機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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更新です。


第44話

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦2201年 8月‥‥

地球連合政府は木連と和解し、人類は更なる発展を遂げようとしていた。

その最たるものがあの戦争で地球と木連が必死になって手に入れようとしていたボソンジャンプ技術‥‥

そしてそのボソンジャンプ技術はヒサゴプランと言う名で宇宙交通網の要として使用されていた。

しかし、その実態はあの戦争末期‥ナデシコが宇宙の彼方へ飛ばした筈の火星の遺跡と2年前、ルリ達の前から姿を消したコハクだった。

そしてそれを手に入れたのは旧木連の指導者、草壁春樹中将とその草壁を慕った旧木連の将校、草壁と志を共にするヒサゴプラン‥ボソンジャンプシステムに携わる技術者・研究者、統合軍将校たち火星の後継者達だった。

彼らは時を待っていたかのようにヒサゴプラン中枢コロニー、アマテラスにて一斉蜂起し、新地球連合政府及び統合軍に対して宣戦布告をしてきた。

 

 

同年7月から始まった謎のロボットによるターミナルコロニー襲撃事件の調査の為、ホシノ・ルリ少佐が艦長を務めるナデシコBはそんな中、ヒサゴプラン中枢コロニー、アマテラスへ臨検に来ていた。

突然の草壁を主犯とする火星の後継者の一斉蜂起、そして連日のコロニー襲撃事件の犯人と目される謎のロボットのアマテラスへの襲来。

その混乱の中、ナデシコBはアマテラスで働いていた火星の後継者とは無関係の非戦闘員、アマテラスに来ていた一般人を救助し、一路地球へ向けて航行していた。

 

「ハーリー君」

 

「はい」

 

「少しの間、操艦をお願い」

 

「えっ?ええ、いいですけど‥‥」

 

「それじゃあ、よろしく‥‥」

 

「は、はい」

 

ルリはナデシコBの操艦を副長補佐のマキビ・ハリ少尉に任せると艦橋を後にする。

ハーリーは心配そうに艦橋から去って行くルリの後姿を見ていた。

 

 

艦橋を後にしたルリは人気のない通路にて壁に背を預け、首からぶら下がっている銀のロケットペンダントをギュッと握りしめ、顔を俯かせる。

 

(コハクが生きていた‥‥)

 

(それは嬉しい事だけど‥‥でも‥‥でも‥‥)

 

ルリにとって2年間行方不明になっていた妹が死んでいなかった事は喜ばしい事だった。

でも、2年ぶりの再会はあまりにも衝撃的だった。

コハクはあの火星の遺跡と融合され生体ユニットにされていた。

あの場でコハクを助け出せなかった事、

自分の敬愛する妹をあんな目に遭わせた火星の後継者に対する怒り‥‥

様々な思いがルリの中で渦巻く。

そんな時、ルリの姿を見つけたリョーコがずかずかと彼女に近づいてきた。

リョーコはその表情を見る限り怒っている事が窺える。

 

「おい、ルリ!!」

 

リョーコはルリの胸倉を掴み、

 

「お前、何で!?何で、あの時、アキトとコハクを見捨てた!?」

 

と声を荒げた。

 

「アキトもコハクもお前にとっちゃ大切な家族じゃなかったのかよ!?それをあっさりと見捨てやがって!!」

 

「‥‥」

 

リョーコに胸倉を掴まれて怒鳴られてもルリは一切の反応を示さない。

 

「コハクはあんな目に遭っていたのに見捨てるなんて‥‥それでもお前はアイツの姉なのか!?」

 

そこまで言われ、ルリは俯いていた顔をキッと上げ、

 

「私だって‥‥私だって!!コハクを助け出したかった!!出来るのであれば私が直接あの場へ行きたかった!!」

 

リョーコに負けないぐらいの大声で叫ぶかの様に言い放つ。

ルリ自身、そしてリョーコもルリが此処まで声を荒げるのは初めてかもしれない。

 

「でも、あの時、リョーコさんをはじめ、ナデシコには戦えない人が大勢乗っていました!!ナデシコの艦長として、その人達を危険な目に遭わせることも出来ませんでした!!」

