それは、静かに雪が舞う冬の日だった。
きらきらと、しんしんと、穏やかに降り積もる雪の中で小さな産声が響いた。
少し広めのお屋敷に、聞こえてきた産声に集まっていた人間たちは微笑みを浮かべる。
「よくやったわ…偉いわね。お疲れ様ソフィア」
ソフィアに産まれてきたばかりの赤ん坊を手渡される。
「まあ……この子が……私の、子……可愛いわ。ねえ、あなた。名前は、名前はどうするの?」
「ソフィア、そんなに急かさないでおくれ。昨日母さんと考えていたんだが、シャルロット…はどうだろうか?」
シャルロット、という響きを気に入ったのか、ソフィアは何回も何回も名前を呟く。
それから、素敵な名前ね、と呟いて赤ん坊の頬を優しく撫でる。
それはそれは幸せな家庭の様子だった。
これが、シャルロット・フリンデル誕生の瞬間である。
フリンデルの家は特殊だった。
代々この家の者は少し変な能力を持って生まれるのだ。
小さな怪我を触れるだけで癒す者、小鳥と話せる者、手を叩くと小さなお花がまわりに咲き乱れる者。
本当に少しの奇跡の力を魔法の力とともに持って生まれるのだ。
「っと…母さん、少し肌寒い…。シャルロットの為にも少し暖炉の火力をあげてくれないか?」
「……アルフレッド、貴方がやりなさいよ…」
はぁ、とため息を吐きながら、アルフレッドの母親___ミラは杖を出した。
ほんの少しだけの魔力を載せ、インセンディオと唱える。
すると、暖炉の火が少しだけ大きくなった____いや、大きくなりすぎた。
それはもう、壁や床に燃え広がるのではないかと思うほどに。
あまりの出来事に、ミラは小さく声をあげる。
その声にアルフレッドが反応した。
炎の様子を見たアルフレッドは慌ててアグアメンティ!と唱える。
その瞬間、あたり1面が水浸しになってしまった。
「ちょっと!アルフレッド!?何考えてるのよ!」
「ち、違う!!僕はここまで魔法の威力は出せないよ母さん!」
ここで、それまで黙っていたソフィアが口を開けた。
「2人とも、それは…シャルロットの能力かもしれないわ」
信じられない言葉に2人は目を見開く。
「いや、何を言っているんだソフィア。そんな大きな奇跡、フリンデルには出たことないぞ」
「本当よ、あなた!2人が魔法を行使する時、シャルロットの紫の瞳がぽうっと輝いたの……私、びっくりしてしまって思わず黙りこくってしまったのだけれども……」
「そんな…人の魔法の威力をあげるだなんて闇の陣営に知られでもしてみろ、そんな便利な恐ろしい力、誘拐ものだぞ!……それに、ああ、確かに魔力も増えた感覚がする」
アルフレッドのその言葉に、ソフィアは肩を震わせた。
「アルフレッド!そんな事言うもんじゃない!!いい、これは私達の中で絶対に守らなければならない秘密。これから極力この子の前で魔法の力を使うのは禁止よ」
ミラのその言葉に2人は固く頷いた。
何も知らないシャルロットは、楽しげにソフィアの髪で遊んでいた。
それから五年の月日が経った。
金の髪をハーフアップにし、白いワンピースを纏った可愛らしい女の子が、小さなお屋敷を駆け回っていた。
「かあさまかあさま、もうすぐわたしのおたんじょうびよ、ねえねえ、やっとおそとにだしてくださるの?」
ソフィアは、シャルロットのその言葉に思わず顔が引き攣る。
外には魔法が溢れている。
シャルロットの力を隠すために今までずっと外に連れ出さなかったのだ。
シャルロット自身も外に出たいとは今まで一言も言わなかった。
それがこの前、酔っぱらったアルフレッドが、シャルロットに5歳になったら外に連れて行ってあげよう、などと言うものだから、外にいきたいと連呼するようになったのだ。
まあ、1度は連れていってあげたいものだが、まだ5歳で好奇心旺盛なのだ、どんなことが起きるのかわからない。
「そうねぇ……シャルがいい子にしてたらきっと行けるわよ。それよりも、昨日新しく買ってあげたご本は読んだ?」
「もちろんよんだわ!あのほんはとてもこうさつのしがいがあったわ、あのかたのさくひんはどれもすばらしくて、さいこうよ!つぎもまちきれないわ!」
このように、外に行けないシャルロットにはたくさんの本を与えてきた。本人も本を読むのは好きなようで、あっというまにフリンデル家に置いてある本を読み切ってしまったのだ。
悪いことではないのだが、もう少し軽い気持ちで読んで欲しい。
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「かあさま、とうさま、はやくはやく!!」
ソフィアは公園あたりでいいと思っていた。
だが、アルフレッドがダイアゴン横丁に行こうなどと言ったのだ。
アルフレッドはシャルロットの能力を軽視しているように見える。
無論反対したのだが、孫に甘いミラと娘に甘いアルフレッド、そしてシャルロット自身に押され結局ダイアゴン横丁になってしまった。
シャルロットの力があの時限りのことであってほしいと願わずにはいられないのだが、どうにもそうはいかないようだ。
