機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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第47話

 

 

ルリ達がナデシコに合流したその頃、地球では突如ボソンジャンプしてきた火星の後継者の手により地球連合政府の主要施設が次々と占拠されていった。

完全に不意を突かれた統合軍は成す術なく敗北と後退を余儀なくされた。

 

「国際高速通信社占拠」

 

「「「「おおおぉ~」」」」

 

「閣下、間もなくですな」

 

「うむ、新たな秩序が生まれる」

 

火星極冠遺跡に設置された火星の後継者の司令部では奇襲部隊の戦果が次々とあげられていき、まるで選挙戦の様に奇襲部隊が占拠した施設の名前が書かれた紙の上に花が飾られる。

草壁達は自分達の勝利は目前だと確信を得ていた。

 

 

シャトルからナデシコCに乗艦したルリ達は早速イネスからの説明を聞く事になり、ナデシコCの食堂に集まった。

食堂には既にパイプ椅子と机、茶菓子に飲み物が用意されていた。

 

「「3、2、1!ドカーン!」」

 

「なぜなにナデシコ!」

 

旧ナデシコクルー達にとっては懐かしいフレーズのイネスの説明会。

 

「こんにちわ、はじめまして、おひさしぶり医療班並びに科学班担当のイネス・フレサンジュです」

 

説明をする前に食堂に集まったクルー達に自己紹介をするイネス。

そしてホワイトボードを使って説明をしようとする。

 

「ボソンジャンプ大航海時代に備えてボソンジャンプの利権をゲットしておこうと言うのが彼らの目的で、何故ボソンジャンプで世界が変わるのかと言うと‥‥」

 

「しつもん」

 

イネスがボソンジャンプと火星の後継者の目的を説明しようとした時、ルリが説明の腰を折って手をあげて彼女に質問をする。

 

「何?ルリちゃん」

 

「恐らく皆こう思っていると思うんですけど、イネスさん‥‥アンタ、死んだ筈じゃなかったの?」

 

ルリはこの場に居る皆の質問を代表して死んだと思っていたイネスに何故生きていたのかを質問した。

しかし、ルリとミナトはイネス同様、死んだと思われていたアキトとユリカが生きていた事、

そのアキト達が世界中のジャンパーの保護活動をしていた事からイネスが生きていた事も何となく予想がついた。

だが、アキトとユリカが生きている事を知っているのはまだごく一部の人間だけなので、こうして説明を求めたのだ。

 

「そ、そうだよ。何で生きているんだよ!?」

 

リョーコは少し声を震わせてイネスに訊ねる。

 

「『何で』って、失礼ねぇ。分かったわ」

 

「今度は僕が説明しよう」

 

イネスが何故生きているのかを説明しようとした時、突然空間ウィンドウが開き、アカツキが映っていた。

そしてアカツキはイネスが生きていた事を説明した。

 

「コハク君が残した手紙で奴等の狙いがテンカワ君や艦長を狙っていた事から連中の目的や狙いを事前に掴むことが出来たからね、一番有効な手として手っ取り早い方法としてテンカワ君や艦長と同じく戸籍上は死んでもらったんだよ。ああ、知らない人も居るみたいだから、此処でネタバレをしておこう。イネス君が生きているようにテンカワ君や艦長もちゃんと生きているよ」

 

アキトやユリカが生きている事にざわつくナデシコクルー達。

でも、その殆どが生きてくれてよかったと安堵している。

 

「コハクはどうやって艦長達が狙われている情報を掴んだんですか?」

 

ルリはコハクがアキトやユリカが草壁達に狙われている事をいつ知ったのか?

