機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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第46話

 

 

 

 

ハーリーがボソンジャンプで月へと跳んだ時、ルリとミナトは喪服を身に纏い、街外れの公共墓地に来ていた。

この墓地には飛行機事故により死亡したイネスの墓があった。

ルリは毎年イネスの命日には此処へやって来て彼女のお墓に花束を添えていた。

今年はトウキョウシティーに来ていたミナトも一緒に来た。

この後2人は空港へと行き、月行きのシャトルに乗って月ドックにあるナデシコCに乗る予定である。

出撃する前にルリはイネスの墓参りを済ませておきたく、ミナトも付き合ったのだ。

そしてルリは墓地の出入り口でジッと空を見上げていた。

 

「どうしたの?ルリルリ」

 

「ハーリー君‥そろそろ月へ跳んだ頃です」

 

「心配ならお見送りに行ってあげた方が良かったんじゃないの?」

 

「3度目はいやです」

 

「えっ?」

 

「非科学的ですがゲン担ぎです」

 

ルリはこれまで大切な人を2回見送ったが、その2回とも見送った人は還らなかった。

1度目は火星へ新婚旅行へと向かったアキトとユリカ。

2度目は飛行機で海外の研究所へと向かったイネス。

そして、今回もハーリーを見送れば彼の身に何か起こるのではないだろうかと思いルリは敢えてハーリーの見送りには行かなかった。

 

「意地っ張り」

 

そんなルリの態度にミナトは苦笑しながらポツリと呟いた。

そして、イネスの墓まで来た時、ミナトは思わず目を見開いて、手にしていたバケツと柄杓を落してしまった。

ルリは粗方予想していたのかただジッとイネスの墓の前に立つ喪服の様な黒服に黒いマントを羽織った人物を見ながら、

 

「今日は三回忌でしたね」

 

とポツリと呟いた。

公共墓地にはルリ、ミナト、そして黒服に黒いマントを羽織った人物以外に人の姿は見られなかった。

そして、イネスの墓に水と花、線香を添えてルリとミナトは手を合わせる。

 

「始めに気付くべきでした」

 

「えっ?」

 

手を合わせながら、ルリは墓前に立つ人物へと声をかける。

そんなルリに驚くミナト。

 

「あの頃、行方不明になったりしていたのはアキトさんや艦長、イネスさんだけじゃなかった‥‥A級ジャンパーの人は火星の後継者に誘拐されていたんですね?」

 

「誘拐‥‥?」

 

ルリの口から出た誘拐なんて物騒な言葉に驚くミナト。

 

「‥‥」

 

ルリの言葉に沈黙を保つ人物。

 

「この2年の間、アキトさんに何が有ったのか私は知りません」

 

イネスの墓の前に立つ黒服に黒マントの人物はあのシャトル事故で死んだと思われたテンカワ・アキトその人だった。

 

「‥知らない方が良い」

 

この2年の間、アキトが経験した事は血生臭い出来事ばかりだった‥‥それをまだ成人していないルリに話すのは気が引けた。

 

「私も知りたくはありません‥‥でも‥‥どうして生きているって教えてくれなかったんですか?」

 

ミナトがルリとアキトの2人を心配そうに代わるがわる交互に見る。

そしてアキトが口を開く。

 

「‥‥それはすまなかったと思っている‥‥でも、ルリちゃん‥君を守る為には、こうするしかなかった‥‥」

 

「ふざけないで!!」

 

アキトの返答を聞いてルリは思わず大声をあげる。

そんなルリの態度にミナトはびっくりする。

 

「私とアキトさんの関係ってそんなに希薄なものだったんですか!?私はアキトさんや艦長を本当の家族だと思っていたのに!!それなのに‥‥それなのに、家族に教える必要がないなんてどういうことなんですか!?この2年間、私がどんな気持ちで‥‥」

 

ルリがアキトに詰め寄ろうとした時、アキトは懐から大型のリボルバー拳銃を取り出す。

 

「アキトさん‥‥?」

 

「アキト君?」

 

いきなり銃を取り出したアキトに唖然とするルリとミナト。

しかし、銃口はルリでもミナトでもなく、別の方向へと向けられた。

其処には、

 

「迂闊なり、救済人‥テンカワ・アキト」

 

いつの間にか編み笠にマントを羽織った男達が立っていた。

編み笠にマントの男の1人、北辰は不敵に笑みを浮かべ、

 

「我等と一緒にきてもらおう」

 

アキトに対して一緒に来いと言う。

 

「なに、アレ?」

 

