pixivに投稿した、廃校阻止失敗IFのAqours。
1期最終話で、入学説明会参加希望者が0人だった世界です。

Aqoursを描いているようで、ようちか中心になりました。
推しバイアス。

アニメの展開として、廃校阻止失敗はある程度予想していたのですが、この分なら廃校は阻止できそうかな…?とも思ってます。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8564793

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Supernova

 

 

 ゼロ、零。何もない、何も存在しない状態。物事の始まりとも、終わりとも取れる点。

 彼女たちを悩ませて、苦しめる壁として何度も立ちふさがったのは、この数字であった。

 

 一回目は、東京でのイベント「TOKYO SCHOOL IDOL WORLD」、その人気投票でのAqoursの得票数。格の違いを見せつけられる形となったこの出来事は、脚光を浴びつつある状況の中で浮かんだ楽観主義を破砕した。心惹かれるパフォーマンスを見せた「Saint Snow」でさえも、1位ではない。

 彼女たちは、自らが目指す物の大きさを改めて実感すると共に、一挙にそこまで辿り着くことは無理だとしても、1つずつ積み重ねて、高みを目指すことを誓った。

 

 二回目は、入学説明会の応募人数。彼女たちは、東京での挫折を乗り越え、新たなる決意と共に歩みだした。そして、2年前のすれ違いを機に、スクールアイドル活動から離れてしまった果南、鞠莉、ダイヤの3人も加入する。

 Aqoursは、予選を突破し、地区予選への切符を手に入れた。しかし、学校説明会への応募人数は"0"。廃校の危機から学校を救ったμ'sとの差はどこにあるのか、私たちはどうすべきか。その疑問を解くため、彼女たちは再び東京へと向かい、そこで一つの結論に至る。

「私たちがすべきことは、μ'sと自分たちを比べるのでも、μ'sの背中を追いかけるでもない。私たちは、私たちの道を真っすぐな気持ちで、ただひたすらに走り続ければいい」

 その瞬間、本当のAqoursが形成された。

 自分たちの気持ちに従って、目標に向かって我武者羅に走り続ける。限られた時間の中で、精一杯の輝きを追い求める。スクールアイドル「Aqours」が誕生した。

 

 そして、地区予選のパフォーマンスタイムを使って、学校と内浦のPR、これまでAqoursが歩んできた道を演劇風に伝え、「MIRAI TICKET」を歌い、演じきった。

 ルールを逸脱し、ある意味で勝利を度外視した、そのパフォーマンスは、波紋を呼んだが、彼女たちが重視したのは、「輝き」であり、「学校のことをみんなに伝える」こと。賛否両論あったが、その評価は、さほど問題ではなかった。

 彼女たちにとって重要なことは、「持っている力と気持ちとを、全て使い切って、『MIRAI TICKET』のパフォーマンスを演じたこと」、「会場の観客が大いに盛り上がったこと」であり、それ以外のことは彼女たちにとって、些末な問題でしかなかったのである。

 

 

「…これで、説明会の応募人数が少しでも増えるといいね」

「きっと、増えますわ。私たちは全力でやり切ったんですから」

 

 不安と期待と希望と…、正負それぞれの感情。全力でパフォーマンスができた、このことは、彼女たちを明るく照らした。これで、学校説明会の応募人数が増える…、廃校の危機から学校を救える。そう考えていた。

 

 が、良い予測は時として裏切られるものである。

 パフォーマンスの審査結果がAqoursの下に届く。

 

「故意にレギュレーション違反のパフォーマンスを行ったことは明確であり、運営側としては、このパフォーマンスを有効な物として認めることはできず、失格とする。また、観客が行った違反行為についても、パフォーマンスと連動して行われたこと、集団的に行われたことを考慮すると、悪質であると言える。よって、浦の星女学院は、半年間のラブライブ大会出場停止処分とする」

 

