機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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第8話

 

 

 

 

 

 

 

 

スキャパレリ・プロジェクトの為、木星蜥蜴の手によって陥落した火星へと向かっているナデシコ。

その途中で連合軍の妨害やら、クルーの1人であるダイゴウジ・ガイこと、ヤマダ・ジロウの死、補給予定だった隕石コロニー、サツキミドリ2号の壊滅にテンカワ・アキトを巡る恋愛事情、そして火星目前で起きた契約に対するクルー達の不満など様々な事があったが、火星はもう目の前である。

しかし現在、火星は木星蜥蜴によって占拠されている。

当然、そんな火星に近づけば木星兵蜥蜴との戦闘は必至である。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「皆さん、契約についてのご不満は分かります。けれど今はそんな時ではありません!!戦いに勝たなきゃ、戦いに勝たなきゃ、またお葬式ばかり、私イヤです!!どうせやるならお葬式より結婚式やりたーい!!」

 

ユリカのこの一声と周りの状況から契約書の件は後回しにされ、各員戦闘配置に着いた。

 

「グラビティーブラスト、チャージ完了。ミサイル発射管全門装填完了」

 

「了解。ルリちゃん、敵勢力解析急いで!エステバリス隊全機発進!!」

 

格納庫からは次々とエステバリスが発進し、ナデシコの前面を固める。

 

「敵勢力解析完了。旗艦と思われるヤンマ級戦艦1隻、カトンボ級駆逐艦約100隻、更に敵艦からバッタの射出を確認、正確な数は計測不能」

 

「さすが敵の拠点となると数が違いますな」

 

ルリの報告を聞いてプロスペクターが呟く。

 

『リョーコちゃん、作戦は?』

 

ナデシコ発進後、アキトはリョーコに通信を開き、フォーメーションを確認する。

 

『どうもこうもねえ!シミュレーション通りだ!テンカワはオレに続いてあのデカブツを潰すぞ!ヒカル、イズミの2人はバックアップ、バッタを近づけるなよ!!』

 

『『『了解』』』

 

ヒカルのオレンジ色のエステバリスがライフルとディストーション・フィールドを使った攻撃で数十機をまとめて葬り去る。

 

『ほぉら、お花畑~』

 

『あははははっ!』

 

爆発の花を作り出した攻撃に笑い合う。その油断をついて数機が肉薄するが、イズミがそれを撃墜する。

 

『ふざけていると、棺桶行きだよ』

 

冷たい声でヒカルの遊び過ぎを戒めると、先頭に立って突撃を開始する。

 

『ホント、ハードボイルドぶりっ子なんだからぁ』

 

『悪いわね。性分なの』

 

軽い会話をしながらも、その速度は全く緩めない。

前面に展開するバッタをフィールドによる高速度攻撃により、バッタの包囲網を突破したリョーコとアキトは一気に旗艦らしいヤンマ級に攻撃を仕掛けるが、相手の強力なフィールドにより弾かれる。

そして、ヤンマとカトンボはレーザーを一斉に撃って来る。

それはエステバリス、ナデシコの両方を狙ってだ。

しかし、ナデシコの方はフィールドで相手のレーザーを弾き、ダメージはなく、エステバリスの方も敵のレーザー砲を躱している。

ナデシコのモニターでは戦況の映像が映されており、それを見た瓢提督はユリカに意見する。

 

「艦長、エステバリスをすぐに呼び戻したまえ!!」

 

「大丈夫です。アキトファイト!!」

 

「し、しかし‥‥」

 

「敵はグラビティーブラストを持つ戦艦と言いたいのでしょう?」

 

瓢提督の後ろに居たプロスペクターが小声で言うと瓢提督はプロスペクターの方へと顔を向ける。

 

「大丈夫。そのための相転移エンジンにディストーション・フィールドそれにグラビティーブラスト‥‥あの時の戦いのようには行きませんよ。お気楽に、お気楽に」

 

「‥‥」

 

プロスペクターの言葉に対して瓢提督は彼をチラ見した後、無言でモニターを見つめた。

 

『くそっ!さすが戦艦のフィールド、固いぜ!』

 

『死神が見えてきたわね』

 

『『『見えん!!見えん!!』』』

 

『それで、どうするの?』

 

『皆さん』

 

『うわっ!?』

 

エステバリスにコハクから突然、空間ウィンドウ通信が突然入る。

 

『コハクちゃん‥どうしたの?』

 

『皆さんが苦戦なされている様子なので‥‥』

 

『何か良い作戦でも?』

 

『はい。リョーコさん、ヒカルさん、イズミさんでまず、上下からナイフを使いこの入射角で、相手のフィールドに僅かな歪みを生じさせます。そこへアキトさんが思いっきり攻撃を加えてください』

 

シミュレートを使って作戦を説明するコハク。

 

『それしかねぇか』

 

コハクの作戦に従い、リョーコ、ヒカル、イズミの3人がナイフを使いヤンマのフィールドに小さな穴と共に装甲に亀裂を入れ、そこに向ってアキトが思いっきりパンチを打ち込むと損傷箇所から爆発、周りにいたカトンボ級駆逐艦を巻き込んで消滅した。