ミナトが怪しげな男達に怪訝な声を出す。

すると、アキトは躊躇なく男達に向けて銃を発砲する。

しかし、弾丸は男達の至近距離で弾かれる。

まるであの男達はディストーションフィールドでも纏っているかのように‥‥

 

「重ねて言う。一緒に来い」

 

これが最後通告なのか北辰はもう一度アキトに来いと言う。

 

「手足の一本は構わん‥‥斬」

 

北辰の言葉と共に彼の後ろに控えていた6人組の男達が小太刀を構える 。

 

「2人は早く逃げろ」

 

アキトは空薬莢を捨てて新しい弾をシリンダーに装填する。

 

「こういう場合、逃げられません」

 

「そうよねぇ」

 

ルリはこういう場合下手に逃げると敵の伏兵と鉢合わせをして逆に捕まるリスクがあると指摘し、ルリの言葉にミナトが同意する。

 

「女は?」

 

「殺せ」

 

「小娘の方は?」

 

「あやつは捉えよ。ラピスと同じ金色の瞳‥‥地球の連中はよほど遺伝子細工の実験が好きだとみえる。汝は我が結社のラボにて栄光ある研究の礎となるがいい」

 

「っ!?」

 

北辰のその言葉を聞いてルリの脳裏に遺跡と融合したコハクの姿が過ぎった。

 

「貴方達ですね。A級ジャンパーを誘拐していた実行部隊は?」

 

「そうだ」

 

まるで、何事も無いように北辰が答える。

彼のその態度に怒りが沸々と湧いてくるルリ。

 

「我々は火星の後継者の影、人にして人であることを捨てた外道」

 

「「「「「「全ては新たなる秩序のため!!」」」」」」

 

6人の男達が声を揃えて自分達の目的を宣言すると、

 

「はっはっは」

 

北辰達の背後から声がする。

皆の視線がそちらに向くと、其処にはこの場に居るとは思わなかった人物が居た。

 

「新たなる秩序、笑止なり」

 

長髪で白い詰襟の服を着たその人物はあの熱血クーデターにて行方不明になっていた月臣元一朗だった。

 

「確かに混沌と破壊の果てに新たなる秩序は生まれる。故に産みの苦しみ味わうは必然!」

 

元一朗は新しいモノを築くには古いモノを壊してから出は無ければならない、そして新しいモノを築く際には犠牲はつきものだと言うが、

 

「しかし。草壁に得なし!!」

 

火星の後継者‥草壁についても失敗すると宣言する。

 

「久しぶりだな、月臣元一朗‥木星を売った裏切り者がよく言うわ」

 

「そうだ、木星を裏切り、かつての上官を裏切り、そして今はネルガルの犬‥‥」

 

元一朗は北辰の言葉に対して平然とした様子で言い放つ。

そして、元一朗の言葉がまるで合図かの様に周囲から次々と黒服を着てサングラスをかけた沢山の男達が出てくる。

元一朗の言葉から恐らくはネルガルのシークレットサービスなのだろう。

彼らは日本刀や拳銃で武装している。

そしてイネスの墓が突然盛り上がり、動き出す。

 

「キャアッ!」

 

さっきまでの展開に置いてけぼりをくらっていたミナトが近くの出来事に驚愕する。

 

「久しぶりだな、ミナト」

 

イネスの墓の下からはマシンガンを構えたゴートが出てくる。

 

「そ、そうね、あはははは………」

 

引きつった笑みをうかべるミナトに対して、普通に挨拶するゴート。

このイネスの墓はダミーだった。

 

「隊長‥‥」

 

「慌てるな」

 

「テンカワにこだわり過ぎたのが仇となったな、北辰」

 

奇襲してアキトとルリを攫うつもりが逆に自分達が奇襲に遭い、包囲されている。

この現状に6人の部下達は動揺する。

しかし、北辰は包囲されているにも関わらず、慌てる様子もなく平然としている。

 

「ここは死者の眠る穏やかなる場所‥‥北辰、おとなしく投降しろ!!」

 

「しない場合は?」

 

「地獄へ行ってもらう」

 

周りに居るネルガルのシークレットサービスが戦闘体制になる。

 

「そうかな……烈風」

 

「おう!!ちぇやああああああああああああああ!!」

 

北辰の言葉に応え6人の男の内、1人が元一朗に向かっていくが、

 

「っ!?」

 

「木連式抜刀術は暗殺剣にあらず‥‥」

 

元一朗はその男の抜刀術を紙一重で躱し逆に男の顔面をその手で捕らえ、新たに動こうとした男2人に向かって捕まえていた男を投げた。

 

「うっそ‥‥」

 

最初に抜刀術を最小限の動きだけで躱し更に捕まえた男を投げた元一朗の動きにミナトが驚きの声をあげた

 