アカツキなら知っているかもしれないと思い彼に質問する。

 

「それは僕にも分からない。あの火星のサミットが終わる頃にコハク君がゴート君に未来の事を記した手紙を渡したこと以外、彼女が一体、いつ、何処から連中の情報を得たのかは不明なんだな、これが」

 

「では、何故コハクは火星の後継者に捕まっているんですか?」

 

「‥‥どうやら、コハク君は草壁を暗殺しようとしていたみたいなんだ‥‥そして、それが失敗した場合の事を考えて、ゴート君に手紙を託した。で、結果は見ての通り、コハク君は草壁の暗殺に失敗して敵の手中に落ちてしまった‥‥まぁ、コハク君はマシンチャイルドだったしね‥‥連中にしては丁度いい人材だったのかもしれないね」

 

コハクが生体兵器であることは一部の人間しか知らないのでこの場は敢えてマシンチャイルドとアカツキは言った。

草壁が自分を暗殺しに来た暗殺者を殺さずにああして遺跡ユニットと融合させたのかもアカツキは最初にコハクを保護した時に何となくだが察しはついていた。

クリムゾングループが生み出した生体兵器でもあり、ボソンジャンプ時代を切り開くイヴ‥‥そんな存在を草壁が手放すわけがない。

そもそもクリムゾングループはあの戦争中、密かに木連とコンタクトをとっていた形跡があった。

そこからコハクの存在を草壁が知っていたとしても可笑しくは無かった。

 

(コハク‥‥貴女はまた勝手に1人で‥‥)

 

コハクが自分に何も言わずに1人で危ない行動を取ったことに怒りを感じつつ、何としてでもコハクを助け出す決意を固めるルリ。

 

「じゃあ、なんだ?コー君は艦長達の身代わりに捕まっちまったってことか‥‥?」

 

ウリバタケが苦々しく呟く。

 

「まぁ、そう言う事になるね。だからこれから君達が助けに行くんだろう?さて、そろそろ僕も用事があるからね。そっちは任せたよ」

 

そういって、アカツキからの通信は切れた。

 

「此方正面玄関口、敵の攻撃がすさまじく、もう持ちません」

 

「うひょ~こりゃすごいな~ああ、あとはこっちでやるから君達は撤退していいよ」

 

「は、はい」

 

ナデシコクルー達との通信を切ったすぐ後、地球連合総会ビルの警備隊からもう持たないと通信を受けたアカツキは警備部隊を撤収させた。

アカツキはネルガルの本社ビルではなく地球連合総会ビルの控室からナデシコに通信を送っていた。

 

「さて、舞台は整った‥‥行こうか‥‥」

 

アカツキは控室を出て地球連合総会ビルの大会議室へと向かった。

 

地球連合総会ビルの周りは火星の後継者の機動兵器に囲まれており、通信施設も爆破された。

そしてアカツキは警備隊も撤収させたので、地球連合総会ビルからの反撃は止み、火星の後継者側も一時攻撃を止めた。

 

「敵部隊沈黙!」

 

「よし!これより突入!」

 

この部隊の指揮を任されたカワグチが歩兵部隊と共に地球連合総会ビルに突入して行く。

突入した火星の後継者達は誰も居ないトイレを見て唖然としたり、休憩所に突入して偶然にもオフィスラブの現場を見てしまう者達も居た。

そして、

 

「うらぁっ!」

 

会議が開かれている筈の大会議室に突入したのだが、

 

「ダメダメ、せっかちさん」

 

地球連合政府の大使や官僚の姿はなく、そこに居たのは売れっ子声優アイドルのメグミ・レイナードだった。

 

「えっ?」

 

「メグたん‥‥」

 

突入した火星の後継者たちは唖然としたが、中にはメグミのファンが居た様だ。

 

「みなさんこんにちわ!メグミ=レイナードです!」

 

「「「「「ホウメイガールズです!」」」」」

 

「本日はようこそ私達のコンサートへ!」

 

「たっぷりたのしんでいってくださいね!」

 

同時に、背後スクリーンが何も無かったのがかわり、いっぱいの観客の姿でうめつくされた。

地球連合総会の大会議室はいつの間にかアイドルのライブ会場となっていた。

自分達は地球連合総会ビルに突入したのに何時の間にアイドルのライブ会場と間違えたのだろうか?

