ホムンクルスはAI羊の夢を見るか?   作:七師

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第5話、分隊指揮。

 結論から言って、異世界転生の作品は大して役に立つとは思えなかった。作品内で解説されていた魔法の使い方はどれも曖昧で、現実の魔導コアに適用可能な水準での詳細な記述は見られなかったのだ。

 

 「出ろ。飯の時間だ」

 

 あらゆる面で秀でているN-9-19だったが、残念ながら一つだけ大きな問題を抱えていた。とにかく燃費が悪いのだ。幸いおよそ考えられるたいていのものをエネルギー源として摂取できるものの、1日の標準摂取カロリーは3万キロカロリー。成人男性の10~15倍ほどのエネルギーを必要とする。

 

 それに対し、提供された朝食はパンと野菜のスープ、それから魔石5個。ちょっとみすぼらしすぎやしないだろうか? せめてミルクくらいつけてくれればいいのに。

 

 食堂にはホムンクルスが30体ほど食事をしていた。特に不満もなく粛々と食事をしていたのでこれで満足なのだろう。あるいは、不満を感じるという機能がないだけかもしれないが。

 

 まあ、今ここで文句を言っても仕方がないので、とりあえず出されたものは完食した。ついでに皿も食べておこう。SFMC(自己形成金属炭素素材)の維持には炭素化合物だけでは足りないのだ。魔石をぼりぼりかじってみると、これが案外高カロリーだった。見た目よりは腹の足しになるかもしれない。

 

 朝食を食べたらまた試験だ。試験官は昨日と同じだけれども、場所は違った。それから、セイカー以外のホムンクルスも一緒に整列していた。お腹すいた。

 

 「今日は分隊指揮試験だ。5034番と5035番は前に出ろ」

 

 セイカーが前に出ると、同室の女性型ホムンクルスが隣に並んで立った。

 

 「お前たちは分隊指揮をして戦ってもらう。真ん中の旗の立っているところを制圧した方の勝ちだ。5034番はA隊を率いて右手から、5035番はB隊を率いて左から攻撃する。5分後に開始だ。準備しろ」

 

 指示された通り右手に向かうと、さっき整列していたホムンクルス9体が集まっていた。なるほど。ホムンクルスの分隊指揮をホムンクルスにさせようということか。N-8の人工知能にはそこまで実現できていなかったけれど、この世界のホムンクルスにできるのかな?

 

 「整列!」

 

 一声かけると、9体のホムンクルスは3列縦隊にさっと並んだ。言葉での命令は問題なさそうだ。旧世代のコンピューターのように細かく指示しないと動けないということはないらしい。

 

 時間がないからホムンクルスの性能を確認する余裕も、複雑な作戦行動をシミュレーションする余裕もない。ならば、今はホムンクルスであることを忘れて、N-8と同様に命令に従う小回りの利く移動砲台と考え、状況に応じて後ろから1体1体指示を出すのがいいだろう。

 

 本来なら指示をするのに使う合図なども決めておくところなのだが、今は時間もないので口頭で指示を出していくしかあるまい。

 

 「番号!」

 「1」「2」「3」「4」「5」「6」「7」「8」「9」

 

 まずまずの反応だ。戦闘中もこのくらいの反応速度なら問題なく行けるだろう。昨日失敗した分の挽回をしてやる。

 

 

 ロペは初めから5034番の行動だけに注目していた。この後すぐエアリー部長に5034番の試験結果を報告しなければならないからだ。部長が特に目を付けたくらいなのだから、何か特筆すべきことが起きるかもしれないと少し期待していたのだが……。

 

 何をやっているんだ?

 

 5034番の行動は初めからちょっと普通ではなかった。まず、ホムンクルス分隊に対して言葉を掛けていたところからしておかしい。ホムンクルスは魔導コアを介して魔力波を生み出したり感知したりする能力があり、ホムンクルス同士の簡単な意思疎通は魔力波を使うことができるのだ。

 

 確かにホムンクルスは人間の指揮官の指揮を受けるために言葉による命令も受け付けるけれど、ホムンクルス同士は同質性が高いので脳活性パターンをそのまま魔力波で転送する方が楽で確実な意思疎通ができると考えられていた。

 

 現に従来型ホムンクルスは魔力波による伝達機構を使って、一斉射撃のタイミングを同期させたり、複数体を連携させた全方位監視を実現したりというように実戦に応用している。今実験中の新型はさらにそれを発展させて、魔力波による意思疎通を分隊指揮に生かすというのを目標にしているのだ。

 

 それなのに、初めから魔力波の活用を諦めて口頭で言葉による部隊指揮を始めるというのは完全に開発意図から逸脱した行動だった。これは、さすがに廃棄処分は免れえないだろう。

 

 そう思いながら時計で5分経過したことを確認して試合開始の合図をしたロペは、次の瞬間驚きに目を見開いた。

 

 

 「1、2、正面、3、4、右翼、5、6、左翼、7、8、9、その場で待機」

 

 とりあえず様子見ということで、セイカーは手元に予備を残しつつホムンクルス兵を散開させた。最初に番号を呼ばせたのは、ホムンクルス兵を番号で管理して個別に指示を出すためだ。今のところホムンクルスたちは命令にきちんと反応している。

 

 ホムンクルスたちは武器も防具も装備していない。おそらく魔法を使うのだろうけど、どういう魔法が使えるのだろう? 多分、攻撃は前に見た赤く燃える小石のようなものを使うのだ。じゃあ、防御は?

