「それはね、砂漠を見たいんだ。
カルナ、どうせだから付いてきてくれよ。一緒ならもっと楽しいしな!」
介錯をしてくれ、とでも言われるのかと身構えていたオレは、どう返事をしていいのか一瞬わからなくなった。
憑き物が落ちたようなさっぱりした顔は、先程まで苦しみ叫んでいたそれと違う。何もかも、全部飲み込んでしまった顔だ。いつも通りらしいといえば、らしい。
「あちらに人を寄越して、帰ってきたら名実ともに一つの国にしてさ。私が居たらすごく面倒だし、やっぱり向こうで死ぬよ。水死、は怖いからなぁ…やっぱり毒人参か?」
いや、全く変わっていなかった。先程同様に、前向きに後ろを向いている。
「あ、死体は検体させるなよ。バレるから。死体がなければ両親も納得しないだろう」
「お前は……」
死の恐怖は、きっとあるのだろう。俯いて呟かれる声は震え、鼻をすするような音さえする。今、このにんげんは、生きることに対して執着している。
あれだけ、透明な目をしていた奴が。生きることに意味を見出せないようだった奴が。
「そこまでして、死にに行くのか」
「まさか。生き延びに行くんだよ」
ばっと上げられた顔は泣き濡れていたが、ひどく穏やかに、笑っていた。ただの子どものような笑い顔だ。
親子ほども年の離れた、親友。そして、年若くも父のように思った相手は、やはり不思議な道筋で、まっすぐに考えている。
「死にたくない。死にたくは、ないんだよ」
「ならば、」
「でも、私が居たらいけない。国が崩れては、私が成したものの意味さえ無くなる。なら、落としどころまで持っていく、民に負担を与えないところまで持っていって終わらせるべきだろ」
ああ、そうかと納得する。此奴(こいつ)は筋金入りの阿呆だ。死体など、食われたと言って髪だけ国許に残せばいいものを。それでも、本人なりには真面目に考えているのだろう。いずれ露呈してしまえば、国の混乱の原因となる。
「で、だ。前に砂漠見に行きたいって言ったろ。遅まきながら青春ってものをしてみたい。働き詰めだったし」
楽しみだなー、向こうのご飯美味しいかなー、と間延びした期待の声を上げながら親友が笑った。
思えば、親友は王としてずっと国に縛り付けられていた人生だった。それでも、それを誇っていた奴が、自分のため、と言っている。
「ターラーはどうするんだ」
「本人の意思次第だな。私に付き合わせるのも悪い」
「オレは付き合わせるのにか」
驚いたと言わんばかりに丸くされた目に、オレが了承すると信じて疑わなかったんだろう。もちろんするが、そのままそう思わせるのもつまらないように感じた。
「嫌なら、残って好きに生きるといい。私も好き勝手にして生きるさ」
眼差しは寂しげに、しかし声色は楽しそうに断言される。駆け引きの真似事などしなければよかったか。慌てていることを悟られないように、平成を装って言葉を返す。死に際に、看取るものがいないのはおそらく悲しむべきことだ。
「馬鹿か、お前は。主君について行かない臣下などいない」
ほうっと小さくため息をついたのを見逃すことはなかったが、反面、表情はいたずら小僧のそれになった。調子に乗っている。いや、どちらかというと、舞い上がっているというべきか。
「居るんだな〜、これが。秦とかに」
「秦か。行かないのか」
「まあ、追々な」
嘘だろう。口先ではそう言いつつ、既に腹は決めているのだ。最後に砂漠などとは、また奇特なものだ。
「西の土地の砂は、焼くと透明になるらしい。いつか、私もその欠片になる」
骨を埋めるのは西方に。そう決めているのなら、もう止めることもしまい。最後に一度、親しいものに表付きのことだけ伝えて、全て抱えて死ぬのだろう。
オレは、その終わりのあり方を決して悪いとは思わない。没するところに伴われるのなら、オレは喜んで墓守となろう。喜んで使いに走り回ろう。最後の大舞台を、拍手喝采で終わらせてやろう。
「楽しみだな」
「ああ」
そうして、一人の王は故郷から離れた地で死んだ。柔らかな、楽しげな死に顔だった。
カルナは帰郷し、その折に死んだ。
英霊になり、父と同化し、分御霊になり、座に至った。これで、友に会える。そう思い、探したがそこにこのドゥリーヨダナは存在していなかった。王は笑って消えた。春の霞のような、そんな終わりだった。
追記 誤字を直させていただきました。ありがとうございました。