「木連式柔‥‥」

 

アキトは元一朗の動きが何なのかをポツリと呟いた。

 

「邪なる剣では、我が柔には勝てぬ!!北辰、投降しろ!!」

 

「跳躍」

 

北辰のその言葉と共に彼の周りが光に包まれだした。

彼のマントの下には機械が埋め込まれた鎧があり、その機械の真ん中のコアの部分がこの光を発している。

 

「なっ!!ボソンジャンプだと!?」

 

「ふはははははは‥‥テンカワ・アキト、また会おう!!」

 

北辰はそう捨て台詞を吐くと、仲間達と共にボソンジャンプをして消えた。

 

「A班は警戒態勢、残りは散開しつつ撤収」

 

北辰達が消え、その場の処理をゴートがシークレットサービスの部下達に指示を出した。

 

「あいつらはどうやら、完全にコハクちゃんを落としたか‥‥草壁の攻勢は近い‥‥ルリちゃんとミナトさんは急いでナデシコで火星へ行って、草壁を捕まえて、コハクちゃんを助け出してくれ」

 

そう言い残し、アキトはルリの前から消えようとした。

アキトはルリにこの場であのシャトルの事故の日に何があったのかを話すつもりであったが、北辰を取り逃がした事、そして彼が単体でボソンジャンプが出来た事から時間がもう残されていない事を察したのだ。

 

「待って下さい」

 

そんなアキトをルリは彼のマントを掴んで止める。

 

「ルリちゃん?」

 

「最後に‥‥最後に1つだけ教えてください‥‥アキトさん‥艦長は生きているんですか!?」

 

「そうよ、アキトくん。艦長はどこいるの!?それにどうやってあの事故の中を生きていたのよ!?」

 

ルリはユリカの所在を尋ね、ミナトはアキトにあのシャトル事故の中、どうやって生き延びたのかを訊ねてきた。

 

「‥‥わかった‥話そう」

 

アキトは時間が惜しいと思いつつもこの状況では逃げ切れないと判断し、あのシャトル事故の日に何があったのかをルリとミナトに話すことにした。

 

 

3人の姿は公共墓地の隅にある小高い丘の上にあった。

 

「まず、最初に言っておく‥‥俺がこうして無事に生きているようにユリカもちゃんと無事に生きている」

 

ユリカが無事だと言うアキトの言葉を聞いてルリもミナトもほっとした様子。

そして、アキトは2人に語った。

 

あのシャトル事故の日の出来事を‥‥

 

 

あの日‥火星へ新婚旅行に行く為、シャトルの搭乗口へと向かっていたアキトとユリカ。

そして、もう間もなくシャトルの搭乗口に着くと言う時に、

 

「テンカワ」

 

アキトを呼ぶ声がしてその声がした方を見るとそこにはゴートが居た。

 

「ゴートさん?」

 

「あれ?ゴートさんも火星に出張か旅行ですか?」

 

アキトとユリカは意外な場所で意外な人物と出会った。

 

「話は後だ‥‥テンカワ、火星への新婚旅行だが、取りやめてくれ」

 

「えっ?」、

 

「もう、ゴートさん、突然何を言い出すんですか!?」

 

突然、新婚旅行を止めろと言われ、アキトは唖然としユリカは不機嫌そうにゴートに詰め寄る。

 

「理由はちゃんとある‥‥コレだ」

 

ゴートは懐から一通の封筒を取り出す。

 

「ん?何ですか?コレ?」

 

「コハクからの手紙だ」

 

「コハクちゃんからの!?」

 

「なんて書いてあるんですか!?」

 

「俺も貰った当初は信じられなかったが、お前達の結婚式の日と新婚旅行への場所と旅行へ行く日時からこの手紙の信憑性があるモノだと判断した‥‥この手紙をコハクから貰ったのは火星のサミットがあった時だったからな‥‥結婚式の日取りは兎も角、お前達が新婚旅行に行く日と場所は結婚式の後に決まった筈だ」

 