 

あの時、ナデシコには沢山のアマテラスからの避難民が居た。

そしてリョーコ自身もエステバリスが戦闘不能の状態であのままあそこに放置しておけば命の危険もあった。

リョーコを救助しに行ったサブロウタもリョーコを抱えながらの戦闘なんて当然無理だった。

ナデシコであの戦争を戦ったクルーであれば火星での失敗経験もあり、折角助けた人を危険な目に遭わせたり、ましてや殺してしまうのはあまりにも軍事としてはあるまじき行為である。

しかもそれが、私情が関係するのであればなおさらだ。

 

「リョーコさんが悔しい思いをしているのは分かります。でも、リョーコさんだって分かりますか!?私の気持ちが!?コハクが私の下から消えて、行方不明になって2年ですよ!!2年!?その間、私がコハクの事を一切心配していないと思っていたんですか!?そんな訳ないじゃないですか!!あの子は私の妹なんですよ!?妹の事を心配しない姉が何処にいるんですか!?」

 

胸倉を掴んでいたリョーコの手を払いのけ、逆にルリはリョーコに問い詰めるかのように両手でリョーコの胸倉を掴んで詰め寄る。

ルリに詰め寄られ、リョーコは次第に興奮が冷め始め、自分がルリに何を言ったのか、それを自覚し始めた。

ルリのコハクへの依存度はナデシコに乗っていれば分かる事だった。

あのルリがコハクを心配していない筈が無かった。

 

「‥‥すまねぇ‥つい、熱くなっちまって‥お前さんの気持ちも考えずに‥‥」

 

「‥いえ、私の方も言い過ぎました」

 

熱くなり、言いたい事を言った後、2人は冷静になり、お互いに言い過ぎたと謝った。

それにコハクは死んだわけではないし、仮にあの白い大型機動兵器のパイロットがアキトならば、彼も単独でジャンプが出来る。

もしかしたら、アキトがコハクを助けてくれたかもしれない。

アキトも単独でジャンプをしてあの場から撤退したかもしれない。

そんな希望をルリとリョーコは抱いていた。

ルリは地球に着くまでの間、部屋にて今回のアマテラスにおける草壁を主犯とする火星の後継者についての報告書とアマテラスで収集したヒサゴプランについての報告書を纏めた。

 

ナデシコBはアマテラスにていきなり戦闘に巻き込まれたが無事に避難民を乗せ地球へと帰還した。

ルリは地球へ着くと連合宇宙軍日本司令部へと出頭を命じられ、ナデシコ艦内でしたためた報告書を持参して出頭した。

薄暗い会議室の中、コウイチロウやヨシサダを始めとする宇宙軍の幕僚達が集まる中で草壁春樹のプロフィールと木連時代に取られた写真が空間ウィンドウに表示される。

 

草壁春樹、元木連中将。

戦争中は実質的な木連リーダー。

秋山や九十九ら元木連組から見た彼の人物像は正義を愛する熱血漢で、理想のためなら死ねる男。

しかし、欠点として自分の理想が世界にとっての理想だと強く信じている所‥言うなれば独裁者思想が強かったという所だ。

そんな彼の欠点に対して危ういと感じたからこそ、秋山や九十九達は彼に対して反旗を翻したのだ。

 

 

「熱血クーデターで行方不明になっていたのが‥‥」

 

ジュンが草壁の経歴を会議室に集まった宇宙軍の士官たちに説明する。

 

「生きておりましたな‥‥」

 

ヨシサダは何気に呟く。

 

「元木連組としては、まことに申し訳ございません」

 

「我々があの時、草壁の身柄を抑えるか、完全に抹殺していれば今回の様な事は‥‥」

 

元木連組の秋山と九十九はすまなそうに頭を下げる。

そして、ルリは椅子から立ち上がり、アマテラスから奪ったデーターを読み上げようとする。

 

「あっ、ルリ君。発言は座ったままでよいよ」

 