 ラブライブは大会である。当然のことながら、規則を破った行為を許すはずもなく、Aqoursにとっては無慈悲な判断が下された。しかし、ある意味で勝利を犠牲にしたと言える、そのパフォーマンスが終わった後も、依然として入学説明会の応募人数は0人のままであった。

 

 そのことが伝えられたのは、地区予選から2週間後。理事長である小原鞠莉の口から告げられた。

 

「…そんな、私たちは…」

 

 千歌の目には、涙が浮かんでいた。無理もない。この"0"を覆すため、この"0"を"1"にするため、全力で駆け抜けてきた彼女にとっては、受け入れがたい事実。これまでの努力と決意、思い、意思…。全てを砕かれた、そんな気分だった。

 どうして…、どうして…。彼女の頭に浮かぶのは、ただひたすらに疑問。疑問。

 自問自答を繰り返す千歌に、鞠莉は一つの分析を伝える。

 客観的に観察した、敢えて悪い言葉で言うならば冷たい分析を。

 

「千歌っちは、言いましたよね?μ'sと何が違うのか…と」

 

「言ってしまえば、『人口』が違うのです。高校は、人生を託す進路の一つ。スクールアイドルの魅力だけで、決められるものじゃない、ということも確かでしょう」

 

 沼津市近辺に住む中学生なら、まだ自宅から通学できる可能性はあるが、それ以外となると、難しい。下宿や引っ越しをする必要が出てしまう。それに、大学への進学や就職なども、高校の選択に大きな影響を与える。

「スクールアイドル『Aqours』が魅力的だから」

 その理由で、浦の星女学院への進学を検討する者は、少数派。というより、ほぼ皆無であるのは、ある意味当然ともいえた。

 そもそも、内浦から一程度離れてしまうと、浦の星女学院への進学は、選択肢にすら入らない。

 どんなに盛り上がるパフォーマンスをしても、どんなに地域の魅力を訴えても、その壁は固く、越えられることができなかった。

 少し考えても、すぐに思い浮かぶ問題点ではある。でも、その問題点すら乗り越えられる、そんな自信と希望、今から考えればそれは、妄信であったのかもしれないが、それでも彼女たちは自分たちの結果を信じていた。その確信故に、この現実は、あまりにも彼女たちに深く突き刺さる傷となる。

 

 

 その日から、Aqoursは一変した。何か外面的に現れるものが変わったわけではない。今までのように、練習のスケジュールをこなす。新曲を作る歌詞班・作曲班。そして、そのための衣装を作る衣装班。それぞれが自分たちの担う役割を果たし、イベントに向けて準備をする。ただ、それだけ。

 それでも、明らかにこの出来事は、Aqoursに対して大きな変化をもたらした。それぞれの練習に対する熱意であったり、グループの雰囲気というものは、確実に変わっていた。具体的に言うならば、悪化していた。練習がなくなったわけではない。でも、誰もが練習に集中できてないこと、身に入っていないこと。傍から見ていても、それを強く感じるくらい、彼女たちが抱える悩みや不安は大きかった。

 廃校阻止の困難さを思い知らされ、そしてラブライブ優勝への道も閉ざされた。一つの出来事で、一気に2つの目標を失ったのだから、彼女たちが自分の進むべき道、目標を見失うのも無理はないことであり、それらを見失った以上、彼女たちの原動力が上がらぬのも当然のことであった。

 

 それでも、誰も「止める」という決断はしなかったし、そういう話も挙がらなかった。それは、「決してあきらめたくないから」という好意的な理由には由来していない。「止める」か「続ける」かという岐路の瀬戸際で、その選択肢から逃げて、惰性で練習を続けている。正確に彼女たちの心情を表すのであれば、そちらの方が適切だろう。

 あるいは、心のなかに微かにともる希望を信じていたのかもしれない。だが、それは確たる自信とモチベーションに繋げるには、余りにも弱く、不確かなものだった。

 

