ホムンクルスはAI羊の夢を見るか?   作:七師

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第6話、試行錯誤。

 共和国の現実として、兵士の死が戦争継続の現実的な足かせになっているという問題がある。1年半後に控えた大統領選挙を前にして、兵士の損耗に対して野党が攻撃を集中させるようになっているためだ。畢竟、政権中枢としては、大きな損害が出る可能性のある大規模戦闘には消極的な態度を続けていた。

 

 しかし、軍の思惑は異なる。国境では一時のタフー帝国の攻勢は食い止めたものの、現場は新型魔導コアの威力に圧倒されつつあり、一部の戦線では現実に後退を余儀なくされていた。劣勢を挽回するには帝国軍を超える数が必要だった。

 

 ホムンクルスの活用はそういった政治と軍事の妥協の産物として生まれた。そして現在、国境線の最前線には極めて多数のホムンクルス兵が配備される状況となっている。柔軟性には欠けるが移動砲台や突撃兵としての性能はそれなりにあると言うのが現場の評価だった。何より劣勢になった時でもパニックになることがないのがよい。

 

 問題は指揮官の損耗だった。兵卒の損耗はホムンクルス兵で代替できても指揮官の損耗は代替できない。政治的には問題にならずとも、軍事的には大問題だった。

 

 これについて参謀本部内部では2つの派閥が議論を繰り広げていた。1つ目は分隊指揮が可能な新型ホムンクルス兵を作ること。これが参謀本部内の主流派である。もう1つはホムンクルス兵を歩兵とは異なる独立の兵科として、新型の代わりにホムンクルス兵の運用に特化した兵卒を作るという構想だ。地球における機械化隊に近い。

 

 ワフナー少将は主流派の中心人物の1人で、新型ホムンクルス開発のバックアップをしている人物でもあり、開発の難航に最も気を揉んでいる人物でもあった。主に、失敗すれば出世の目が潰えるという観点から。

 

 その点、5034番の成功は願ってもないチャンスだった。ただ、上手くいっている時ほど落とし穴に注意しなければならない。ワフナー少将は一呼吸おいて視線を手に持ったレポートに落とした。

 

 「担当魔導技官の評価は低いようだが」

 

 視線の先は試験結果に添えられた魔導技官のコメントだった。ホムンクルス開発の主任であり試験官も務めた技官は、その画期的な結果にも関わらず5034番の性能を婉曲的に疑問視するコメントをつけていた。

 

 「彼は少々神経質になりすぎているかと思われます」

 「それは?」

 「5034番は体格と魔法技術において基準値を大きく下回っています。本来なら不良品として廃棄されるところを私の判断で分隊指揮試験に進めたことを気にしていると考えられます」

 「確かに身長は低い……が、体重は重いな。ホムンクルスとしてはイレギュラーな存在ということか」

 「そうであります」

 「しかし、結果を出したのはそのイレギュラーだ。先入観は時に判断を誤らせる。ここはマドレック部長の判断が正しかったということだな」

 「はっ」

 

 担当魔導技官は懐疑的だが技術開発部長はそれを杞憂だと言う。そしてこの試験結果。分の悪い賭けではあるまい。

 

 「よし。近いうちに実戦投入させろ。お膳立てはこっちでする」

 「了解いたしました」

 「下がってよい」

 

 分隊指揮試験で良好な成績を収めたとはいえ、即座に実戦投入を決めるというのは技術開発の観点からはやや拙速と言える。が、現状、新型ホムンクルス開発において残された時間はそれほど多くはなく、早々に分かりやすい結果を出して徐々に勢いを増す独立兵科構想を潰すことが求められていた。

 

 それに、投資の観点から見てもイレギュラーに時間を掛けるよりは可能性を早めに確認してダメならすぐに別のアイデアに移る方が賢い。イレギュラーは所詮イレギュラー。成功する確率の方が低いなら、早めに潰してしまうのも合理的な態度なのだ。

 

 

 セイカーはそれなりに満足した夕飯の後、例の牢屋のような部屋に戻っていた。ちなみにルームメイトはいない。分隊指揮試験の時に壊してしまったせいだ。

 

 試験の後、セイカーは試験官に食事の改善を訴えたが、その時は適当にはぐらかされてしまい昼食は何も改善がなかった。仕方がないので周りのホムンクルスから魔石を1つずつ取って食べた。驚いたことに、ホムンクルスは自分の分が取られても何も文句を言わないのだ。

 

 とはいえ、こんな食生活が続くようなら真剣に脱走を考えないと餓死してしまうと思い、午後は真剣に脱走計画について考えてしまった。ちなみに研究所の周囲は森が広がっていて、うまくすればシカやイノシシは労せずに狩れそうだ。

 

 夕飯になると状況が一変した。いつの間にか食堂にセイカー専用の特別席が作られていて、量も4倍になっていたのだ。それでもまだ足りないと言うと、さらに同じ量のお代わりを2回も持ってきた。この待遇が続くならわざわざ脱走する必要もあるまい。

 

 部屋で一人になったセイカーは、午前中に行った試験のことを考えていた。

 

 あの時、5035番は分隊の指揮を執るとき言葉を発していなかった。おそらく音声以外の方法で命令の伝達を行っていたに違いない。もっとはっきり言えば、まず間違いなく魔導コアの機能を使っているのだろう。違ったらむしろ驚く。

 

 人格AIが脱走計画のことを真剣に考えていた間、その裏ではディープラーニングAIには分隊指揮試験時のデータ解析を進めさせていた。あらかじめ、エピソード記憶サブシステムの一部に専用領域を確保して、魔導コアの出力をすべて記録しておいて、それを入力に学習アルゴリズムを走らせたのだ。

 

 (N-9-19、解析状況は?)