そんな錯覚を覚える者も居た。

 

「総会は!?地球連合の総会はどうした!?」

 

「ギタープロスペクターさん!」

 

「参ったなぁ」

 

そんな火星の後継者達を尻目にバンドメンバーを紹介する。

ユラユラとゆれながらギターをひくプロスペクター。

 

「ベース、ムネタケ・ヨサシダ!」

 

「ハッピ~」

 

クールにきめるムネタケ。

 

「キーボードは飛び入り、ホウメイさん!」

 

「ハハ‥‥」

 

照れながらもみごとに片手引きをきめるホウメイ。

 

「ドラムはミスマル・コウイチロウ!秋山源八郎!」

 

「「そりゃそりゃそりゃそりゃ!!」」

 

其処には和服をはだけた状態で着て、大きな和太鼓を叩くコウイチロウと秋山の姿があった。

ドラムと言うよりはもうまんま和太鼓である。

 

「そしてスペシャルゲスト!アカツキ・ナガレ!!!」

 

バックの声援がさらに大きくなり、前方のスクリーンの上に人影がもりあがってくる。

そして音楽がとまる。

その直後、

 

「ふごっ!」

 

ガン、という音とともにふってきた金盥を頭でうけとめる。

 

「金持ちをなめんなよォ?」

 

バックのスクリーンは爆笑しているおばちゃん達の映像に変わる。

背後のバックスクリーンは大笑いだが、火星の後継者の面々にとっては憎たらしい事この上ない。

 

「天誅っ!!!」

 

アカツキの姿を確認した火星の後継者達は彼に向かってマシンガンを撃つ。

だが放たれた弾丸はアカツキを貫く事はなく直前のディストーションフィールドで阻まれる。

 

「ディストーションフィールド!?貴様!なんのつもりだ!」

 

「どういうこと?‥‥無理な事は『止めろ』ってことさ。総会出席者を人質にとるような組織じゃ天下はとれんよ」

 

そして彼は眼を細め、

 

「汝死にたもうことなかれ」

 

と忠告する。

だが、その忠告を聞いてか聞かずか、天井をつきやぶり2機の積戸機が大会議室に降りてくる。

 

「ならば貴様がしねぇっ!!」

 

向けられる積戸機の銃口を見つめるアカツキ。

その瞳はまったくといっていいほど動じていない。

 

「奸賊、アカツキ・ナガレ、天誅!!」

 

積戸機がマシンガンの引き金を引こうとした時、アカツキの居る舞台と積戸機の間の空中に光の渦が発生する。

そして、その渦からは2機の白い機動兵器が現れて腕に装備されているクローを突き出して、瞬く間に2機の積戸機を無力化する。

 

「ボ、ボソンジャンプ‥新型か‥‥?」

 

「外もあらかた鎮圧した」

 

「あきらめて投降しろ」

 

だが未だに銃をさげない火星の後継者にしびれをきらしたのか、白い機動兵器のコックピットのハッチが開く。

 

「ひさしぶりだな、カワグチ少尉」

 

「まさか、貴官が草壁の様な男に付き従うとは‥‥かつての上官として悲しくもあり、情けなく思うぞ」

 

「し、白鳥さん‥‥月臣さん‥‥」

 

木連の英雄とされる白鳥九十九と月臣元一朗が操縦する新型機動兵器、アルストロメリアの登場で火星の後継者の部隊は次々と武装放棄し投降した。

 

某所にある廃工場には例の幽霊ロボットの母艦である白い戦艦、ユーチャリスが鎮座していた。

 

「ルリちゃんとナデシコが合流したみたいよ」

 

エリナがアキトとユリカにルリ達の状況を教えた。

 

「そうか‥‥」

 

「これで勝率は90%になったね」

 

「ああ‥でも、まだ100%じゃない‥草壁の下にはアイツが‥‥アイツらがまだいる」

 

「それにコハクちゃんも助け出さないと完全とは言えないからね」

 

「そうだ‥‥草壁を捕え、アイツらを倒し、コハクちゃんを助け出してこそ、本当の勝利だ」

 

「それじゃあ、早く行こうか?アキト」

 

「そうだな‥‥エリナさん‥補給、ありがとうございます」

 

「ええ、いってらっしゃい」

 

ラピスと伴ってユーチャリスへと乗り込むアキトとユリカ。

 

「ちゃんと帰ってらっしゃいよ‥‥コハクを連れてね‥‥」

 

見送るエリナは3人の背中を見ながらポツリと呟いた。

そして、ユーチャリスはボソンジャンプをしてその場から消えた。

 

火星極冠遺跡の火星の後継者司令部では驚愕の知らせとも言える凶報がもたらされる。

 

