遠藤平和科学研究所
居間に巨大なガラクタのようなものが積み上げられ、遠藤博士と豪がそれを組み合わせて何かの装置を作り上げていた。
遠藤「よし、豪そこをつないでくれ。 あとは、こいつを取り付ければ… 完成じゃ!!」
豪「ふーっ、一度作ったものだけどまた作り直すと結構大変だね」
遠藤「まぁな。しかしマイナスエネルギー検知器をもう一度作り直す日が来るとは思わなかったわい」
マイナスエネルギー検知器
その名の通り、巨大なマイナスエネルギーを検知することのできる装置であり、かつての戦いでも使用し、検知範囲を広げれば地球全土をカバー可能という優れものである。
パーフェクトの一味が壊滅したこともあり解体していたものだが、再び戦いが始まるということで急遽組み立て直していたのだ。
この装置の唯一の欠点としては
ラン「ほーんと。このガラクタが今をもう一度占拠することになるとは思わなかったわ。せっかく作り直すんだから見た目もう少し何とかならないの」
ランの愚痴通り、この検知器はどう見てもガラクタのつぎはぎに裸電球がつないであるものでしかなく、はっきり言って居間に置いておきたいものではない。
遠藤「愚痴るな。見てくれ重視は不幸の元、不格好でも実用重視じゃ。見た目などに気を使っとる間に連中が行動したらどうする?」
豪「そうだぜ、姉ちゃんたちの話が本当だったら前の時よりもすぐに敵のことがわかるようにしないと大変じゃねぇか」
ラン「あんたはいいわよ、自分の家じゃないんだから。言いたいことはわかるけど居間にガラクタが置いてあるこっちの身にもなってよ」
そうしてまたランがため息混じりの愚痴を口にしたところ、リーフとダイーダが地下の作業室から出てきた。
リーフ「ふふっ、変わらないねランちゃんも」
ダイーダ「ごめんなさいね。また迷惑かけることになっちゃって」
ラン「え? あ、いやリーフさんたちのせいじゃないわよ。気にしないで」
慌てて取り繕ったランを見て、くっくっと笑った豪だがすぐに気を取り直した。
豪「それより姉ちゃんたち。そっちも組み立て終わったの?」
ダイーダ「ええ、バッチリよ。ライナージェットいつでも発進オーケーよ」
遠藤「すまんのう。いろいろめんどうなしがらみがあってな、三冠号を用意することができんのでな」
サーフボードのように乗ることができる小型ジェット機 ライナージェットとコンコルドにも似た超音速ジェット機 三冠号。
どちらもかつて彼女たちが先の戦いで移動用として使用していたものである。
最終決戦で大破してしまいそれっきりになってしまっていたが、この二人が三日がかりで修復していたのである。
リーフ「大丈夫です。ライナージェットがあれば必殺技も使えますし、移動の足には困りませんから。 それにそんなに遠くに行く必要も今回はないと思いますし…」
遠藤「そうか、そう言ってもらえると助かる」
ホッとしたような声をあげた遠藤博士だが、ランは不安そうに呟いた。
ラン「だけど、そのことだけど本当に公表しなくてよかったのかしら? 人が怪物にされてるって…」
豪「いや、それより本当なの? 今度のやつは人を怪物にすることが目的だっての…」
その言葉に研究所の中は一気に空気が重くなった。
ダイーダ「…悔しいけど事実よ。大きなマイナスエネルギーを抱えたような人間を狙って特殊なマイナスエネルギーを取り付ける。すると…」
遠藤「そのマイナスエネルギー、果てはストレスの元になったような姿と力を宿した怪物 ドラフターというものに変えるということか」
この前二年ぶりに出現した馬の怪物。
河内警部によるとあの怪物の核にされていた人物は、かつて競馬で身を持ち崩した人物だったらしい。
ホームレスになった後も性懲りもなく手を出していており、ホームレス仲間からもかなり疎まれていたそうだ。
一応あの後、警察が極秘に精密検査を行い異常がないことを確認した上で解放。
