甲子市
とある休日、ソーラはランの頼みで買い物に付き合っていた。
ラン「これで大体買うものは買ったかしらね。ごめんなさいソーラさん荷物持ってもらって」
ソーラ「いいっていいって。私だって色々遠藤博士にはお世話になってるし、外を歩いてれば太陽電池の充電だってできるしね」
両手いっぱいに荷物を抱えたソーラに申し訳なさそうに言ったランだが、当の本人はまるで気にすることなく明るい笑みを返した。
その明るい笑顔を見て、ランはふと思いを馳せた。
自分の妹として作られた治安維持用ロボットにもかかわらず、敵に奪われプリキュアを破壊することだけを目的としたものに改造され、ついには分かりあえずじまいになってしまった存在、四季ゆう。
いつも冷たい表情をしていた彼女と瓜二つの容姿を持つ(同型のロボットだから当たり前だが)ソーラの笑顔は、ランにとって嬉しいような悲しいようななんとも言えない思いがするものであった。
ラン(別の次元に放逐されたってリーフさんとダイーダさんは言ってたけど、一体どういうところに行っちゃったのかしら?)
ソーラ「でもさ。こんなにいっぱい食べ物買って、博士やランちゃんもすごくエネルギーがいるんだね」
先日の戦いでのことを思い返し、なんとなく尋ねたソーラだったが、ランはため息で返した。
ラン「そうじゃないわよ。おじいちゃんてば何か発明しては失敗するもんだから、家計が圧迫されてるのよ。借金も返したりしなくちゃいけないしね。どうして年収が億の単位である人がスーパーの特売で買占めしなきゃいけないのかしら」
実際問題、遠藤博士が特許を取っている災害救助用パワードスーツのおかげで、年に十数億円の特許使用料が入ってきてはいる。
ただし、そこから税金で引かれる分と借金の返済額、その他諸々を差っ引くと、結果的に平均的な家庭より多少ましといったレベルの収入しか残らない。
にもかかわらず、実質浪費に近い状況になっている遠藤博士の各種実験や発明のおかげで、家計は赤字ぎりぎりといったラインであった。
ソーラ「そんなに失敗してるの? 先輩たちは博士は立派な博士だって聞いてたし、実際先輩たちの体や私の太陽電池だって博士が作ったんだよね?」
キョトンとしたソーラにランはがっくりと肩を落とした。
ラン「それが例外的なのよ。必ずお皿の割れる食器洗い機とか、ゴミ吹き出す掃除機とかの方が多いんだから…」
そうして商店街を歩いていると、おもちゃ屋から大量のカードやらゲーム機やらを抱えた少年が出てきた。
「えーっと、このカードは持ってるからもういらないし。こっちのゲームも特典だけでいいし、こっちは… おっといけない持ってるものまで買っちやったよ」
そんなことを呟き、持っていたものの半分以上を近くのゴミ箱に放り込むと、ランに気がついたように声をかけて来た。
「やぁ、遠藤さんじゃないか。そっちの綺麗な人はお姉さんかい」
多少気障ったらしい言い回しをしたこの少年にランは露骨に不快な顔をして見せた。
ラン「えぇまあそんなものよ」
「そうかい、しかしまた君も大量に買い込んだものだね。やはり裕福なものどうしどこか似かよるものだね」
ラン「それは残念ね。私は安売りの買占めよ。無駄遣いなんてできる身分じゃないの」
「はっはっはっ、謙遜などしなくてもいいのに。それに僕は無駄遣いなんてしていないよ。新しいカードが出たり、ゲームの特典を手に入れるために買いに来ただけさ。それにそろそろ新しいテレビなんかも買わないとね、新しい機能がついたのが販売されるらしいし」
その言葉にソーラは軽く首をかしげた。
ソーラ「それが無駄っていうんじゃないの? そこに捨ててたものだって使えるし、今のままでも特に問題ないんだよね」
