いだろ?

「さよなら、我が人生」

 影の中は水で満たされ、意識が溶けていく。最後を任せてごめんな、ターラー。それにヴァルナ神も。ありがとう。貴方がたも、末永く幸せに。




あの子供が消えたあと、幸せなはずの楽園には暫し悲しみがあった。「彼女」は水の流れのままに、もとの場所へ戻るだろう。それを悲しむのは、的外れの行為ではないだろうか。私とて、少し寂しいと思わなくもないけれど。さようなら、我が王。私を拾った、優しい子。

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