FLY HIGHスクールにて眼鏡をかけたランが、新しく机を並べていた。
講義を聞きながら、ランは遠藤博士の言葉を思い出していた。
遠藤「どう考えてもあの塾に問題があるのは確かじゃ。そのメガネには超小型カメラと録音装置が内蔵されとって、リアルタイムでソーラに中継される。中の様子を調べて来てくれい」
ラン「まぁ、こればっかりは私じゃないとできないか。に、しても…」
さっと周りを見回しても、この塾の異常さにランは気がついていた。
受講中の子供たちは、ノートを取ることもせずただ講師の話を集中して聞いていた。
おまけにささやき声一つ聞こえず、皆人形のように身じろぎすらしていなかった。
ラン「絶対怪しいわよこれ。不気味通り越してるもん」
全く光のない目で無表情に椅子に座っている子供たちの中で、ランは一人薄ら寒いものを感じていた。
講師「はい、ではこの世界の問題は何かわかる人」
講師が問いかけると、ランを除いた全ての生徒が一糸乱れることなく手を挙げ、ランも一瞬遅れたもののつられて手を挙げた。
講師「はい、それではあなた答えて」
指さされた豪は立ち上がると、気をつけの姿勢で淡々と話し始めた。
豪「はい。この世界を支える最も大切なもの、それは教育ですが、最近ではそれが大きく歪みその結果世界が軋みだしています」
講師「はい、その通りです。ではそのために何が必要ですか」
豪「もはや世界は、修理が不可能になっています。ですからここで学んだことを生かし世界を一度崩壊させます」
ラン「えっ? あいつ何言って?」
唐突に語られた物騒な言葉に、ランはギョッとなった。
豪「破滅した世界は暗黒に染まりますが、それもまた産みの苦しみ。そんな暗黒世界の中でもきっと素晴らしい未来を僕たちなら作っていけます」
盛大な拍手が巻き起こる中、ランは青い顔をしながらメガネのマイクに小声で必死に訴えていた。
ラン「ソーラさん、おじいちゃん!! 聞こえてる!? 本気でやばいわよここ!!」
遠藤平和科学研究所
居間のマイナスエネルギー検知器が警報を鳴らしている中、この状況をリアルタイムで確認していた遠藤博士とソーラも真剣な顔つきになっていった。
遠藤「あの講師、何処かで見た顔だと思ったら、前に生徒を厳しく指導していたら体罰だとかマスコミに煽られた先生じゃ。そのストレスをやつらに利用されたな」
ソーラ「こうしちゃいられません。私行ってきます」
遠藤「うむ。しかし無理押しだけはするな。豪やランを含めて大勢の子供達が人質になっていることをくれぐれも忘れるな」
ソーラ「了解!!」
一方、一人だけ違う行動をとっていたため目立ってしまったランは講師に取り押さえられ、メガネも取り上げられてしまっていた。
講師「どういうつもりですか? こんなことをして」
ラン「そ、そりゃこっちのセリフよ!! あんた一体豪たちに何したのよ!!」
気丈に言い返したランに多少戸惑いつつも、講師はゾッとするような笑みを浮かべてきた。
講師「おやおや、なかなか気の強い人ですね。ですがそんな人ほど私の生徒にふさわしい」
豪「でしょ。俺のいとこなんですから、それぐらい当然ですよ」
講師の言葉に同調するように、豪がランのことを自慢げに紹介してきたが、そんなものが嬉しかろうはずもなかった。
ラン「あんたまで何言ってのよ!! しっかりしなさい!! 一体なんのために勉強してるかわかってんの!?」
豪「しっかりしてるよ。頭が良くなって、成績あげて、いつかこの世界を本当にすごいものに変えるんだぜ。俺たちの目指してる目標じゃん」
ラン「どこがよ!! 何もかも壊しちゃったら何にもなんないでしょう!! リーフさんとダイーダさんが命がけで守ってくれた世界を、ソーラさんが必死になって守ってる世界を、壊していいわけないでしょう!!」
必死に呼びかけると同時に出てきた最後通牒に等しいその名前に、豪は頭を押さえて苦しみ始めた。
豪「ううっ、で、でも、だからこの世界をよくするために… でも、暗黒に染めたら…」
そして周りの生徒たちも皆同じように混乱し始めた。
生徒「そうだよ。俺はもともと馬鹿にするやつを見返したくて…」
生徒「お母さんがテストが悪いっていっつも怒るから…」