「当確全て取消!?」

 

「何故だ!?」

 

先程まで順調にすすんでいた地球要所占拠計画だったが通信士の急な取り下げに驚く草壁達。

 

「どういう事だ!?説明をしろ!?」

 

「はぁ‥‥それが敵の新型兵器と説得に‥‥」

 

「説得だと?」

 

「地球、そして木連の勇者諸君!」

 

「あの戦争で散った戦士達が泣いているぞ!!」

 

開かれた映像には元一朗と九十九が火星の後継者達に投降する旨を伝えている。

それに促され地球では次々と投降していく同志達の光景が映し出されていた。

 

「つ、月臣、白鳥!?」

 

(くっ、どこまでも私の邪魔を‥‥やはり、あの戦争で2人とも纏めて始末しておくべきだった‥‥)

 

草壁は苦虫を嚙み潰したように顔を歪めた。

そして草壁にもいよいよ最後の時が近づいていた。

 

ナデシコCはルリ達を乗せ、イネスが生きていた説明を終えると草壁の逮捕及びコハクの救助の為、一気に火星の後継者達の根拠地となっている火星極冠遺跡へとボソンジャンプしようと言う事になった。

のこのこと火星へ向かえば当然、火星の後継者達との戦闘となる。

相手は元木連の草壁派と統合軍の3割の戦力を有する大艦隊。

対する此方はナデシコC1隻のみ‥‥あの時の火星で戦った木連の戦力に比べたら今回の方は少ないが、それでも正面から喧嘩を売るにはやはり数が違い過ぎる。

そこで一気に敵の根拠地へとボソンジャンプして、敵のシムテムを掌握し無力化させる事となった。

 

「でも、イネスさん、貴女はさっきボソンジャンプをしたばかりですけど、連続でやって大丈夫なんですか?」

 

ルリはイネスの体の事を心配する。

 

「さっきのボソンジャンプは、短距離だったからそこまで負担は無いわ‥ただこの次に火星極冠遺跡へとボソンジャンプをしたら、今日はもう無理ね」

 

「それってつまり‥‥」

 

「ボソンジャンプアウトと同時に奴等を無力化させないとヤバいって事」

 

いきなりの一発勝負となった。

失敗すればナデシコは袋叩きにあう。

しかし、やるしかない。

 

「すぐに火星極冠遺跡へのボソンジャンプをします」

 

「サブロウタさん、ハーリー君。準備を‥‥」

 

「「了解」」

 

「イネスさん、大変でしょうけどお願いします」

 

「ええ、分かったわ」

 

そして準備が整い、ナデシコCは一気に敵の根拠地、火星極冠遺跡へとボソンジャンプをした。

 

 

「上空にボソンジャンプ反応!」

 

「なにっ!?」

 

地球での重要施設占拠が取り消しとなった中、草壁に追い打ちをかける様な事態が発生する。

火星極冠遺跡の空に光が渦を巻き、白い巨体の戦艦が現れる‥連合宇宙軍のマークが光り、ナデシコCがボソンジャンプアウトしてきた。

 

「哨戒機より映像、ナデシコです!!」

 

「ナデシコ‥‥だと‥‥」

 

火星極冠遺跡の周りに展開していた艦船やステルンクーゲルの空間ウィンドウにはボソンジャンプアウトしてきたナデシコCの映像が表示されるが、突如空間ウィンドウが『お休み』 『使えないよぉ~』 『一時封印』 『SLEEP』 と書かれたウィンドウやデフォルメされたルリが眠っている画像に変わる。

すると、空中で待機していたステルンクーゲルが次々と持ち場を離れ地上に着陸していく。

 

「こら、お前達!!持ち場を離れるな!!」

 

「ち、違う!!機体が勝手に‥わっ!?」

 

管制室からステルンクーゲル部隊へ注意を送るが、パイロット達は自分達の意志で機体を下ろしたわけでは無いと言った直後に管制室との通信も『お休み』等のウィンドウに変わり機体の制御が全くできない状態となった。

 

「ヤマザキ君、一体どういうことかね!?」

 

草壁が同じく司令部に居たヤマザキにこの事態を訊ねる。

 

「し、システムが乗っ取られた様です‥‥妖精に‥‥」

 