そう言ってゴートはコハクから託された手紙をアキトとユリカに手渡した。

2人は早速コハクからの手紙を読んだ。

そこには驚愕の内容が書かれていた。

今年の6月10日にアキトとユリカが結婚式を上げる事、

その式場の場所と式の後の宴会の場所が言い当てられていた事、

出席者が宴会でどんな事をするのかが書かれていた事、

そして同年の6月19日に火星へ新婚旅行に行く事、

しかし、その火星行きのシャトルが爆発事故を起こす事、

だが、その爆発事故は草壁率いる火星の後継者達による偽装事故で目的はアキトとユリカの誘拐である事、

その結果、ユリカは火星の遺跡ユニットと融合させられてしまい、火星の後継者に利用されてしまう事、

アキトは火星の後継者達の手によって人体実験の被験者となり味覚を失う程の大きな障害を負ってしまう事、

そして、アキトは自分の身体を滅茶苦茶にし、ユリカを攫った火星の後継者に対して復讐鬼になった事、

以前、ナデシコのオモイカネの自意識の中に現れたあの黒い大型機動兵器は復讐鬼となったアキトが使用していた機動兵器だった事、

等が書かれていた。

当初はアキトもユリカも信じられなかったが、ゴートの言う通り、コハクは自分達が新婚旅行で火星に行く事は知らなかったにも関わらずこうして新婚旅行の日取りと場所を予知していた事からコハクの手紙の内容を信じ、火星行きのシャトルには乗らなかった。

そして2人は変装して空港から少し離れた所から見ていると、自分達が乗る予定だった火星行きのシャトルは空中で爆発した。

その光景をアキトとユリカは唖然として見ていたが、これでコハクの手紙の内容が真実であったと確信を得た。

事故の後、2人は公式には死亡した事にしてもらいネルガルで秘密裏に保護して貰いつつ、コハクの忘れ形見とも言える試験戦艦ユーチャリスと大型機動兵器『ホワイト・サレナ』で世界中に居るジャンパーの保護活動をしていた。

その過程でアキトとユリカはネルガルのとある研究所でルリと同じく遺伝子操作で生まれたラピスを保護した。

そして、コハクが草壁に捕まっている情報を掴んで、コハクの救助を行っていた。

それがあのコロニー襲撃事件の真相だった。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

(コハク‥‥)

 

アキトからあのシャトル事故の真相を聞いてルリもミナトも固まる。

ただルリは心の中でコハクがアキトとユリカの2人を守ったのだと思った。

それなのにコハク自身は敵の手中に落ちてしまった。

ならば、コハクを助け出すのは姉である自分の役目だと決意した。

 

「俺は別ルートで火星へ行く‥‥」

 

「えっ?」

 

「どうして?」

 

「俺には決着をつけなければならない奴がいる」

 

「それってさっきの‥‥」

 

「草壁の確保とコハクちゃんの事‥‥頼んだよ。ルリちゃん」

 

「はい」

 

アキトはルリにコハクの事を託し今度こそ、その場から去って行った。

 

ルリがアキトと再会した時、

ハーリーは月へと跳びドックにあるナデシコCへと向かった。

 

「おう、待っていたぜ、お前さんがマキビ・ハリ少尉だな?」

 

「えっ?う、ウリバタケ・セイヤさん!?」

 

ナデシコCには元ナデシコ整備班班長、ウリバタケ・セイヤが先にナデシコで待っていた。

ハーリーとしてはてっきりウリバタケは今回の作戦には不参加だと思っていたので、彼が自分より先に此処に居た事に驚いた。

ハーリーが此処には居ないと思っていたウリバタケに驚いていると、

 

「あら、やっぱり来ていたのね」

 

ハーリーを月まで跳ばしたジャンパーがウリバタケに声をかけながら被っていたヘルメットを脱ぐ。

 

「あんたもやっぱり生きていたか‥‥」

 

「あまり驚いていない様だけど、もしかして貴方を月に送ったのはテンカワ君か艦長なの?」

 

「ああ、テンカワの奴だ」

 

ウリバタケはそう言ってあの日の出来事を思い出す。

 

 

「へ~い、見て分かんないの?今日はもう、お終い、店じまいなんだけど~?」

 

あの日、既に店じまいした後、誰かがウリバタケ家を訪ねてきた。

応対に出たウリバタケの耳に

 

「セイヤさん」

 

聞き慣れた声がした。

 

「あん?‥‥っ!?お、お前はっ!?」

 

あの日、ウリバタケ家に来たのは死んだと思われたアキトだった。

 

「て、テンカワ‥‥お、お前‥死んだはずじゃ‥‥ま、まさか、幽霊‥じゃないよな?」

 

「違います。正真正銘テンカワ・アキトっす」

 

「どうやってあの事故の中を‥‥?」

 

「その事を踏まえてセイヤさんに話したい事が‥‥」

 

「その様子だと何やら厄介事の様だな」

 

「‥‥」

 

「まぁいい、上がれ」

 

ウリバタケはアキトを家の中に招き入れた。

当然、アキトの姿を見たオリエは腰を抜かす程驚いた。

そして、アキトはウリバタケにルリとミナトに話したシャトルでの事故の真相を話し、そして今、草壁率いる火星の後継者にコハクが捕まっている事も話し、そしてその討伐の為に準備されている月のドックで建造中のナデシコCについても話した。