生徒「先生が成績いいやつばっかり褒めて、俺も好きな先生に褒められたくて…」
そんな生徒たちを見て、講師は苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。
講師「チッ、どいつもこいつもどうして私の理想の教育についてこれない!! こんな世界なんか…」
ラン「何言ってんの!! そんなのあいつと、Dr.フライとやってること変わんないじゃない!!」
Dr.フライ
かつてコズミックプリキュアと戦った史上最悪のテロリスト。
わずか二年前のこととはいえ、今や子供でも知っている極悪人とごっちゃにされた講師は怒り狂ってランの首を絞めあげた。
講師「ふざけるな!! 私ほど優秀な教師はいない!! 子供の頃から成績はトップ、私に知らないことは何もなかった!! だからこの知識を子供らにも分け与えてやろうとしたのに!! それを世間の馬鹿どもは!!」
ラン「ぐ…」
ランの意識が遠くなりかけたとき、部屋の壁をぶち破ってソーラが飛び込んできて講師を突き飛ばした。
ソーラ「ランちゃん!! 大丈夫!?」
ラン「な、なんとか…」
咳き込みながらもどうにか助かったランを見て、ソーラは講師を睨みつけた。
ソーラ「話は全部聞こえてたよ!! 自分の伝えたいことがわかってもらえなかったことを、相手のせいにしてるだけじゃない!!」
講師「黙れ!! 私は秀才だった!! なのに周リノ奴ラ、私ヲ認めようトモしないデ… 私を認メなぃ世界ナど、すベテヲぁんコくに〜…」
ソーラ「まずい!! ドラフターになろうとしてる、ランちゃん。みんなを早く避難させて!!」
だんだんと口調がおかしくなっていく講師を見て、ソーラはまずいと判断し頭を抱えて苦しんでいた子供たちを避難させようとしたが、講師の全身から黒い蒸気のようなものが噴き出すと同時に、床が大きく揺れたことで部屋から放り出されてしまった。
ソーラ「うわぁーっ!!」
次の瞬間、黒い火花のようなものがスパークすると、塾に使っていた小屋は姿を変えていた。
ソーラ「くっ、ドラフター…」
巨大な黒板に手足のついたような形のドラフターを見て、ソーラも両腕を頭の上でクロスさせ力の限り叫んだ。
ソーラ「ソーラーエネルギー全開!! モードプリキュア、ウェイクアップ!!」
掛け声とともに両腕を大きく開くとソーラの全身は万華鏡のような幻想的な光のオーロラに包まれていった。
その光のオーロラを身にまとうかのようにすると、彼女は深緑のフリルのついた黒光りのするドレスのようなコスチュームに変身していた。
そしてルビーのような真っ赤な瞳で、黒板ドラフターを一睨みすると堂々たる名乗りを上げた。
ソーラー「光り輝く太陽のかけら キュア・ソーラー!!」
黒板ドラフターは、雄叫びを一つあげるとチョークのような弾丸をマシンガンのように連射して攻撃を仕掛けてきた。
ソーラー「こんなもの!!」
しかし、今のソーラーにしてみればそんなものを避けながら突っ込んでいくのは容易いものであった。
しかし
ソーラー「えっ? 消えた?」
予想以上に濃い白煙が辺り一面に立ち込め、ソーラーのセンサーもろくに聞かなくなりドラフターを見失った。
ソーラー「うわっ!!」
辺りを見回していると後ろから強烈なパンチが飛んできて、ソーラーは殴り飛ばされた。
ソーラー「こんのー!! クロムスティック!!」
スティックを構えて飛び上がったソーラーだったが、黒板に磔にされているものを見て目を見開いた。
ソーラー「な゛っ!? ランちゃんに豪くん!? それにみんなも!!」
先ほど教室にいた生徒たちが全員、盾代わりとでも言うように配置されており、攻撃ができなくなったソーラーは空中でワタワタと姿勢を崩した。
それを狙って今度は巨大な黒板消しミサイルがソーラーに直撃して大爆発を起こした。
ソーラー「ぐ、グゥゥ… こ、これじゃ攻撃が…」
地面に叩きつけられたソーラーが痛みに顔をしかめていると、遠藤博士がようよう到着した。
遠藤「遅れてすまん!! 大丈夫か? 簡易パワードスーツも持ってきたし、わしも援護するぞ」
ソーラー「ありがとうございます。 それより博士、お願いがあります!!」
