叙事詩の悪に私はなる!   作:小森朔

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トゥルーエンドに行き着く話。
これ以上はあまり思いつかなかったので尺を巻きます。今後は何かリクエストがあれば書きます。感想から何かいただいたら、ぼちぼち書こうかと。


ほんとうの最期

「ふっざけんなぁあああ!」

「うるさいぞ、ドゥリーヨダナ」

 叫ばずにはいられないのでとりあえず執務室で叫んだが、とにかく何なんだあの壮大な宮殿。あれでどれほどの民の糊口を凌げると思ってるんだ。くそう、あの根っからのクシャトリヤたちめ。

「挨拶は無事に済んでよかったな」

「あ、それはたしかに」

 絶対に何かやらかすと思ったんだけど軽い熱中症で池に落ちかけたくらいだ。それだって、顔が真っ赤で意識が半分消えてたから大騒ぎになるだけで恥ずかしくはなかったし。強いて言うならバイオハザードになりかけたのが良くなかったくらいだ。あの後に風邪引いて祝賀二日目が地獄みたいになったんだよな。

「最近なんか倒れやすい気がするんだよな」

「働き詰めだからだろう。魂を削っている様だぞ、お前は」

「やっぱりか、ちゃんと休まねば」

 一応自覚自体はあったんだけど、他人から指摘されると凹む。

 しかしまあ、ここまで来たのだ。あとはもう突っ走って終わりまで行くしかない。クシャトリヤらしく死ぬルート作らなきゃいけない。私は行くつもりは毛頭ないが、カルナは天国に行ってくれ。私は地獄だ。

「そろそろ潮時かな」

「譲位するのか?」

「うんにゃ、国盗り。まとめて分捕ってやる」

 やるぞ、と笑えば、カルナも悪戯でも考えてるような顔で頷いた。これだから親友は最高だ。打てばだいたい響いて返ってくる。返って来ないのは失敗しそうなことを止めてくれるときだ。この企みには、不味いとしても乗ってくれるらしい。嬉しい限りだ。

 いい国は、もうこれ以上は無理。色々考えたけど布石だけ打って後始末押し付けてやる。私が死んだあと国民に愛想つかされちまえ。

 

 

「やだー!!ぜっったいにあの疫病神みたいな女だけはよこしてくれるな!!

西の端の地区の統治権だけでいいから!」

「ドゥリーヨダナ?!」

 シャクニ叔父上の賭博は面白いくらい色々な利権を剥ぎ取っていったんだけど最後の方でこれが出たときは流石に駄々をこねた。あの人絶対面倒ごと起こすもんな。あの兄弟だから渋々みんな納得したのに寄越されても困る。すごい美人ってだけで厄介なんだよ。

 

 と、まあ駄々をこねた結果折衷案で12年間追い出すことになった。あいつらとは中年男になる頃にまた会うことになる。やだなー、養子にした子どもがちゃんと成人するくらいのタイミングとか。頑張って礼儀作法と知識仕込んでる最中なのに。もちろん王にはしないけどな。

 彼だけは絶対国外に逃すのだ。血が繋がらなくても我が子は我が子だ。クシャトリヤでも只人になっていいのだ。

「悪いな、シャクニ叔父上。だが、」

「お前が考えてることはわかるから気にするな。あと、悪いと思うならクシャトリヤの女を娶れ」

「それだけは絶対に断る」

 いいぞ、と笑いつつ髪をグシャグシャに撫でて提案した叔父上の言葉に、どうしても抵抗しかできない。奥さんもらっても幸せにできないんだから嫌だ。彼女たちにだって人権はあるんだ。趨勢を担う、いまの世界で主権を持ってる男たちの好き勝手な欲の対象じゃない。対等に求めて、対等に戦える人たちだ。そんな人たちを押し込めるのは、たとえエゴだと笑われても嫌だ。

「お前らしい。まぁ、好きにしろ」

「ありがとう、叔父上」

 

 

 

 それから、一つにした国を12年かけて統治した。心労と過労で死にそうだった。でも、決して無駄にならない時間だったと思う。

 1年から2年は洪水が起きないよう治水した。どうしようもない洪水で流されることは少なくなった。完全になくなることはなかったけれど、それで良かった。

 2年から3年は橋や道路を直して回った。人の行き来が多くなり、活気が出た。

 4年から6年まで、国内の畑を豊かにすることに集中した。食べ物が少しずつ増えて、人も少しばかり増えた。

 6年から12年は、すべての国民のために富と平和を求めた。恐怖も飢えもない、そういう国になるように。

 

 そして、12年して戻ってきた王たちは、開戦した。沢山の兵が居た。兵士を家で待つ妻子が居た。これだけの人々を死なせたくなかった。でも、もうこれ以外、ないのだ。ここまで来たら他の道は無かったのだ。

「思えばだいぶ遠くまで来てたんだな、私たちは。そうだろ、カルナ」

 そうっと、傷をつけないよう気をつけて親友の首を持ち上げる。矢で飛ばされた首は、きれいに刎ねられていた。それこそ、彼の胴と縫い合わせるのさえ容易いほど。

「おまえは、満足して死んだんだな」

 綺麗な、戦って死んだ者とは思えないほど穏やかな顔をしている。鎧が無い親友の体は武人らしくも、たやすく事切れる人間らしい体だ。ただの、普通の人間のようだった。

 それからしばらく彼の首を眺めて、針と糸を取る。夜明けまでにはすべて縫い合わせてしまいたい。できれば刎ねられたままでなく、綺麗な形で弔ってやりたいのだ。それが侮辱になるとしても、罪人の様な首の無い遺体のままでは、嫌だ。

 一針入れるごとに、視界がぼやける。喉の奥から、異様なまでに息が震えて出てくる。明確な音にならない声になる。それでも、縫わなければいけない。弟たちは全員縫って、皆弔ったのだ。親友も、そうしなければ。肉親と同じほど慈しんだ、無二だった大事な友なのだ。人生を振り返ってみても、これほどまでに多少の裁縫ができたことを喜んだことは無い。

 明日、私も死ぬ。お前は、許してくれるか。生き延びろといったお前は、怒るだろうか。もう二度と再会しないと知ったら、どう思うだろうか。

「やっぱり、私って卑怯者だなぁ」

 さようなら、私の親友。どうか安らかに眠ってくれ。あわよくば、私のことは忘れてしまえ。




 彼は戦士として死んだ。
 しかし、死んだ場所はクルから少しばかり、外れたところだった。戦場を引き伸ばし、引っ掻き回して、国から出て死んだのだ。
 彼は、英雄だろう。しかし、どこにも英雄の形は残らない。彼の姿を求めるなら、書物と街を見よ。過去治めた人々を見よ。そこに、彼の魂はある。

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