 Aqoursのサポートをしていたよいつむトリオ、スクールアイドル活動の顧問。周りの心配をよそに、今日もAqoursは練習を続けていた。そんなある日。

 

「このまま、Aqoursを続けていても、意味があるのかな…?」

「ルビィ!それは…」

 ルビィがぼそりと呟いた不安、疑問。すぐに、善子が注意するも、その言葉は彼女たちの心に響く。それは、善子も例外ではない。この想いは、言葉に出さなかっただけで、皆が心の中に持っているものだった。

 その不安を皆が持っているからこそ、この言葉は重く、彼女たちの心に残る。

 結局、その日は、練習こそ最後までやったものの、どことなく気まずい雰囲気となった。練習が終わっても、話と笑い声が絶えず、先生が下校時刻を告げても、まだ帰らない。半ば追い出されるように、学校を出る9人の姿は、今はなかった。

 練習後の雑談もなく、霧のように9人は別れる。

 その光景を見た千歌はため息をつく。その表情は、幼馴染の曜も話しかけることを躊躇ってしまうほどの苦悩と悲しみに溢れていた。

(私、リーダーなのにね…。何もできてない…)

 リーダーとしての重い責任が圧力となって、彼女にかかっていた。千歌としても、この状況を何とかすべく、今後の方針を決める会議を開くとか、みんなを励ますとか、そういった対処策を取りたかったのだが、できなかった。彼女自身もまた、目的の喪失感に苛まれていたからだ。自分自身でさえ、その疑問に答えることができず、不安に押しつぶされているのに、メンバーを奮起させることができるはずもなかった。

 そして、そのことがまた彼女に強い無力感を刻む。完全に悪循環にはまっていたのである。

 いつも一緒に帰っていた梨子や曜を待つことなく、千歌はバスに乗った。

 Aqoursのリーダー、発起人の自覚。梨子や曜にどんな顔をして、話をすればいいのか。彼女にはわからなかった。あれ以来、仲が良かった3人も、学校でぎこちなく会話をするだけになっていた。

(…やっぱり、無理だったのかなぁ…。私に…スクールアイドルなんて…)

 これまで築いてきた自信と熱意と…。そういったものは、とっくのとうに枯れていた。

 もうやめようかな…。そんな思いが波のように、何度も押し寄せる。日に日に増す諦念が彼女の心を侵食していく。

 

「はぁ…」

 何度目になるだろうか。もうあの事件以来、数え切れないほどついてきたため息。

 いつの間にか、家の近くのバス停に着いていた。慌てて降車ボタンを押して、バスを降りる。

 とぼとぼと家路を進むと、姉の慌てた声が聞こえた。

「千歌、大変だ!曜ちゃんが!」

 

 

 

 

 バスから、物憂げな表情で曜は外を眺める。

 青く輝くきれいな海も、沼津の街並みも、大海原へと出向く船も。どんな景色も彼女を癒すことはできなかった。以前は、永遠と続く海を見るだけで、心が晴れた気分になり、どんな悩みもちっぽけに感じてしまったのに。

 ただ、彼女の悩みの方向性は、他の8人とは多少の差異があったことは明らかだろう。水泳や飛び込みに優れ、料理や裁縫もこなし、何事も器用にこなすパーフェクトな「ワタナベヨウ」の中では、既に答えが出ていたのだから。ヨウは、スクールアイドルをやめるつもりなんて、さらさらなかった。飛び込みでも、水泳でも、幾多の挫折と苦悩があった。今更、こんなことで挫けて、諦めるわけにはいかない。

 

「続けたいよ…。でも…」

 その上で、彼女が考えているのは、高海千歌のこと。

 曜がこのスクールアイドル活動を始めたのは、「千歌ちゃんと一緒に何かをやりたい」という思いからであった。今でこそ、このスクールアイドルの活動に、やりがいと楽しみを感じているものの、最初はその「何か」が偶々スクールアイドルであっただけ。彼女の原動力の全ては、高海千歌に依存していた。