ひときわ大きな、勝ち誇ったような雄叫びをあげ街への侵攻を開始した黒板ドラフターだったが、腕に何か光のロープのようなものが絡みついて動きを止められた。
鬱陶しそうに先を見やるとと、ソーラーがクロムスティックに光のエネルギーを注入し鞭のような形状に変化させたもので腕を絡みとっていた。
怒りの叫びをあげ、もう一本の腕でソーラーを叩き潰そうとした黒板ドラフターだったが、ソーラーは大ジャンプしてそれを避け、もう一本のスティックを同じように変化させて、もう一本の腕も搦め捕り動きを封じた。
ソーラー「よ、よし。うまくいった!! 博士お願いします!!」
遠藤「よ、よし!! 待っとれよ!!」
なんとか動きを封じた黒板ドラフターの体を、簡易パワードスーツを着込んだ遠藤博士は必死によじ登っていった。
そして、磔にされていた豪とランを含む子供たちを救出していった。
遠藤「ヒィヒィ。こりゃ手間じゃぞ!!」
そうしていると、同じパワードスーツを着込んだレスキュー隊も到着して、同じように子供たちを助け始めた。
「大丈夫ですか?」
「我々も援護します!!」
「ご尽力感謝いたします!!」
遠藤「お、おお!! ありがたい、なんと頼もしい言葉よ!!」
ソーラー「く、くくっ!! まだですか…」
ソーラーも必死だったが、黒板ドラフターもまた必死に足掻いていたため、動きを封じるのは一苦労であり、だんだんと限界に近づいてきた。
遠藤「もう少しじゃ、頑張ってくれ… よし、これで最後の一人じゃ!!」
ソーラーを励ましつつ、パワードスーツ隊とともに子供たちを全て救出した遠藤博士は、大きく呼びかけた。
ソーラー「よーし、離れてください!!」
皆が黒板ドラフターから離れたことを確認すると、ソーラーはスティックを大きく振り回して黒板ドラフターを投げ飛ばして何度も地面に叩きつけた。
地響きとともに地面に叩きつけられた黒板ドラフターは悲鳴をあげて苦しみ、その隙にソーラーは、太陽光線の補充を行いエネルギーの回復をした。
ソーラー「よっしゃ、エネルギーチャージ完了!! 一気にとどめだ!!」
ソーラーは気合をいれると、意識を集中させて叫んだ。
ソーラー「行くよ!! モードディヴィジョン!!」
その掛け声とともにソーラーは立体映像投影装置を起動させ、髪の色が赤と青と黒になっている三体の分身を作り出した。
ソーラー「フルパワー!!」
そして分身完了するとともに、四人になったソーラーは未だ動けないでいる黒板ドラフターに四方から組みつき、そのまま上空まで持ち上げていった後、トンボを切って距離をとった。
ソーラー「タァッ!!」
続けてソーラーはクロムスティックを二本とも取り外し、先端から光のビームを発射した。
ソーラー「ビームライン・シュート!!」
ドラフターの四方に陣取った四人のソーラーが同じようにビームを発射した結果、ビーム同士がちょうど正方形を描いた。
さらにソーラーは今度はスティックをそれぞれ上下に向けてビームを放ったため、ドラフターを閉じ込めるようにビームを辺にした正八面体が完成した。
ソーラー「インフィールドゾーン完成!!」
そのビームの正八面体 インフィールドゾーンの頂点からは閉じ込められていたドラフターに対して強烈なプラスエネルギーが電撃の嵐のように降り注いでおり、相当のダメージを与えていた。
ソーラー「プリキュア・シャイニーダイヤモンド…」
ソーラーは着地すると同時に腕を構えた。
ソーラー「フィニッシュ!!」
その掛け声とともに指を鳴らした瞬間、インフィールドゾーンの中で目もくらむばかりの強烈な閃光とともに大爆発が発生し、ドラフターの末期の悲鳴が爆発音の陰でかすかに聞こえた。
そして、刺々しい金属の玉のようなものがゴトリと降ってきて地面に転がり
浄化の完了した若い男性へと姿を変えていった。
ソーラー「ふ〜っ、一件落着」
遠藤平和科学研究所
豪「やれやれ、えらい目にあったぜ」
ラン「何言ってんの!! 一番大変だったのはこっちよ、もうちょっとで殺されるかと思ったんだから」
豪「ああ、わりわり。でもなぁ」
しばらくぶりに研究所に来ていた豪がくつろいでいると、乱暴にドアをノックする音が響いた。