まさかと言う思いがヤマサキの脳裏を駆け巡る。

システムは何重にもわたるプロテクトがかけてあった。

それをルリは僅かな時間で突破しそれらのコンピューターを乗っ取った。

全てのシステムはおろか、照明の電源までも失った草壁達の居る司令部は今やロウソクだけが明かりを点す状態となっていた。

 

「何!?すぐに復旧させろ!!」

 

「は、はい」

 

ヤマザキは研究室に居る研究員らにシステムの復旧を命じる。

 

火星の後継者側の技術者達が無駄な抵抗をしている間にルリはハーリーにナデシコCのシステムの全権を任せ、自分は火星のシステムの掌握へと移る。

自分の妹を酷い目に遭わせた奴等に慈悲はなく、ルリは短時間で火星の後継者達のシステムを掌握した。

 

「私は地球連合軍所属、ナデシコC艦長のホシノ・ルリです。元木連中将草壁春樹、あなたを逮捕します。」

 

そして、司令部に居る草壁に投降を呼びかける。

 

「黙れ、魔女め!」

 

「我々は負けん!」

 

「徹底抗戦だ!!」

 

頭に血の上っている幹部達は心のままにルリに罵声を浴びせた。

本音で言えばこっちこそ、このまま遺跡にグラビティブラストを撃ち込んで遺跡諸共草壁達を吹き飛ばしてやりたい所であるが、まだコハクが遺跡内に居るのでそれが出来なかった。

 

「‥‥部下の安全は保障してもらいたい」

 

草壁は部下達の生命の保証を条件に降伏した。

それが理想を追い求める草壁達火星の後継者の余りにも呆気ない終りだった。

理想を追い求め今日まで自分達が絶対の正義だと信じていた。

もう少しで‥‥後もう少しで全てが手に入る、理想の世界が生まれると思った時、最後の最後でその夢は脆くも破れ去る。

たった1隻の宇宙戦艦と1人のマシンチャイルドの少女の手によって‥‥

 

 

しかし、まだ戦いは終わっておらず、

 

「ボソン反応!7つ!」

 

ナデシコのセンサーがこの近くでボソンジャンプアウトの反応を捉えた。

 

「ルリルリ」

 

ユキナの報告を聞いたミナトも思わずルリの方向に首を向けた。

 

「かまいません」

 

一瞬ユキナの報告に耳を傾けたルリはあっさりとそう言い放った。

 

「えっ?」

 

ルリの言葉はブリッジにいるクルーにとってやはり信じがたいものだった。

確かにナデシコと敵の距離はかなりあるがそれでもやはり要危険因子にはかわりは無いのだ。

敵はルリの掌握から逃れてこうして動いているからだ。

 

「あの人に任せます」

 

だが、ルリはあの人に‥‥アキトに絶大な信頼をおいていた。

敵はナデシコに到達する前にアキトにより撃破されると‥‥

しかし、いくらアキトでも1対7では分が悪いと思ったルリはリョーコ、ヒカル、イズミ、サブロウタに出撃を命じた。

 

 

ナデシコから離れた所にボソンジャンプアウトした7機の機体はそのまま、広い火星の荒野を進む。

 

「いいんですか、隊長」

 

「ボソンジャンプの奇襲は諸刃の剣。アマテラスがやられた所で5分‥‥いや、地球側にA級ジャンパーが残っていた時点で我々の勝ちは‥‥」

 

北辰はアキト達の活動で思ったよりもジャンパーが揃えられなかった時点で自軍の敗北を予感していた。

しかし、このままおめおめと投降などするつもりはなかった。

どうせ投降した所で、軍法会議で死刑は免れない。

ならば、最後はあの男と決着をつけるつもりだった。

北辰達の機体の前に現れる戦艦ユーチャリス。

その艦首に立つアキトのホワイト・サレナ。

 

「決着をつけよう」

 

北辰の夜天光とアキトのホワイト・サレナ‥‥雌雄を決する時が来た。

ホワイト・サレナがユーチャリスから飛び立つと夜天光と六連も空へと飛び立った。

 

 