残りの残存艦もナデシコのグラビティーブラストによりそのほとんどが消滅した。

火星軌道上で行われた、ナデシコと木星蜥蜴の戦いはナデシコの勝利で幕を閉じた。

 

「降下軌道採れました。どうぞ」

 

軌道を表示した空間ウィンドウをミナトに渡すルリ。

 

「さんきゅ、ルリルリ」

 

エステバリス隊を回収し、火星へと降下していくナデシコ。

 

「なんです?あのキラキラ光っているの?」

 

「ナノマシンの集合体だ」

 

火星の大気圏でキラキラ光る謎の光源を聞くメグミにゴートが答える。

 

「ナノマシン?」

 

「ナノマシン、小さな自己増殖機械‥火星の大気を地球型にするのにナノマシンを使ってテラフォーミングしたようですね」

 

メグミの疑問にコハクが淡々と答える。

 

「そんなのがナデシコに入っちゃって大丈夫なんですか?」

 

火星の空気にはナノマシンが含まれており、呼吸すれば当然口や鼻からそのナノマシンが体内に入って来る。

それが人体に影響がないのか心配になるメグミ。

 

「心配いりません!火星では皆その空気を吸って生きていたんですから基本的無害です」

 

火星出身のユリカは空気中に含まれているナノマシンは人体に無害であると教える。

 

「そういえば艦長も火星出身でしたな」

 

プロスペクターが思い出すかのように呟く。

 

「地上の敵、第二陣にグラビティーブラスト用意!艦首を敵艦隊に固定」

 

地上にいる木星蜥蜴にグラビティーブラスト発射口を向けるナデシコ。

 

その頃、ナデシコの格納庫では‥‥

 

急に艦が傾き、バランスを崩すパイロットと整備員達。

 

「「「きゃああー」」」

 

「「「「うわぁぁぁ」」」」

 

パイロット3人娘がアキトに抱きつき、それを見ていた整備員は、

 

((((くそっーなんでテンカワだけ!?うらやましい!!))))

 

と、思っていたが、そんな優越感を感じる余裕もないアキト本人は、

 

「コラ、ちゃんと重力制御しろ!!」

 

と、ブリッジに向って吼えていた。

 

「うっ‥‥ハァ‥ハァ‥グラビティーブラスト‥発射‥‥」

 

ナデシコから放たれたグラビティーブラストにて地上にいた木星蜥蜴は突然の攻撃に成す術なく消滅した。

 

(なんだろう?火星の大気圏を通ってから妙に身体中が熱い‥‥)

 

火星の大気圏を通過した後から急激に体温が上がり始め、呼吸が乱れ、額に汗が浮き出るコハク。

それはまるで身体が燃えているように熱い。

 

「これより地上班を編成し、上陸艇『ヒナギク』により捜索を開始する」

 

火星捜索のブリーフィング中にアキトが、

 

「あの?俺、エステで故郷のユートピアコロニーへ行きたいんですけど‥‥」

 

「ん?」

 

瓢提督の眉がピクリと動く。

 

「あそこにはもう何もありませんよ。チューリップの勢力下です」

 

プロスペクターがアキトの提案を却下する。

 

「いや、許可しよう‥確かにお飾りかもしれないが実質的な戦闘指揮権はワシに一任されている筈だね?ゴート君」

 

「は、はぁ」

 

「それに故郷を見たいというのは誰にでもある心情だ。まして故郷を離れていた若者ならばなおさらだ」

 

「‥‥わかりました。ただし、ユートピアコロニーはちょうど反対側ですから、まずはオリンポス山の研究所からの探索でよろしいですか?」

 

「わかりました」

 

瓢提督から許可が出て、故郷へ行けるということでアキトはどこか嬉しそうだった。

ただし、現在の位置からエステバリスで出ると、ナデシコの重力圏ビーム外に出て、外部バッテリーを搭載しても戻れる距離ではないので、ユートピアコロニーへ行くのは後日となった。

 

 

~オリンポス山 ネルガル研究所~

 

上陸艇『ヒナギク』で研究所へやってきたプロスペクター、ゴート、リョーコ、ヒカル、コハクは早速研究所内を捜索し、生存者を探した。

 

「どうですかな?」

 

「ダメ、もう何ヶ月も人がいた形跡はないね」

 

埃まみれの研究所内は物音1つしない不気味さがあった。

 

「やっぱとっくに逃げ出したんじゃないんですかぁ?」

 

「大体さぁ、こんな辺境で一体何を研究していたわけ?」

 

中身が空の書類棚を開けて、リョーコが中を覗きこむ。

研究員が逃げ出す前に始末したのか、書類の類は一切残っていなかった。そしてリョーコの疑問にプロスペクターが答えた。

 

「ナデシコです」

 

「「はぁ?」」

 

「ご覧になりますか?ナデシコの‥始まりを‥‥」

 

