「こ、これはどういうことだ?」
セイカーは参謀本部への配属と共に渡された配給品を紐解いて絶句していた。
いや、そもそもこれはもっと早くに気付くべきだったのかも知れなかった。例えば、この世界で目覚めた初日の夜にエルマと同室にされた時に。あるいは、宿舎内で女性兵士しか見かけないと思った時に。
配給品には兵士が日頃から身に着け使用する様々な物が含まれているが、中でも衣類は大きな割合を占めている。要するに軍服だ。様々な状況に合わせて数種類の軍服があり、全て身体測定で測った正確なサイズに合わせて最適なサイズが選択されている。
セイカーの場合、たった140cmの身長に合う軍服はほとんどなく、士官学校女生徒向けの最小サイズに辛うじて着られるものが見つかったに過ぎなかった。残念ながら、男性物は学生向けを含めても存在しない。
それはまあいい。軍服の男女差は体型差に起因していてデザイン上の差異はない。それに、このサイズになれば、そもそも男女の体型差はほとんど無視できるレベルにしかならない。
問題は軍服に付属してついてきた他のものだ。端的に言えば女性物の下着類だ。ショーツとブラジャー、各5枚セット。それから生理用品。さらに見慣れない道具が入っていると思ったら、説明書きを見ると女性がズボンを下さずに立小便をするための道具だった。なんてことだ。
ちなみに、セイカーは自分のことを男性だと自認している。理由は特にない。
体はN-9-19のもので性別を表す特徴は備えていない。備えていないことで逆に女児の体形に一致する部分が最も多くなってはいるが、あくまでも中性であり、性的な特徴は持っていないというのが正しい。
なので、セイカーの性自認は体から来たものではない。もともとの人格AIも性別の概念は持っていなかったので、セイカーの性別は転生してセイカーの人格が生まれた時に同時に発生したものだと考えるのが自然だ。
とにかく、いずれにしてもセイカーは自身を男性だと認識していながら、周囲からは女性として扱われてしまったということだ。SFMCの機能で疑似男性器を作ってしまうことくらいわけないはずだが、いまさらそれをしても状況がさらにややこしくなって面倒を引き起こすだけでしかない。
「とりあえず、ブラジャーと生理用品は不要だと連絡しておこう」
N-9-19は下着相当のウェアは肌と同化していて不要なのだが、そこを騒いで面倒を起こす必要もあるまい。体型的にブラジャーが不要というのは理解されるだろうし、生理用品はホムンクルスには不要だと言って配給を止めてもらおう。ホムンクルスって生理ないよね?
「エルマ、ホムンクルスに生理はあるの?」
「ありません」
「というか、そもそも生殖は可能なのか?」
「器官は存在しますが、機能はしません」
ということでエルマの生理用品もついでに止めてもらうことにした。実のところ、こういうノウハウはホムンクルスが実戦配備されている部隊ではすでに知られていて対応されているが、参謀本部付でホムンクルスが配備されたのは初めてなのでノウハウが欠けているのだ。
翌日、着任早々出張命令が出た。場所は国境だ。
現在、ヨセミット共和国とタフー帝国は国境地帯で戦争状態にある。そもそも、共和国で起きた民主革命以降、共和国と帝国が外交的に戦争状態でなかったことは一度もなかったのだけれども、事実上、国境地帯は長らく停戦状態にあった。それが破られたのは1年半前に開始された帝国の再侵攻だった。
突然始まった帝国の攻勢に一時国境線はかなり押し込まれてしまった。危機感を抱いた共和国大統領は大規模反攻作戦を指示し人と金を大量に注ぎ込んだ。帝国側が伸びた補給線の維持に失敗したことも幸いして、国境線をある程度押し返すことに成功し、そこで膠着状態に陥った。
この時に起きた政治的茶番のために、共和国の国民感情が国土防衛よりも人命優先となって国境防衛にホムンクルス兵が大量配備されるという結果をもたらすのだが、その話は別の機会にする。
