大嘘ぶっこいた結果だよ? 作:ザントマン
「最期に敗れた騎士に向かい歩み寄る彼は悲しげな声で問うた。
――何故?
問われた騎士は死に瀕しながらも答える。
――私は一騎打ちと言った。我が騎士の道は曲げぬことだからだ。
――その潔さをもっと別に……いや、これ以上は無粋か。
騎士はその言葉にフッとほどけるように笑い、死んだ。彼の行いは皆に嘲られようとも、誰からも石を投げられようとも、ただ唯一の理解者がいたことを最後に悟ったのだ」
とかこんな感じでどうよ。
そんな風に思い薄目でチラッと周囲の状況を見ると誰もが涙している様子である。中には人目をはばからず号泣している者もいる。
「ううう、お互いのことを理解しあいながらも殺しあうことしかできないなんて悲しすぎます」
その反論は予想済みだ。
「悲しくはない。理解されることが彼の騎士への救いだったのだ。それ以外の救いの道は騎士の国の民が、そして騎士自身が許さないだろう」
とかこんな感じでどうっすかね。
両手を広げながら厳かっぽくそう語ると深く納得した様子でうんうんと頷く幾人かの姿が見えた。マジちょれぇ。
「さて、今日私が受け取ることのできた神話はこれだけだ。また、神話を授かることができれば語ろう」
「ありがとうございます!」
古代人ちょっろ。とかいう心境は表情に出さないままで謙虚な雰囲気で適当に頷きながら今日の貢物を受け取る。お、今日は肉あるじゃん。ラッキーだ。最近は農耕が盛んに行われるようになったことから穀物は昔ほどに困らなくなったけど、牧畜なんかはまだまだできていないので肉類は貴重である。
そしてそんなまだ発明すらされていない技術だとか文化を知っている俺は未来人であり転生者だ。かつての趣味がCivとかVicみたいなPCゲームだったので古代の技術は少しだけわかるのが幸いした。
この集落での立ち位置は語り部あるいは神の御使いとかそんな感じ。そういう風になるように苦労した。
現代っ子だった俺は正直言って狩猟とかできる気がしなかったのでそういう肉体労働は無理だと結論付けた。また、最近になって集落に農耕という概念が入り始めてきたことにも注目していた。
農耕が始まったのは紀元前六千年とかそのくらいだ。もちろん俺の属している集落が流行から取り残された狩猟民族である可能性もあったが、大人たちの話が分かるようになるころには農耕が受け入れられ始めていたのでまあおおよそそのくらいだろうなという目星がついていた。
で、古代において大きな力を持っているのは神だ。科学的思考なんていうパラダイムシフトを起こしていない旧人類はあらゆる自然現象を正しく説明できないのだ。彼らは悲しいことに何かの説明を自身の経験からしか語ることができない。文字という記録媒体もないので先人の知恵を連綿と実行してきた結果だろう。
だから雨が降るのは神様が泣いてるんだよとか適当ぶっこいても彼らが納得できるのならそれが正しくなってしまう。バカらしい話だが今はそういう時代なのだ。
理不尽な自然現象への納得は上位存在の気まぐれという説明が一番楽なのだ。自分たちにはどうしようもないこととして処理することができる。それは共同体を作るうえで重要なことだ。規範だとか社会正義なんかも神話を通して学べるので都合がいい。
それを利用しない手はない。そんなわけで俺は神話(笑)をそれっぽく語ることで日々の労働から逃れることに成功した。夢の中で神の経験した事柄を見ることができたとかなんだとか適当言って話せばすぐに信用を得られた。過去の話だとか言っとけば建国神話っぽくもできるからなおお得。
そんでもって信用を十分に得られたあたりでどうやら俺はその神の転生体らしいとかなんとか言っておけばもう楽勝。貢いでもらって左団扇っすよ。
正直話してる内容はほとんど前世で見たアニメやらなんやらのパクリだし、俺自身の語り口なんて大したものではないが話し方一つとっても高等教育を受けている未来人の俺のアドバンテージは古代人には眩しすぎるようだ。いつも目をキラキラさせて話を聞きにくる。
マジちょろいわ。こんなんでニートできるとか古代ちょろいわ。
まあニートしたところでネットがあるわけでもないし、セックスは集落全体で時機を見てやらないと間違って孕んじゃったら女手が減って労働力減って集落全滅しちゃうとかで勝手にできないしで娯楽なんてそれこそ狩猟とかしかなかったりするわけだけど、石槍もってウホウホするなんて文明的じゃないし無理。体は昔人間だとしても精神は現代っ子でありたいものだ。それこそが俺が俺であるアイデンティティであるわけだし。
