父親をなくしてからさらに5年。
魔力ごと封印されてしまったシャルロットは、魔法の知識は持つが魔法の使えない魔法族…、つまりスクイブのような立場になっていた。
元から自分が魔法を使っていた訳でも無く、家族もあまり使わないから、あまり前と立場は変わらない様な気もする。
父親が消えてからすぐにあの小さな屋敷からは引越しをした。
新しい家はあの家から遠く離れた所、さらに、近隣の街からも随分と離れた森の中だ。
元は誰かの別荘だったらしいが、あまりの使い勝手の悪さに手放したらしい。
その使い勝手の悪さがシャルロット達にはちょうど良かった。
無駄に敷地だけ大きい誰かの別荘は庭も広大だった。
その庭の隅で小さな家庭菜園をして、父親や祖父がフリンデル家のためにと貯めていた多大な額の貯金や、フリンデルの財産を少しずつ切り崩して暮らしている。
シャルロットは窓枠に腰掛け、分厚い本を読みながら、見事に紅く染まった森を窓から眺めていた。
「もうこの紅葉を見るのも5年目か、あと少しで私も11歳になってしまうけれど、私は……学校にも行かずにずっと館にこもったままなのかしらね」
1人ため息をついたその時、自室の扉がノックされた。
母親か祖母のどちらかだ。
どうぞと返事をするとガチャリと扉が開く。
アプリコット色の髪に私が譲り受けた紫色の瞳、母だ。
「シャルちゃん、そろそろ……行きましょうか、支度をして降りてきてね」
「うん、お母様。お祖母様連れてすぐに行くから大丈夫よ」
「ええ、じゃあよろしく頼んだわ」
もうあれから3ヶ月経ったのか、はやいものだと重いながら軽く髪を整える。
整えるといっても長い金の髪を軽く梳かすだけだが。
この金の髪はお父様譲りらしくて、素敵ね、綺麗ね、だなんてよくお祖母様に褒められる。
私達は3ヶ月おきに元の館へお墓参りに行っている。
とはいってもそこには骨もお墓もないのだが、お父様を忘れないようにする為に結構多めの頻度で祈りを捧げに行くのだ。
さ、これで準備は大丈夫、お祖母様を迎えに行こう。
「お母様、お祖母様も連れてきたわ」
「もう、シャル?私はまだお祖母様なんて呼ばれたくないのに、まだまだ若いわよ?ほら、ほら」
階段でくるりと回ろうとする祖母をなんとか止める。
そろそろ本当に危ないのだからあまりお転婆な事はやめてほしいものだ。
「それじゃあ二人共、腕に捕まって」
玄関ホールで待っていた母親に近寄り、そっと腕に手を添える。
姿現しだ。私これちょっと苦手なんだけどなぁ。
とか思ってる間についた。うう、やっぱりちょっと気持ち悪い。
「さ、アルフレッドにお祈りを捧げに行くわよ、シャル」
お祖母様に腕を引っ張られて慌てて付いていくシャルロット。
その様子を見ていたソフィアは、微笑ましい気持ちになる。
貴方は……あんなに大きくなったシャルロットの事を見ているのかしら、アルフレッド。
その時だった。
ソフィアの首に杖が突きつけられているのだ。
「やっと、やっと見つけたぞ。シャルロット・フリンデルの母親のソフィア・フリンデル。あの娘から魔力を感じないが、貴様らが何かやったのか」
ソフィアは緊張と焦りで冷や汗が出た。
この5年間何もアクションが無かった為に完全に油断していた。
あの時のデスイーターの残党…!
「ふ、シャルの魔力を封印したの。
もうあの力は使えないし、貴方達にはどうすることも出来ないわ、残念だったわね?」
「こいつ…ッ!…………!!!!そうか、そうか……!!!!クルーシオ!!」
「!?!きゃ、ぁあぁぁあああ」
遠くから聞こえた声に驚き、シャルロットとミラは後ろを振り向く。
ソフィアが謎の男になんらかの危害を加えられているようだ。
「お母様!」「ソフィア!」
「き、来ては……だめ!っ、ああぁああぁぁ!!!!!」
ソフィアは顔を歪ませ、必死に苦痛に耐えていた。
黒い服の男はシャルロットにも杖を向ける。
「ソフィア・フリンデル。その痛みを娘にも与えてあげるのはどうかな?」
男の声にソフィアは首を振る。
そんなのダメだ。絶対にダメだ。
あの子に傷なんてつけさせやしない。
アルフレッドの代わりに私が守らなければならない。それこそ命に変えても。
じゃなければ、命をかけてシャルロットを封印したアルフレッドに顔向けなんて出来ない。
そして、あの子は私達の大切な宝なのだから。
「あれ?返事なしかい?じゃあ、遠慮なく……クル__」
痛みに意識が朦朧とする中でこれだけは譲れなかった。
もう、痛みで頭もおかしくなっていたのかも知れない。
でも、あの子を今守るにはこれしかない。
きっとお義母様の魔法ではこの男に相殺されてしまう。
お義母様は魔力も少ないし、逃げきることが出来ない。
今コイツからあの子を守るためには…封印を解くしかない。
