ホムンクルスはAI羊の夢を見るか?   作:七師

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第7話、コールドリブート。

 午前中、研究所はちょっとしたパニックだった。昨日破壊されたはずの5035番が、破壊した側の5034番と連れ立って朝食を食べ、その後も行動を共にしていたからだ。

 

 さらに、5035番が置かれていたはずの廃ホムンクルス置き場には切り刻まれたホムンクルスの体が雑然と積み上げられており、部分的に食べられたらしい痕跡も見つかったという報告も上がってきた。ホムンクルスを食べる者がいるなど考えただけで怖気がする。

 

 各責任者が集まって意見交換をした結果、以下のような結論に至った。

 

 まず、5035番についてであるが、おそらく新型の治癒力が旧型のものよりも大きく向上してたのだろうという仮説が立てられた。ただ大きな損傷の自己治癒の完了には時間が掛かり、廃ホムンクルス置き場に運ばれた後もゆっくりと治癒が継続して夜中に回復が完了したのだと推定された。

 

 その後、5035番は自発的に与えられた部屋に戻ろうとして、廃ホムンクルス置き場のドアを破壊して外に出た。今日になって5034番と行動を共にしているのは単に同室であるという関係のためで事件とは無関係とされた。

 

 ホムンクルスを食べた犯人については、たまたまタイミング悪く昨夜は森の方から野獣が研究所内に侵入していて、5035番が開け放したままにしたドアから廃ホムンクルス置き場に野獣が入り、ホムンクルスの肉を食べたと考えられる。一通り食べて満腹になった野獣は、朝日が昇る前に森へと戻っていったのだろう。

 

 細部では理屈の通らない部分も多くあるが、これが最も常識的で皆が合意できる説明だった。それに、今の状況下でこの件が大きな問題になれば研究そのものの存続に疑問符を付けられかねないことは、さすがに政治に疎い研究者でも理解できる。

 

 なので、早急にこのストーリーで報告書を書いて火消しに回るのが適切だとの意見で全員が一致した。

 

 

 「報告は以上になります」

 

 廃ホムンクルス置き場への野獣の侵入事件についての報告はロペ=カタレイン魔導技官がエアリー=マドレック部長に行った。エアリー部長は報告の中、5034番と5035番が接近していたところに興味を持った以外は特に質問することもなくただ報告を聞いているだけだった。

 

 「結構だ、カタレイン魔導技官。この件については、後はこちらで処理しておく。それよりも5034番についてだが」

 「はっ」

 「実戦配備が決定した」

 「は?」

 「カタレイン魔導技官?」

 「失礼しました。実戦配備でありますか?」

 「正式な配属先はまだだが、明日には参謀本部付の仮配属辞令が来るはずだ」

 「し、しかし、あれはまだ実験体で安全性の試験も……」

 「上は結果を求めているのだ」

 

 報告を終え、エアリー部長の前から退室したロペは戦慄していた。あの5034番を実戦投入する!? 冗談ではない。あいつは仲間を喰ったかもしれないやつだぞ。

 

 確かに報告書では5035番は自力で回復し、野獣がホムンクルスを食ったとなっている。しかし、ロペ自身は疑問を持っていた。

 

 野獣が食事後にわざわざ片付けをするだろうか? それに報告書には書かれていない5034番の部屋の扉の件もある。5034番と5035番が食堂に現れた時点で、部屋の鍵は誰も開けていなかったはずだった。5034番は一体どうやって部屋から出たのだ?

 

 5034番に鍵を開けずに部屋を出る力があったのなら、5034番が昨日の夜にどこにいたかは不明になる。もし、5034番が夜中に廃ホムンクルス置き場に行き、回復した5035番を発見して連れて帰った可能性もあるのだ。

 

 しかしそうだとすると、その時、5034番は何の目的にそこに行ったのかがという疑問が生まれる。もしかして、そこにホムンクルスの肉があると知っていたからじゃないのか? そして、そこで仲間の死体を喰った……。

 

 しかし、その可能性を否定する報告書を書いたのもまさにロペ自身なのだ。自分の名前で書いた報告書を否定することはできない。この事件は問題化させないと全員で決めたのだ。

 

 「くそっ。どうなっても知らないぞ」

 

 一方、ロペを見送ったエアリー部長の方も報告書を見て考えに耽っていた。

 

 報告書は形式は全く問題がなかった。内容的にも自分の裁量範囲内で研究所内への野獣の侵入対策に予算をつけておけば事足りて、特別誰かに報告する必要はないだろう。

 

 だが、エアリー部長はこの報告書には表面的に読み取れること以上の何かが含まれていると直感していた。何せこのタイミングであの5034番が絡んでいるのだ。ここに何かを感じなかったら魑魅魍魎の住む軍組織で昇進していくことは不可能だ。

