どこまでも正しい男の話。

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小説と言うよりは、詩のようなものかもしれません。


とある病棟の繭

フードをつけて、ベッドでガタガタと震える。

 

頭が痛い。何度も机に頭を打ちつけて、それでもまだ痛い。

逃がさないとばかりに俺を追ってくる緩やかな吐き気が、神経を指でなぞる様に何度も自殺を迫る。

何も考えていないようで、吐き気を催すほどの思考をしているからたちが悪いのだ。誰も心配してくれやしない。

 

何度も迷って、疲れてしまった。来世はもっと楽に、くだらないことで悩んだりしないように、何度も顔を引っ掻いた。

隣で寝ているこの子はいつ死ぬのだろうか。いつか死ぬなら、どうか俺と一緒に死んではくれまいか。一人は嫌だ。一人は寂しい。

 

手前勝手な事だとは分かってはいるのだけれど、孤独への恐怖と憧れが内臓を掴んで、今すぐに死ねと脅す。この子はどうせ長くない。ならば俺と一緒に死んでくれてもいいはずだ。

この子はいつ死ぬのだろうか、俺はいつ死ぬのだろうか、そもそも俺は何だったのか、俺は何故ここに来たのか……。

俺のことを誰も語ってくれはしないように、この子も誰にも看取られずに死んでいくはずだ。いや、俺が死ななければ、この子の最期を看取るのは俺になるのだろう。この子はきっといつものように、あの綺麗な微笑みを浮かべて死んでいく――なんて幸せな事だろうか。

この病棟に来たのは孤独に死ぬためのはずなのに、死の間際に立って俺は必死にこの子にすがり付いている。

もう十分だ、脳がまだ正気を保っているうちにここを出ていこう。

散々世話になったバケツに、まだ嘔吐をする。

 

俺はもう逃げられない。

 

思い出すのは言い訳。将来の夢って何だったか、諦めるってなんだったか、言い訳ってなんだったか。確か言い訳は悪いことだ、何故悪いことなのか、俺は何故こんなに言い訳をしているのか、俺は何故言い訳しなければいけなくなったのか。

そんなことももうどうだっていい。せめてもう一度、最後まで一緒にいてくれた犬に会わせてくれ、一回撫でさせてくれればそれでいい、何故みんな邪魔をするんだ、死ね、死んじまえ。

 

思い出が俺に死ねと怒鳴りつける。そうだ、全部俺のせいだ。悪いのは全て俺だ。ああ、だから、だから俺は俺のために死んでやる。お前らのためにも死んでやる。鉄の扉は今日は開いている。看守も俺に死ねと言ってくれている。

 

扉を開けると、綺麗な花が咲いていた。ああ、綺麗だ。無学な俺には花言葉なんてものは分からないが、十分だ。

 

誰が植えたのだろうか? ――そんなのは決まっている。俺は走り出した。

 

花が喋っている。俺は朝顔の名前だけは覚えている、子供の頃に育てていた。朝顔が喋っている。あれはきっと、俺の育てた朝顔だ。「お兄ちゃん、どこへ行くの」

 

決まっている。俺は朝顔を撫でると、また走り出した。

 

犬とは会えなかったが朝顔とまた会えた。もう心残りは何も無い。

 

階段を上っていく。もっと、高く。もっと。生き損ねたら大変だ。

 

「最後に礼を言っておく、花を植えてくれてありがとう」

 

「看取ってやれなくてごめんな」

 

心臓が、脈打った気がする。

内臓が出てきて、俺にさようならと言って別れを告げている。

脳が割れた。

ああ、頭が痛くなくなった。

そして、俺は死んだ。

 

 



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