叙事詩の悪に私はなる!   作:小森朔

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ドゥリーヨダナ誕生と、そのときの話。
学校とか自動車教習とかバイトの関係でものすごく亀になりました。もっと頻度上げます……


生まれいづる災厄

 どうも、ドゥリーヨダナさんです。人間らしいクリアな視界がやっと手に入り、しかも乳幼児期ふっ飛ばして生まれ出たところです。

 

 いきなり生まれた、というより正確には人工哺育器のような壺からオギャアしてしまったというべきかもしれない。なぜかといえば、本当に最初に私が見たのは推定人間としか言いようのないぼやけたものだけだったし、その後すぐに狭っ苦しくて動物の臭いがする温い液体の入った場所に押し込められたからだ。

 それからずっと寝こけていて、私は今ここにいる。ドロッとした液体が絡みつき、滑ってしまって地面にへたり込んでいるけれど、たしかに私は、今ここに生まれたのだ。

 

 私が生まれ落ちたのは、やはり恐らく一番最初なのだろう。父親であろう人がじっと私を見ている。そうでないような男たちが私を口々に罵っている。

 やれ忌み子だとか、不吉だとか、呪われているとか。女官たちの次が産まれ落ちるかもしれないという懸念の声、産湯の指示を出す声も遠くから聞こえてくる。その声に、ここは宮殿の中で、その時を知った人たちが集まっていたのだなと初めて分かった。

 壺の中では全くわからなかったし、夢見心地にぼんやり言葉を聞いていただけだったんだ。

 

 低かった視線が、ふいに一気に持ち上げられた。抱え上げたのは母親らしい人、上品で華美な布を纏った女性だ。その腕の中で、先程までは壁のようにしか見えなかった黒い壺の群れを見る。

 

 ああ、これが。これが私の、私と兄弟たちの産まれ直した(はら)か。

 

 

《ウオオーン、ウオオーーン》

 

 

 締め切られた部屋の中に、どこからか、遠いところから獣の叫び声がする。

 この声はよく知らないけど、多分インドで夜行性の群れの肉食獣なら、ジャッカルなんかの声なんだろう。呑気にそんなことを、女性に抱えられたままに考え続けていたが、ぎゅっと抱きかかえる力が強まっていったことで考え事が頭から振り払われた。

 

 何事だ、と思ったのと同時に野太い悲鳴のような声が上がった。

「この子は厄災の子だ!」

 髭面の男の一人が、怯えたように進言したのだ。

 

 周りの人間全員が、恐れおののいたような顔をして私を見ている。皆、私を気味悪がるような視線を投げてきている。

 獣の声は、そんなに不吉なのか。読んだときにはそんなに不吉なものとは思わなかったし、普通にあるものなのだろうと思ったのに、怯えた顔を見てすんなりと自分の出生時期のヤバさを思い知った。

 気温はあまり低くもないから、繁殖の前の番の呼びかけが行われているのかも知れない。たしかジャッカルはインドらへんだと繁殖期が決まってない。丁度今温かくて肉が取れそうな時期なんだろう。恐ろしくタイミングが悪い。

「しかし、聖仙からの恵みで生まれた子供なのだ」

「いけません陛下!」

 臣下の一人が声を荒げる。目が血走っていて、あまりに怖くてビクッとする。

「この子供は必ずや厄災を生みますぞ!」

 反対側からこちらを伺う臣下の一人はそう主張してきた。ざわざわと他の複数人がそうだそうだと同調しだす。

 父王を見ると、見えないはずのその目が、その光が揺らいでいた。目は光を失っても、ちゃんと感情に合わせて変わるものなのだと、その光のせいではっきりわかった。父親ではなく、王の光か宿りつつある。そして父親としての目は消えてきている。

「陛下!決して!決して生かしてはなりませぬ!」

 また一人、私の人生を否定した。

「陛下!」

 大合唱に、父親は完全に消えてしまった。今、ここにいるのは私の父ではない。この国の王が私を見下ろしている。

「殺せ、大きな惨禍を生む前に!」

 絶対的な命令が、その瞬間に下ってしまった。私は生まれてすぐに死んでしまうことになってしまったのだ。

 ……女神の目論見からは完全に外れたものだろうな、この決定。

 