プロスペクターは微笑みながら、ナデシコの始まりの地へと皆を誘った。

大型機械搬入用の傾斜エレベーターで地下に降りる。幸い電源はこうして生きていたが、こう言った場所は照明が薄暗い。

エレベーターの終点には、大きな扉があった。

プロスペクターがカードキーとパスワードを電子ロックの端末に入力すると音を立てて扉が開く。

 

「さっ、どうぞ」

 

部屋の中に入ったリョーコ達は意外な光景に息をのんだ。

 

「火星に入植が始まって10年と言いますから、30年ほど前になりますか‥これが発見されたのは‥‥」

 

そこにはボロボロになった木星蜥蜴のカトンボ級駆逐艦の姿があった。

 

「木星蜥蜴の無人艦?でも‥‥」

 

「真ん中の所が空っぽね~あそこには何があったのかなぁ?」

 

リョーコとヒカルは息を呑みながらボロボロになったカトンボ級駆逐艦を見る。

 

「あそこには、相転移エンジンがありました」

 

そしてプロスペクターは火星における相転移エンジンの研究と火星赴任時代の思い出話をしたが、リョーコとヒカルにはあまり理解されなかった。

一方のコハクはやはり火星に着いてから身体中が熱く、頭もくらくらしてきた。

どうして火星に来た途端、こんなにも体調が悪くなったのか分からないが、ナデシコに戻ったら少し休んだ方がいいかもしれないと思っていた。

そんな中、コハクは床に落ちている2つの青いクリスタル状の鉱物を見つけた。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ん?‥これ‥‥なんだろう‥‥?」

 

コハクがその青い鉱物を手にとった瞬間、脳裏にまた自分の知らない光景がフラッシュバックする。

 

「‥‥うっ‥‥ボソン‥ジャンプ‥C‥C‥‥?」

 

体調不良と謎の光景のフラッシュバックでコハクの意識は暗転寸前だった。

 

「おや?コハクさん、大丈夫ですか?」

 

プロスペクターに声をかけられ、ビクッと身体を震わせるコハク。

体調不良の事を知られて皆を心配させる訳にはいかない。

コハクはポケットの中に拾ったクリスタル状の鉱物を咄嗟に入れて、

 

「は、はい。大丈夫です」

 

無理に笑みを浮かべた。

結局、たいした成果もなくヒナギクはナデシコへ帰還し、その後、ナデシコは火星のあちこちにあるシェルターやコロニーの捜索を開始することにした。

 

ナデシコに戻ってもコハクの体調は戻らず、益々悪化してきた。

もう立っているのでさえやっとの状態で、ちょっとでも力を抜けばそのまま意識を失って倒れそうだ。

 

「ハァ‥ハァ‥ハァハァ‥‥」

 

コハクの異変に気づいたルリが声をかける。

 

「コハク、凄い汗ですよ」

 

ルリはハンカチでコハクの額に浮き出ている汗を拭き、彼女の額に手をやるとコハクの額はとても熱かった。

 

「っ!?コハク、凄い熱ですよ。少し休んだほうがいいです」

 

ルリはコハクに休む様に言う。

コハクの様子は目が虚ろで立っているだけでも辛そうだ。

 

「う、うん‥‥ゴメン‥そうさせてもらうね」

 

ルリに付き添われブリッジを後にするコハク。

 

「大丈夫かな?コハクちゃん」

 

ブリッジに居る皆は心配そうにコハクを見送った。

 

コハクを部屋へ送ったルリは、コハクをつきっきりで看病しようとしたが、敵中の中でオペレーターがいないと危険だから仕事に戻ってとコハクに言われ、渋々仕事へと戻った。

そしてようやく仕事が終わり、部屋に戻る途中、医務室に寄って解熱剤を貰い部屋へと戻ったルリだが、コハクは部屋におらず、ベッドの上には衣類だけが脱ぎ捨てられていた。

 

「‥‥コハク‥一体何処に‥‥?」

 

(パジャマと下着が脱ぎ捨てられている‥‥着替えたの?それともお風呂にでも入っているの?)

 

ルリは部屋に備え付けのバスルームを見るが、其処にコハクの姿はなかった。

 

「居ませんね‥オモイカネ、艦内検索。コハクの居場所を教えて」

 

《了解》

 

検索中の空間ウィンドウが開きナデシコの配置図が出るとすぐにヒットした。

 

《コハクさんは現在此処に居ます》

 

オモイカネが教えてくれた場所‥そこは誰も使っていない空き部屋だった。

 

「空き部屋?どうしてこんな所に?」

 

《わかりません。ただ扉はロックされています。映像回線・コミュニケも同様にロックがかけられています》

 

「‥‥オモイカネ、私がその部屋に行くまでロックしておいて」

 

《了解》

 

ルリはとりあえずコハクを迎えに彼女が居るとされる空き部屋へと向かった。

 

「オモイカネ、ロック解除」

 

《了解、ロック解除》

 

扉のロックが解除され、部屋へと足を踏み入れるルリ。

部屋の中は真っ暗であり、奥からはコハクの苦しそうな呻き声がする。

 