やんわりとルリの行動を指摘するコウイチロウ。

その指摘にルリは素直に応じて椅子に座り直すとこれまでの経緯とハッキングで調べ上げた事柄を報告し始める。

ルリから語られる報告内容はコウイチロウを含めた宇宙軍の幹部達を驚かせるに十分な物だった。

 

「なるほど、ボソンジャンプの独占と現在の政治体制の転覆。それによって彼らは地球、火星圏に自分達が望む理想郷を作ろうと言うのか‥‥」

 

「地球連合政府は草壁にヒサゴプランと言うお膳立てをしてしまったという訳ですな」

 

「草壁閣下は常日頃からボソンジャンプの重要性と危険性を説いておられたからなぁ‥‥」

 

秋山は木連時代の草壁の事を思い出すかのように呟く。

 

「本人にとっては正義なのでしょうけど、支配される側とっちゃ迷惑です」

 

「それにあの男の正義は極めて危険だと、自分はあの戦争の最中で改めて実感しています」

 

そんな秋山にジュンと九十九がツッコミを入れる。

 

「まあな」

 

「では、先日よりコロニーを襲撃している例の白い大型機動兵器も草壁達、火星の後継者達の仕業でしょうか?」

 

幕僚の1人がコロニー襲撃事件のあの白い大型機動兵器も火星の後継者なのかと疑う。

 

「いえ、あの機体はむしろ彼らの敵と思って間違いありません」

 

ルリはあの白い大型機動兵器と火星の後継者は敵対関係にあると異論を挟む。

 

「では、ルリ君はあの白い大型機動兵器をどう見る?」

 

「‥まだ、確証は掴めませんが、あの白い大型機動兵器は火星の後継者との敵対者でありますが、我々の味方でも無い事は確かです」

 

あの白い大型機動兵器のパイロットは十中八九、テンカワ・アキトであると確信を持っているルリであるが、まだ実際に確かめていないし、仮にアキトであるとしたら一体何故、この様な事をしているのか?

それ以前にあの事故からどうやって助かったのか?

生きていたとしたら何故、自分に連絡を寄こしてくれないのか?

ユリカは無事なのか?

それらの理由も分からない為、とりあえずはあやふやな回答でこの場は凌いだ。

 

 

会議終了後、ルリはコウイチロウに呼ばれ、サブロウタ、ハーリーと共にコウイチロウの執務室へと向かった。

 

「ナデシコC?」

 

「そう、3代目のナデシコ‥A、B、CのC‥‥現在、月基地のネルガルドックにて最終調整中だ」」

 

コウイチロウがナデシコCの『C』の意味を3人に伝える。

 

「君達は独立ナデシコ部隊とし奴等に占拠されている火星遺跡の奪還に向かって欲しい」

 

続いて秋山がルリ達にナデシコCを率いての任務を伝える。

 

「そうなると正規の軍人さんは使えませんね」

 

「その通り」

 

「じゃあ…どうすんッスか?」

 

相変わらず敬意を祓わない口調でサブロウタが訪ねる。

だが統合軍ならいざしらず、宇宙軍ではあまり問題にされないようだ。

過去のナデシコの実績から能力重視なのか、顔馴染みの仲と言う事で黙殺されているのか?

兎も角、サブロウタの態度と口調に関してうるさく言わないコウイチロウと秋山だった。

そして、今回の作戦‥正規の軍人が使えないのであればどうやってその新造艦であるナデシコCを動かせばいいのだろうか?

宇宙戦艦なんて素人がそう簡単に動かせる代物ではない。

民間の宇宙貨物業者から人材を借りるのだろうか?