 

 「防御は各自適宜。攻撃は合図を待て」

 

 対するB隊の方は2列横隊を組んで分隊長を含む全員で進んできた。

 

 「3、4、5、6、撃て」

 

 右翼と左翼に展開したホムンクルスに射撃をさせてみると、B隊前列が魔法で障壁を展開し弾はすべて弾かれてしまった。そして、すぐさま後列がカウンターで撃ち返してくる。照準はすべて正面のセイカーに向いていた。まっすぐ頭を取りに来る作戦なのか。

 

 すぐに射線上にいた1、2が自律的に障壁を展開して弾が届くことはなかったが、射線からずれていた7、8、9は近くにいても障壁を展開しなかった。これは陣形を変える必要がある。

 

 「1、2、4、5、7、防御専従、後ろに弾を通すな。3、4、5、6、そのまま前進。1、2、3歩後退。7、前に出て1、2と合流」

 

 まず、正面は5体のホムンクルスを前3後ろ2に分けて、前列を防御専従に。セイカー自身は後列の真ん中に入った。次に、右翼左翼は2体ずつのホムンクルスのうち1体を防御専従として2体1組で行動させ敵横隊の背後に向かわせた。

 

 「8、9、連射、始め」

 

 さらに、後ろに回り込もうとするホムンクルス兵の援護に正面から連射を掛けた。

 

 残念ながら、ホムンクルスの連射性能は高くないようだ。例えるならシングルアクションの拳銃で連射しているのに近い。とても弾幕とは言い難いレベルではある。

 

 しかし、対する障壁の方も思ったより脆くて、射撃を1、2発受けると壊れて張り直す必要があるらしくその程度の連射でも足止め効果は十分あるようだ。

 

 というか、そもそもB隊の方は遠隔射撃のみで突破して接近戦を挑もうと言う気もなさそうで、完全に足を止めている。しかも、回り込もうとしているホムンクルス兵の存在は気にも止めていない。

 

 これでは、まさに撃ってくれと言わんばかりだ。セイカーはあまりにあっけなく進む戦局に疑問を覚えつつも、背後に回ったホムンクルス兵に最後の攻撃命令を下した。

 

 「3、6、撃て」

 

 

 ブロットウッツ研究所における新型ホムンクルスの開発プロジェクトで、分隊指揮試験はこれまでのところ大した成果を残せていなかった。

 

 ホムンクルスは外からの個別的な指示に対しては適切に反応して命令を遂行するが、中規模以上の目的を与えると短絡的に最終目標に対する攻撃ばかりするのだ。

 

 更に、分隊指揮を取らせると、分隊全員で同じ行動を取ろうとしてしまう。そこでロペたちは初歩的な戦術をあらかじめ基本行動に組み込んで置くことにした。その1つがB隊が取った2列横隊だ。

 

 こうする事でホムンクルス指揮下の分隊同士での戦いはかろうじて戦いの形になるようにはなったが、人間指揮下の分隊との戦いでは固定した戦術の裏を掛かれて戦いらしい戦いにもならずに終わっていた。

 

 実際、現場には伝えられてはいないものの、上層部ではホムンクルスによる分隊指揮の研究に疑問の声が上がり始め、早いうちに成果が出なければ新型ホムンクルスの研究自体が打ち切りになる可能性もあるという状況であった。

 

 そんな中、5034番は基本行動にない戦術で戦い、相手の戦術を見て途中で戦術の変更まで行った。結果はA隊の完全勝利。B隊は指揮官を含む半数が破壊されて部隊としての機能を失ったにもかかわらず、A隊は無傷で終わった。

 

 「以上が新型5034番の分隊指揮試験結果になります」

 

 エアリー=マドレック技術開発部部長はロペから受けた報告をその日のうちにワフナー=ブーレ参謀少将に伝えていた。

 

 「これは、本当か?」

 「は、正式な試験結果です」

 「しかし、これはまるで人間のようではないか。しかも、5034番は試験中指揮に専念して一度も魔法を使わなかったと」

 「はい」

 

 ワフナー少将は顎に手を当てると目を瞑ってしばし考え込んだ。


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