だからって、ほんとなんだと思う? この状況。世界は俺に、優しく出来てない。
「Arthur , Have you decided yet?」
もう決めたの? と彼女、アーサーがモリーと呼んだ女性はそう言った。アーサーがその言葉に俺を見て、後ろを見る。その視線につられて後ろを見れば赤毛の赤ん坊が一人眠っていた。
赤ん坊をきちんと視界に収めるため身を捩じって振り向き、それと一緒に伸ばされた手は、もみじのおてて。つまり肉付きのいい大変ちっさい手だった。一気に気分が重くなった。
アーサーと呼ばれた男は、勿論だよ。と頷いた。オフコースと言われるとオロナミンシーを飲みたくなる。昔のCMってどうしてこうふと思い出すんだ。嗚呼、なんだか無性に恋しい。全てが。
これ、夢だったりしないかなあ。夢であるのと、夢でないの、どちらが非現実的かなんて今の俺には分からない。
ぼんやりと思考に浸っていると、アーサーは俺を指さして叫んだ。
「Lotus・Bakkhos・Weasley!!」
ロータス・バッコス・ウィーズリー。
ロータスというファーストネーム。バッコスのミドルネームは近親者にそういう名前の人物がいるのだろう。ウィーズリーは、……は? ウィーズリー? ウェスレーとかじゃなく、ウィーズリー?
混乱していると(なに、イタチ? ウィーズリーなんて名字はイギリスで会った人や新聞を読んだ中で一度たりとも見た記憶がない。ただ一つ児童学書を除いて)、今度は後ろの赤ん坊を指さした。
「Ronald・Bilius・Weasley!!」
アーサーがそう叫んだ瞬間、赤ん坊も叫んだ。アーサーに負けず劣らずデカイ声で。耳が劈かれるというのはこういうことだろう。
しかし、まあ眠りを妨げられるのは赤ん坊にしてみればたまったものではないだろう。
アーサーは慌てて俺を赤ん坊と同じベッドに置き、赤毛の赤ん坊を抱きかかえて体を揺さぶった。何分かしてようやく静かになった赤ん坊は、モリーの元に預けられた。そっちの方がずっと赤ん坊の表情が安らかだ。
『どっちも男の子だったから、今度は女の子がいいね』
『もう、アーサーったら。まだ産んだばかりよ?』
おいそこの夫婦自重しろ。子供の前で言うとかホントやめろ。こういうところで情操教育ってのの大切さが浮き出てくるんだけど。
ああモリー顔を赤く染めてくれるな。生まれたばかりでまだ上手く機能してない目のくせに嫌なもんばっか見えやがる。
……いや、ほんとにわりとよく見えてるな? 待って色も形も見えてるって脳も体もどうなってるんだコレ意味が分かると怖い話だぞこれ。思考まで出来るんだからシナプスとニューロンの状態も気になる。脳波はかりたすぎる。逆に顔認知の実験とか協力しないからな。アンパンマンとか絶対視線で追わないからな。
そうやって俺が戦慄してる間も夫妻はいちゃいちゃしている。それにしてもほんと教育に悪いぞお前らの会話。いつまでも子供が分かんないと思ってると痛い目見るからな。……って、ああ、俺は誰だ。漸く自分が混乱の境地に陥っていることを認識した。
「アーサー、ビルとチャーリーにパースとフレッドとジョージを呼んできてちょうだい」
「ああ、また双子だなんて驚くぞ!」
「しかも黒髪と赤毛だもの。黒髪は家では珍しいけど、見分けやすくていいわ」
既に眠っている赤毛の赤ん坊、ロナルドを撫でてアーサーはモリーに背を向けた。
……あの、ちょっと待って。ファミリーネームがウィーズリーで、ビルにチャーリー、パーシーにフレッドとジョージ、それにロナルドにアーサー、モリー?
待て。なにこの偶然。ていうか偶然? この夫婦は児童学書の熱狂的なファンで、海外でMacとかAppleみたいなキラキラネームをつける親が増えているのと同じ原理で、自分の子供にキャラクターの名前をつけたとかじゃなく? え、俺 \二次元産/ とかそういう状況じゃないよね。ここあの有名な児童学書の世界じゃないよね。ね?ね?
これ誰に問えばいいの? ちょっと状況説明をくれ。誰でもいい、今すぐだ! They want to name their babies after a famous person.Don't you think!?!?
また混乱し始めた頭に、俺はもう打つ手など残されていなかった。
ああ、でもこの周りで浮いてる本とか、時計が時刻じゃなくて文字であったり(恐らく餌やりの時間とか書いてあるんだろう)だとか、そういうのはまったくもって原作と同じだ。
これドッキリとかじゃない? ねえ、ドッキリじゃないわけ?
……。
考えることを放棄した俺は、腰を捻ってその弾みで下半身ごとごろりと転がって夫婦から目を背けた。
「モリー見てくれ!この子はもう寝返りしているよ!」
「まあ、成長の早い子ね!」
……お宅のお子さん、成長早すぎてすいません。溜息をつこうと思ったけれど、息だけが小さな口から出た。今やすべてが怠惰だった。