「おかしなことを言うね。なんでも新しいものがいいに決まっているだろう。おもちゃだけじゃない、家電やパソコンだって、少しでも古くなったら捨てて、新しいものを買う。そうやって経済は回っていくんだよ。だからリサイクル法なんて馬鹿なもののおかげで、無駄な金が出ていく一方さ」
そうやって高笑いをしながらその少年は立ち去っていった。
ソーラ「ねぇ、今の子誰?」
さすがのソーラも顔をしかめ、少年の後ろ姿にアカンベーをしているランに尋ねた。
ラン「私のクラスの肉山ってやつよ。家が金持ちでさ、それを鼻にかけてくるやーなやつ!!」
遠藤平和科学研究所
豪「ああ、肉山だろ。俺のクラスでも噂になってるよ。何でもかんでもすぐに新しいものや無駄に高いもの買って見せびらかしてくるやつだろ。フランス製の高級文房具だとか、ブランドものの服だとか特注の上履きとか」
ラン「そっ、前の戦いの時に色々壊された街の復興作業とかで儲けた成金野郎よ。それより何より頭にくるのが、席が隣になったおかげかなんか知らないけど、私まで同類だとか思い込んでしょっちゅう絡んでくること」
遠藤「まぁ、その少年のいうことにも一理あるが、ものを大切にせんというのは感心せんな。もったいないお化けが出るぞ」
研究所に帰って来て早々始まったランの肉山くんに対する愚痴に、遊びに来ていた豪はもちろん遠藤博士もあまりいい感想を返さなかった。
ソーラ「もったいないお化けって? ドラフターの親戚?」
ラン「似たようなもんよ。いっぺん痛い目にあったほうがいいわ」
そう吐き捨てたランに、ソーラは詰め寄った。
ソーラ「何言ってるの!! ドラフターに襲われでもしたら大変なのに、そんなこと言っちゃダメ!!」
ラン「いやそういう意味じゃなくてね。えーっとどう言えば…」
肉山家
肉山「やれやれ、遠藤くんも困ったものだ。彼女ぐらい裕福ならば僕の気持ちも理解できるはずなのに。 むしろ僕ぐらいでなければ彼女を理解できないだろうさ」
実に自分本位なことを呟きながら、周りの家と比べても一際大きな自宅の門をくぐった肉山くんだが、広い庭に止めてある自分の自転車を見て大きくため息をついた。
肉山「やれやれ、こないだ雨が降ったからかな。塗装が少しはげてるじゃないか。せっかくの高級自転車が台無しだ」
彼のいう通り、目の前の自転車は十段変速機能のつきで、サドルやハンドルなども彼に合わせて作られたカスタムメイドであり、お値段ン十万円と言ったものである。
そんなものを庭に置いて雨ざらしにするのもどうかと思うが、多少サビが浮かび塗装もはげていた。
普通なら気にするまでもないレベルのものだが、彼にとっては気にくわないものだった。
肉山「これじゃみっともなくて乗れやしないじゃないか。仕方ない、パパに頼んで新しいのを買ってもらおう」
そうして買ってからまだ数週間、片手で数えられるほどしか乗ったことのない自転車を庭の隅のゴミ置き場へと押していき、汚いもののように放り投げた。
甲子市内 ゴミ捨て場
大量に捨てられている粗大ゴミを産廃業者が処理している中、大きなため息をついていた。
業者「なんでこんなに捨てちまうかねぇ。まだまだ使えそうなものばっかりじゃねえか」
そうして見つけた一台のテレビを見て、さらにやるせない思いになっていった。
業者「こいつなんか、俺の使ってるやつより綺麗で新しいじゃねえか。世も末だねぇ」
セーリ「全くもってその通り、ならばこの世の中は暗黒になってしまうのがふさわしい」
突然響いて来たドスの効いた声に慌てて振り返った産廃業者は、見るからに怪しい雰囲気を醸し出している風船玉のように太った男がいつの間にかうしろにたっていることに気がついた。
業者「な、なんだ? お前は? 突然何を言い出すんだ?」
慌てふためき戸惑う産廃業者をよそに、セーリはダーククリスタルを取り出した。