火星の空でアキトのホワイト・サレナと夜天光と六連がドンパチを始めた頃、ルリはこの時、戦艦ユーチャリスに通信を送っていた。

火星のシステムを全て掌握したルリの手にかかればユーチャリスへのコンタクトなど簡単であった。

 

「あなたは誰?私はルリ‥‥これはお友達のオモイカネ。あなたは‥‥?」

 

「ラピス」

 

「ラピス?」

 

「ラピス・ラズリ。ネルガルの研究所で生まれた‥‥」

 

(ネルガルの研究所?‥‥と言う事はこの子も私と同じマシンチャイルド‥‥)

 

ルリと交信しているとラピスの脳裏に忌まわしい記憶が蘇る。

彼女もルリと同じく遺伝子操作技術によって生み出された少女だった。

ネルガルの研究所にいたところを火星の後継者に拉致され、人体実験の被験者にされそうになったところをアキトに助けられた。

助けられてもあの時の出来事はラピスにとっては恐怖でしかなかった。

それを近くに居たユリカが優しく抱きしめ、癒した。

 

その頃、アキトは圧倒的不利な条件の中で苦戦を強いられていた。

高性能を誇るアキトのホワイト・サレナは六連に対して軽く威嚇程度の射撃をして絶妙な間合いで夜天光の動きを追っていた。

アキトの目的はあくまでも北辰ただ1人‥‥しかし部下の六連があまりにも邪魔だった。

敵もそれほど甘い相手では無く夜天光にハンドカノンによる攻撃を仕掛けると同時に六連は錫杖をホワイトサレナ向けて放った。

 

「くっ‥‥」

 

『両肩装甲損傷』

 

ホワイト・サレナのコックピットでは損傷を知らせる空間ウィンドウが表示される。

六連の放った錫杖はホワイト・サレナのディストーションフィールドをいとも簡単に貫通し追加装甲部分に突き刺さった。

だが、アキトはその程度では怯む筈が無く、体勢を整えて再び夜天光へと挑もうとした瞬間、その夜天光が一気に間合いを詰めホワイト・サレナに白兵戦を仕掛けてきた。

夜天光が拳を繰り出すごとにアキト周りのウィンドウにノイズが走る。

 

「怖かろう。悔しかろう。たとえ鎧を纏おうと‥‥心の弱さは守れないのだ!!」

 

「ぐっ‥‥」

 

北辰の声はホワイト・サレナのアキトに確かに届いていた。

その声を聞いたアキトは奥歯を噛み締める。

だが、その時アキトの脳裏に初めてコハクと出会った時の言葉が蘇る。

 

(「‥‥落ち着いてアキトさん‥‥恐怖は誰もが持つ感情の1つ‥‥でも重要なのはその恐怖に飲み込まれないようにする事‥‥」)

 

(そうだ‥‥飲み込まれるな‥‥逆に飲み込んでやれ!!)

 

「くっ‥‥うぉぉぉぉぉぉぉぉー!!」

 

「むっ!?」

 

アキトは恐怖を飲み込む様に叫び、各部のスラスターを全開にして夜天光に対して体当たりを試みた。

ホワイト・サレナよりも質量が軽い夜天光が押され始める。

そして、ホワイト・サレナを振り払うように一蹴すると一旦間合いを取った。

恐怖を飲み込んだアキトは夜天光を追撃する。

その後ろを、

 

「隊長―!!」

 

六連のパイロット達も追走しようとしたが、

 

「何っ!?」

 

突然の後方からの銃撃に思わず六連はバランスを崩した。

 

「騎兵隊だぁ~~ッ!男のタイマン邪魔する奴ァ、馬に蹴られて三途の川だ!」

 

その場にいる全員にリョーコの声が響き渡った。

六連のパイロット達が振り返ったそこには4機のエステバリスの姿があった。

 

「馬その1、ヒヒン♪」

 

「その2のヒヒン♪」

 

「おいおい、俺も馬なのかい?」

 

「そうそう、馬だけに‥‥」

 

「リョーコはサブを尻に敷き♪」

 

「オッ!やるねぇ~」

 

ヒカルとイズミの漫談にサブロウタが軽く微笑んで答えた。

 

「バカヤロー!何が尻だ!!」

 

リョーコが赤くになりながらツッコミを入れる。

忘れてはならないが、外ではドンパチの最中‥‥4人はコント?をしながら六連と戦っているのだ。

 