 

「そうか‥‥コーくんがお前さんと艦長を‥‥」

 

「はい」

 

「で?俺にもう一度ナデシコに『乗れ』ってか?」

 

「はい‥‥奴等を倒す為にはルリちゃんとナデシコの皆の力がどうしても必要なんです」

 

「‥‥」

 

ウリバタケは腕を組んで考え込みながら、チラッとオリエを見る。

オリエは間もなく臨月に入る。

旦那として出来れば出産を控えている女房の傍に居てやりたい。

でもその反面、昔の仲間の力にもなりたい。

ウリバタケの心は揺れに揺れた。

そんな中、

 

「アンタ‥‥行ってやりな」

 

オリエがウリバタケの背中を押す。

 

「えっ?」

 

「昔の仲間が困っているんだろう?」

 

「い、いや、しかし‥‥」

 

「アタシの事は大丈夫だって、この子もきっとアンタが帰って来るまで待っていてくれる筈さ」

 

「オマエ‥‥」

 

「だから、さっさと行ってさっさと帰っておいで」

 

「‥‥すまねぇ」

 

オリエからの許可も出てウリバタケはナデシコへと行く事に決めた。

必要な道具と荷物をまとめた後、アキトがボソンジャンプでウリバタケを月まで送ると言う。

そして、ウリバタケを月へ送る前、

 

「あっ、そうだ。奥さん‥‥コレを‥‥」

 

アキトは懐から分厚い何かが入った封筒をオリエに手渡す。

 

「えっ?あの、これは?」

 

「言ったじゃないですか。屋台の代金は利子をつけてお返ししますって」

 

「あっ‥‥」

 

ラーメン屋の屋台をウリバタケに作ってもらった時、コハクが前金を払ったが残りの代金と利子は未だに払われていなかった。

あの時の屋台は既に解体されてしまったが、アキトは約束をちゃんと守り、だいぶ遅くなってしまったが、こうしてあの時の屋台の製作費の料金をちゃんと持って来た。

 

「ちょっと利子がたりないかもしれませんけど‥‥」

 

「いえ‥‥ありがとうございます」

 

オリエは深々と頭を下げてアキトに礼を言った。

 

「それじゃあ、行って来る」

 

「アンタ‥‥気を付けてね」

 

「ああ、心配すんな。ちゃんと生きて帰って来る‥‥絶対にな」

 

「ええ、待っているからね‥‥この子と一緒に‥‥」

 

そして、ウリバタケはアキトのボソンジャンプで一足先に月へと跳んだのだった。

 

 

「‥‥ってことがあってよ」

 

「へぇ~なんだかんだ言って奥さんと仲良くやっているみたいじゃない」

 

「まあな‥‥」

 

ウリバタケとジャンパーの2人は知り合いの様で会話が弾んでいたが、ハーリーは事態についていけなかった。

でも、いつまでもこうして再会に浸っている暇では無かった。

 

「さて、ルリルリがいつでも来てもいいように新しいナデシコを動かせるようにするぞ」

 

「は、はい」

 

ウリバタケとハーリー、そしてジャンパーはナデシコCへと向かった。

 

 

新東京臨海国際空港 宇宙用滑走路では特別便のシャトルが一機飛び立とうとしていた。

それはナデシコCに乗艦予定のナデシコのクルー達だった。

見送りにはプロスペクターとホウメイ、そしてメグミとホウメイガールズの皆が来ており、シャトルを見送った後、プロスペクターは彼女らを連れてある場所へと向かった。

そして、プロスペクター達の他に見送りに来ていた者も居た。

それは編み笠にマントを着た男達だった。

男達は空高く飛び上がって行くシャトルを見ながらニヤリと不気味な笑みを浮かべていた。

 

シャトルがある一定の高度に達し、シートベルトの着用ランプが消える。

 

「しばらくの間、おくつろぎ下さい」

 

キャビンアテンダントの放送を聞いてナデシコクルー達は身体のこわばりをぬく。

そんな中、

 

「お飲み物はいかがっすっかー?」

 

キャビンアテンダントが機内での飲み物のサービスを持って来たのだが、そのキャビンアテンダントの姿を見てミナトは驚いた。

 

「ビールに水割り、おつまみもありますよー?」

 

なんとそこに居たのはオオイソシティーの家で留守番をしていると思ったユキナだった。

ついでにジュンも何故か居り、彼もユキナと同じく女性用のキャビンアテンダントの制服を着ていた。

 

「ちょ、ちょっとユキナ!なんであんたがここにいるの!?」

 

「ジュンさん‥女装の趣味があったんですね」

 

