機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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第36話

 

 

 

 

 

 

元旦、そして三が日も終わった1月の初旬のある日、旧ナデシコクルー全員に突然、ネルガルから召集がかかった。

それにより、集合場所であるネルガル本社の大会議上は旧ナデシコクルーの同窓会会場に早変わりした。

皆は、「久しぶり」「今どうしてる?」「元気だった?」と昔の戦友達との再会を懐かしんでいる。

そこへネルガル会長のアカツキが会議場へと姿を現す。

 

「いやー皆、久しぶり。元気だったかい?」

 

堺〇人ばりのうさんくさい営業スマイルを浮かべながら集まったナデシコクルーに挨拶をする。

 

「挨拶は抜きにして今回呼んだ用件をさっさと言え、こっちは仕事を休んでまで来てんだからよぉ」

 

リョーコがアカツキに挨拶よりも今日、突然招集をかけた用件を先に言えと促す。

それは他のクルーも同様のようだ。

 

「せっかちだね。リョーコ君は」

 

「いいからさっさと言え!」

 

「分かったよ。実は、今回君達を招集した用件はもう一度君達にはナデシコで火星へ行ってもらいたいんだよ」

 

火星と聞いてざわめくクルー達。

 

「あのぅ?今更火星に何しに行くんですか?」

 

ユリカがクルー全員を代表するかのように皆が抱いた疑問をアカツキに訊ねるかのように質問する。

地球も木連も欲しがっていた火星遺跡の演算ユニットは宇宙のどこかに飛ばしてしまったので、今更火星に一体何の用があると言うのだろうか?

 

「それはねぇ、今度火星で地球と木連との間で休戦後初めてのサミットが開催されることになってね。その中の議題で火星の遺跡についても議論が行われることになりそうなんだよ」

 

アカツキはユリカの質問に対して何故火星へ行く必要があるのかを話す。

木連とのサミットでは、やはりあの戦争の要である火星遺跡についての事が話し合われる様だ。

あの火星遺跡に深く関係しているナデシコクルーが呼ばれるのは至極当然であった。

 

「それで遺跡に深く関わった私達にもそのサミットに参加しろというわけですか?」

 

「そういうこと。まぁ、オブザーバーという感じだからただ会議場で地球と木連のお偉いさんの話を聞いているだけでいいから」

 

「でも、その間仕事がある人はどうなるんですか?」

 

ルリがアカツキに質問する。

火星へと行くとなると相転移エンジン搭載艦でも片道約一ヶ月はかかるし、サミットの間も火星に留まり、サミット終了後も火星から地球へと帰るのにまた一ヶ月ぐらいはかかる。

トータルで約二ヶ月半は地球をするにする事になるので、その間は当然、仕事を休む事になる。

 

「まぁ、その間は休職ってことになるかな」

 

「「「ええぇぇぇー!!」」」

 

既に就職しているクルー達からは抗議の声がする。

さすがに有休を使ったとしても二ヶ月半~三ヶ月以上も休職というわけにはいかない。

 

「そこは各自の判断にまかせるよ。でも最低、ナデシコを動かせる人数が集まってもらわないと困るけどねぇ」

 

アカツキのその言葉を聞きざわめくクルー達。

そして火星でのサミット参加者はその場で参加の受付をして、日程の確認等をした。

主な参加者はブリッジの主要クルーとパイロット3人娘、そしてネルガルからはアカツキ、エリナ、ゴート、プロスペクターの4人はサミットの参加は確実となっている。

それから自営業であるウリバタケも当然、火星のサミットには参加を表明した。

 

今回の火星で行われるサミットの参加の為、旧ナデシコクルーを乗せて火星へ行く艦は当然ナデシコであり、ナデシコはあの木連との戦争後、ネルガルのドックに収容されていたが、艦内の設備はきちんと整備されており、相転移エンジンも戦争中に搭載していたものと比べると格段に機動性、出力が上がっている新型のエンジンに換装されていた。