 当然、「何かを始めた以上、それを簡単にあきらめることはできない」という想いもある一方で、「千歌ちゃんと一緒じゃないのなら、続ける意味はない」という想いもあった。

 

(今思えば、私が進む力って、全部千歌ちゃんがくれたものなんだなぁ…)

 

 水泳も、飛び込みも、そしてスクールアイドルも。曜の熱意とやる気と向上心と…そういった原動力は、千歌に由来する。千歌ちゃんと一緒にやれるから。千歌ちゃんが応援してくれるから。千歌ちゃんが見守ってくれるから。

 千歌がいるから、曜は頑張れた。どんな苦しい練習でも、自信を失いそうな挫折を味わっても、再び立ち上がることができた。

 

「私、一人で頑張れるかなぁ…?」

 曜の悩みは、そこが軸となっていた。そして、彼女の中でより重要な悩みがもう一つ。

「千歌ちゃん…、本当にここでやめるなんて言わないよね?…私、どうすればいいの…?」

 曜と千歌には、「やめる?」「やめない!」という定番とも言えるやり取りがあった。これは、千歌を奮起させる煽り文句であり、千歌の母親から教えてもらったものだった。千歌の一度全力で始めたら途中で諦めることはしない性格。それをよく知る母親であり、幼馴染であったからこそ使える言葉であるとも言える。

 ただ、この件について、曜が「やめる?」と千歌に聞いたことはなかった。それは、曜が確たる根拠はないものの、どこか不安を感じていたからである。「やめる?」と聞かれた千歌が「やめる」と答えてしまうのではないか。千歌を奮い立たせる言葉ではなく、決断に迷う千歌の背中を押す(それも前向きではなく、後ろ向きに)言葉になってしまうのではないか。最後の止めとなるのではないか。

 曜は、そのことを恐れていた。

 どんな言葉で、彼女を励ませば、いいのだろうか。

 彼女の再起、自分ができることは何があるだろうか。

 バスに乗っているときも、家路を歩くときも、曜はそんなことをずっと考えていた。

 

 

 周りの異変。異様な自動車のブレーキ音や人々の悲鳴、危険を知らせる叫び声。そういったものも一切感じ取れない程に。

 

 

 

 

 

 

「よーちゃん!よーちゃん!」

 意識を取り戻した曜が真っ先に聞いたのは、泣き叫ぶような千歌の声であった。自分の名前を必死に呼び、目からは大粒の涙を流す。涙と鼻水とで、顔はもうぐちゃぐちゃ。

(…もう、千歌ちゃんてば。かわいい顔が台無しだよ…)

 自分をここまで心配してくれる、想ってくれる。そのことが一番うれしかった。

 おそらく、医者に意識を取り戻したことを伝えに行ったのであろう。果南が慌てて、病室を飛び出していく中、曜は何と声をかけたものかと少し悩んでから、千歌に言った。

「えっと……おはよーそろー…?」

 千歌に心配をかけたくない。千歌の心にマイナスを与えてはいけない。その想いから、飛び出したいつもの口上だった。それを聞いた千歌は、むっとした表情を浮かべる。

 直後、千歌は泣きじゃくりながら、曜に抱きついた。

「えっ…?千歌ちゃん!?」

「…もう。そうじゃないでしょ!…この期に及んで、気を使わなくていいの!……本当にバカ曜なんだから」

 千歌が抱きしめる強さは、これまでのどんな時よりも、果南のどんなハグよりも、強かった。大切な幼馴染が自動車事故に遭って、意識不明になったんだ。最悪の結果である死を想像してしまうのも無理はない。最悪の結果じゃなくてよかった、助かってよかった。そういった想いが千歌の抱擁には現れていた。

 

 その後、曜は医師と警察官から説明を受けた。

 泥酔した男の運転していた車が歩道に突っ込み、曜が轢かれたこと。幸いなことに、命に別条はなかったものの、建物と自動車の間に右脚を挟まれたことで、右脚の切断を余儀なくされたこと。既に加害者の運転手は逮捕されていること。

