叙事詩の悪に私はなる!   作:小森朔

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ラック家の陰謀の話


燃えよ物件

 物件とは、つまり占有権が発生するモノである。現代日本では、多くの場合物件といえば不動産関係で使われる。

 で、その物件という所有物を作るときには出来るだけ燃えにくい、崩れにくい家にするんだが、奴らを消すためには逆にしないといけない。

 

 

 あからさまに殺しにかかるのは良くない。あの長男、原典ドゥリーヨダナが仕込んだ家をすぐ見破ってるからまずいにもほどがある。ならば、不自然がられない方法を取るべきだ。

「よし、アマニ油でワックス作って木材に塗らせよう」

「わっくす?」

「木材の艶出し剤だよ。木の床や壁なんかは美しくなるんだ」

 ギーとか混ぜ物入りの漆喰とか木材とか、絶対警戒される。それに石油や油脂の多くは匂いでわかるものばかりだ。匂いの薄いアマニ油ワックスならよいだろう。最新の建築用品の言い訳も立つ。

 計画を羊皮紙に書きつけてそう呟いたとき、側にいたカルナがそれに反応した。ワックスってこの時代まだ無いもんな。たっぷり油を染み込ませた美しい木材が燃えると思わないと信じたい。

 

「それでは、ただの善行にしかならないだろう」

「それが、この艶出し剤引火することが多いんだよ。しかもかなり燃えるんだ」

 実はアマニ油は現代の火事の原因で結構な件数を占めてるのだ。火種はタバコだったり、他の摩擦熱だったりとか色々ある。つまり、この時代なら現代よりも「うっかり」が起きて自滅する可能性が高い。こっちのタバコは紙巻きじゃないけどね。

 どうせだし石綿も疎らに仕込ませることにしよう。どこぞの交易品で石綿の布なんてものがある時代だから不自然でもない。かぐや姫に出てくる火ネズミの皮衣はアスベストだって説があるほどなのだから、彼らも不自然には思わないはずだ。数年も住めば随分吸い込むはず。

 しかし、建てるために罪の無い工事者に健康被害を出してやるのは嫌だ。建築はそうだな、更生不能なならず者への公共事業動員で出来るだけ利益出しながら。パーンダヴァに慈善の為作らせたものと思わせれば、なんとかなるだろうか。

 

 床は燃えにくい大理石に。梁や壁の芯の部分は、ワックスを塗り込めた燃えやすい木材に。漆喰は細工をするよりも、家の構造で密閉されやすくしてバックドラフトが起きやすく。石綿は言わずもがな健康被害。ここで効かずとも後々体を蝕んでいくことだろう。

 

 「吉祥」の毒の家を、私は私なりに作ってやろう。ああ、それから富貴病(メタボ)になるように、捨て駒を見繕ってから給仕や監視をさせるようにしよう。ご馳走ばかり食べて脂肪肝になってしまえ。セーブするという概念がないのだから何処までも食えるだろう。

 もし死ななかったとしても、彼らが数年越しに苦しめばいい。私は、カウラヴァとして出来るだけの策を巡らせるだけだ。

 

「ちなみに、アマニ油と合わせて、ひまし油も生成しようと思う。搾りかすの方にかなり強い毒が残るから、ソイツで矢毒とか作ろうぜ」

 実は傘の先にリシン塗った玉仕込んで暗殺するやつ、やってみたかったんだ。

 地味に気になってる実験ができるかもしれないからとカルナに告げると、きょとんとした顔でこっちを見ているだけだった。うーん、ハスキー犬が飼い主の興奮をわかってない感じの顔。知り合いのとこのハスキー、新しいオモチャにテンション上げてる飼い主をこんな目で見てたんだよな。懐かしい。

「ドゥリーヨダナ、お前が調子に乗るときは大概失敗する。調子に乗るのも程々にしておけ」

 返ってきた言葉は、結構キツめだった。いや、たしかに私が心のままにパーンダヴァを攻撃するときはだいたい失敗してるけどね?それでもここまで言われるとちょっと凹む。それに、そこまで言わなくてもいいだろうとイライラする。

 

 いかんいかん。はい休憩、大きく呼吸。1分半だけ深呼吸とだんまり。

 

「知ってる。気をつけるよ。ありがとう、カルナ」

 客観的な視点は大事だ。カルナの言葉にどれだけ苛立ったとしても、一分半呼吸をして落ち着けばちゃんと頭だって冷えるし、それが正しい言葉だとわかった。

 

 思うに、あの武術大会のときと同じ、というか常にこの青年には言葉が足りていない。よく生きてこれたもんだ。恐ろしく無私で、施しの精神に溢れすぎてるから一定の好意があるんだろうけど。

 

 カルナは非常に優秀なクシャトリヤだけど、固める侍女や召使を選別しないと大変なことになるタイプだ。下手しなくても城ごと持ち逃げされかねない。なんとなく嫌な予感がして使用人は大丈夫そうな人たちを纏めて押し付けたんだけど、それが今思うに最適解だったのが頭痛案件。これから人を雇うのにこの男がやると色々厄介なのも引き込みかねない。

 

「まあ、できるだけ削げはいいんだよ。パーンダヴァ駆逐作戦」

「駆逐なら帰ってくるかもしれないが」

 まとめて消さなくていいのか、と言いたげなのは、なんとなくわかった。カルナに命じたら多分できるんだろうけど、今やると大層よろしくない。他国との交易関係で今書類の山が多くなってるから、これ以上案件増やしたら冗談抜きに死ぬ。

「時間稼ぎできれば追撃準備ができるから、とりあえずは駆逐でいいんだよ。本当は殲滅したいけど」

「なら、それでいい」

 

 ごろん、と座椅子横のクッションマットに転がったカルナはそのまま寝こけてしまっていた。ここ数日、クシャトリヤになったばかりで慣れない儀式や慣習に振り回されていたから疲れたんだろう。

 

 頼りになる将軍にご褒美の一つや二つやらないとと思って、後でまた焼き菓子を用意させようと考えた。西方から来た干しぶどうを使うケーキを、この青年はお気に召すだろうか。珍しがって食べてくれたら、私のやってることを少しだけ理解してくれるかもしれない。交易は、食を始めとしていろいろなものが豊かになるのだ。できれば、人間が人間の力で豊かになることを肯定してほしいと思う。




カルナのことを微妙に忘れている主人公。
彼のことは単純に理想的な聖人として捉えている。

追記
一部手直ししました。

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