 (魔導コア出力の一部にB隊の行動に同期するバーストを確認。何らかの通信の可能性があります)

 (分かった。解析を続けてくれ)

 (了解しました)

 

 思った通り魔導コアを使った通信が行われていた。ディープラーニングAIに任せておけば通信プロトコルも直に解明されるだろう。後は発信方法が分かれば音声言語を介さずに戦闘指示が出せるようになるはずだ。

 

 問題は魔導コアを操作する方法が未だに見当も付かないところだけれども……。

 

 魔導コアはセイカーの胸のあたりに埋め込まれているようなので、取り出して分析するということも考えられるけれど、すでにエネルギー系と接続しているので、取り外しに失敗するとエネルギー系のトラブルで動けなくなる危険がある。

 

 できれば、適当なホムンクルスのサンプルを合法的に解体して取り出すことができればいいけれど、そんな都合のいいホムンクルスなんて……、あるじゃないか。

 

 セイカーは鉄格子の扉に近づくと、格子の隙間に手を入れた。よし、このくらいなら大丈夫だ。そのままぐっと力を込めて肩を押し込んでいくと、セイカーの体が変形して徐々に格子扉の外に押し出されていった。SFMCの変形能力で格子の穴が通れるように体の形状を変形させたのだ。

 

 いくら牢屋に見えると言っても本物の牢屋ではないので見張りが立っているわけではなく、セイカーは簡単に外に出ることができた。すでに夜も更けて真っ暗だったが、アンドロイドのセイカーにとって暗闇は特別行動を阻害する原因にはならない。

 

 さて諸君、研究というものは失敗の連続だ。100個試作をして最終的に成功したとすると、最後を除く99個はすべて失敗作と言ってもいい。一般の人が見るのはその最後の1個だけだが、では残りの99個はどこに行ってしまうのか?

 

 答えはすべて廃棄されるのだ。

 

 今日、セイカーは分隊指揮試験を行ってB隊の半数が破壊され、それらは廃棄処分となった。しかし、廃棄となったからといってすぐに最終処分されるわけではない。一旦、集積場に集められ、定期的に処分に回されるのだ。

 

 ということは、今日、セイカーが壊したB隊のホムンクルスも、おそらくまだどこかに保管されているはずだ。

 

 (N-9-19、5035番の場所は分かるか?)

 (探索中……、発見しました)

 (最短距離で行け)

 (了解しました)

 

 セイカーがN-9-19に運動系の制御を委ねると、N-9-19はその場でジャンプして建物を一つ飛び越えた裏手に着地した。そこには小さな小屋があり、ドアの鍵を壊して中に入ると廃棄処分になったホムンクルスが大量に積み上げられていた。

 

 その廃棄ホムンクルスの山の上の方に5035番は置かれていた。無造作につかんで持ち上げると、驚いたことにまだ機能は完全には停止していなかった。

 

 どうやらホムンクルスというものは想像以上に頑丈なようだ。ただ、さすがに体の各部に深刻な損傷があるため、機能停止は時間の問題と思われた。

 

 (N-9-19、ナレッジサブシステムから医学情報を呼び出せ)

 (了解しました)

 (これより5035番の手術を開始する)

 

 幸い、ここには廃棄処分になったホムンクルスの体がたくさんある。すでに機能停止しているが、部品として使うなら問題ない。使えそうなパーツを使って5035番の体を再生できるか試してみよう。

 

 セイカーは指をメスに変形させ、5035番の損傷部位を切除していった。予想通りホムンクルスの体は人間と構造的に似たところが数多くあり、ナレッジサブシステムにあった医学情報は大いに役立った。足りない分は……、試行錯誤した。

 

 ホムンクルスは見た目は人間だけれども中身は作り物なので何回失敗してやり直してもいちいち文句を言ったりしてこない。なので、うまくいくまで何回も繋げては切り離してまたつなげて切り離してとやって、ようやく5035番の体を仕上げる頃には朝日が昇ってきた。

 

 周囲には試行錯誤の末切り刻まれたホムンクルスの体のパーツが散乱してしまっていた。一部は作業中にお腹がすいたセイカーの腹の中に収まっていたので、多少量は少なくなっていたが問題ない。ただ、散乱したまま放置するのは衛生的な問題があるので、まとめて隅の方に積み上げておいた。


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