セーリ「なんでもいいさ。この世が暗黒に染まるならばな」
そう言ってクリスタルを産廃業者に押し付けると、どす黒い光が発生して彼を包み込んだ。
業者「うわあーっ!!」
深夜 肉山家
見るからに高級そうなふかふかのベッドですやすやと眠っていた肉山くんだが、妙な物音に目を覚ました。
肉山「なんだよ。こんな真夜中にガタガタと…」
安眠を妨害されたことで不機嫌そうに寝ぼけ眼をこすっていたが、その物音を立てていたものに一発で眠気が吹っ飛んだ。
肉山「な、なんだ? 昼間捨てた自転車にゲーム? 一体なんでこんなゴミが今更僕の部屋に?」
昼間捨てたはずのものが自分の部屋にいることにも驚いたが、それらがまるで生き物のようにカタカタと動き出したことに、彼は叫び声ひとつあげられなかった。
あんぐりと口を開け絶句している中、目の前の自転車やゲームがぼんやりと光り始めたかと思うと、直後肉山くんの姿は消えていた。
翌日
ラン「全く、なんで私が連絡のプリントを届けなきゃいけないのよ。席が隣だってだけなのに…」
欠席した肉山くんのプリントを帰りに届けるよう先生に言われたランは、ブツブツと文句を言いながら道を歩いていた。
ラン「そりゃまぁ、帰り道をちょっとそれるだけだけど、先生だって勝手なんだから… さっさと届けてさっさと帰ろう」
ランも基本的に善人ではあるが人の好き嫌いは割と激しい方である。
肉山くん自身の性格もあるのだろうが、正直ランは彼を毛嫌いしていた。
手早く用事だけ済ませて帰ろうと思い、彼の家の前まで行くと見慣れた車が止まっていた。
ラン「これ、河内警部の覆面パトカーじゃ… 何かあったのかしら」
その頃屋敷の中では、河内警部と志夜刑事が母親に事情を聞いていた。
河内「では、昨夜間違いなくお子さんは自室に入ったわけですな」
肉山母「はい、10時頃でしょうか。僕ちゃんがパジャマで部屋に入るのを確認しましたので…」
志夜「窓の鍵は閉まったまま。靴やサンダルもきちんと揃っていましたし、自分から外出したとは考えにくい。やはり誘拐でしょうか…」
河内「そう決めつけるのも早い。この家、セキュリティはしっかりしてるんだろ。作動した様子もなし、外から侵入したとは考えにくいな…」
肉山母「あの、ボクちゃんは無事なんでしょうか。パパの会社がお金持ちですからさらわれたのだと思います。お金ならいくらでも出しますから…」
河内「ああ、奥さん落ち着いてください。まだ誘拐と決まったわけでは…」
志夜「ええ、あまりにも不可解な点が多すぎます。もう一度近隣の調査を…」
真っ青な顔をしていた母親を必死になだめていた河内警部と志夜刑事だったが、そこに恐る恐るといった感じの声がした。
ラン「あの〜すみません、今日休んでた肉山くんの分のプリントを届けにきたんですけど、空いてたものだから」
肉山母「あ、あら。どうもありがとう。ごめんなさいね今ちょっと立て込んでて…」
ラン「あ、いえ。お気遣いなく。忙しいようでしたらすぐ帰ります。それじゃ…」
そうしてプリントを渡して足早に去って行ったランだったが、門のところで後を追いかけてきた河内警部に呼び止められた。
河内「待て待て待て。ちょっと頼みがある」
ラン「なんですか? あんまり私が立ち入らない方がいいと思ったんですが…」
河内「いや、ここだけの話だが…」
志夜「警部殿!! 民間人のしかも少女にそんな話を!! ここの奥さんからも事態をくれぐれも大事にしないでくれと」
ランに内密の話をし始めた河内警部に、志夜は仰天して止めたが、それより先にランが話をさえぎった。
ラン「…ようするに一番話を聞かせたい、というより相談したいのは私じゃないですね」
なんとなく事情を察したランは、携帯を取り出した。
数分後、屋根の上をジャンプに次ぐジャンプでソーラがやってきた。