 内容が内容であるためか、優しく丁寧に説明をしていたが、曜の心には衝撃的で鋭く突き刺さる説明であった。

 

「そっか…もう右脚、膝から下がないのか…」

 奇妙な感覚であった。そこにあるはずの体が、皮膚が、筋肉が、神経が、存在しない。ぽっかりと穴が開いたかのように、空白がそこにはある。幻のように浮かび上がる右脚をぼーっと眺めていると、Aqoursのメンバーが病室に入ってきた。

 

「よーちゃん!」「曜ちゃん!」「曜!」「曜さん!」

 どこか歪みが生じていたメンバーの絆。それを感じさせないほど、彼女たちの心は一つとなっていた。

 その様子を見て、曜は微笑みを浮かべた。不幸なことではあるけど、それがAqoursを再びつなげるきっかけになるかもしれない。それならば、それで…。そう考える自分もいた。それは、何よりも、千歌の、Aqoursの再起を願う彼女故の想いであった。

 

 その後、話したのは、状況の説明。曜が布団をめくって、右脚を見せると、事情を知らなかった者は息をのんだ。

「それって…」

「そう、膝から下がないんだ」

 結局、この日はそれ以上の話をすることはなかった。怪我をした曜は、これからどうするか。Aqoursはどうするか。そういったことまで話が進むことはなかった。

 まだ、その段階ではなかったとも言えるし、逃げたとも言える。少なくとも、曜はまだその話をすることを望んでいなかった。

「千歌ちゃん。もうちょっとだけ話を聞いてもらえるかな?…千歌ちゃんに話したいことがあるの」

 8人が帰路につく直前、曜は千歌に言った。

 幼馴染だからこそ、誰よりも親しいからこそ、言えることがある。相談したいことがある。それを察したのか、千歌がその場に残る。

 曜は、二人っきりになったのを確認すると、少しずつ話し始めた。自分の想いを。

 

「今日は話題にならなかったけどね、私はスクールアイドル続けるつもりだよ」

 思いも寄らぬ言葉に、千歌が驚きの表情を浮かべる。真っ先にその話をされるとは思ってもいなかったのだろう。そして、曜がAqoursの今後、スクールアイドル活動の今後について、初めて千歌に話した瞬間でもあった。彼女の気持ちを知るべく、ベッドに近づいて話を聞こうとする千歌に、曜はその話を続ける。

「だって…このまま、途中でやめたくないから。義足を使ってでも、車いすを使ってでも、歌だけでも、衣装だけでも。…どんな形であろうと、私はスクールアイドルと関わっていきたい」

 曜の想いを聞いた千歌は悲しそうな表情を浮かべながら、自分の想いを伝える。それぞれが仮面を取った素直な感情を伝える。それは、「想いよひとつになれ」のパフォーマンス前のようであった。すれ違った二人が、ヨウとチカが、曜と千歌となって、本心を打ち明ける。

 

「…曜ちゃんね、私、スクールアイドルやめようと思ってるんだ。…リーダーとして、失格だもん。何もできないもん。みんなに迷惑をかけて…。だからね…。最後くらいは、責任を果たそうかなって…。責任を持って、Aqoursを解散させようかな…って。それに、曜ちゃんの怪我のこともあるし…」

 

「千歌ちゃん…」

 千歌が本心を打ち明けてくれたことは素直に嬉しかった。でも、その気持ちは全く喜べないものだった。やはり、千歌はスクールアイドルの活動をやめようとしていた。

 いつもの曜なら、ワタナベヨウなら、「そっか、千歌ちゃんがやめたいと思ったのなら、仕方ないね」と同意していたかもしれない。でも、口から出た言葉は、そうではなかった。

 

「私、嫌だよ。ここでやめたら、私許さないよ」

 