「コハク?」

 

「‥っ!?‥ル、ルリ?」

 

「どうしたんですか?コハク?こんな空き部屋に篭って、ちゃんと部屋で寝てないとダメじゃないですか」

 

部屋の奥にいるコハクに近づくルリ。

だが、

 

「こ、来ないで!!」

 

震える声でルリを拒絶するコハク。

 

「えっ?」

 

突然自分を拒絶したコハクに驚くルリ。

 

「は、早く‥‥出て‥‥出て行って‥‥」

 

コハクはルリに部屋から出る様に頼むが、ルリは何故、コハクがその様な態度に出るのか解せず、その場に立ち尽くす。そして、段々暗闇に眼が慣れてくるとコハクの姿がぼんやりと浮かんでくる。

 

「こ、コハク?」

 

「い、いや!見ないで!」

 

暗闇から映し出されたコハクの姿は驚くべきものであった。

コハクは服を着ておらず、本来背中の中ほどにあった筈の彼女の髪は床に縦横無尽に伸び、しかも自ら意思を持っているかの様にクネクネと動いている。

そして背中には人間には有る筈の無い大きな白い翼が生えていた。

その光景はまさに瀕死の天使、または化け物といった光景だった。

暫くの間、ルリは驚きのあまり声も出せず、その場から動くこともできなかったが、意を決して、コハクの方へと足を進める。

 

「い、いや、ルリ、見ないで!!僕の姿を見ないで!!」

 

「コハク‥‥」

 

それでもルリは恐れる事無くコハクに近づく。

 

「来ないで!!」

 

大声で叫ぶコハク。

だが、ルリはその声を無視して手を伸ばしコハクに近づく。

すると、

 

「イヤ!!来ないで!!」

 

コハクが大声をあげると床をクネクネと動いていた髪の毛一部がルリを攻撃してきた。

毛先が剃刀のように鋭利な刃物になりルリの白い手の甲や指を切り付ける。

 

(痛っ!)

 

切られた箇所からは血が流れ、床にポタポタと滴り落ちる。

鋭い痛みに思わず手を引っ込めそうになるルリだが、それでもめげずにコハクに近づき、背中からコハクを抱きしめる。

 

「ル‥リ‥‥」

 

消えそうな声を出し、振り向いたコハクの顔は涙でグシャグシャだった。

そして傷ついたルリの手を見て、自らの手で優しく包み込むと何度も謝った。

 

「大丈夫です。私は貴女の姉ですよ。これくらいのケガ、なんともありません」

 

優しく笑みを浮かべるルリにコハクは泣いて抱きついた。

そしてそのままルリに抱かれるように寝ってしまった。

 

「クス、甘えん坊さん‥‥」

 

ルリはコハクを抱き、そのままコハクの羽と髪に包まれてルリもその日の夜は空き部屋で一夜を過ごした。

コハクの熱で火照った身体とやわらかい髪と羽は良い布団代わりになった。

 

翌日、朝一にルリは洗濯室へと行き、ワゴンを借りてきてコハクをその中に入れると自分の部屋へと戻った。

幸い部屋に戻る途中、誰にも遭うことなく部屋に戻れたのは幸運であった。

何しろ今のコハクは一糸纏わぬ姿なので、男性クルーには見せられない

当然オモイカネにはあの空き部屋での映像は封印するように指示をした。

その日から暫くルリは手の傷を隠すため、手袋をはめて業務にあたった。

ミナトやユリカからは「ルリ(ルリ)(ちゃん)手袋なんかしてどうしたの?」と聞かれ、ルリは「手荒れが酷くなった」と言ってごまかした。

ユリカはそれで納得したが、ミナトはそれが嘘だと見抜いていたが、あえて追及はしなかった。

ナデシコが火星を航行している間もコハクの体調不良は収まらず、高熱を出し続け部屋で休ませているが、万が一のことを考慮して部屋には厳重にロックをかけ、お見舞いはすべて断り、部屋の映像はいつでも見る事が出来るようにしてある。

その間、ナデシコは火星の生存者捜索に明け暮れているが、今の所どれも空振りに終わっている。

そしてアキトとユリカの故郷ユートピアコロニー付近へ来た日、アキトが単身コロニーへと向うと知ったユリカはというと、

 

「アキトが行くなら私も行く!ユートピアコロニーは私にとっても故郷だもん!」

 

と、ごねていた。

 

「ダメだよ!ユリカは艦長なんだから艦に残って指揮をとらないと」

 

ジュンが反対すると、ユリカは頬を膨らませて、

 

「むぅ~じゃあジュン君、私がいない間艦長代理やって」

 

「だからダメだって!」

 

「そんなこと言わないでよぉ~それにジュン君はナデシコの副長でしょう」

 

「ダメ」

 

ユリカの頼みに珍しく難色を示すジュン。やはり、好きな女性が他の男性と2人っきりになるのは避けたいようだ。

 

「じゃあ、ルリちゃん」

 

「いいですけど、ナデシコのオペレーターは誰がやるんです?コハクは未だに病欠ですし」

 

