ホムンクルスはAI羊の夢を見るか?   作:七師

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第8話、辞令。

 翌日、セイカーと5035番は呼び出しを受けた。今日は何の試験か実験かと思ったら、オフィスの方へと連れていかれたのでどういうことかと訝しんでいると、無機質な研究所としては珍しいそこそこ見栄えのする部屋へと案内された。一体何事だ?

 

 「5034番、5035番。諸君らに辞令が届いている」

 

 しかめっ面でそんなことを言い出したので、セイカーは困惑した。一体、ただの人造兵器に辞令を出すというのはどういう儀式なのかと。この世界ではホムンクルスを戦場に出すときに、1体1体辞令を手渡しで交付するのだろうか?

 

 だが、これについては辞令を渡すロペの側も同様に困惑していた。ホムンクルスの配属で辞令書の交付など研究所始まって以来の珍事だ。どうやら5034番がホムンクルス分隊の分隊長に就くには規定上軍曹以上でなければならず、軍曹以上の階級に任命するには任命式の実施が必須であると定められているのだ。

 

 人造兵器であるホムンクルスに対して何を馬鹿なというところなのだが、規定上ホムンクルス兵は歩兵に準じるとなっていて、階級についての例外規定は設けられていない。だから、ばかばかしくても任命式を行う必要があった。ちなみに分隊長でない5035番にはそういう事情は関係ないが、もののついでで一緒に呼び出されていた。

 

 「辞令の交付に先立って5034番に確認がある。軍曹任官には名前の登録が必須となるが希望はあるか? なければこちらで決めた名前で登録しておく」

 

 軍曹以上は自分の希望する名前を選ぶことができる。これも規定で決まっていることだ。通常は辞令書の作成前に内々で聞いておくのだが、辞令交付時に聞くことも認められている。ちなみに規定上は事前に確認する方がむしろ例外で正式はその場で聞く方であり、なぜか実務とは逆になっている。

 

 ホムンクルスに名前の希望を出すような知恵などあるはずもないので、ロペもエアリー部長も事前にセイカーに名前の希望を聞こうなどとは思いもよらず、任命式をするにあたって名前の希望を聞かなければならないことに気が付いて、泥縄式に辞令交付の直前に聞くことになったのだ。

 

 もちろん、セイカーからの返事など想定しておらず、形式だけ聞いて任命式を進める予定だったのだが……。

 

 「は、では『セイカー=ファルコン』でお願いします」

 「は?」

 「『セイカー=ファルコン』であります」

 

 元々、N-9-19に与えられた「セイカー」のコードネームは19番目のアルファベットSにちなんだもので、意味はセイカーファルコンというハヤブサの一種を指す。ちなみに、セイカー砲《キャノン》という大砲も存在するが、そちらはコードネームの由来ではない。

 

 セイカーは自分の名前がセイカーであることは覚えていたものの名字の方は記憶がなかったので、N-9-19のコードネームの由来からファルコンを名字として希望した。

 

 当然、それを聞いたロペは当惑した。すでに5034番の呼称は決定して報告済み。今日の問いかけもただの形式的な質問のはずだった。それがなぜ自由意志のないホムンクルスが希望を出してくるのか? しかも、セイカーというのは人名としては珍しく、何かの真似をしたというのは考え難い。どこからそんな名前を考え出してきたのか?

 

 とはいえ、本人が希望を出してしまった以上、それを無視することは規定上不可能だ。なので、ロペがどれほど気味悪く感じていても、手続きが面倒になるとしても、それを受理しないわけにはいかないのだ。

 

 「分かった。では、セイカー=ファルコンを本日より軍曹に任命し、参謀本部付に配属を命令する」

 「謹んでお受けいたします」

 「これからもヨセミット共和国の平和と安定のため、貴公の献身に期待する」

 「粉骨砕身、共和国のため挺身することを誓います」

 

 このようなやり取りの後、辞令書と階級章を手渡しで受け取って任命式は終了だ。5035番もこの後参謀本部付配属の辞令が渡された。

 

 「ファルコン軍曹」

 「はっ」

 「最後に一言言っておく。戦場で敵と味方を間違えるな」

 「ご忠告、感謝いたします」

 

 これで5034番はロペの手を離れ、セイカー=ファルコン軍曹として戦場を住処とすることになる。最後の言葉としてロペはセイカーに最大限の警告を伝えたつもりだったが、セイカーはただ形式的に返事をしただけで終わった。

 

 

 タフー帝国軍南方軍第3師団所属、ナムラ=オッカー小隊長は高台の上に組まれた前線基地の司令部でコーヒーを淹れながら思わずため息を吐いた。この高台の防衛がオッカー小隊に与えられた任務である。

 

 先の総攻撃で獲得した陣地に連なる高地で、戦略的重要性は高くはないものの占領直後から奪還を目指す攻撃が何度も繰り返されている。そのたびにオッカー小隊は撃退に成功しているが、度重なる襲撃は精神的な疲労を蓄積させていた。