「まぁ、尻に敷くか膝枕かはその後の展開として、ねェ、中尉?」

 

「バ、バカ!」

 

「お~~、アツイアツイ」

 

「クッ。テメーら、これが終わったら覚えてやがれ!」

 

戦闘の激化と共にリョーコ達の会話も花を咲かせていった。

 

「気をつけろ。ヘラヘラしとるがきゃつらは強い‥‥クッ、くそぉッ、ム、無念‥‥」

 

そしてさらに1機の六連が火星の空に散った。

 

空で部下の六連とリョーコ達が戦っている中、アキトのホワイト・サレナと北辰の夜天光は互いに沈黙のまま対峙する。

 

「よくぞここまで‥‥人の信念‥見せてもらった」

 

「勝負だ‥‥」

 

「‥‥」

 

空では既に六連とエステバリスの戦いの決着はつき、六連は全て撃ち落された。

アキトはホワイト・サレナの素手の武装をすべて捨てた。

 

「抜き打ちか‥‥?笑止!!」

 

2機の機動兵器が互いに向かって突撃する。

そして夜天光の拳がホワイト・サレナの腹部辺りに命中する。

繰り出した拳はホワイトサレナの装甲に埋もれていく‥‥しかしアキトも体勢を整えて夜天光のコックピット部分に拳を放った。

 

「ゴプッ‥‥見事だ‥‥」

 

北辰の夜天光の拳はホワイト・サレナの追加装甲に阻まれ装甲の中にあったアキトのエステバリスのコックピットへは届かなかった。

一方アキトの拳は確実に夜天光のコックピットに突き刺さっていた。

ホワイト・サレナの外部装甲は文字通りの鎧でそれをただの装甲板だと思った北辰の見間違えが彼の敗因であった。

 

「ハァハァ‥‥ハァハァ‥‥」

 

『装甲排除』

 

『フィールドジェネレーター強制排除』

 

ホワイト・サレナのコックピットに幾つもの空間ウィンドウが開き、アキトのエステバリスカスタムを覆っていた追加装甲が落ちた。

 

 

ロウソクの明かりが灯る火星極冠遺跡にある草壁達、火星の後継者の司令部‥‥

其処には重苦しい空気が流れていた。

システムはルリに掌握され、最後の切り札であった北辰達暗部はアキトとナデシコのエステバリス隊に敗れた。

 

「我々はこれで終わり‥なのか‥‥くっ‥‥」

 

「いえ、まだ‥まだ‥‥木星のプランへと戦力増強の任で向かった南雲が居ます」

 

「そうだ!!南雲を急いで呼び寄せましょう!!」

 

「閣下ご決断を!!」

 

「閣下!!」

 

「‥‥いや、恐らく無理だ」

 

「っ!?」

 

「南雲を呼び寄せるにしてもその南雲と通信が使えない上、木星から火星までのヒサゴプランのシステムも既にあの妖精に握られている‥‥だが、このままやすやすと地球連合の奴等に全てを渡さん‥‥ヤマザキ博士」

 

「はい」

 

「研究室にいる職員と共にこれまでの研究データは全て処分してくれ」

 

「処分‥でありますか?」

 

「そうだ‥‥これまで君達の研究の成果は君達の‥いや、我々火星の後継者の功績だ。その功績をみすみす地球連合の手に渡す道理は無い筈だ」

 

「分かりました」

 

ヤマザキは草壁に言われて研究室に研究データを始めとするこれまでの研究成果の成果を全て破棄しに向かった。

全てを破棄‥‥つまりそれはコハクの処分も含まれていた。

そして草壁はまだ辛うじて生き残っていた非常回線を使ってその様子を空間ウィンドウで見ており、ヤマザキが研究室に入るのを確認した後、1つのボタンを押した。

するとヤマザキが映るウィンドウが消えてカウントダウンが表示されたウィンドウが出現する。

其処には『研究室爆破まで』と書かれていた。

草壁は研究データ以外にもヤマザキを始めとする火星の後継者の研究員全員をこのまま爆殺処分することにした。

ヤマザキが取り調べられて研究データを渡したり、喋ってしまっては元も子もない。

ならば、いっそ研究員共々研究データを全て処分してしまおうと思ったのだ。

まさに死人に口なしとはよくいったモノである。

 