 

 それから5035番だ。新型ホムンクルスの治癒力が旧型よりも特別向上しているという報告はこれまでのところ受けていない。せいぜい数パーセントの向上率にとどまっていたはずだ。なのに、この報告書では致命的なダメージを受けていたはずの5035番が自力で廃ホムンクルス置き場を出て部屋に戻れるほどまで回復したと書かれている。

 

 これは一体どういうことだ? エアリー部長は背中にぞわりとしたものをを感じた。何か理解のできないことが起きている可能性。

 

 袋小路に陥りかけた思索を打ち切ると、部長は机に戻って便箋を取り出した。内容は明日の仮配属辞令に5035番を追加することを求める要請。理解のできないことが起きているのなら、日の当たるところへ引きずり出してしまえばいいのだ。

 

 

 セイカーは機嫌がよかった。昨夜の散歩で思った以上の収穫があったためだ。

 

 昨日5035番を修理した際、ついでに魔導コアにセンサーを張り付けておいた。これで、5035番が半径10メートル以内にいれば、5035番の魔導コアの入出力情報がリアルタイムでN-9-19に届く。その内容は即座にディープラーニングAIに投入され、魔導コアの解析に活用されるのだ。

 

 ということで……、

 

 「5035番、何か魔法を使ってみて」

 「分かりました」

 

 朝食の後、セイカーは5035番を連れて空いているグラウンドへ来た。ここはセイカーが最初に試験をされたのと同じような道具が置かれていて、魔法の実験をするのにちょうどよさそうだった。試験をした時と同じように人型の的があったのでそれを指さして、そこに魔法で攻撃するように指示してみた。

 

 ところで、さっきから5035番とは多少親近感を持たせようと少し砕けた口調で話しかけているのだけれども、向こうの言葉遣いはちっとも変化しない。どうもホムンクルスのAIの言語機能はこういう感情の抜けたような応対をすることしかできないようだ。

 

 それからしばらく、セイカーは5035番に指示をしてさまざまな魔法を試させた。そして、その間の魔導コアの入出力を観察し、ディープラーニングAIに魔導コアの使い方について学習させていった。

 

 (N-9-19、進捗状況は?)

 (学習完了。テスト可能です)

 

 余談だが、ディープラーニングAIの学習方式には大きく3つの方法がある。教師あり学習、教師なし学習、強化学習だ。

 

 教師あり学習は正解データを用意して入力から正解を出力する方法を学習する方法、教師なし学習は正解データを使わずに入力からパターンを発見する方法で、どちらもAIの学習器の中だけで完結する。それに対し、強化学習は学習したAIを実環境や疑似環境で使ってみて、その結果をフィードバックしながらAIを強化していく方式だ。

 

 昨日、セイカーがエピソード記憶サブシステムに記憶したデータを用いて学習していたのは教師なし学習だが、今、5035番の魔導コアの入出力を観察しながら学習していたのは教師あり学習のほうだ。

 

 つまり、N-9-19は魔導コアの使い方を学習するにあたって、5035番が魔導コアを使う様子をそっくりコピーするように学習したということを意味している。2人の魔導コアは全く同じタイプなので、5035番の方法を覚えたN-9-19は理論上、全く同じように魔法が使えるはずというわけだ。

 

 セイカーは5035番と交代するようにして人型の的に正対して立った。そして、おもむろに手を前に伸ばして、

 

 (N-9-19、撃て)

 

 しかし、何も起こらなかった。

 

 (N-9-19、どうした?)

 (解析中です。……、解析完了。エネルギー不足です)

 (エネルギー不足?)

 (魔導コアがエネルギー系にリンクされているため、コアに集められたエネルギーがすべてエネルギー系に流出しています。そのため、魔法を形成するためのエネルギーが蓄積できません)

 (流出を止めることはできないのか?)

 (魔導コアとエネルギー系のリンク解除にはコールドリブートが必要です。コールドリブートを行いますか?)

 

 コールドリブートとはホットリブートとは違い、メインシステムを含むすべてのシステムを一度停止してから再起動することだ。本来なら、シャットダウンとは違い外部入力なしで自動的に再起動するようにはなっているはずだが、まだ試作機なのでスクリプトが用意されていなくて技術者による入力が必須となり、それがなければ起動シーケンス中に入力待ちで停止してしまう。

 

 もちろん、この異世界にN-9-19のメンテナンスができる技術者などいるわけがない。つまり、コールドリブート、イコール、死だ。

 

 (いや、しない。今後、コールドリブートは禁止とする)

 (了解しました)

 

 そして、この時点をもって、セイカーが魔法を使えないことが確定した。


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