シャルロットが通ると、その近くで魔法を行使した人の魔法威力が上昇。
魔法を使う人がたくさんいるこの場所で、魔法威力など上昇させてみろ、それはもう大混乱になる。
このように。
予想以上の威力が出て、周囲に被害が出る。
人でごった返したダイアゴン横丁がたちまち大混乱に陥り、皆が我先にと逃げ出す。
「シャルロット!こっち、だめよ、勝手に行かないで!」
「かあ…さま、まって、きゃ、ひとが…!」
人の波に足を取られたシャルロットは両親からどんどん離れていってしまう。
シャルロットは、今両親の元へ無理に行くのを諦め、とにかく人のいない方に一旦避難して、周囲が落ち着いたあと両親の元へ行こうと思い、そのまま人の流れに流される。
暫く流されていると、いつのまにか人がいなくなっていた。
見知らぬ場所に1人なのは心細いが、なんとかして両親の元へ戻らなければならない。
いくつかの路地をまがったところで段々と周囲が暗く、雰囲気が悪くなっていくことが感じ取れた。
どこを見ても黒かったり、怪しいお店が立ち並ぶ通りに入ってしまったのだ。
「もしかして、ここが…のくたーんよこちょう…?」
何かの本に書いてあった気がする
「おやおやお嬢さん迷子かな?」
「大丈夫かい?お婆さんについてくるかい?」
「こっちにおいで、甘いお菓子をあげよう」
話しかけてくる人は優しい言葉と表情だが、それはシャルロットが今までにみたことのない悪意が滲み出たものだった。
シャルロットはそこから逃げるように走る。
こわい、コワイ、恐い、怖い
前を見て走っていなかったからか、ドンッと誰かにぶつかってしまった。
「ごめ、なさ……」
全身真っ黒い服に身を包んだ男の人は慌てて離れようとするシャルロットの肩をがしりと掴んだ。
「おじさんは大丈夫だよ、こんにちはお嬢さん。
確認なんだけど、君はフリンデルの子かな?」
まだ小さいシャルロットは、苗字が出てきたことで安心したのか、こくこくと頷いてしまった。
「うん、うん。フリンデル。シャルロット・フリンデルだよ。おじさんは…とうさまかかあさまのお知り合い?」
「そうかぁ、それはよかった。フリンデルの力なら納得だ。さっきのダイアゴン横丁での騒動の原因は君だよね?君が歩く度に瞳が薄く輝いていた。あの不思議な力、見た時はびっくりしたよ?きっとこの子の力ならあのお方を復活させるための魔力が少なくても補える。そして復活したその後も、あのお方はきっとこれをお喜びなさるはず…!」
黒い洋服のおじさんは、先ほどの魔女や魔法使いと似たような悪意のある笑顔を浮かべた。
「ひ……ぁ………おじさん、ちがうよ……そんなの、わたし、しらない………おじさん…なにいってるの…わ、たし、そんなの、わからな…はなして…!!」
「シャル!!!!」
「…とうさま!!!かあさま!!!」
「この!シャルを離せ!ステューピファイ!」
油断していた黒い洋服のおじさんはあっさりと呪文に当たって気絶する。
両親は慌ててシャルに駆け寄ると、はやくここを離れよう、とだけ言い慌てて家へと帰った。
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「ソフィア」
アルフレッドの決意のこもった声が、ソフィアの名を呼ぶ。
その声に悟ったソフィアは思わず涙を滲ませた。
前々から相談していたこと。
どうやら今日シャルロットを外へ連れていったことにより、心に決めたらしい。
例のあの人が幼子に敗れた後、散り散りになったり捕まったはずのデスイーターの残党に運悪く見つかってしまった、バレてしまった。
シャルロットの力を知った闇の陣営は、勢力復活の為にもきっとすぐにここに来るだろう。
それまでにやってしまわねばならない。
それは、自分の命と魔力を引き換えに、シャルロットの魔力ごと能力を封印してしまうこと。
誰かがやらなくてはならないことだった。
だが、ミラはもう老体で体も弱く、命を代償にしてもシャルロットを封印する事は難しかった。
「あまり長引かせると後が怖い、そして君とも離れたくなくなる。寝てる母さんにはすまないと言っておいてくれ」
「あ、あなたがやるなんてだめよ!私が…」
「あの子に必要とされるのは、君だ。子は母がなによりも大切だ。最後だソフィア。愛しているよ」
「嫌、嫌よ!あの子のためだとしても…そんな、アルフレッド……!!まだ、一緒に……」
ソフィアの前で閉ざされた扉は、もう開く事は無かった。
寝ているシャルロットにアルフレッドは涙をこぼした。
まだ成長する娘を見ていたかった。
扉の前で泣き続けるソフィアとまだ暮らしていきたかった。
母さんの最後まで、一緒にいてやりたかった。
まだやり残した事は多いが、世界で一番の宝物、自分の子供の為ならば、自分は命を使ってでも守る。
「勝手な父を許してくれ」
シャルロットの手を握り、長い詠唱を終えると、アルフレッドは金色の粒子に包まれて消えていった。
とりあえず4話まとめて投稿してしまおうと思います。