 

「はっはっは。お任せ下さい」

 

するとコウイチロウの執務室に一人の男の声が響く。

 

「「えっ?」」

 

「この声は‥‥」

 

ルリにとってそれは聞き覚えのある声だった。

 

「水ぅの中から、こぉんにぃちわぁぁ~♪」

 

執務室にあった大きな水槽の裏からプロスペクターが姿を現した。

 

「プロスさん‥‥」

 

ルリ、サブロウタ、ハーリー、プロスペクターは場所を変えて司令部近くの公園で井戸端会議でもするかのような雰囲気でナデシコCの人材について話し合った。

 

「ぷろすぺくたぁ?」

 

「本名っすかぁ?」

 

プロスペクターから名刺をもらったハーリーとサブロウタはこれが本名なのかと首を傾げる。

 

「いえいえ、ペンネームみたいなものですよ」

 

サブロウタの質問に答えつつ、ポケットから手帳を取り出す。

 

(そう言えば、プロスさんの本当の名前、私も知りませんね‥‥)

 

「さて、手分けして人集めと行きましょうか。歴史はまた繰り返します」

 

「そう‥ですね‥ちょっとした同窓会みたいなものですね」

 

その同窓会にルリの家族は誰も出席できそうになかった為かルリは少し悲しそうな声で答えた。

 

それからルリ達は軍服から私服に着替え、ナデシコCの人材集めの為に1人の旧ナデシコクルーの下へと向かった。

トウキョウシティーのある交差点にて、

現在歩行者通路信号は赤なので青になるのを待っているルリ達。

 

「ボクらがいるじゃないですか。ボクら3人なら敵なんて‥‥勝てますよ!」

 

「‥‥」

 

ハーリーは今回の人材募集の件について不満がある様子でルリに言うが彼女はそれを聞き流していた。

 

そして3人はトウキョウシティーのとあるマンションへとやってきた。

 

「ごめんください」

 

ルリが呼び鈴を鳴らすとドアの向こう側からこのクソ暑い季節なのにドテラを着て眼の下にくっきりと隈をつくった元ナデシコ、エステバリス隊のパイロット、アマノ・ヒカルが出てきた。

 

「うわぁ~久しぶりだね、ルリルリ」

 

ヒカルに出迎えられ、ルリ達は彼女の自宅兼仕事場であるマンションの中へと入る。

現在ヒカルはいくつもの雑誌に連載を持つ売れっ子漫画家だった。

リビングにはいくつもの机が並び、その上には漫画の執筆に必要な道具や漫画の原稿が置かれていた。

 

「「おおーっ!おおおぉぉっ!!!」」

 

ヒカルの仕事場である部屋にて生の漫画の原稿を見てサブロウタとハーリーは感嘆の声を漏らす。

 

「ナマだ‥‥マンガの生原稿だ」

 

「プロの線って凄いですね」

 

2人はヒカルの書いた原稿をみて大興奮している。

そんな2人を尻目にルリは今回、ヒカルの下を訪れた訳を説明する。

 

「ナデシコC?」

 

「はい。今回の任務は極秘なので正規の軍人さんは使えないとの事なので‥‥」

 

「ふぅーん…」

 

ヒカルはルリから説明を聞き、マグカップに入っているコーヒーを一口飲んだ後、

 

「いいよ」

 

「「えっ?」」

 

一言で今回の作戦に参加する事を了承した。

これにはサブロウタとハーリーは唖然とし、ルリ自身も表情は変えなかったが驚いた。

 

「いともあっさり‥でも、連載あるんですよね?」

 

ルリは作戦行動中の連載は大丈夫かと訊ねると、ヒカルは号泣しだしてルリの手を握り、

 

「フフフフフ‥‥丁度良かったぁ~明日締め切りなのにアシの子が皆、お葬式やら合コンでいなくて困っていたのよぉ~」

 

「はぁ‥それは‥‥」

 

ヒカルの目の下の隈はここ数日1人で漫画を徹夜で描いている為だった。

 

(ナデシコ長屋でもこんな事があった気がします)

 

ルリはナデシコ長屋での生活中にも同じような事があったとデジャヴを感じた。

こうしてルリ達はヒカルの漫画の手伝いをする事になった。

ヒカルの家にある赤い公衆電話が鳴る。

とは言え、外見が昔の赤い公衆電話なだけでこれも立派なコミュニケ型の電話なのだ。

 

「ああ、また音だけ‥‥先生、調子どうですか?」

 

電話は雑誌社からの編集担当だった。

その電話に出たのはハーリーで、

 

「はい。もしもしボク、ハーリー」

 