豪母「豪、いるんでしょ!! 出て来なさい!!」
豪「げっ、母さん!!」
逃げ出す暇もなく突入して来た母親に豪はがっしりと捕まってしまった。
豪母「さぁ、捕まえたわよ。こんなところで油売ってないで、帰って勉強しなさい。やればできるって証明されたんだから」
豪「い、いや。ちょっとタンマ!!」
正論とともに嫌がる豪を連れ帰ろうとしたところ、庭から遠藤博士がたしなめて来た。
遠藤「待たんか、翔子。嫌がるもんに無理やり勉強させても仕方なかろう。それにテストの点を取るためだけに勉強しても何にもならん」
その言葉に、母は噛み付いた。
豪母「何言ってるんです!! 勉強なんて結果が全てです、それ以外になんの意味があるんですか!!」
遠藤「あのなぁ。本来学ぶというのは自分の興味のあることを知るためのものであって、押し付けるもんではない。そもそもその試験だって、手段や過程の一つで目標そのものではなかろう」
豪母「知った風なことを!! それじゃあ、今お父さんは何をしてるんです?」
その質問に、妙な形のヘッドホンのようなものを頭につけた遠藤博士は胸を張って答えた。
遠藤「よくぞ聞いてくれた。これは植物との会話ができるための装置じゃ。まだまだ実験段階じゃが、もしこれがうまくいけば農業や林業に対して多大な貢献ができるぞい。なんせ植物の声が聞けるのじゃからな、どうして欲しいかを簡単に理解できる。おい、いったいどんな塩梅じゃ」
そうして足元の花に話しかけた遠藤博士を見て、豪の母は呆れたようにそっぽを向いた。
豪母「馬鹿みたいなことを。それでよく教育論を語れるもんですこと」
そうして当てつけのように窓の近くに立っている木に向かって話しかけた。
豪母「まったく… あなた元気?」
「はい、初めまして!!」
目を回してぶっ倒れてしまった豪の母をよそに、日向ぼっこをしていたソーラが木の上からスルスルと降りて来た。
ソーラ「どうかしたの? 私変な挨拶した?」
ラン「いえ、なんでもないわ…」
動悸の激しい胸をおさえて尻餅をつきながらランは、必死にそう絞り出した。
豪「でも確かに母さんの言う通り、あの塾はちょっと惜しかったなぁ。簡単に成績上がったのは確かだったんだし」
塾で学んだことはドラフターの能力の影響が多分にあったようで、あそこで得た知識はドラフター浄化に伴い、綺麗さっぱり生徒たちの頭から抜け落ちてしまい、豪は残念そうに呟いたが
ソーラ「ダメだよ、あんな力で強引に頭が良くなろうなんて考えちゃ。毎日コツコツやって行くことが一番」
ソーラの言葉に反論ができなくなった。
遠藤「まぁ、ソーラの言う通りじゃな。しかし、あの塾の講師もここで歯止めをかけることができたのは彼にとってもよかったじゃろう。あやつのようにならずに済んだのじゃからな…」
遠い目をした遠藤博士にソーラはなんとなく尋ねた。
ソーラ「あやつって誰ですか? お知り合いに何かあったんですか?」
豪「あ〜… まぁね」
ラン「リーフさんやダイーダさんから聞かなかった? Dr.フライって言ってね、おじいちゃんの昔の友達なのよ」
甲子市上空 静止衛星軌道上 ブルペノン
パーリが何かの機械に組み込まれた老人に対して、ぞんざいな口を聞いていた。
パーリ「おい、俺たちよりはこの世界について詳しい分、まぁそれなりには使えるかと思ったがこの程度でしかないのか」
「だ、黙らんか… わしを誰だと思っとる。わしこそ史上最高の…」
そんなパーリを睨みつけて何かを言おうとした男だったが、言い終わる前に顔面を殴られた。
パーリ「耳障りだから黙ってろ。マイナスエネルギーの影響で得た頭脳だろうが。自慢げに語るんじゃねぇ」
セーリ「そもそも貴様はただの端末を取り込んだだけ。もともと大したものではない。今こうして意識を生かしてやっているのもただの気まぐれだ。本来なら解剖して脳だけを取り出してやっても良かったんだぜ。いるのはそこだけだしな」
嘲笑い見下すような目の前の二人の男を見て、機械に組み込まれた老人は今にも殺しそうな目つきで睨みつけた。
(おのれ… どいつもこいつもこのワシの偉大さをわからんアホばかりか… この史上最高の天才にして次元皇帝Dr.フライをなめるでないぞ…)
続く