この俺の人生をタイトルにするなら、“古代に転生しちゃったけど知識チートでニートライフします(笑)”とかそんな感じかな。クソ程つまらなそうな雰囲気が実際につまらないこの状況にマッチしてていいと思う。
――と、生きている間の俺は娯楽少なくてマジ人生つまんねーわファッキンとかぶーぶー言っていたわけなのだが、そうしながらもいつも新しい神話(笑)を話していたわけだ。
そしてそれはちょっとありえないほど正確に口伝として伝えられ、世界各地に伝播し、文字の発明とともに記録されしまったわけで。
もっとも古くから存在する寓話であり神話にして、時代が進むにつれて正しさが証明されてしまう技術の書物にして、
あらゆる神話の原点であり指標であり訓戒と規範を含んだ政治の書物にして、
哲人の書物でも英雄の書物でもどこにでも必ずその引用がされる書物であり、
神話――誰もが知っていて、名称も正しくそれしかないが、しかし古代において“神話”とはこれであり、各地に発生した神話に文明の名を冠する代わりにこの神話は一般として“世界神話”なんて呼ばれちゃったりしている。
神話、とだけ言われれば誰もが一つのものを思い浮かべる。それほどに著名であり、絶対的だった。
その神話の主人公の名は――
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者」
間桐雁夜は全身の血管をナニカが這いずり回るような不快感と激痛に苛まれながら詠唱を続けた。それを傍から眺める妖怪ジジイこと間桐臓硯は愉快そうにニヤリと笑いながら見ている。じめりとした笑い方は彼がこの蟲蔵の主であることを如実に表している。ジメジメとした湿気は壁を這いずり回る蟲にとっては心地よい環境なのだろう。だが雁夜にとってみれば不愉快以外の何物でもなかった。
「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」
臓硯によって付け加えられた一文は効力を発揮し、バーサーカーを呼び寄せようと聖杯に干渉しようとする。何もかも未熟で、何もかも不足な雁夜の肉体を臓硯に刻み込まれた蟲が蝕み食い荒らす。痛みのオーバーフローによって混濁する意識の中、雁夜は自身の呼び出したサーヴァントを確認する。ぼやける視界の中、彼に確認できたのは光であった。
バーサーカークラスにおける共通事項は狂気である。狂うことで破壊に特化する狂戦士がバーサーカーのクラスである。では狂気とはなんだろうか。
意味の上でいってしまえば時代の通念に反していることだ。つまりは常識ねえクレイジーな奴がバーサーカーだ。しかも破壊する。学校の窓ガラスを割って回る不良みたいなアウトローである。
そして運のいいことに世界で最も
そんなわけで、呼ばれてしまったのだ。
魔法陣が光り輝き神秘的っぽい煙を上げながらゆらりと現れるのは巨岩だった。岩のような、だとかそういう表現があるが彼はまさしく岩だった。
「天上天下唯我独尊」
その男が生まれた瞬間に二足歩行しながら話したとされる言葉だ。サーヴァントの召喚が生誕と考えれば彼のこの言動もまるで不自然ではない。彼が話せばその言葉は神になり善をなして消えるという。“天上天下唯我独尊”とかいう俺ってマジ尊い宣言ですら謙虚に思えてしまうほどの後光が差した。
「なんじゃこの光は? サーヴァントから出ているのか? 魔力が暴走している? 何、恐怖は感じない? むしろ暖かくて、安心を感じる……そうじゃ、儂はかつて――」
臓硯の呆然とした声は雁夜の耳には入ってこなかった。それほどに目の前の存在から目が離せなかった。
鎧は岩のようだ。兜は檻のようであり、関節部などの部位は不自然に膨らんでいる。スカートのように広がっている裾には何か円柱状のものが見え隠れするそれは近代的にも見えるがしかし素材などの見た目は古代というか原始的である。それらが強引に鎖のようなもので繋ぎ止められているがいくつかの鎖は千切れてぶら下がったままである。
光り輝いているのは岩と岩の接合部分のようだ。大きな岩を削り出したものが幾重にも折り重なって作られているその鎧から何条もの神々しい光が漏れ出ていた。
彼が歩く度に重低音が蟲蔵に響き渡る。鎖が擦れるチャリチャリという軽い音が何よりも彼がそこにいるという現実感を与えてくれる。やがて雁夜の目の前までやってきた彼は仁王立ちのままその名を名乗った。
「我が名はハベル。かつて岩の時代を終わらせた者だ」
ドンッ――という音は彼の佇まいからの幻聴かあるいは実際に鳴ったのかもしれない。彼の威容はそれを納得させるだけの雰囲気があり、それ以上の衝撃があった。
――ハベル、と言ったのか? この男が、ハベル?