オモイカネのメンテナンスはコハクがちゃんと行っていた。

ルリも久しぶりにオモイカネに出会って嬉しそうだった。

火星へ向けての航海初日の夜、やはりといか、案の定コハクは飢えた獣‥‥否、今までの鬱憤を溜め込んでいたルリに食われ‥‥いや、襲われ‥‥もとい過剰なまでのスキンシップを求められた。

アキトの部屋ではアキトとユリカが居るので、2人っきりになったのは久しぶりだったので、たがが外れたのだ。

ルリとコハクの部屋では百合百合しい、弱肉強食の所業が行われたのだが、アキトの部屋ではアキトとユリカの男女の営みらしき行動はなかった。

婚約したとはいえ、まだ夫婦ではないから、男女の営みは結婚後にしようと決めていたのか、それともキスは兎も角として、それ以上の先についてはまだ互いに意識していないのかもしれない。

 

新型相転移エンジンの調子も良く、なにより航海中に木星軍からの攻撃の心配をする必要がなく、ナデシコの航海は順調そのものだった。

しかし、そんな順風満帆な航海の中、コハクは不安を抱かずにはいられなかった。

前回のナデシコの航海では夜眠ると毎回決まった周期で同じ悪夢を見てうなされることが多々あったからである。

ナデシコを降り、悪夢を見る回数が減ってはきたが、今回再びナデシコに乗り火星へと向うこの航海でもまた何かあるのではないかと思わずにはいられなかったのだ。

そしてそれはある意味的中することとなった。

 

「‥‥‥が‥‥‥ない‥‥‥じか‥‥‥んが‥‥‥ない‥‥‥」

 

(ああ、まただ‥‥またあの声だ‥‥またあの声がする‥‥)

 

繰り返される不思議な声。

最初は空耳かと思っていたのだが、ナデシコが火星に近付くにつれて、繰り返し頭の中に聞こえてくる謎の声。

最初のナデシコの時は悪夢にうなされてきたが、今回はこの謎の声に悩まされるコハク。

夢・現実・幻‥‥‥どれもともよくわからないあいまいな感覚でその声はコハクの頭の中を巡る。

 

「‥‥‥が‥‥‥ない‥‥‥じか‥‥‥んが‥‥‥ない‥‥‥」

 

「貴方は誰?どうして僕に呼びかけるの?」

 

「‥‥‥が‥‥‥ない‥‥‥じか‥‥‥んが‥‥ない‥‥‥」

 

コハクがいくら問いかけてもその声の主はいつも同じことばかりしか言わない。

結局、声の主の正体も原因もわからないままナデシコは予定よりも少し早く火星へとついた。

アキトとユリカは戦争の傷跡が残るが、ようやく平穏を取り戻した故郷を懐かしみ、ミナトは大戦末期に再び故郷へと帰った愛しい人に‥‥ユキナは唯一の肉親である兄に久しぶりに会えるのをとても楽しみにしていた。

 

目の前に広がる赤い大地の火星をルリと共に展望室から見つめていた。

心臓が“ドクン”と一回大きく鼓動して脳裏にまたあの声が響く。

 

「早く‥‥‥もう‥‥じかん‥‥‥がない‥‥‥」

 

今日はいつもより強くはっきりと聞こえる。

 

「っ!?」

 

その瞬間コハクの頭の中で“キン”と何かが弾けた。

 

燃える戦艦のブリッジ

 

腕の中で既に息絶えている血まみれの白い服の少女

 

辺りを覆い尽くす深い絶望と悲しみと怒り

 

「うわぁぁぁぁぁ!」

 

あの時の悪夢と同じ光景がいつもより激しく、リアルな感覚がコハクの身体を貫く。

その強烈な感覚に耐え切れずコハクは倒れこむ。かすむ意識の中で自分の名前を必死で呼びかけるルリの声がだんだん遠ざかっていく‥‥‥

 

暗闇の中から、目映い光が差し込む。

 

「うっ、うぅ‥‥‥」

 

意識を取り戻し、ゆっくりと目を空けると見慣れたナデシコの医務室の真っ白な天井と照明が眩しい。

 

「こ、ここは‥‥‥?」

 