ルリはジュンの服装を見てポツリと呟いた。

 

「わたし、冷やし飴」

 

「ドリアンジュース」

 

ヒカルとイズミがそんなこと関係なしに注文をするが、

 

「そんなことはどーだっていいの!」

 

途中で注文をさえぎられて不服そうなイズミを無視してミナトはユキナにつめよる。

 

「あんたは学校があるでしょう!?」

 

「今、夏休みだもーん」

 

「部活は!?インターハイがあるでしょう!!」

 

「それは再来週。だいたい作戦が失敗したら中止でしょう?」

 

「ん――!バカ!帰りなさい!!」

 

「あっかんべろべろべっかんべー!」

 

「ヴ~」

 

ミナトとユキナの対話は平行線を辿っている。

とは言え、シャトルはもう空へと飛んでしまったので、今更引き返せないので状況的にミナトが圧倒的に不利だ。

 

「ジュン君!!」

 

そして、ミナトの怒りの矛先はジュンへと向けられる。

 

「は、はい」

 

「『はい』じゃない!!なんでユキナを止めてくれなかったの!?」

 

「あっ、いや、その‥これには深い訳がありまして‥‥」

 

「その服じゃ説得力ないよぉ~」

 

ヒカルのこの一言で俯いてしまうジュン。

 

「まぁ、ミナトさん。シャトルは既に打ち上がってしまいましたし、今から戻っては余計に時間を消費してしまいます。この話は月に着いてからでもいいんじゃないでしょうか?」

 

ルリが怒り心頭なミナトを宥める。

 

「はぁ~仕方ないわね‥‥ユキナ、ルリルリに感謝しなさいよ」

 

「はいはい」

 

こうしてシャトルはイレギュラーな乗員2人を乗せて地球重力圏を離脱した。

 

 

 

草壁を中心とする火星の後継者への反乱を鎮圧する為に月にある新型宇宙戦艦ナデシコCに向かっているナデシコクルー達。

シャトル内でイレギュラーな人物が乗っていたというアクシデントが起こったが、それ以外を除いてシャトルは順調に飛行中。

 

「軌道を通過したぞ」

 

ゴートが同じく運転席にいるリョーコに報告する。

 

「やれやれ、ここまでは順調‥‥」

 

「順調じゃなーいっ!」

 

コックピットへ怒り口調のミナトが乱入してくる。

それに、つい反応しビクっとしてしまうリョーコだが、ゴートは動じずに操縦桿を握り窓の外を見ている。

 

「どうした?何かトラブルか?」

 

「知っていたんでしょう!?あの子が乗り込んでいた事!」

 

「白鳥の妹か?まぁな」

 

前を向いたまま、冷静に受け答えするゴート。

その冷静さが逆にミナトには気にくわない。

 

「ひっどーい!なんで教えてくれなかったの!」

 

「出発前に無用なトラブルをさけるためだ」

 

「無用!?」

 

「まぁ、聞け」

 

興奮するミナトを諌めるゴート。

 

「彼女は木連の英雄、白鳥九十九の妹だ。次に狙われるとしたらあの娘かもしなれかった。テンカワのあの事故の後、我々ネルガルのシークレットサービスはあの娘も保護対象として密かに監視を行っていたほどだからな」

 

「あっ‥‥」

 

ゴートの説明を聞いて納得したミナトだった。

 

「護衛艦隊、合流するぜ」

 

納得したミナトを横目にリョーコは報告した。

地球から月までは約38万キロある。

昔と比べ宇宙船の技術は格段に進歩し、地球~月までの時間はかなり短縮する事が出来た。

しかし、その間にも火星の後継者の襲撃が無いとは言い切れない。

シャトルは民間の非武装シャトル‥‥例え敵の機動兵器一機でも非武装のシャトルにとっては脅威だ。

その為、コウイチロウはシャトル護衛の為の艦隊を既に手配していた。

 

「護衛艦隊を指揮するアララギです」

 

今回シャトルを護衛するのは元木連将校のアララギだった。

彼はあの戦争中、ナデシコと一度矛を交えた事がある。

かつてナデシコで開催された一番星コンテスト‥そのコンテスト中に襲撃してきた有人ミサイル艇部隊の指揮官を彼は務めていた。

その彼が今回、ナデシコクルー達を守る為に馳せ参じるとは何とも不思議な巡り会わせであった。

 

「ナデシコ艦長、ホシノ・ルリです。よろしくおねがいします」

 

「宇宙に咲きし白き花、電子の妖精ホシノ・ルリ‥‥少佐のことを兵士たちが『電子の妖精』とよんでおるのです‥‥まさに可憐です」

 