ハーリーは幼い子供の声で返答する。

 

「へ?どうしたんです?先生!?」

 

「小さいから分かんない。じゃあ‥‥」

 

「先生!!先生―――――――――――――――――!」

 

「はぁ~‥‥自己嫌悪」

 

電話を切った後、ハーリーは自己嫌悪を感じつつ、台所へとむかう。

その後ろではヒカルが扇子をもって嬉しそうにしている。

 

「はいはいオッケー。その調子でよろしくねー」

 

そして再び仕事部屋にもどって指示を飛ばしはじめる。

 

「ルリルリ、かげパイルよろしく」

 

「はい」

 

「サブちゃん!そこテンピョウラブリーね!」

 

「うぃーっす」

 

「ハーリー君、カレーは超辛でお願いね」

 

「はぁーい」

 

「1人じゃ無理でも4人ならなんとかなるっ!!さぁ!夜明けまでにがぁんばろぉ!」

 

こうして黙々と漫画の執筆作業を続けるルリ達だった。

そして時間が過ぎ、辺りは日が落ちて暗くなっていく‥‥

 

トウキョウシティーの歌舞伎町のあちこちでは怪しげな看板のネオンが灯っていた。

また、路地には酔っぱらいやカップルがいるようなそんな場所にある1つのバー‥‥。

ネオンには『BAR花目子』と書いてある。

店内からはウクレレの音と歌声らしきものが聞こえて来た。

 

「一歩二歩三歩~♪サンポの時は~連れてって~♪」

 

ニヤニヤしながらウクレレを弾き歌うその女性はヒカルと同じく元ナデシコのエステバリス隊のパイロットのマキ・イズミだった。

彼女は現在、このバーにて雇われママをしていた。

 

「駄目だよ~ポチは、犬だから~♪歩けば棒にあてられる~♪棒のあたりやそりゃバット♪ブラに入れるはそりゃパット~♪」

 

イズミが歌う摩訶不思議な歌を聞きながらカウンターにグラスを置く1人の男性‥‥プロスペクター。

 

「バット稼いで~パット使え~♪金は天下のまわりもの~♪」

 

「ママのお知り合いですか?」

 

バーテンダーはプロスペクターにイズミの知り合いかと訊ねる。

すると彼は、

 

「戦友です」

 

と返答する。

 

「生きているうちが~花だから~♪」

 

バーの壁には、ナデシコ時代、ナデシコを降りてからのイズミの写真がいくつも飾られていた。

 

 

 

 

シャン‥‥

 

シャン‥‥

 

ルリの耳にアマテラスで聞いたあの錫杖の音が響く。

 

目の前で展開する遺跡。

 

シャン‥‥

 

錫杖の音が響く。

 

テンカワ・アキト テンカワ・ユリカ夫妻の死亡が伝えられた新聞記事。

 

シャン‥‥

 

錫杖の音が響く。

 

続いてイネス=フレサンジュ博士飛行機事故により行方不明あるいは死亡と書かれた新聞記事。

 

シャン…

 

錫杖の音が響く。

 

空中で爆発するアキトとユリカが乗った火星行きのシャトル。

 

シャン‥‥

 

錫杖の音が響く。

 

祭壇に飾られたアキト、ユリカ、イネスの遺影と遺体の入っていない棺桶‥‥

 

シャン‥‥

 

錫杖の音が響く。

 

遺跡の中から出て来る彫像と化したアキト、ユリカ、イネス、コハクの姿‥‥

 

シャン‥‥

 

錫杖の音が響く。

 

彫像となったコハク‥‥それが当然割れてそこから現れるあの白い大型機動兵器

 

シャン‥‥

 

錫杖の音が響く。

 

「うわああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」

 

炎につつまれ、錫杖がつきささり、アキトが絶叫し、やがてその顔は骨になり爆発する。

 

 

「っ!?」

 

ルリが目を覚ますとそこはヒカルの仕事場で昨夜書き上げた原稿は自分が寝ている間に編集担当が持って行ったのか、ヒカルが渡したのか、机の上には無かった。

 