とにかくそういうわけで、今の共和国軍において、ホムンクルス兵の配備といえば帝国との国境地帯というのが相場で、セイカーたちが実戦投入されるに当たって国境に配備されたというのは予想の範囲内だった。予想外だったのは所属が仮配属の参謀本部付のままだったことだ。
セイカーは裏の政治的事情は全く理解していなかったが、参謀本部として新型ホムンクルスに是が非でも成功してほしいという思いがこの人事の背景にあった。端的に言えば、ようやく手に入った可能性を現場の勝手で潰されてたまるかということだ。
なんのことはない、ただの参謀本部の現場不信が極まっただけのことだ。自分たちのミスで失敗するのはよいが、現場の判断で失敗されるのはたまらないという極めて感情的な理屈だ。
ただ、これが佐官で大隊長クラス、でなくてもせめて中隊長クラスなら周囲もそんなこともあると受け入れるところなのだが、セイカーの場合はただの軍曹。それがあろうことか副官付きで派遣されてくるということで、受け入れる側の葛藤は想像に難くない。
その辺りの事情が大いに影響したのであろうが、セイカーは到着早々、大隊長から直々に呼び出しを受けることになった。
「セイカー=ファルコン軍曹であります」
「……、まだ子供じゃないか」
クランド=シャトー大隊長は入室してきた人物を見て目を疑った。どう見ても10歳足らずの子供が軍服を着てもっともらしく敬礼して見せているのだ。これが参謀本部から鳴り物入りで送り込まれてきた秘密兵器だと!?
「僭越ながら、ホムンクルスに大人も子供もないものと存じます」
「それはそうだ。今の言葉は忘れてくれ」
「はっ」
だが、その後の言葉を聞いて印象は一変した。これが本当にホムンクルスなのか?
ホムンクルス兵の印象は、とにかく他人と関わりを持たず聞かれたことしか話さないというものだった。話し方も与えられた原稿を読んでいるような感情の感じられない雰囲気でホムンクルスのことを知っている人間なら少し話せばすぐに区別できる。地球のSFファンなら「フォークト=カンプフ法」という言葉を即座に思い出すだろう。
ところが、クランドの前にいる自称ホムンクルスは聞かれてもいないことに返事を返してきた。しかも、いかにも人間がしゃべりそうな抑揚をつけて、自分が子供だと侮られたことに不快感を示すことまでやった。軍隊式のオブラートに包むおまけ付きで。
これは普通のホムンクルスではない、とクランドは即座に直感した。
「大隊長のクランド=シャトー中佐だ」
「存じ上げております」
「貴公にはホムンクルス分隊を率いて敵陣地を攻撃する任務が与えられる。奪取できればよし。できなくとも何らかの被害を与えることを期待する。詳しいことは小隊長から指示を受けろ。以上だ」
「は。失礼いたします」
セイカーが退出した後、クランドはセイカーを受け入れるにあたってワフナー少将から受けた伝言を思い出していた。
好きにやらせてみろ、と。
戦場で下士官の好きなように戦争をさせるとか狂気の沙汰でしかない、ましてホムンクルスなんかに、とその時は思ったけれど、あのホムンクルスなら試してみてもよいかもしれないと思わせるほどには特異な存在であることは理解できた。
どうせ派遣する先は戦局にほとんど影響のない場所だ。それに失敗してもホムンクルス兵が10体ほど損耗するだけで、人的被害はない。しかもその費用は参謀本部持ちだ。逆に参謀本部に恩を売るチャンスでもあるとも言える。こちらに損はない。
それに、もし不測の事態があれば、後ろに詰めた小隊に後始末をさせればよいだけだ。こういう時、ホムンクルス兵は人間らしい躊躇がないので便利だ。
ああ、それから、食べ物はケチらず食わせろ、というのもあった。こっちはよくわからないが、あの体型だからもしかするとまだ成長期なのかもしれない。
すぐに副官が次の予定を持ってきたので、クランドの思考はそこで途切れたが、セイカーが派遣された小隊ではその夜の食事をセイカー一人で食べつくしそうになるという騒ぎになったという報告を受けて、あれはそういうことだったのかと納得したのだった。