ソーラ「どうしたのランちゃん? あいつらの手がかりが見つかったの?」
実は昨夜マイナスエネルギー検知器が微弱ながら反応があった。
ほんの一瞬の事だったため、記録に気がついたのが今朝だったのだが、何かが起きていることだけは確かだと遠藤博士も判断した。
そのためソーラは朝から市内を飛び回って調べていたのだが、検知器の反応も特になく現在に至っていたのだ。
ラン「多分何か関係あると思う。 だから私に相談するんですよね」
遠藤「ああ、まあな…」
妙に物分かりのいいランに多少引きつりながらも河内警部は事情を話し始めた。
河内「実はな、ここの子が行方不明になってるのはなんとなくわかってると思うが、それだけじゃない」
ラン「えっ?」
志夜「老若男女無差別に今朝から行方不明になってるの。この家ですでに二十軒目よ」
真剣な顔と小さな声で事情を話し始めた河内警部と志夜刑事にソーラもああというように頷いた。
ソーラ「それでなんかピリピリしてたんだね。怖い顔した人が街中にいっぱいいたよ」
河内「まぁ同時多発失踪事件だからな。誘拐のことも視野に入れて内密に捜査しとるんだが、問題はそこじゃない。全員ここの子みたいに家の中で突然消えとるんだ」
ラン「なんですって!?」
河内「誰かが出入りした形跡も本人が出て行った様子もなし、人間業とは思えん。だから…」
事情を聞いたランも驚くと同時に難しい顔をした。
ラン「あいつらの仕業かもってこと? いなくなった人に共通点とかなかったの?」
志夜「それが全く。でもだからって、奴らの仕業と判断するのは早計かと…」
ソーラ「ん? 静かにして!!」
会話の進む中、ソーラが突然そう言った。
河内「ん? どうした」
ソーラ「聞こえる… 昨日のあの子の声が」
ラン「えっ? どこ? この近く?」
ソーラ「うん。すごく小さい声だけど、助けてって言ってる。こっちから…」
志夜「こっちって… 庭の中ですか?」
人間の数十倍を誇るソーラの耳にもかすかにしか聞こえない声を頼りに歩いて行き、皆も半信半疑ながらそれについてかなり広い庭の中に入って行った。
ソーラ「この辺から… でも一体どこに?」
ラン「でも、自転車しかないじゃない」
ランの言う通り、たどり着いた先には放り捨てられた自転車しかなく肉山くんらしき人影はどこにもなかった。
河内「小さな声というと… ものすごく小さくでもされとるのか? おい、足元に気をつけろよ」
一見デタラメな発想にも聞こえるが、以前にもプリキュアと共に戦ったこともある河内警部は敵の理不尽さも重々理解しているための発言であり。それは全員が理解していた。
そのため、その忠告に従い足元にも十分注意を払いつつ辺りを見回してはみたものの、人の気配は全くなかった。
志夜「人の気配もまるでしないし… 本当にここから聞こえるんですか?」
志夜刑事の当然の疑問に、ソーラも多少自信なさげに返した。
ソーラ「さっきは聞こえたんだけどなぁ。ますます小さくなってきてるような…」
その途端、放り捨てられたように横倒しになっていた自転車が起き上がりランに体当たりを仕掛けてきた。
ラン「えっ?」
ソーラ「危ない!!」
とっさにソーラがランをかばったため無事で済んだものの、予想外の事態に全員混乱していた。
志夜「何!? 自転車が勝手に!!」
驚く暇もなく、その自転車は自立して走り始め庭から猛スピードで飛び出していった。
ラン「ど、どうなってるのあれ?」
ソーラ「この気配は… とにかく追っかけなきゃ!!」
そしてソーラもまた猛スピードでその自転車を追いかけていき、
河内「よ、よし。俺たちも行くぞ!!」
志夜「はい!!」
ラン「え、え〜っと、私も!!」
河内警部たちも覆面パトカーのサイレンを鳴らして、見失わないよう必死に後を追いかけていった。
続く