「‥‥嫌な夢」

 

先程見た夢がどうも悪くルリはポツリと呟いた。

 

 

オオイソシティー 海岸通り。

その海岸通りにて脚線美を持つ1人の少女が走っていく。

そこへ、渋滞にひっかかって退屈な男達が声をかける。

 

「ひゅー。かっこいいねぇ、彼女ォ~!!」

 

「のってかなーい?」

 

内心、五月蝿いと思いながらも白鳥ユキナは律儀に返答する。

 

「また今度!!」

 

それだけ言うと、オオイソシティーにある家へと急ぐ。

そして、家に着き、玄関の戸をあけて今に行くと、

 

「やったよ、ミナトさん!ジュニアメンバー大抜擢っ!!‥‥ってあらら?」

 

ユキナは自分が夏の大会の選手に選ばれた事を家に居るミナトに伝えたが、

 

「ごめーん、急用なの。ちょっとでかけてくるね、じゃ」

 

居間にあったのは留守電らしき映像が記録された空間ウィンドウ‥しかもトドメのなげキッスつき‥‥

ミナトは今日の朝、ユキナに仕事が休みだと伝えていた。

その為、ユキナはミナトが家に居るものだと思っていたのに肝心のミナトは留守だった。

実は昨夜、ミナトの下にプロスペクターから話がしたいと言う連絡が有り、彼女はオオイソシティーからトウキョウシティーへ出かけていたのだった。

 

「‥‥なげキッス‥‥あやしい。絶対にあやしい!」

 

この留守電を見たユキナはミナトがただのお出かけではなく何か自分に隠しているのではないかと勘ぐり、電話へ向かった。

そして一番手玉にとりやすい‥‥もとい、相談しやすく尚且つ事情を知っていそうなある人の下に電話をかけた。

 

ルリ達が旧ナデシコクルーの下を訪れて今回の作戦の人材集めをしている頃、宇宙軍司令部のコウイチロウの執務室では、

 

「いやはや、今回の騒ぎで連合軍も連合内部もガタガタですな」

 

「まぁ、当然でしょう」

 

緊張感なくスイカを食べている、コウイチロウ、ヨシサダ、ジュン、秋山の4人。

 

「アオイ君、敵の動きを」

 

コウイチロウが現時点での火星の後継者の動きを尋ねる。

 

「あっ、はい。敵、火星の後継者は火星の遺跡を占拠。草壁に同調するものが集結中で、その数はすでに統合軍の3割にも達しています」

 

統合軍の中にはやはり旧木連の出身者が多くいたので、今回の草壁の反乱に同調する者が多かった。

 

「連合の非支流派の国からも密かに支援の動きが見えます」

 

ヨシサダが追加報告で地球連合に属さない小国も火星の後継者の支援に回ろうとしているという。

もし、彼らが実権を握った時、そのおこぼれを頂こうと言う考えなのだろう。

 

「宇宙軍は、同調しようにも人がいないからねぇ」

 

「よかったですな」

 

コウイチロウが宇宙軍からは火星の後継者に寝返る者が居ない事を呟き、ヨシサダがよかったと安心する。

統合軍と異なり宇宙軍は規模が戦争の時よりも縮小しているのが主な原因であるし、かつての敵の指導者に寝返るつもりは無いと言う宇宙軍なりのプライドがあるのだろう。

 

「よくありません!!!」

 

そんな2人のやりとりにジュンがツッコム。

 

「向こうは反逆者ですよ!?なんでみんなそんなに心優しいんですか!!?」

 

「まっ、この手のテロはなんか格好よくみえるからなぁ、単純明快で」

 

秋山は何故未だに草壁の下に支持者があるまるのかを説明する。

 

「そんなぁ」

 

ジュンが情けない声を出す。

そして先行きに不安を感じた時、

 

「アオイ中佐、外線がはいっております」

 

秘書官からジュン宛に外線が入っているというメッセージが届く。

そして空間ウィンドウが開くと、

 

「はぁい、ジュンちゃん。お元気?」

 

「「おおっ」」

 