辺りを確かめようと横を見るとそこには数センチの距離でルリの寝顔があった。

 

「ウ~ン、すー‥‥‥すー‥‥‥」

 

ルリは静かな寝息を立てて眠り続けている。

 

「ル、ルリ?」

 

(そうか‥‥僕は突然意識を失って‥‥ルリ、きっと寝ないで看病してくれたんだ‥‥)

 

「ありがとう‥ルリ‥‥」

 

コハクは眠っているルリの髪を優しく撫でる。

 

「んん、ウ~ン‥‥‥」

 

コハクに頭を撫でられてムクッと起き上がるルリ。

寝ぼけているのかしばらくはボーっとしていたが、コハクの顔を見てハッと目を覚ます。

 

「コハク!!」

 

ベッドの上で少女座りをし、コハクの顔を心配げに覗き込んで、

 

「よかった。気がついたんですね。展望室でいきなり倒れてあれから3日間も貴女は眠っていたままだったんですよ。心配しました」

 

「う、うん‥ごめん‥心配をかけて‥‥」

 

「もう大丈夫ですか?どこか痛い所とかありませんか?」

 

「うん。もう大丈夫だよ。ありがとうルリ‥‥」

 

その後、イネスの診断を受け、特に問題なしと診断されたコハクは他のクルーよりも3日遅れての上陸許可が下りた。

 

木星と地球の関係もマスコミ等により暴露され、一部では地球連合政府に対してかなりの非難があがった。

そしてその結果、木連と協力し、新しい政治体制を整えることこそが民衆のプロパガンダになるとも言え、旧地球連合と木連は合併し、「新地球連合」なるものを樹立。

「同じ人間同士なのだからお互い仲良くしましょう」というのが世論である。

とにもかくにも結果的には戦争が終わって平和が訪れたのだから一般庶民にとってはどうでもいい事のようだった。

 

夕方、コハクはルリと共に小高い丘に作られた慰霊塔へと向った。

月を追い出され、まだ入植が始まったばかりの火星に逃げ込み、何とか生存の場所を確保しようとした月独立派の先人達。

しかし、その先人達の下に地球連合政府は核を撃ち込んだ。

きっと大勢の人々が死んだのだろう。

そしてその核の炎から生き延びた人々は、当時未開の地である木星に逃げ込み、100年後に地球に対して過去の復讐と火星遺跡入手の為の戦争をしかけてきた。

その犠牲者となったのはまたもや火星に入植した人々。

地球と木連、どちらが悪かったにせよ、大勢の人がこの火星の地で死んだのは変わりない事実である。

これから2人で向かう慰霊塔はそうした人々の鎮魂の為に作られた。

慰霊塔へ向う途中でコハクはボソンジャンプ実験で見て体験したことをルリに話した。

あの実験後エリナからは実験は失敗でボソンジャンプは出来ていなかったと言われたのだが、あの時の体験はとても夢とは思えなかった。

ナデシコ乗艦当初のアキトがなぜ木星の無人兵器に対し異状に恐怖を抱いていたのかコハクの話を聞き、理解したルリであった。

機会があればアキトに聞いて確認してみるのも1つの手である。

慰霊塔の下に設けられた戦没者の名前が記された石碑の下に花束を添え2人は手を合わせ、火星で亡くなった大勢の戦没者達の霊に黙祷を捧げた。

 

 

戦災の傷後が急ピッチな作業で廃墟から新たなニュータウンへと姿を変えていく火星の大地。

新地球連合と木連新政権の第一回目の公式サミット、“極冠遺跡の機能の解明及びその利用についての相互協定”を締結するため会議当日、会場の玄関はサミットに出席する地球、木星両方の要人、それを警護するSP、取材のマスコミ等で賑わっていた。

会議初日、しかも序盤ということで会議は順調に進んでいた。しかし、イネスが「遺跡」に関する議題になってから会議場の空気が一変した。

講壇の中央に立ち、説明を続けるイネス。

 

「‥‥以上の観測結果からしても“都市”と木連側で仮称されているこの遺跡こそ、すべてのボソンジャンプを制御する中核であることには間違いありません」

 