草壁がまさか自分達の抹殺を考えているとは知る筈もなく、研究室に入るヤマザキ。

研究室に入るとドアは勝手に電子ロックされる。

しかし、それに気づかないヤマザキは研究データの処分を伝えようとした時、違和感を覚える。

妙に辺りが血生臭い‥‥

 

「おい」

 

デスクに座っている研究者の肩に手を置いて声を掛けると、その研究者はズルリと椅子から倒れる。

 

「し、死んでいる!?‥‥っ!?」

 

その研究者以外にも床に倒れている研究者の姿を確認したヤマザキ。

その全員が血を流して死んでいる。

 

「い、一体誰が‥‥」

 

此処に居た研究者達が全員死んでいる事に狼狽えるヤマザキ。

すると‥‥

 

「随分とあっけなかったな‥‥」

 

「っ!?」

 

ヤマザキ以外もう誰もいない筈の研究室に1人の少女の声がした。

その声を聞いてビクッと体を震わせるヤマザキ。

 

「茶番劇は終わり‥‥役目が終わった悪役はさっさと舞台から降りないと‥‥そうだろう?草壁の残党の残党なんて笑い話にしかならないし‥‥」

 

ヤマザキが声のする方を見ると、壁に背を預けているコハクが居た。

ルリが火星の全システムを掌握した事で、遺跡の機能も停止して解放されたのだ。

解放されたコハクはヤマザキが来る前にこの研究室に居た研究者達を皆殺しにしていた。

 

「た、タケミナカタ・コハク‥‥き、貴様、我々の研究を‥閣下の革命を茶番と言うのか!?」

 

「アンタらが大好きな熱血アニメと同じじゃないか‥‥悪は正義に味方によって倒される‥‥まさにその通りの流れじゃないか‥‥」

 

不敵な笑みを浮かべながらヤマザキに問うコハク。

 

「き、貴様の様なモルモットが我々を悪だとぬかして笑うと言うのか!?貴様の様な化け物に我々の研究を茶番呼ばわりされてたまるか!!我々火星の後継者の一大革命を笑われてたまるか!!お前なんかに‥‥お前なんかの様な実験動物なんかに!!」

 

ヤマザキは激怒し懐から拳銃を取り出す。

その直後、ヤマザキの腕に何かが巻き付いたと思ったらギュッと何かが締め付け、そのままヤマザキの腕を切り落とした。

 

「ぐぁぁぁぁぁ‥‥」

 

あまりの激痛で床に倒れるヤマザキ。

 

「消えろ‥‥」

 

「う、うわぁぁぁ」

 

コハクがポツリと呟いた直後にヤマザキの頭上から瓦礫の山が降り注ぎ彼を押し潰す。

研究室にはコハクの髪の毛が蜘蛛の巣のように張り巡らせられ折り、その髪の毛がヤマザキの上を切断し、天井を切り刻んだ。

久しぶりに起きて無理な動きをした為、コハクは壁に背を預けた格好になり動けなかった。

最後の力を振り絞って此処に居た研究員とヤマザキを片付けたのだ。

図らずも草壁の思惑通りの展開になってしまったが、コハクはそんな彼の思惑は知る由もなく、ただ単に彼らの存在、彼らの所業が許せなかった。

彼らを見逃せばこの先も酷い研究を続けるかもしれない。

ならば、いっそこのまま一網打尽にしなければならなかった。

 

「‥‥はぁ~‥‥目が覚めたら‥‥ルリにまた‥‥怒られるの‥か‥‥な‥‥」

 

ヤマザキを片付けた後、急激な眠気がコハクを襲い彼女は目を閉じる。

そしてカウントダウンが0になると研究室の彼方此方で爆発が起き、コハクをその爆発に巻き込まれ、その姿は爆炎の中に消えた‥‥

 

 

 

 

西暦2201年8月‥‥元木連中将、草壁春樹が起こした火星の後継者事件は首謀者、草壁春樹らの逮捕で幕を下ろした‥‥。

 

 

 

 

・・・・続く

 




ではまた次回。

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