「だって、せっかく、千歌ちゃんと一緒にやれること、見つけられたんだよ!衣装を作って、歌とダンスを練習して、イベントに出演して…、私、すごく楽しかった」

 

 水泳も、飛び込みも、元々千歌と一緒に始めたことだった。でも、途中で千歌がやめてしまって、曜が一人だけで続ける形となった。その時から、曜にとって、「千歌と一緒に何かをやる」ことはとても特別なものになっていた。

 だからこそ、千歌が曜に「スクールアイドルを本気で始める」という決意を伝えた時、曜はとても嬉しく思い、スクールアイドル部への入部届に名前を書いたのだ。

 

「だから、練習も頑張れた。そして、そのうちに、スクールアイドルの楽しさに気づいた。お客さんに輝きを届ける、私も精一杯輝ける、そんなスクールアイドルの素晴らしさに」

 

 元は「千歌ちゃんと何かをする」ための手段にすぎなかったスクールアイドルも、練習を積み重ね、衣装作りに励むうちに、その意味も変わっていた。イベントに来てくれる客の笑顔。ステージに立っている時の輝き。それらは、スクールアイドルをやっていくモチベーションとなり、その理由となった。

 

「私はやめないよ。やめたくない!」

 

 いつになく強情な曜の言葉に千歌が気圧される。

 そして、力なく呟いた。

「じゃあ、曜ちゃんがAqoursの二代目リーダーになってよ。千歌はやめるから…」

 

 特別じゃない私には、リーダーなんて重すぎる立場だったんだ…。千歌の苦悩が行き着く先は決まってそれだった。昔から、普通であることにコンプレックスを抱き、何か自分が輝ける場所はないかと探していた。スクールアイドルがそれだと思った。でも、この有り様。じゃあ、私は…。

 堂々巡りの思考は、循環の内にどんどんマイナスへと向かっていく。

 私は「特別」じゃないから。「特別」な曜ちゃんが続ければいい。引っ張っていけばいい。

 

 そう結論付けようとする千歌に、曜の平手打ちが飛んだ。ぱしっと心地良いほどの音が響く。

 どんな激しい喧嘩をしても、することがなかった平手打ち。驚く千歌は、曜の顔を見る。その目には涙が浮かんでいた。

 

「そうじゃないよ!みんな千歌ちゃんが引っ張ってきたんでしょ!Aqoursの結成も、3年生の問題も、私と梨子ちゃんのことも、全部千歌ちゃんが解決してくれた!これまでも、そしてこれからも、Aqoursのリーダーは千歌ちゃんなんだよ!」

 

 これまでになく強い口調で曜が千歌に語り掛ける。「やめてほしくない」「千歌ちゃんと一緒にスクールアイドルを続けたい」という気持ちを乗せた叱咤激励が響く。

 

「千歌ちゃんが自分のことをどう思っているかは分からないよ。でもね、私にとって千歌ちゃんはとても特別な存在なの!だから、自分のことを何の取柄もないとか、普通だとか、言わないで…」

 

「曜ちゃん…」

 

 曜は、千歌にとって特別な存在であった。何事も器用にこなす彼女が好きで、どこか憧れていて、どこか引け目を感じていた。そんな特別な存在の曜ちゃんが自分のことを特別と言ってくれた。自分とスクールアイドルを続けたい、と言ってくれた。

 千歌の目からも自然と涙が零れ落ちる。

 

「でも…、曜ちゃんは脚が…」

 

「そんなの関係ないよ!言ったでしょ、どんな形であっても、私はAqoursのメンバーでありたいって。とりあえずは、衣装作りと歌だけになるとは思う。…それからは、義足にするか、車いすでやれる範囲のことをやるか。具体的にはこれから考えていくけど、それでも、私は続けたいの」

 

 ワタナベヨウとしての想いだけではなく、曜としての心からの願いも伝える。

 