そう言われれば、その通りである。この男以外に誰がハベル足りうるのだろうか。その雰囲気も、見た目も、言動も何もかもが彼がハベルであることを納得させる。強制的に誰もがそうであると理解させられる。
「あ――あ、あ、あ、ああああぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!!!」
臓硯の引き絞るような絶叫が響き渡る。自身の手で胸を掻き毟ってボロボロとその体を崩す。蟲によって構成された間桐臓硯の体は容易く崩れ去り、やがて一匹の小さな蟲が蠢くだけであった。
雁夜がそれを理解できないままに眺めているとゆっくりと歩き出したハベルがその蟲を手に取り語りかける。
「如何?」
その声音は叱責するような厳しさもなくただ優しく慈愛に満ちていた。ハベルの神話を思い返せば彼の人柄もこの行動も納得できる。彼はどのような者に対しても優しく、救いを与えるのだ。
「儂は、そう、かつて儂は――ああ、なんと眩しい。だが、もう……まっくらだ……」
悔恨を感じさせる声だった。雁夜は今までに聞いたことのない声だ。いつだって不気味に笑い、怒気や愉悦以外の感情を表に出したことのない臓硯の初めての姿だった。
幼子のように震えた様子で話す臓硯にハベルはどこまでも優しく、自信あふれた様子で話しかける。
「――安心して逝くといい。このハベルが保障する」
何の後ろ盾もなく、何の証明もない保障。ただ何故だろう。彼が言うとそれでも大丈夫だと思える。まっすぐな言葉だと思えた。
「――ああ、こんなに嬉しいことはない」
臓硯はハベルの言葉を聞き、フッとほどけるように笑い、死んだ。彼の行いは皆に嘲られようとも、誰からも石を投げられようとも、ただ唯一の理解者がいたことを最後に悟ったのだ。第三魔法による人類の進化は成せなかったが、この英雄であれば悪の根絶だってできるだろう。間桐も悪いようにはならないはずだ。そう思うことができた臓硯は後悔なく死ねた。
妖怪ジジイのくそったれな思考なんて全くわからない雁夜からしてみればとりあえず臓硯が死んだらしいということしかわからなかった。しかしそれは解放だった。これできっと、救われる。そう安心した彼は意識を手放した。
どういうこと。俺の寿命がストレスでマッハなんだが。っていうかこれ動きづらいわなんなんこれ。ファッキンどういうことだってばよ。
水底から浮上するように意識が覚醒し、目が覚めたなんて呑気に思ってたらどうにも陰気くさい場所にいる。何ここ。虫めっちゃいるしジメジメしてて気持ち悪いんだけど。
しかもなんかペラペラしゃべる虫がいたから話聞こうと思ったら勝手に死んだ上に俺の口がなんか勝手に話し始めたんだが。これ俺の意思必要ある? なんだ? 転生の次は憑依か? まるで主人公のようだ。でも俺ってクソみたいな無駄知識をひけらかすことしかできないよ。
今はいったい何時代なんだ? そろそろ石器時代抜けた? あっ、へんなおっさんいるしこいつに聞こう。
近寄ると彼は気絶している様子だった。無能。ただ、彼の服装から推察するにかなり時代は進んだ様子である。葉っぱとか毛皮とかじゃ無いっぽい。絹? 綿? もしかしてナイロンかポリエステルだったりしちゃうんだろうか。だとしたらもはや現代じゃん。
とにかくこのジメッとした陰気くさい場所から抜け出さなくては。階段も見つけたし上に行こう。
以外にもこのボディはマッチョである様子で大人の男一人を抱えてもまるで何でもなかった。気分としては大きな風船を持って歩いているような気分。邪魔だけどまあ苦ではないって感じ。転生した時の俺だったら絶対に無理だっただろう。あの時はご飯以上に重いもの持ったことなかったしね。マンガみたいな骨付き肉が一番重かったよ。
そんな俺でも憑依すればこんなマッチョである。楽してズルしていただきかしらって感じだ。まさしく
階段を登り切った先は屋内だった。どうやらどこかの家の地下だったらしい。さてと一歩踏み出す。
ズボっと床が抜けた。そういえば俺は苦労なく動けてたけど今着てる動きづらい鎧って重そうだものね。そりゃ床も抜けるよ。どうしようかと悩んでいると脳裏に何かが想起される。なんだこの記憶。
ゴキブリが死の危機に直面して飛ぶことを思い出すように、俺もなんか飛べそうだということを思い出した。なんで飛べるの? よくわからないけど飛べるっぽい。意識すればもう簡単だった。青白いバーニアの軌跡を引きながら滑空し、飛ぶ。
ロボットじゃねーか! 憑依だと思ったらロボットかよ俺!
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歴史の不都合は修正力さんががんばりました
臓硯さんはHFの最後くらいの感じで救われたんだと思います
主人公の見た目はバーニアとかブーストのついたフルハベルです