なぜかギャンブルの依存症も治り、頑張って職を探すと張り切っていたらしい。
リーフ「取り付けた人の内包していたマイナスエネルギーがドラフターの主なエネルギーですからね。浄化できればその元になったストレスもなくなるんです。それはいいんですけど一番厄介なのは…」
豪「時間が経つにつれてだんだん成長して行って、ついには世界中にマイナスエネルギーを撒き散らすものになっちゃうってんでしょ。最終決戦でのデビルの塔みたいにさ」
ダイーダ「そういうこと。だから連中が行動しだしたらすぐに対処しないとね。幸い、連中の狙いがこの近辺になりそうなのが救いだわ」
リーフ「うん。あの時に完成しかけたデビルの塔の影響が一番強いから、この辺がドラフターを育てやすい環境になってるんだよね」
ため息混じりに告げられた言葉に、ランがポツリと提案した。
ラン「ねぇ。だったらなおさらそのこと全部公表したほうが…」
遠藤「いや、河内も言っとったが詳細の公表はやめたほうがいい。ストレスを抱えた人が怪物になるなどという話が表沙汰になると、下手をすれば魔女狩りのようなパニックが起こりかねんからな」
その提案を遠藤博士は真剣な言葉で否定した。
豪「どういうこと?」
遠藤「つまりじゃ。人というものは大なり小なり皆ストレスを抱えて生きとる。いくら外的要因によるものだとしても、人がいつ怪物に変えられるかわからんとなれば、恐怖のあまりパニックになる。果ては自分が恐怖から逃れるために恐怖を与える側になろうとする、要するにありもせん噂を流すこともありうる。隣の人は怪物だとかな。そうなったらそれこそ人間社会は機能停止じゃ」
ラン「そっか… ありそうね…」
ダイーダ「元気出して。そうならないために頑張るの!!」
リーフ「一緒に頑張ろう。ねっ!?」
二人の言葉に勇気付けられたランはこくりとうなずいた。
豪「俺もだぜ。前みたいに全力でサポートする!!」
遠藤「うむ、世界平和のためじゃ。わしも全力で頑張るぞ!! しかしじゃ、その前に…」
綺麗に盛り上がったところで、遠藤博士がチロリと庭の方に目をやった。
遠藤「あれを真っ先になんとかしてくれんか? 気になってしょうがない」
その言葉に庭の方に目をやると、そこで大きなため息を一同がついた。
そこにはソーラがいじけたように石を蹴り続けていたからである。
豪「こっちに帰ってきて以来、ずーっとあの調子だもんね」
ラン「本当。三日間ずっと雨が降ってたからずぶ濡れなのに中に入ろうともしないで」
豪とランの言葉にがっくりと肩を落としながらダイーダとリーフも呟いた。
ダイーダ「あの子ってば… 私たちのところに見習い配属された時から不安だったのよね…」
リーフ「うん。ずっとプリキュアになりたかったから夢が叶ったって言って、はしゃぎっぱなしで… 特別警備隊員もプリキュアも遊びじゃないし、真剣にしないと自分はもちろん何も守れないって何度も言って聞かせたんだけど…」
遠藤「で、その過程でわしらのこともいろいろ話したわけか」
リーフ「はい。自分たちの世界平和のために一生懸命頑張ってた人たちがいたから、あなたもそんな人たちに恥ずかしくないように頑張りなさいって」
ダイーダ「そしたら、どこをどう曲解したのか、この世界に行けば立派なプリキュアになれるとか思っちゃったみたいで… で、おまけにそのタイミングでこの世界に連中が侵攻し始めたから至急向かえってことになって…」
ラン「それで、ソーラさんだけが先走ってここに来たってことね…」
呆れたようなランの言葉に、リーフとダイーダは申し訳なさそうに頭を下げた。
リーフ「ごめんなさい」
ダイーダ「私たちの監督不行き届きです」
ラン「い、いやいいわよ。頭あげてよ二人とも」
豪「でもさぁ。現実問題、ソーラ姉ちゃんはどうすんのさ。 あの怪物には全く歯が立たなかったみたいだけど…」
ラン「そうよね。なんであんなにリーフさん達との力の差があるのかしら?」