「すると“都市”の機能を解明できれば‥‥‥」

 

木連代表の1人がイネスに訊ねる。

 

「誰もが自由に生体ボソンジャンプをできるようになる可能性は否定しません。いえ、それどころか、時空制御の全貌を解明できれば、現在の宇宙論そのものを書き換える、真の統一理論すら構築できるかもしれません‥‥」

 

「だが、その大事な遺跡のコアを君達は太陽系外へと放り出してしまったんだぞ!」

 

地球側代表の1人は未だ遺跡のコアを宇宙の果てに飛ばしてしまったナデシコの行いを許せないらしくイネスに対してきつく言う。

 

「そのおかげで、こうして皆さんがここに集まり、理性的に話し合う姿勢を示しているのでは?‥‥それとも、あのまま互いかどちらが全滅するまで戦ったほうがよかったとでも?‥‥科学の進歩も、使う者がいなくなってはどうにもならないでしょう?」

 

そんな地球代表の言葉に対して皮肉を込めて言い返すイネス。

 

「な、なにを無礼な!?」

 

「まぁまぁ。ともあれ今となってはコアの回収には時間がかかる。慣性飛行しているYユニットはそのステルス性能がフルに発揮されていて、どこを飛んでいるのかさえ不明ですからな」

 

ミスマル・コウイチロウが熱くなりそうな地球側代表を宥める。

 

「砂浜に落ちた米粒を探すようなものですな」

 

コウイチロウの意見に対して分かりやすい例えで言う木連代表の秋山。

 

「つまり、現時点においては、遺跡の謎を解明する手がかりとなるのは、フレサンジュ博士、あなたが過去の自分から受け取ったというプレートだけなのですよ」

 

地球側代表を宥めた後、現段階で分かっていることをイネスに報告するコウイチロウ。

イネスの頭上に、過去の自分、つまりアイちゃんから受け取ったプレートの立体映像が浮き上がる。

 

「これが何かの記憶媒体であることはまず間違いないのですが、その再生法となると‥‥」

 

こうしてイネスの立てた仮説が延々と続いた。

今回の戦争の原因となった「火星極冠遺跡」。

太陽系の外からやって来たと思われる異星人のオーバーテクノロジー。

その残された同様の技術と設備の一部を手に入れただけの木連でさえ、国力、兵力を圧倒的に上回る地球連合と互角以上の戦いを行い、「遺跡」の取り扱いと所有は両陣営どちらにとっても最大の関心事であり、悩み事である。

そしてその精髄たる遺跡には先史文明が残した最大の遺産「ボソンジャンプ」に関する情報が残されている。

地球、木連どちらもボソンジャンプの技術と秘密を手に入れたい。

しかし肝心の遺跡のコアは今も宇宙のどこかを漂流中である現段階では、回収は非常に困難である。

結局、会議の初日は、大した進展も見せずに閉会となった。

 

 

「つまり、地球、木連とも、我々の持つ『遺跡』に関する知識が欲しくてたまらないって訳さ」

 

「本体はYユニットごと、太陽系の外に向けて放り出しちまったからなぁ。後はあの時、俺達が手に入れたデータだけってことか」

 

「ふんふん」

 

イネスの説明、地球と木連双方の意見の対立のため、終了予定時刻を大幅に超過してその日の会議が閉会した帰り道、アカツキとセイヤが状況を簡潔にまとめていた。そしてユリカがそれに相槌を打つ。

 

「あの~イネスさん、置いてかれますよ?」

 

宿舎までの帰り道の途中で、考え込みながらそのまま説明モードに入ってしまったイネス。

回りの状況が見えていないのか、皆から置いていかれたことにもまったく気づいていない。

旧ナデシコ主要メンバーのほとんどが同行していたのだが、今この場に残っているのはイネスの他にコハクとルリの2人だけである。

既に他のメンバーは100メートルほど先を歩いている。

 

「……まだ調査中なの……あら?」

 

「もう、皆さん先に行っちゃっています」

 