「う~んダメか。それじゃあオモイカネ」

 

《拒否》

 

《無理》

 

《ダメ》

 

《NO》

 

《反対》

 

《否》

 

《不可》

 

《イヤ》

 

《×》

 

オモイカネが拒否のメッセージを記した空間ウィンドウがユリカの周りを取り囲む様に掲示する。

 

「あーもう、艦長命令です!誰か艦長代理をやりなさーい!」

 

オモイカネにまで拒否され、誰も艦長代理をやろうとはせず、最終的にユリカは、アキトの部屋から拝借してきたゲキガンガー人形に『艦長代理』と書かれたタスキをつけ、キャプテンシートに置き、「じゃあ、そういうことで‥‥」と、言ってブリッジから出ようとした。

しかし、そんな無茶が許される筈もなく最終的にはジュンとプロスペクターに捕まり、2人から厳しいお説教をくらい、監視下におかれ、大人しくブリッジで待機するユリカの姿があった。

ルリの足元には艦長代理のゲキガンガー人形が落ちており、ルリはそれを拾うと、

 

「アンタの方がマシかもね」

 

と、さらりと酷いことを言っていた。

その間にアキトはさっさとエステバリスに乗って故郷のユートピアコロニーへと行ってしまった。

 

 

~火星 ユートピアコロニー 跡地~

 

コロニー自体は第一次火星会戦においてチューリップが落下し、跡形もなく消滅していたがコロニーの郊外には、破壊された建造物の跡がちらほら存在していた。

アキトはそこで放置され、朽ち果てかけの工事用重機の前で足を止め、その重機をジッと見つめる。

それはかつて子供時代にユリカと一緒に遊んでいた時、誤ってユリカが起動させてしまった重機と同型のもので、当時のアキトは何とかユリカを助けようと動いている重機に飛び乗り重機を止めようとしたが、結局止める事が出来ず、その重機を壊してしまった。

その後、アキトは父親に殴られ、ユリカは殴られたアキトを見て、ただ泣いていることしかできなかった。

ユリカを救うことが出来ずに彼女を泣かしてしまった。

思えばあの時から、アキトは正義の味方になりたいと思い始めていたのかもしれない。

アキトが過去の感傷に浸っていると足元が突然陥没し、彼はそのまま地下へと落ちた。

 

「イテテテテテ」

 

打ち付けた身体の箇所を手で擦っていると目の前にバイザーとフードマントを来た怪しい人物が立っていた。

 

「随分、乱暴な訪問ね‥歓迎するべきかせざるべきか、どうしたものかしら?」

 

「あ、あの~あなたは?」

 

日本語を喋ったその人物にアキトは声をかける。

 

「まぁ、立ち話もなんだ。いらっしゃい、コーヒーぐらいはご馳走しよう」

 

アキトがその人について行くと、そこはかつてのコロニーの地下街で、薄暗い明かりの中に同じマント姿の人達がいた。

 

キャンプ用の小型ガスボンベでお湯を沸かし、やがて湯気を立てるマグカップがアキトに手渡される。

勿論ドリップなのではなくインスタントコーヒーだが、このような状況下ではこれが最上級のもてなしである。

 

「一応、自己紹介をしておこうか。私の名前はイネス・フレサンジュ、よろしく」

 

「あっ、俺テンカワ・アキトです」

 

「テンカワ?‥‥テンカワ‥‥テンカワ‥‥」

 

イネスがアキトの苗字を繰り返し呟く。

 

「イネスさん、この人達は?」

 

そんなイネスを尻目にアキトは周りにいる人達についてイネスに尋ねる。

 

「火星のあちこちのコロニーから逃げてきた人達さ」

 

「火星にこれだけの人達がまだ生きていた‥‥」

 

アキトの目に希望の光が浮かぶ。

 

「皆!俺達、地球から皆を助けにきたんだ!皆生きて地球へ帰れるぞ!」

 

アキトが周辺の人達に声を張り上げて言うが、「地球へ帰れる」と聞いてもほとんどの人達が無表情、または関心がない様子だ。

 

「どうしたんだよ?地球へ帰れるのに‥‥」

 

生存者達のあまりにも予想外の反応に戸惑うアキト。

 

「残念だけど、私達は地球へは帰らないわ」

 

イネスは皆の言葉を代表するかのように言う。

 

「どうして?」

 

「そうね、まずは貴方がどうやって火星まで来たのか教えてもらえるかしら?」

 

イネスは近くにあった木箱に座ってアキトに火星へやってきた方法を尋ねる。

アキトはネルガルが建造したナデシコという新鋭戦艦で来たこと、その戦艦の主な性能と今までの戦いで勝ってきたことをイネスに話した。

それから暫くして‥‥

ナデシコにユートピアコロニーへと向ったアキトから通信が入る。

 

『生存者発見。ただし、ほとんどの生存者がナデシコへの乗艦を拒否』

 