リーフ「ん〜、まぁ経験もあると思うけど…」
ダイーダ「なんやかんやでずっと色んな世界で戦ってたからね。私たちのほうがあの子より力が強いのよ」
遠藤「あとそれと、使っとるボディの性能の問題もあるじゃろうな。いうならばリーフもダイーダもコスト度外視で作ったワンオフ機じゃからな。 量産を目標にして機能を大きくオミットしてあるソーラのボディとは性能差がある。それにお前さん達の光の力の差が加われば、性能差は推して知るべしじゃ。 強いて二人より優れてる点があるとすれば自力で飛べることぐらいじゃな」
遠藤博士の冷静な分析に、リーフとダイーダはさらに頭を抱えることになった。
ダイーダ「丁寧な解説ありがとうございます。まぁあの子の一生懸命さはかってますし、見習いとはいえ特別警備隊員としての精神的資質は認めますけど…」
リーフ「正直な話、前線に出てきたらただじゃすまないよね。こないだだってやられかけてたし… 戦いは私たちがやるとして、なんとかサポートに徹してもらうよう説得するしかないか…」
ため息混じりにソーラの説得に向かったリーフとダイーダだったが、多少残酷なその物言いにランと豪はソーラに同情した。
ラン「なんかかわいそうね、ソーラさん」
豪「あんなにボロボロにやられても、ちゃんと人のことを守ろうとしてたし、最後まで逃げたりしようとしなかったのにさ…」
遠藤「しかし、二人のいうことにも一理ある。わしだってお前らが無理押しで怪物と戦うなどと言い出したら必死に止めるぞ。 リーフもダイーダもソーラのことを思ってのことじゃろう」
遠藤博士のその言葉に豪とランは何も言えなくなってしまった。
遠藤「まぁ、あやつが本当に戦えないかどうかはもう少し確認する必要があるじゃろう。とりあえずひん曲がった警棒 クロムスティックは修理しておいてやったし、何より新型バッテリーのテストもできとらんからな」
その言葉に豪とランは思い出したように尋ねた。
豪「そういや言ってたね。新型バッテリーがあのボディには搭載してあるって」
ラン「あれからずっとそのことについて何にも言わないから忘れてたけど、一体どうなってるの?」
二人の孫の疑問に、遠藤博士は頬をかきながら返事をした。
遠藤「あ〜、マイナスエネルギー検知器の復元に忙しくてな。それにここんところずっと雨じゃったからどうせ実験できんと思ってな」
豪「どういうこと? 雨だったからなんだっていうの?」
ラン「もしかして、そのバッテリーって…」
その途端、組み上げられたばかりのマイナスエネルギー検知器が約二年ぶりにけたたましい音を上げた。
遠藤「なんと!! いきなり来たか!!」
豪「えーっと、テレビテレビ」
ラン「何か情報は…」
久しぶりのことは言え、彼らにとっては慣れたことである。
多少うるさげに顔をしかめたものの、慌てることなく豪はテレビをザッピングしニュース速報を確認し、ランは携帯からSNSを探り情報の収集を始めた。
すると1分もかからず二人は同時に声をあげた。
豪「嘘だろ!?」
ラン「これって!?」
そこにリーフとダイーダが何とか説得したらしいソーラを連れて駆け込んできた。
リーフ「どうしたの?」
ダイーダ「ついにあいつらが!?」
遠藤「うむ。こいつを見てくれ」
遠藤博士の示したモニターにリーフとダイーダは目を見開いた。
リーフ「こ、これは!?」
ダイーダ「そんな!!」
そのモニターにはかつての最終決戦の場、富士山頂が映し出されていたが、まともな状態でないのは火を見るより明らかだった。
何しろ青く雄大な姿をしていた富士山の山頂には、巨大な人食い植物といった紅色の花が咲いていたからである。
その口には鋭い牙が並び、火炎の玉を吐いて近づこうとするヘリや自衛隊機を攻撃していた。
ダイーダ「間違いなくドラフター… でもまずいわね、あそこにはまだ平均値を上回る量のマイナスエネルギーが残留してる可能性があるわ。 その分成長度合いも早いかも」