「それで、ここからが一番大切なこと。私はそのスクールアイドル活動を、千歌ちゃんと一緒にやりたいの。輝ける場所を千歌ちゃんと一緒につくっていきたい。千歌ちゃんと一緒に輝きたい」

 

 少し重いかな、という不安もあったけれど、口から自分の心が流れるように言葉となって、飛び出していった。

 そして、最後の「輝きたい」という言葉は、千歌に深く深く刺さる。曜が思っている以上に、その言葉は大きな意味を持つものであった。彼女がスクールアイドルを始めたその理由は、「輝きたい」から。輝きを届けたいから。

 

(そっか…。私がスクールアイドルを始めた理由…。輝きたいから…。曜ちゃんも同じ想いだったんだ…)

 

 涙を浮かべながら、俯いて、原点を思い出す千歌。

 その様子を見て、不安になったのか、曜が「千歌ちゃん…?」と問いかけてくる。

 曜と同じ想いを持っていたこと。「一緒に輝きたい」と言ってくれたこと。「千歌ちゃんは特別な存在」と言ってくれたこと。全てが嬉しかった。

 

(…もう一度頑張ってみようかな。Aqoursのリーダーとして)

 

 その決意を固め、千歌は曜に抱きつく。意識を取り戻した時の同じような光景だが、2人の心情は明らかにその時とは違った。希望と光に満ち溢れていた。

 

「うん、私、もう一回頑張るよ…!だから…だから…曜ちゃん、私をサポートしてくれる?」

 

 千歌の頼みに、曜は満面の笑みで返した。

 

「もちろんだよ!」

 

 

 

 

「ということで、みんなには色々と迷惑をおかけしたけど…、もう一度頑張ってみようと思います!だから、Aqoursのリーダーとして、改めてよろしくお願いします!」

 

 アイドル部の部室に千歌の声が響く。ぺこりと深く礼をした千歌を、8人が温かい拍手と笑顔で迎えた。その中には、義足を付けた曜の姿もあった。

 

 結果的に、廃校阻止は失敗した。浦の星女学院の入学説明会は、参加希望者不足により中止となった。そして、沼津市の学校に統廃合されることが確定し、浦の星女学院はこの年を持って、その歴史に幕を閉じることとなった。

 そして、ラブライブ大会への出場停止処分も受け入れることとなった。これに関しては、ルールだったから、仕方ない。それが9人の総意であった。というより、もうこの時点では、ラブライブにはさして興味がない、出場できないことは大きな問題じゃない、というのが本音であった。

 

 自分たちが輝ける場を、イベントに来てくれる客に輝きを与えることができる場を作る。

 そんな想いと目的の下で、Aqoursは再び走り出す。

 

「ねえ、超新星爆発って知ってる?」

 

 それは、天体観測が好きな果南らしい着眼点だった。

 全ての生物に死があるように、星にも死が存在する。そして、この超新星爆発は、大質量の恒星が死を迎える時に起きる現象である。大規模な爆発により、地球には強い光が届く。その光がまるで新しい星の誕生のようだから、「超新星爆発」という名前が付いた。

 

 「浦の星」という星の終わり。

 Aqoursが目指しているのは、まさにその終末を飾る超新星爆発であった。

 

「『浦の星』の最期に相応しい最高の輝きをAqoursで作ってみせますわ!」

 

「"Shiny"な"Supernova"を、この日本に見せてあげましょう!」

 

 そして、彼女たちは進み続ける。決して長くはない、残された時間を大切にして。

 最高の輝きをつくるために。最高に輝くために。




元は「廃校阻止に失敗した」だけの展開だったのですが、いろいろと思い付いたものを引っ付けていく内に、てんこ盛りになってしまいました。
千歌ちゃんを立ち直らせるきっかけとして、曜ちゃんの脚を失わせてしまったのは、物書きとして失格かなぁ…とも思ってます。

…あとは、ハーメルンの仕様にもいろいろと困惑。
基本pixivで書いて、超短編じゃないやつをハーメルンに投稿する予定です。


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