「はぁ‥どうも‥‥それでは兵士の皆さんにもよろしくお伝えください」

 

アララギとルリが通信を着ると、

 

「電子の妖精、可愛かったですね」

 

アララギが乗艦するライラックの副長がルリを見た感想を述べる。

 

「うむ、まさに宇宙の宝」

 

「今の映像バッチリ、録画出来ました」

 

「よし、後で兵士達にも見せてやろう」

 

ルリを空間ウィンドウ越しとは言え、生で見れた事に感動しているアララギ達。

そこに、

 

「ボース粒子の増大を確認!!前方5千!!」

 

「何っ!?」

 

突如艦隊の前方にボソン反応が現れた。

ボソンジャンプしてきたのは火星の後継者の機動兵器、積戸機だった。

 

「我が部隊の前方に船団あり」

 

「戦艦、駆逐艦、民間シャトル‥‥これだ!情報にありし秘密工作船とはまさにこれなり!全機!戦艦でなくシャトルをたたけ!!」

 

『了解!!』

 

積戸機は武装艦を無視してシャトルのみを狙って来る。

 

「全艦最大船速!!菱形陣形で中央突破するぞ!」

 

アララギは陣形を整えてシャトルを艦隊の内側に入れて敵の突破を試みるが、

 

「シャトル、先行します」

 

「えっ?」

 

シャトルが艦隊の一番前に出る。

 

「はいはーい。こっからは本業におまかせね」

 

ミナトがゴートと交代して指をポキポキとならす。

 

「ようするに突っ切っちゃえばいいのよね」

 

「はい、お願いします。ミナトさん」

 

「りょーかいっ!まかせといて」

 

シャトルはフィールドを展開して敵の機動兵器の中へと突っ込んでいく。

それを見た敵機動兵器の隊長は、

 

「シャトルが先行!?バカめ!死ぬ気か!」

 

と鼻で笑いシャトルをマシンガンで攻撃し始める。

だが、民間シャトルとは思えないほどに強固なフィールドとミナトの操艦技術にはばまれ直撃することができない。

そのまま、勢いにまかせてシャトルは突破していき、棒立ち状態になっている機体を次々と背後からアララギの艦隊の攻撃が敵の機動兵器を襲う。

 

「目標を失い、敵は棒立ちだ!このまま敵を突破、後にシャトルの盾となる!死中に活あり‥さすが妖精」

 

そういいながらも、苦笑を隠せないアララギ。

 

「シャトルの前方にさらにボソン反応!」

 

「なんだと!?」

 

しかし、オペレーターの報告を聞いて思わず艦長席から立つ。

敵の機動兵器を突破したと思ったらシャトルの前に第二陣がボソンジャンプしてきた。

しかも最初の敵の機動兵器も全て片付けた訳ではなく、アララギ艦隊の攻撃をかいくぐった敵の機動兵器は後ろからシャトルを追いかけてくる。

 

「まずい!並走されるぞ!」

 

「ちょっと!話が違うじゃない」

 

とは言え、前の敵も突破しなければナデシコには行けない。

だが、護衛であるアララギ艦隊との距離はかなり離れてしまった。

その結果、コンピューターがはじき出した結論は、

 

『並走されつつ、タコ殴り』

 

である。

最悪の状況であることはかわりないがミナトは負けずに必死にシャトルを操る。

マシンガンの合間をぬけて、ミサイルを誘爆させ躱す。

 

「おい!武器とかねーのか!?」

 

「偽装するときに外した……」

 

「そりゃ律義なことで‥‥」

 

軽い会話がかわされるが、状況をいっそう悪くするだけだった。

 

その頃、アキトの予通り火星の後継者は地球に対して全面的な攻勢に打って出ようとしていた。

 

「これはあきらかに!地球規模での反逆である!」

 

草壁が指令室からマイクで武装した兵士、積戸機へと呼びかける。

兵士達は皆緊張した面持ちで遺跡と同じ柄の線模様がある床の上に立って居る。

 

「地球連合憲章の見地から見れば、まさしく平和に対する脅威であろう。我々は悪である!しかし、時空転移は新たなる世界、新たなる秩序のための幕開けだ!」

 

草壁の演説は武装した兵士、積戸機の他にも火星極冠遺跡に展開する艦船、機動兵器のパイロット、遺跡に居る火星の後継者全員が聞き入っている。

 

「さあ、戦乙女よ!!勇者達を導け!」

 

「イメージ‥」

 

「イメージ‥‥」

 

「イメージ」

 

極寒遺跡自体が輝きはじめる。

 

「目標、地球連合本部ビル!」

 

「目標!統合軍本部ビル!」

 