「説明なら落ち着いてからしてくださいよ。歩きながらですと危ないですよ」

 

「もう人が大事な説明をしているっていうのに……失礼しちゃうわね」

 

既に仲間達の姿は路地の先に消えてしまい、あたりにはもう誰もいない。

急ぎ足になってナデシコクルーの後を追いかける彼女らに、路地からユリカの声が聞こえてきた。

 

『イネスさ~ん!! こっち、こっち~! 早く来ないとぉ、おいてっちゃいますよ~!』

 

「まったく、あの艦長ときたら相変わらずねぇ……脳に行くはずの栄養が、全部胸に行っているんじゃないかしら?」

 

苦笑を漏らしつつ、路地に向かって歩き出すイネス。

コハクもルリと共にその後を追う。

だが、コハクは歩きながら漠然とした違和感を覚えた。

それが明確に何かとは言えないが何かがおかしい感じがする。

『それ』は洋服のボタンを1つ掛け違えているような、ごく小さいが気になる感覚だった。

1人違和感に首をひねるコハクの袖を隣のルリが軽く握って囁いた。

 

「変です。艦長達、この路地に入りましたか?」

 

「っ!?イネスさん!!」

 

コハクはルリのこの疑問を聞いて遅まきながら違和感の正体に気づいた。

 

(そうだ、ユリカさん達はもっと先を歩いていたはずだ!ルリの言う通り、道を曲がってなんかいない!!)

 

ルリの手を改めて握り、引っ張るように走り出す。

しかし、時既に遅く、イネスの前には黒尽くめの3つの人影が立ちはだかっていた。

 

「イネス……フレサンジュ博士ですね?」

 

変声機を通した男とも女ともつかない声がイネスにまるで確認をとるように聞いてきた。

イネスは突然現れた人影を前にしても平然とした様子だったが、コハクはそうはいかなかった。

あわててイネスに追いつくと、ルリを身体の影に隠すように立ち、逃げ場を探す。

相手は変声機の声同様、フルフェイスのヘルメットを被り、黒い戦闘服で性別を分からなくしており、そして手にはサブマシンガンを構えていた。

前方は既に3人にふさがれ、入ってきた路地の入り口も新たに現れた2人によって塞がれている。

まさに自分達は袋の鼠状態となった。

 

「‥‥だとしたら?」

 

「大人しく同行していただこう」

 

出来る限り2人を庇おうと位置を変えるコハク。

ルリも心得えているモノで身体を縮めている。

そんな2人をよそ目に、イネスは落ち着き払って人影に対峙していた

 

「地球連合の方かしら? それとも木連? どちらにしても、私1人を捕まえたからといって、遺跡の秘密もボソンジャンプの全ても分からないわよ」

 

しかも、わざわざ相手を挑発するようなセリフを吐いている。

 

(ちょっ、イネスさん!!こんな時に相手を刺激する様な言葉は控えて下さいよ!!)

 

イネスのそんな態度にコハクは驚きつつも少しは空気を読んでくれと思った。

 

「うるさい! 逆らうというのなら……!」

 

「っ!?イネスさん、ルリ、下がって!!」

 

相手の逆上した声に、とっさに前に出るコハク。

だが、サブマシンガンを突きつけられている状態では、下手に動けない。

今、この場で下手に相手を刺激してマシンガンを乱射されたら、イネスはもとよりルリも傷つく可能性が高い。

緊張するコハクだが、イネスは落ち着き払っている。

 

「大丈夫よ、コハクちゃん。私に死なれでもしたら、困るのは向こうなんだから」

 

「ええい、黙れ!無駄口を叩くな!」

 

そうは言われても、血の気の多そうな相手の態度を見ていると、とても落ち着けないコハクだった。

無理矢理連れていくことに決めたのか、前後の人影はじりじりと間合いを詰めてくる。

 

「ルリ‥‥イネスさん‥‥飛びます‥しっかり掴まっていてください」

 

「「飛ぶ?」」

 

突然コハクに飛ぶと言われて言葉の意味が理解出来ないルリとイネス。

まさか、此処でボソンジャンプをするつもりなのだろうか?