遠藤「なるほど!! それを見越してここに出現させおったな!! ならば急がんと!!」
リーフ「うん、行こうダイーダちゃん。ソーラもいい?」
真剣な表情でそう促したリーフだったが、ソーラはいじけたような返事を返した。
ソーラ「私が行っても何にもできませんよ〜だ…」
ダイーダ「あーもう、腐らないで」
そうやってたしなめたものの、完全にソーラはやる気がなくなってしまっているようだった。
すると、見かねたように遠藤博士が助け舟を出した。
遠藤「リーフ、ダイーダ。お主らはライナージェットの準備をしてこい」
それを聞いた二人は、黙って部屋を出て行った。
遠藤「…ソーラ、お主はプリキュアに憧れとったんじゃったな」
二人が出て行ったことを確認すると、遠藤博士はソーラに対してゆっくりと問いかけた。
ソーラ「はい。ずっと昔から憧れてて、一生懸命努力してやっと見習いにまでなれたのに… こんなんじゃ何にも… あんなかっこいい先輩たちの手伝いだって…」
豪「そりゃ俺だってそうだよ。姉ちゃんたちが怪物と戦ってるの見て、どんだけ悔しかったか」
ラン「私なんか尚更よ。帰ってくるのを無事に祈るぐらいしかできないんだもの。 心配で何にも手につかなかったこと、一度や二度じゃないわ」
ソーラ「えっ?」
予想外の言葉にソーラは驚きの声をあげた。
先輩であるリーフとダイーダの言葉から、てっきりともに戦い活躍したのだと思っていたからだ。
遠藤「わしもそうじゃ。三冠号を始め様々なものを発明してともに戦ってきたと言えるだけの自負はあるが、あやつらのやったことの一万分の一にも満たんじゃろうな」
かつての戦いを思い出し、今更ながらに自分の無力さを思い返したように静かに話を始めた。
ソーラ「そんな…」
遠藤「でもな、だからと言ってあいつらに任せて何もせんという選択だけは絶対にしないつもりじゃ。そもそもこの世界はわしらが自分で守らねばならんものじゃからな。それをあいつらだけに守ってもらうなんぞとんでもない話じゃ」
豪「姉ちゃんたちに甘えっぱなしなんて情けないもんね」
ラン「リーフさんもダイーダさんも大切な家族。なんでも都合よく戦ってくれる便利屋みたいな扱いはしたくないわ」
ソーラ「わ、私だってそうだよ。見習いとはいえ特別警備隊員の一人だもの。先輩たちに頼りっぱなしなんて嫌だよ!!」
皆の言葉を聞いて、ソーラも自分の思いの丈を叫んだ。
遠藤「ならばそれでよかろう。悩むことはない、そうすればよいではないか」
当然というようにそう語った遠藤博士だったが、ソーラの表情は暗いままだった。
ソーラ「だけど… あんなに負けちゃって… 次だってどうせ…」
遠藤「一度負けたぐらいなんじゃ。おぬしの憧れたプリキュアはちょっと失敗したぐらいで放り出すような無責任なものなのか? わしも何度も失敗しとるが諦めたことなど一度もないぞ」
その言葉にソーラはハッと顔を上げ、真剣な顔で頷いた。
ソーラ「そうですよね。こんな簡単にくじけちゃ、それこそプリキュア失格ですもんね」
遠藤「うむ、その意気じゃ!!」
豪「たま〜にいいこと言うね」
ラン「ただおじいちゃんの場合、諦めないっていうより懲りないって言った方が正しいかしらね」
孫二人のその評価に、遠藤博士はずっこけた。
遠藤「話の腰を折るんじゃない!! せっかく決まっとったのに」
そこまで話が進んだとき、リーフとダイーダが部屋に戻ってきた。
ダイーダ「準備できたわ。ソーラもいいわね」
ソーラ「はい!! 精一杯頑張りますので改めてよろしくお願いします!!」
リーフ「よーし、出動!!」
遠藤「よし、頼むぞ三人とも」
豪「ちぇっ、これじゃ俺は行けないか」
ラン「愚痴らないの、空気を読みなさいって。 留守を守るのも大切なのよ」
かくて、リーフとダイーダはライナージェットをサーフボードのように操りながら、ソーラはそんな二人に多少遅れをとりながらも現地へと飛んで行った。
続く