ヘッドギアをつけたナビゲーターの身体が光始める。

 

「ナビゲーターイメージング続行!」

 

「コード入力。モードはマルチ」

 

すると、遺跡ユニットと融合したコハクの身体が輝きはじめる。

 

「ルリ」

 

コハクの問いにルリが振り返る。

 

「ルリはどこへ行きたい?」

 

コハクがルリに何処へ行きたいのかを問うと振り返ったルリの顔が火星の後継者のナビゲーターの面々と被った。

 

 

月ドックでは地球と月の間で起きているドンパチをキャッチしていた。

 

「こりゃ、やべなぁ‥‥下手をしたら、ルリルリ達がナデシコに着く前にお陀仏になっちまうぞ」

 

空間ウィンドウにて積戸機とシャトルとのドンパチを見てウリバタケが呟く。

 

「そ、そんなぁ!?」

 

ハーリーが思わず声をあげる。

 

「い、急いで助けに行きましょう!!」

 

「でも、間に合うかどうかわからんぞ」

 

ナデシコCがあるドックからシャトルの現場までかなりの距離がある。

いくらナデシコCが最新鋭の宇宙戦艦とは言え、一瞬で現場に行けるほどの速力は無い。

 

「なら、跳びましょう」

 

「「えっ?」」

 

ハーリーを月まで跳ばしたジャンパーが今からナデシコCをシャトルの居る宙域までボソンジャンプさせると言う。

 

「でも、大丈夫なのか?」

 

「平気よ、短距離だし、それなりに休めたから‥さっ、早く行かないと手遅れになるわ」

 

「よ、よし、ハーリー、ボソンジャンプの準備だ」

 

「は、はい」

 

ナデシコCはシャトルの危機を救う為、ボソンジャンプの準備に取り掛かった。

 

その頃、ナデシコクルー達を乗せたシャトルは、何とか前方に展開する積戸機の第二陣を突破して並走されるのは避けたが、敵はその機動性を活かしてシャトルを追撃して来る。

 

「っと!ボソン反応前方50キロ!」

 

「こりゃでかいな」

 

リョーコとサブロウタが前方のボソンジャンプ反応を見てそれぞれ感想をもらす。

 

「うっわーマズさの二乗倍‥‥」

 

敵の第三陣かと思われたが、ボソンジャンプしてきた巨大な物体から通信がつながる。

 

「グラビティブラスト行きまーす!!」

 

「えっ?」

 

ボソンの渦がきえ、そこからあらわれたのは白いボディの戦艦‥ナデシコC。

それを躱す様に抜けて行くシャトルを尻目にボソンアウトしてくるナデシコC。

そして、ナデシコCはボソンアウトと同時にグラビティブラストを積戸機へ向けて放つ。

 

「緊急跳躍!!逃げろ!!」

 

積戸機はボソンジャンプしてナデシコCのグラビティブラストを躱そうとするが間に合わずナデシコCのグラビティブラストの餌食となり、幾つもの爆発の花火をあげた。

 

「艦長、見ましたか!?」

 

「ムフ」

 

ハーリーが急に出て来てただでさえ驚いているルリ達。

そこへ更に追い撃ちをかけるようにあらわれたのはブイサインをするウリバタケだった。

 

「は、班長っ!?」

 

「おう、お前ら久しぶりだな。元気だったか?」

 

元ナデシコの整備班メンバーは来ないと思っていた班長のウリバタケが既にナデシコに乗っていた事に驚き、ウリバタケはそんな部下達に久しぶりの際かの言葉を投げかける。

 

「セイヤさんどうしてここに?!」

 

ルリが茫然とつぶやく。

 

「こんなこともあろうかと思ってな。先に来ておいて正解だったぜ!」

 

空間ウィンドウにハーリーが見えなくなるくらいに詰め寄るウリバタケ。

 

「御都合主義だと笑えば笑え!だが見よ!このメカニック!オレがだまっていると思うか!?それに昔の戦友を見捨てちゃ、男が廃るってもんだぜ!!」

 

「どうでもいいですけど、ハーリー君、セイヤさん」

 

ウリバタケがせっかくカッコイイ台詞を言ったにもかかわらず、ルリは「どうでもいい」の一言で片づけた。

そして、自分が思っている疑問を2人にぶつけた。

 

「どうやってジャンプしたんですか?御都合主義だけじゃちょっと‥‥」

 

そこへ、

 

「説明しましょう」

 

ハーリーを月まで跳ばしたジャンパーがバイザーをとり素顔を晒す。

そこに居たのはA級ジャンパーであり、死亡したと伝えられていたイネス・フレサンジュが居た。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。

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