 

 もともとナムラ=オッカーは騎士の三女であった。武芸に秀でた部分があったため士官学校に入学し、卒業と同時に南方軍に配属となった。そこで大きな怪我もなく適度に軍功を重ねて平均的な速度で昇進し、先日ようやく着任したばかりの新任小隊長だ。

 

 着任早々息をつく暇もなく最前線の陣地の防衛の責任者を任され、ここのところは睡眠不足の日々が続いていた。一応、前線での軍務には慣れているはずだったが、小隊40人の命運が自分の采配に左右されるという責任感がナムラの神経をちりちりと焦がしていたせいだ。

 

 とはいえ、共和国の攻撃は単調なもので、防衛任務そのものは極めてつつがなくこなしている。特に、自分の父ほどの歳の最先任の副隊長が、騎士のお嬢さんを傷物にして返すわけにはいかないと気を遣ってサポートしてくれたのは助かっていた。

 

 ただ、逆にそれが、せっかく士官学校まで卒業しておきながら一人で責任を全うできない自分の力不足に焦りを感じることにもなっていた。

 

 今吐いたため息は、そんな無力感を少しでも紛らわせようという自己防衛本能に基づくものだが、吐いたすぐに誰かに聞かれてはいないかときょろきょろと辺りを見回してしまう生真面目なところが、副隊長に気を遣われる理由でもあるのだろう。

 

 「小隊長殿、敵襲であります」

 「敵の数は?」

 「小隊規模と推定」

 

 これでせっかく淹れたばかりのコーヒーは作り直しだ。嗜好品の配給は貴重だというのに、全くタイミングが悪い。

 

 ここに着任してから、共和国の攻撃はホムンクルスばかりだ。よほど連中は人造人間が好きらしい。いや逆か。人間が大切だから代用品をぶつけてくるのか。

 

 ホムンクルス兵の攻撃はとにかく単調で、ただ障壁を張りながら前進して炎弾を撃ち込んでくるだけだ。しかし、隣の兵士を吹き飛ばしても平然とした様子で足を止めることはない。指揮官を殺しても前進を続け、止める方法は全滅させるのみというのは、厄介を通り越して気味が悪いほどだ。

 

 今日もいつもと変わりなくホムンクルス兵の突撃だった。共和国の側も積極的に陣地を奪還に来るつもりはないのか、一緒に来た指揮官たちはこちらが応射を開始するとさっさと逃げていった。ホムンクルスの損耗はよいが、人間の損耗は許容できないということなのだろうか。ホムンクルスの製造にもお金がかかっているだろうに。

 

 「撃てー! 水風船共を近づけさせるな!!」

 

 副隊長が叫ぶ水風船とはホムンクルス兵のことだ。人の形をしていても実体は皮に水を詰め込んだだけの水風船と同じだということらしい。それと、弾が当たった時の肉の弾け方が本物の人間と違って風船っぽいところがあるという意見もある。ナムラにはその区別はよくわからないが。

 

 高台の下側から登ってくるホムンクルス兵に対し、上から歩兵が炎弾の雨を浴びせかける。下からも撃ち上げてくるが高低差でこちらの方が威力も射程も上だ。しかも、帝国と共和国の魔導コアには歴然とした性能差がある。同じ数で攻め寄せられて撃ち負けることはまずありえない。

 

 だが、相手はホムンクルスであり、最後の1兵になっても止まることはない。全員確実に仕留めなければ味方に大きな被害が出てしまう。勝つと分かっている戦いにも拘わらず、兵士たちの心理的負荷は少なくなかった。

 

 「報告。全敵兵の沈黙を確認」

 「撃ち方、止め」

 

 ナムラは戦闘終了を宣言すると、後のことは副隊長に任せて先に司令部へと戻った。戦闘の報告をいち早く中隊本郡へと伝達するためだ。

 

 半ばルーチン化した戦闘ではあるが、戦闘報告は小隊長の義務であり、いち早く提出することが求められていた。つまらないことのようだが、これでも出世を左右する評定に影響するのだ。軽々しくおろそかにするわけにはいかない。

 

 

 参謀本部への配属を受け、セイカーと5035番改めエルマ=アブリルは研究所を出て一般兵士の宿舎へと移動になった。ホムンクルス専用宿舎でないのは、ホムンクルス専用宿舎は参謀本部の持ち物ではないからだ。いわゆる縦割り行政の弊害というやつだ。

 

 エルマ=アブリルという名前は本来セイカーが受け取るはずだった名前だ。5034番がセイカー=ファルコンという名前を希望したため、余った名前を代わりに5035番に譲ることになったのだ。必要ない措置だったが、一般宿舎に入舎するに段になって面倒な手続きを少しだけ円滑にする効果が認められ、思わぬ怪我の功名となった。

 

 ただ、この傍目には大過ない至極円滑な引っ越しの陰で、セイカーにとっては看過しがたい重大なトラブルを引き起こされていた。


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