アキトの報告を受け、ナデシコ上層部は困惑した。

ナデシコの目的は人命救助、ついでに資材と火星の情報の引き揚げを行うために連合軍の制止を振り切ってわざわざ火星へと乗り込んできたのだ。

このまま火星に残り明日をも知れぬ暮らしをするよりも、地球の方が安全で絶対いいに決まっているだろうと言う思い込みがあった。

アキトと共にナデシコに乗艦したのは地球への退避希望の研究者・技術者十数名と火星残存希望の避難民の代表として乗り込んできたイネス。

そしてイネスはなぜ多くの人々が乗艦を拒否するのかを説明した。

元々イネスはネルガル所属の研究者兼技術者であり、ナデシコの基本設計、相転移エンジンの研究にも携わってきた人物であり、火星宙域を大群で占領している木星蜥蜴に対し、ナデシコ1隻ではあまりにも非力なので、そんな艦に乗艦するならば、まだ火星にいたほうがマシだというのだ。

 

「分かりました。乗りたくないと言うのなら、仕方ありません」

 

「艦長!?」

 

イネスの言い分をユリカはあっさりと認める。

 

「随分物わかりが良くて助かるわ」

 

「ナデシコは民間船ですから、乗艦を強制は致しません。ですが、救援物資ぐらいは受け取っていただけますか?」

 

「そうね。分けてもらえると助かるわ」

 

「判りました。では、ナデシコでコロニーまでお届けにあがります」

 

また意外な指示にブリッジクルーは驚きを隠せない。

 

「ユリカ!それは危険だ!」

 

「でも、『ヒナギク』やエステで行くよりも安全だし、そっちの方が早いでしょう?」

 

たしかにユリカの言っていることはあながち間違いではないので、ジュンやプロスペクターは了承した。

 

「機動戦艦ナデシコ!ユートピアコロニーに向けて出発!!」

 

そしてナデシコは避難民が暮らす地下街の上にて待機、救助物資の投下作業を開始しようとしていたその時、

 

「艦長、距離40kmにチューリップを発見。ナデシコに接近中」

 

近距離レーダーと光学センサー頼みの現状では必ず死角も存在する。

チューリップはそんな死角と周りの丘陵を利用し接近してきたのだ。

 

「チューリップより敵艦出現。大型戦艦5、小型艦30。なおも増加中」

 

「グラビティーブラスト!フルパワー!!てぇっ!!」

 

敵艦を十分にひきつけてからフルパワーのグラビティーブラストを放つ。

 

「やった」

 

眩い閃光に敵は消滅したかと思いきや、敵は無傷だった。

 

「なんでっ!」

 

「敵もディストーション・フィールドを持っているわ。グラビティーブラストとは言え、一撃必殺にはならないようね」

 

イネスが冷静に説明する。

 

「なら連射を!」

 

「無理よ。ここは真空の宇宙じゃない。大気圏内じゃ相転移エンジンの反応が鈍い」

 

「では、ナデシコは直ちに後退し上昇。火星より離脱します」

 

「駄目です。衛星軌道上に新たな敵艦隊を発見」

 

相転移エンジンの反応が鈍い現状では重力圏の離脱には時間がかかる。

補助の核パルスエンジン4基の出力と合わせても、重力を振り切って宇宙に上がるのにも相応の時間が必要になる。

よって上空を押さえられた以上、簡単には離脱できない。

 

「前方のチューリップから敵艦隊、更に増加」

 

「どこにあんなに入っているの!?」

 

多勢に無勢の状況下にチューリップの質量と敵艦の数が不釣合いなのにミナトが悲鳴を上げる。

 

「入っているんじゃないの‥出てくるのよ‥‥あの沢山の戦艦達はどこか別の宇宙から送り込まれてきている」

 

イネスの顔も引き攣っているが、チューリップの動きからその機能を推測している。

 

「いかん、艦長!撤退だ!!」

 

瓢提督にもこの場では撤退の指示を出す以外にやれることがない。

 

「はい!ディストーション・フィールドを張りつつ、全力で後退します」

 

「ちょっと待って!まだ地下には沢山の人達がいるのよ!!ここで攻撃されたら全滅するわ!」

 

イネスの叫びがブリッジに響く。

 

「上空の戦艦より重力波反応」

 

ルリの声の報告を受け、ユリカは決断を迫られる。

そして‥‥

 

「ディストーション・フィールド出力最大!地下街上空で盾になります!!」

 

「攻撃、来ます」

 

ナデシコが火星降下中に敵に対して行った攻撃が今度は敵にされる側となった。

グラビティーブラストを含む大量の砲撃を受けているがディストーション・フィールドのおかげで、ナデシコ自体は中破程度の損害だったが、ナデシコ1隻では地下街すべてを覆うことは出来ず、地下街には容赦なく木星兵器の攻撃が雨の様に降り注がれる。

 

「火星にチューリップが落ちてきた日から私達の運命は決まっていたのかもしれないわね」

 

自嘲するかのように木星蜥蜴の攻撃を見て言うイネス。

 

「うっ‥‥撤退します。周囲の警戒を行いフィールドはこのまま維持してください‥‥」

 