アルフレッドに顔向け出来ないな、なんて考えながら、男が呪文を唱える前に途切れ途切れに詠唱を始めた。
その詠唱と共に、辺りに金色の粒子が舞う。
突然のことに男は驚いて呪文を放つのを忘れていた。
最後の詠唱を終えると、ソフィアは腹の底から叫んだ。
「……好き、よ…大、好きよシャル。お義母様、逃げて!!!」
金の光が眩しく輝く。
シャルロットの失っていたものが元に戻っていく。
思わず涙をこぼすシャルロットに、ミラは思い切りシャルロットを引っ張った。
最後に見えたのは消えゆく母と慌てふためく黒い服の男だった。
____________
シャルロットが意識を取り戻すと、そこは玄関ホールだった。
どうやらミラの姿くらましで家へと帰ってきたようだ。
ミラも父と同様魔力量が少なくて、ここまでの魔法は使えないはずだが…一体。
二人共放心状態で座り込んでいた。
「………お祖母様……お母様は、どう、なって、しまったのですか…」
シャルロットが顔を上げると、ミラは涙を流していた。
ミラの前で手を振っても話しかけても反応無し。
これは、まずい状態かもしれない。
母がどうなったのかも気になるが、失った魔力が戻ってきたのは少し嬉しくもあった。
シャルロットが立ち上がると、ミラはぽつりぽつりと話し始めた。
「…シャル……あなたの魔力を封印したのはね、あなたの力が問題だったの。フリンデルが代々小さな奇跡を持って生まれるのは知ってるわね?」
「ええ、知ってるわ」
「あなたの力は…魔法威力増強。それに伴って魔力増幅も伴っているの。フリンデルではそんな大きな能力を持つものは出たことがなかった。それはとても危険な力なの、かつてダイアゴン横丁で小さな問題を起こしたことを覚えてる?」
「5歳の時のこと…?人の波にもまれたことしか……」
「そうね、その時のこと。あなたの能力でそこかしこで魔法を使っていた人の魔法が強化されてしまって、人々は混乱に陥った。それから、その能力を目にした闇の陣営の残党があなたに目をつけた。それを危惧したアルフレッドは……あなたの能力を、魔力ごと命を使って封印したの、ソフィアは…魔力量の足りない私にきっと気づいていた……。私達を逃がすために、また命を使って……あなたの魔力を解放したの……これが、全て」
それを聞いたシャルロットは崩れ落ちた。
お父様もお母様も亡くなったのは自分のせいじゃないか。
この忌々しい能力のせいだった訳だ。
「ごめん、なさい…私のせいで、お祖母様の大切な息子も、お嫁さんも……私のせいで__」
バシンッ。
ミラがシャルロットの頬を叩く。
突然のことにシャルロットは目を瞬かせた。
「シャル!アルフレッド達の想いを履き違えないで!二人共貴方を想って命をかけたの、貴方が大切な宝物だから…だからっ___」
「もういいよ、お祖母様。もう……ごめんね、そこまで言わせてしまって」
泣き崩れるミラをシャルロットは抱きしめた。
お祖母様の悲しみを晴らしたい。再び家族全員で過ごしたい。その為には____シャルロットの瞳には仄暗い光が宿っていた。
それから数ヵ月後、シャルロットの元にホグワーツからの入学許可証が届いた。
何故かコンタクトと共に。
「お、お祖母様?ホグワーツからの入学許可証と共に変なものが……第一私はホグワーツになんて行けないわ、私の能力が…」
ミラは編み物をしながら慌てるシャルロットに向かってくすくす笑う。
「びっくりした?ダンブルドアにずぅーっと前に頼んでたのよ、それ。シャルをこのままここに閉じ込めて暮らすだなんて前から嫌だったのよね。そのコンタクト、ある程度魔力を抑えてくれるの。魔力が抑えられるって事は能力も必然的に小さくなる。シャルの周りにいる人にはすこーし増強作用が出ちゃうかもしれないけど、その事については許可取得済みだから安心して行っておいで」
「い、いいの?お祖母様……そこまでしてくれていたなんて……」
「もちろん、それにここにいるよりホグワーツにいた方がシャルは安全だしね」
「お祖母様……ありがとう…!!!あ、でもお祖母様はここで1人になってしまうけど大丈夫…?」
魔法学校に行けるって事は魔法の勉強が出来るということ。
魔法の勉強が出来るという事は私の目的にも近づけるということ。
これ程嬉しいサプライズはない。
「しもべ妖精さんがいるし大丈夫よ、その代わり、シャルには手紙を書いて欲しいわ」
「うん、もちろん書くわ!絶対書く!」
「約束よ、シャル。そうそう、試しに1週間後にダイアゴン横丁に買い物へ行きましょうか。そのコンタクトをつけて、ね?大丈夫だから」
「き、緊張するわ……このコンタクト本当に大丈夫かしら……」
「ダンブルドアに頼んだものなんだから大丈夫に決まってるわよ、多分……」
最後のミラの言葉に2人とも半笑いになった。
ごめん、シャルちゃんごめん
軽率にご両親消してしまって本当にすまない