ユキナがかわいらしく舌をだし、その空間ウィンドウの後ろではコウイチロウとヨシサダの2人が感嘆の溜め息を漏らす。

年をとっても彼らも男と言う訳だ。

 

「な、なんでまわしたんだ!?」

 

「親しい方から至急の用、ということだったので‥‥」

 

「うっ」

 

秘書の言葉にぐぅの音もでないジュン。

どうやらユキナの外線は今回が初めてという訳では無かったみたいだ。

 

「ねぇ、ミナトさんそっちいっているよね?」

 

ユキナはミナトが宇宙軍司令部に来ていないかを問う。

 

「えっ?い、いや、それは‥‥」

 

「トボケても無駄っ!!!」

 

感情の高ぶりをあらわすかのように、空間ウィンドウが大きくなる。

 

「ネルガルだか宇宙軍だか知らないけどなんか企んでいるんでしょう!?」

 

「そ、そんなの軍の機密だよ」

 

「あぁー。やっぱり隠していた!ねぇ、お願い、教えて」

 

ジュンは今の発言で何かを企んでいますと自分から暴露してしまったも同然だった。

気まずそうにスイカを咥えそっぽを向くジュンの前に回り込もうとするユキナの姿が映る空間ウィンドウ。

 

「教えてくれたらデートでもなんでもしてあげちゃう。我儘も言いません!!」

 

その言葉を聞いてつい、ユキナが映る空間ウィンドウの方を見てしまうジュン。

そしてとどめの一言をユキナは発する。

 

「貴方のユキナになりますからぁ!!」

 

「な、なにいってんだよ!!?」

 

顔を真っ赤にしてどもるジュン。

もしこの場に九十九が居たらジュンは訓練場に連れて行かれてボロ雑巾にされていただろう。

そしてほんのさっきまで目の前にいた上官達が居なくなっていることに気付く。

 

「こらっ!そこー!!」

 

「アオイ君もそれなりにできる奴なのですがいわゆるいい人すぎて」

 

「わかります」

 

「女子校性に手玉に取られてはいけませんな」

 

3人が部屋の隅でそれぞれジュンとユキナとのやり取りを見ての感想をもらす。

 

「あーもう!うるさーい!!」

 

上官相手でもツッコミを入れる程、ジュンはてんぱっていた。

 

『夏の空 ジュンにも遅い 春の風』

 

コウイチロウはジュンとユキナのやり取りを見て一句読んだ。

結局ジュンはコウイチロウの許可を得て、ユキナに一応、関係者?と言う事で今回のナデシコCについての作戦内容を話す結果となった。

 

その頃、人員確保に向かっていたルリ達はトウキョウシティーの下町にあるウリバタケの家に来ていた。

 

「‥‥お出かけ‥ですか‥‥?」

 

「ええ、ちょっと町内会のよりあいで‥‥あの‥‥何の御用でしょうか?」

 

ウリバタケは留守で対応に出たのはお腹を大きくしたオリエだった。

彼女のお腹には3人目の子供が居た。

オリエは不安そうに要件を訊ねる。

 

「あの、ですね‥‥」

 

ハーリーが訪問目的を伝える前に、

 

「なんでもありません。ちょっと近くまできたので‥‥赤ちゃん、楽しみですね」

 

ルリは偶然近くを通りかかっただけでついでにウリバタケ家に来た事を伝えた。

オリエとしてはもうすぐ生まれる赤ちゃんの出産の場には旦那であるウリバタケが居て欲しいのだろう。

その為、ネルガル、宇宙軍と関係のあるルリ達が旦那のウリバタケの力を借りたいと言いに来たのかもしれないと不安だったのだ。

もし、彼がネルガル、宇宙軍に協力すれば出産の時には不在かもしれない。

しかし、ルリはそんなオリエの不安を読み取り、咄嗟に嘘をついた。

ウリバタケ家を出た3人は食事ついでにこの近くでお店を出しているホウメイにも事情を説明しに行った。

ホウメイのお店で注文した料理を待つ間、ハーリーはノートパソコンでこれまでの経緯を纏めていた。

 