ユリカは早口で命令を伝えた後、トイレへと駆け込んで行った。

 

ナデシコにとって痛い敗北の中、プロスペクターは救出者のリストの作成、不本意ながらもナデシコへ乗艦したイネスは医療班及び科学班担当になった。

ルリは医療担当になったイネスの経歴を調べ、火星赴任時代、相転移エンジン開発の他、幾つかの研究を兼任していたようで、その中にナノマシン研究も含まれていたことから、イネスに相談を持ちかけた。

 

「それで診察してほしい子って言うのは誰なの?」

 

「私の妹です」

 

「経歴を見たけど、貴女に妹はいない筈よ。ホシノ・ルリ」

 

「ナデシコに乗ってから出来きました」

 

「それってタケミナカタ・コハクのこと?」

 

「そうです」

 

既にイネスは乗員全員のことはある程度調べていたようだ。

 

「それで彼女はどんな症状なの?実を言うと彼女の経歴は閲覧禁止になっていてよく知らないのよ」

 

「火星についてから急に体調を崩したので火星のナノマシンに原因があると思うんです」

 

「なるほど、それで私に相談し、診察してもらおうと」

 

「はい、お願いします」

 

ルリはペコリとイネスに頭を下げる。

 

「分かったわ。それで彼女は貴女の部屋?」

 

「はい、でも決してコハクの身体を見ても誰にも言わないでくださいね」

 

「大丈夫よ。医者には守秘義務があるし、それに私にはそっちの気はないから」

 

「?」

 

イネスの言う『そっちの気』の言葉の意味が理解できずに首を傾げるルリ。

そして医療キットを持ち、ルリとコハクの共同部屋へとやって来たイネス。

 

部屋の中は薄暗くベッドの方からは苦しそうな呻き声が聞こえる。

 

「コハク」

 

「‥‥ル‥リ?」

 

最初の日と比べると翼は小さくなったが、まだ髪の方は相変わらずクネクネと動いているし、切ってもすぐに再生し伸びてしまう。

小さくなったとはいえ、背中に翼が生えているのでコハクは上半身は裸のままだ。

 

「‥‥」

 

イネスは今まで見たことのない光景を前にして声が出なかった。

ある程度の事は予測していたが、コハクの様子はイネスにとって完全に予想外だ。

 

「イネスさん、突っ立っていないで診察をして下さい」

 

いつまでも固まっているイネスにコハクの診察を促すルリ。

 

「え、ええ。そうね‥‥」

 

とは言え、今まで経験のないことで戸惑うイネス。

 

「と、とりあえず、まずは採血して貴女の体中のナノマシンについて調べたいのだけどいいかしら?」

 

「どう‥ぞ‥‥」

 

コハクは弱々しく右腕を差し出す。

コハクの身体から採血し、その血を医務室で検査した後、イネスはルリを呼ぶ。

 

「検査の結果、あの子の変調の原因は、あの子の身体の中に存在するナノマシンと火星に存在する無数のナノマシンが共鳴と反発を同時に繰り返したことが原因ね」

 

「それで治るんですか?」

 

「あの子の体中のナノマシンが今、火星の環境に適用できるように変換されているから、それが終われば彼女の身体の異変も次第に治まるわ」

 

「そうですか」

 

治ると聞いて一安心したルリであった。

そこへイネスがルリにコハクのことを聞く。

 

「それにしてもあの子のナノマシンはあまりにも特殊と言うか、あれは異常よ。彼女のナノマシンは血球に擬態して血液を流れ‥‥おそらく身体を構成する原子配列を組み変えることで、身体の構造が変わるのだろうけど、こんなナノマシンは今まで見たことも聞いたこともないわ」

 

「私もコハクのことはよくわかりません」

 

「それでよく妹として面倒をみれるわね?見方を変えれば、あの子は化け物と言われても不思議じゃないのよ」

 

「そんなに過去の経歴というのは大切なんですか?」

 

ルリがイネスを睨む。

 

「私はコハクが誰であろうとあの子は私の妹で私はあの子の姉です。私はあの子のことを信じます」

 

ルリ自身も人間開発センター以前の過去の記憶がないため、同じ過去の記憶も経歴も不明なコハクに対して自分と重ね、そして自分より年下のコハクを守ろうとする母性本能のようなものがルリを動かす。

 

「それじゃあイネスさん。部屋で見たことは秘密ということでお願いします」

 

ルリはイネスに一礼して医務室を後にした。

 

採血され、イネスとルリが部屋を出て行った後、コハクは眠り、夢を見た。それはいつも見ている悪夢とは違う夢だった。

 

 

「‥‥イト‥‥さん‥‥‥カイ‥‥トさん」

 

誰かが呼んでいる。

 

(いつも夢に出てくる女の人だ‥‥でもあの人は誰なんだろう?)

 

目の前にはいつも夢の中に出てくる白い服の女の人が立っている。そして自分は壁にもたれ掛かって座っている。

 

「まだ疲れて起き上がれませんか?」

 

(僕に聞いているのかな?)

