叙事詩の悪に私はなる!   作:小森朔

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カルナとのファーストコンタクト。短い。


邂逅と即位

しにたくない。

まだいきていたい。

でも、いざとなれば、私は死なねばならない。

 

 どうか、臆病者の私に叡智を授けてください。変えられることを変える勇気を、変えられないことを受け止める平静を、そしてそれらを区別する叡智を与えてください。

 

 祈る神はここには居ない。あるのは、人の都合など気にしない神々だ。私の国とはまた性質が違うけれど、そういう傍若無人な存在だ。

 もともとは一神教の国の人の言葉だ。私が尊敬していた先生に教えられた言葉。この世界にいるとき、それが常にとても必要なものだと私は思った。だから、ただ私は自分の心にそれを求めた。

 

 

 

 その偉丈夫が弓を引き、誰よりも見事に戦ってみせるのを客席から見て、この世界に来てからかつてないほど心を揺すぶられた。

 いつか、ただの学生だった頃に姉に見せられた演武の映像を見ているような感動だった。武術の師範があらん限りの実力で演じる、戦いの型のうつくしさ。涙を流して見惚れたあの演武のような、そんな見事な振る舞い。

 黄金の棕櫚のような長身に、強靭な獅子の如き肉体。月の色の髪に、薄氷を思わせる瞳。洗練された美しさは、恐らくどこぞの神の息子なのではないかと思うほど整っていた。

 

 そして何より強い。これ以上なく強い。決めてはそれだけで十分だ。というか美しさは戦い方だけで十二分に過ぎる。例え醜男だったとしても絶対取り立てる。

「決めた。あの男をクシャトリヤにしよう。他の階級のままにするなんて勿体無いことさせるか」

 

「アルジュナよ、お前がどのような業を行おうと、俺はそれより見事にやってみせよう」

 啖呵を切ったその言葉もまた清々しい。しかし何だろう、こう、ちゃんと伝わってない感じがするのは気のせいだろうか。

 

 しかし有言実行で、言葉通りの神業をさらに上手くやってのけた彼は本当に見事としか言えなかった。

 同じ師に仕えていたというが、なぜ気づかなかったのか全く分からない。彼ほどの勇士ならもっと早くに気付いて取り込もうとしていたはずなのに。

 薄らと違和感を感じながらも、それを押し殺して勇士に声を掛けた。

「勇士よ、誇りをもたらす者よ、よくぞ来た。君には私の持つ全てとクル国をほしいままにする価値がある!」

 

 いつもよりずっと饒舌なことに、それか、私がとても喜んでいることに弟たちは仰天して目を丸くしている。ごめんよ弟たち、兄ちゃん実はこういう血湧き肉踊る少年漫画系バトル見るの好きだったんだ。プロレスとかリアルファイトはイマイチだったはずなんだけどこれは別だった。

「そんなものはいらない。お前の友情、そしてあの男と一騎打ちをする権利を」

 結構スッパリ切り捨てられてるけど、一応友情は必要項目だから望むんだな。よし来た、これでこの男を登用できる。お友達枠でもなんでもいいから使える将軍が欲しい。

「それは結構! なら、友のため尽力してくれるな?」

「承知した」

 

 ああ、向こうでクンティーさん倒れた。一体どうしたのか。栴檀水で気付けされてるけど、大丈夫かな。

 目の前で王族に取り立てるとこ確認してもらわなきゃ、敵になるのはっきりわからないだろうしな。母親からの忠告はある程度聴くみたいだし、キツめに印象づけておきたいところ。

 

「ドゥリーヨダナよ、その男、よもや王族以外とは言わないだろうな?」

 

 ふいに浴びせかけられた一言に、先程までの威勢はどこへやら、青年は打ち萎れてしまった。まずい。方法なんていくらでもあるんだからそんなに正直に落ち込まないで欲しい。あ、罵声がひどくなってさらにうち萎れてってる。頼むから自己肯定感高めに生きてくれ!

「それが何だと?クシャトリヤは生まれながらのものと武功ある戦士、そして軍を率いる者の三者から成る階級。私はこの時を持ってこの者をアンガ国の王位に着けましょう!」

 少し動揺したのを悟られないように笑って演説をぶちかまし、あらかじめ用意した物と控えさせていたバラモンたちに聖句で寿がせて恙無く青年を王位に着けた。さっきから目を丸くしっぱなしだけど、この男おどろいた顔が猫みたいだな。昔、近所で飼ってた白猫が確かこんな感じの顔をしょっちゅうしてた。

 悪意ある観客の声は驚愕と、私への非難に。時々賞賛も聞こえる。もっと褒めていいんだぞ。

 それが酷く心地よかった。釣られて気付いて投げられる罵声程度で、この男の強さへの信頼度が揺らぐものか。あんな美しい戦闘スタイルの男の戦力が、信用できない訳がない。これほどの男をいま登用しなくていつ市井から発掘すると言うんだ。

 あまりに心地が良すぎて、笑いが止まらない。頬が緩んて仕方ない。

 

 ああ、楽しいなぁ。ドゥリーヨダナとして過ごしてきて、こんなに楽しいのはいつぶりだったか。

「これで良いのでしょう?」

「……ああ」

 

 苛立ったようにしながらも一応納得したらしい三男と、ついさっき王族になった男は、非常に殺気立ったままにぶつかりあった。

 

 

 これで良い。これから何を起こされようと、私はこの男に友情を望まれた以上は一生涯友としてあり続けよう。

 そして最後までこの男と勝ち抜き、生き抜いてやろう。この男となら、私はずいぶん長く生きていけそうな気がした。




主人公の「変えられないものを〜」の下りはニーバーの言葉から抜粋。

追記
冒頭のニーバーの内容で勇気を繰り返していたので叡智に訂正しました。

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