「これで、20人目‥‥歴戦の勇者また1人脱落‥‥っと」

 

ウリバタケには会えず、オリエもあのお腹なので、今回の作戦にウリバタケを連れて行くのはあまりにもオリエに対して失礼だし、もしかしたらウリバタケも3人目の自分の子供の出産には立ち会いたいかもしれない。

その為、ウリバタケは今回の作戦には不参加するだろうと思ったルリ達。

ウリバタケが不参加な事に何故か嬉しそうに言うハーリー。

ノートパソコンの画面に映るウリバタケの写真の部分には赤い文字で『不参加』と表示された。

 

「火星丼お待たせ」

 

「あっ、はい、どうも」

 

そこへ、ハーリーが注文した注文した料理が届けられる。

 

「ハーリー、お前しつこいぞ」

 

サブロウタがパエリアを食べながらハーリーの行動を諌める。

 

「だって‥‥」

 

「だって?」

 

「そんなに昔の仲間が必要なんですか?」

 

「必要」

 

ルリは大きな丼に入ったラーメンを食べながらハーリーの質問に対して躊躇なく即答する。

 

「べ、別にいいじゃないですか!?僕達だけでも!!」

 

ルリに即答されてもなお食いつくハーリー。

 

「まっ、エステバリスのパイロットの補充は良しとしましょう。でも、船の操艦は僕にだって出来るし、戦闘指揮はサブロウタさんだっているんだし、僕達は連合宇宙軍最強のチームなんですよ!?リタイヤした人だって今の生活があります!!何が何でもオールスター勢揃いする意味はあるんですか!?」

 

「ハーリー、いい加減にしろ」

 

「ねぇ、艦長。答えて下さいよ!!」

 

「ハーリー!!」

 

「僕はそんなに頼りないんですか!?答えて下さい!!艦長!!」

 

「‥‥ホウメイさん、おかわり」

 

ルリはハーリーの言葉を全て聞き流しつつ食べていたラーメンをスープまで飲み干してホウメイにおかわりを注文する。

 

「うわぁぁぁぁぁぁああー!!」

 

ルリのその態度にハーリーは店先になった看板を倒し、泣きながら走り去って行った。

 

「ハーリー!!おーい、金払っていけ!!おーい‥‥痛くねぇのかな?アイツ‥‥」

 

サブロウタは無銭飲食し、看板に足をぶつけて走り去って行ったハーリーに叫ぶと同時に足にダメージを受けていないのかと心配した。

 

「いいのかい?追いかけなくて」

 

夜の店の仕込みをしながらホウメイがルリにハーリーを追いかけなくてもいいのかと訊ねる。

 

「いいんです‥‥」

 

「本当に?」

 

「‥‥私達だけでは敵には勝てない。それはあの子だって分かっている筈です。ましてや今回の作戦にはコハクの命がかかっているんです‥‥失敗は決して許されない‥‥」

 

「わかっていても割り切れないことだってあるよ」

 

「‥‥」

 

ホウメイの言葉にルリの脳裏にアキトとユリカの葬式の光景がフラッシュバックする。

彼女の言う通り、自分は表面上ではアキトとユリカの死を受け入れていた‥‥でも、本能的には割り切っていない‥‥だからこそ、あの白い大型機動兵器のパイロットがアキトなのではないかと今でも強く信じていたのだ。

それはコハクの事も同じでアマテラスで会うまで、ルリはコハクの生存を信じていた。

 

「そう、人間だからね。あの子はヤキモチを妬いているのさ。昔のナデシコにね」

 

またもやホウメイのこの言葉にルリは何となくだが納得してしまう。

もしも、立場が逆だったら‥‥

コハクが自分の意見そっちのけで、昔の仲間に対して絶大な信頼を置いて、自分はあまり信頼されていなかったら、確かにヤキモチを妬くのも分かる。

 

「ヤキモチか‥‥どこから探しますか?」

 

サブロウタもなんとなくわかった顔をしている。

こうしてルリとサブロウタの2人は泣きながら街中に消えたハーリーを探しに行った。

 




ではまた次回。

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