 

「そんなことないよ、大分楽になったよ。もう大丈夫だから」

 

「そんなこと言って本当に大丈夫ですか?貴方は昔から無理に頑張る癖が有りますから」

 

白い服の女の人は膝を折り、目線を合わせて尋ねてくる。

 

「昔?貴女は僕のことを知っているの?それにどうして貴女はルリに似ているの?」

 

「いずれわかります」

 

「貴女は僕の過去を知っているの?」

 

「姿、形、は違いますが、私の知っている貴方は自分のことよりも大切な人の為に自分が傷つくことも省みない優しい人です。そして寂しがり屋な人でした。ですから辛くなったらいつでも甘えていいんですよ」

 

夢の女性は笑みを向ける。それはいつも夢にうなされている自分を優しく見守りあやしてくれている姉と同じ笑みだった。

 

「ルリ‥‥」

 

「私はいつでも貴方の傍に居ますよ」

 

白い光が辺りを包み込む。そして目を開けるとそこにはルリが心配そうに見つめていた。

 

「ルリ?」

 

「コハク、酷い寝汗ですよ。汗‥拭きましょう。起き上がれますか?」

 

「う、うん‥‥」

 

ベッドから起き上がったコハク。

そんなコハクをお湯で濡れたタオルで、彼女の身体を拭くルリ。

 

「ルリ‥‥」

 

「はい?」

 

「‥‥今日も夢を見た」

 

「‥‥そうですか‥‥それはどんな夢でしたか?」

 

「いつもの悪夢とは違った‥‥でも、ルリに似た女の人が出てきた」

 

「そうですか」

 

「‥‥ルリは気にならないの?僕の事」

 

気にならないと言えば嘘になる。

だからこそコハクのことを調べたが情報はほとんどなく、やっと見つけた情報も厳重プロテクトで閲覧することができない。

当初はいずれ機会があれば時間をかけてでもそのプロテクトを破って閲覧しようと思っていたが、こうしてコハクと時間を過ごしている内にそんなことはどうでもよくなっていたが、一時とはいえ、妹の過去を勝手に見ようとした自分が居た、そう思うと自分が恥ずかしくなるルリであった。

 

「僕は知りたい‥‥自分のこと‥‥」

 

「コハク‥‥」

 

ルリが端末からページを開き、閲覧の条件を映し出すページを映す。

ベッドの上で無線式のキーボードに手を置くコハク。しかしなかなかパスワードを打ち込まない。

 

「やっぱり怖いですか?」

 

「いや、アキトさんに言ったんだ。逃げていちゃあ何も始まらないって‥‥だから‥‥」

 

パスワードを打ち込むコハク。そして今まで閲覧できなかったコハクに関する経歴が掲示される。

 

掲示された経歴を見て、ルリもそしてコハク本人も暫くは言葉が出なかった。

自分は元々クリムゾンで研究されていた生物兵器だという事、

そしてネルガルの社長派によって強奪され、そこでもナノマシンと薬物実験に使われていた事、

そしてクリムゾンに所属する前はどこから来たのか詳細不明となっていた事、

ルリは自分よりも過酷な経歴をもっていたコハクにかけてやる言葉がなく、コハクは人ですらない自分の存在にショックを受けていた。

そして長い沈黙の中、コハクが口を開く。

 

「‥‥前々から感じていたんだ‥‥自分が本当に人なのかってね‥‥」

 

「コハク?」

 

「人ならば羽も生えてこないし、髪の毛もこんなに動かない‥‥そうか‥‥やっぱり僕は‥僕は‥」

 

(嫌、やめてコハク‥‥それ以上は言ってはいけない)

 

ルリはその先の言葉を聞きたくはなかったが、

 

「‥‥僕は‥‥化け物だ‥‥」

 

コハクは自嘲するかのように言って、ギュッと毛布を握る。

そしてルリを見る。

 

「ルリは怖い‥よね?こんな化け物が近くにいたら‥‥艦長に言って部屋を変えてもらおう‥‥それに地球に着いたら僕はナデシコを‥‥」

 

「降りる」という前にコハクはルリにギュッと抱きしめられる。

 

「そんなことはない!そんなことありません!‥‥コハクは誰がなんと言おうとも私の妹です!コハクはたった1人の私の家族なんです!」

 

ルリは涙を流しながら大声をあげてコハクに抱きつく。

 

「あぅ‥‥ル‥‥リ‥‥」

 

ルリの行動にどう対応して分からないコハク。

そんなコハクに、

 

‥‥‥甘えていいんですよ。

 

夢の中の女の人の声が聞こえた気がした。

 

「ル‥リ‥‥ルリに甘えても‥いいかな?こんな僕でも‥ルリの妹でいいのかな?」

 

「いいですよ。貴女は私の妹なのですから‥‥それに今更言わなくても今までさんざん私に甘えてきたじゃないですか」

 

「ルリ」

 

コハクもぎゅっとルリを抱きしめる。

こうして血は繋がらなくてもルリとコハクの姉妹の絆は深まっていった。

 

 

 

・・・・続く


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