 

「嫌です! この子は! この子は私の……!」

 またぼんやりしかけたところに、ぎゅう、と腹に通されていた腕に力が更に篭った。

 くるしい。息が苦しいほど、母が私を抱き締めている。ぼたぼたと雫が頬に落ちてきて広い部屋に嗚咽が響き渡る。目隠しから滲み出てしまうほど、私を嘆いている。腹を痛めて私を産んでくれた、今生の私の母上が。母が、苦しんているのだ。

 それは、とてもいやだ。さっきあったばかりだけど、この人が泣くのは、凄く嫌だ。

「ははうえ」

 舌っ足らずに母を呼べば、途端に母の嗚咽はぴたりと止まった。

 私の体を抱えている腕に縋れば、母はビックリして私を締め付ける力を緩めた。

「よいのです。わたしは」

「な、にを……何を言うのですか!」

 ひどいことを言い放った私に、母は少しばかり茫然としたけれど、すぐに正気に戻って捲し立てた。でも、父王は決定してしまったし、少しでもストレスケアはしてから死にたい。痛いのは嫌だし死にたくもないけど、今やるべきことと、できることはそれしかないんだ。

「ははうえ、わたしはもうよいのです。でも、おとうとたちには、ちゃんといきてほしい」

 初めて会う母に甘えるように、縋り付いて目を合わせてもらいながら。私は神ではなく人に懇願した。ここで生き死にの決定権を握っているのは父と母で、父は母の言うことを蔑ろにしてしまうことはないだろうから。だって母たる彼女は、聖仙から受けたその恩恵で父との間に私を産んでくれたのだから。

「ちちうえ。ごえいだんにかんしゃします」

 確かに周りの反応から見るに、私は生きてはならない。これはたとえ我が子であっても異を唱えてはいけないことだ。

 あまり詳しくはなかったけれど、階級社会の大半って子供は子供じゃなくて所有物だし、土地を治め始めても正式に成人して後を継ぐまでは一端の大人でもないのだ。

 

 しかし、私の言葉選びが悪かったのか。私が母うえを絶望させた後の父王の盲た目は、半分ほど人の親の目に戻りつつあった。おかしい。この人は、この程度の、お涙頂戴の劇で変わるようなお人じゃないだろう。

「ちちうえ。どうか、はやく」

 この場で切り捨てるにしろ、引きずり出して始末するにしろ、私は早いこと殺されるに限るのだ。望む言葉をかけるしか、私にはできない。苦しんで死にたくはない。

 

 苦しみたくなくて原作とは全く違うけれどとっとと人生放棄しようとして王に告げたというのに、現実はそうならなかった。

「ならぬ」

 迷った挙句に、覆されてしまった!

 どよめく臣下、茫然と聴く私、一瞬我を失ったあと復活して私を抱きすくめる母。苦しいですやめてください、中の物はないけど胃液出そう。

「ちちおうへいか」

 内心テンパりながらももう一度問いかけると、先程よりも父としての心は見えにくくなっていたが、やはりその心変わりだけはしっかりと決まってしまったらしく。穏やかに笑いながら、私を見ていた。それは、ゾッとするほど波のない、諦めの顔だった。

「貴様のように受け答えする太子を殺すのはあまりに惜しい!故に、殺してはならぬ!」

 これは、私が作った運命だろうか。それとも、女神の補正力で多少原典に近づいて生き延びられているんだろうか。

 私は神様じゃないからよくわからないけれど、まあ、少なくとも今私は生きられるし、悪いものでもないのだろう。

「滅びようとも、生きるがよい!滅ぼさせぬよう、生き延び、奸計に生きよ」

 そこで、彼は一旦力強い言葉を区切って、とんでもない事実を告げた。

「我が息子にして娘である子供よ!」

 

 

 母親も家臣も、目の見える者はよく気づいていなかったが、その発言のあと確かに確認されてわかったこと。

 どうも、私は半陰陽であるらしい。




 ドゥリーヨダナさんはのっぺりした体付きになる予定
 ここでバラしてしまったのは、あとでこの子供を引きずり出すのもできるぞっていう。例外に例外を重ねていくパターン

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