しかし、2人の予想に反してコハクは、

 

バサァ

 

コハクの背中に白い翼が生えたかと思ったら、ルリとイネスをギュっと抱き寄せ路地に積み上げられていたコンテナの上へと文字通り、一気に飛んだ。

 

「このっ、化け物め!」

 

襲撃者達はサブマシンガンの照準をコンテナの上の3人に向ける。

 

「‥あいつら‥‥2人は下がって‥‥」

 

コハクはルリとイネスの2人をコンテナの奥へ、サブマシンガンの死角へと行くように言った後、1人で襲撃者達を迎え撃とうとする。

 

しかし、

 

「早く‥‥‥じかん‥‥‥がない‥‥‥早く‥‥」

 

頭の中でまた例の声が鳴り響く。

 

(っ!?またあの声だ。どうしてこんな時に‥‥)

 

両手で頭を押さえ、しゃがみこむコハク。

頭を締め付ける激しい痛みでたっていることが出来ない。

 

「コハク!」

 

ルリが頭を押さえ、苦しがっているコハクに近づく。

再び3人に危機が襲い掛かろうとしたその時、1発の銃声が鳴り、襲撃者達の足元で弾ける。

 

「動くな!」

 

慌てて周囲を見回そうとする襲撃者達の足下に再び銃弾が撃ち込まれ、その動きを封じる。ルリ達には聞き覚えのある声と共に、襲撃者達の背後に新たな人影が現れつつあった。

その数は3つ。

光学迷彩を切って現れたその姿は、アキト、イズミ、そして白い詰襟の学生風の服を着た男、木連の優人部隊の一員、高杉三郎太だった。

銃口はそれぞれ襲撃者達にしっかりと向けられている。

 

「やっぱり出たな!」

 

「どこかの強行派がはねっかえるのは予測済みだぜ」

 

正面の2人の背後に現れたアキトと三郎太がにやりと笑う。

 

「説明おばさんは渡さないよ」

 

背後の1人にライフルを突きつけたイズミが普段見せない引き締まった表情で言い放つ。

 

「だーれが説明『おばさん』かっ!?」

 

「イネスさん、動いちゃダメです」

 

『おばさん』という言葉に反応したイネスをルリが引き留る。

襲撃者達は、自分達が置かれた状況が不利だと悟ると素早く更に細い路地に逃げ込んでいった。アキト達はそれを黙って見送る。

 

「追わなくていいんですか?」

 

「やめときな」

 

ルリを制する三郎太。

既に銃は下ろしており、動く気配はない。

 

「下手に捕まえてもやっかいなことになるだけさ。今は和平交渉の真っ最中……そんな中、どっちかが抜け駆けしようとしたことが明るみに出て見ろ。また地球と木連との間でドンパチが始まっちまう」

 

「それに、どっちの陣営かはもう見えたしね」

 

ライフルを下ろしながらイズミも言う。

その手にはいつの間に拾ったのか、小型の変声機がある。

これでユリカの声を出して、イネスを路地へと誘い込んだのだろう。

3人とも警戒は怠っていないが緊張は解いている。

 

「あの身のこなし……火星の低重力に慣れてない。地球側ですね」

 

「そうですか」

 

「お見事」

 

ルリとイネスが言葉少なに賞賛する。

木連の人は常に人工重力が働いている環境で過ごして来たが、所詮は人工で作られた重力。

地球の重力と異なり多少、地球のモノよりは軽い。

そしてこの火星も地球に比べるとほんの僅かに小さく惑星であり、地球よりも重力が小さい。

そんな環境に地球育ちの人間がいきなりやってきてこの低重力に対してすぐに適応できるかと問われればそれは「NO」である。

先程の襲撃者達は動き方にぎこちなさがあったのをアキト達は見逃さなかった。

あの連中が木連出身者ならば、低重力の環境に慣れているので、おなじ火星の低重力の環境下でもぎこちない動きはしない筈である。

 

「でもアキトさん、いないと思っていたら隠れて護衛をしていたんですね」

 

「ああ、高杉さんは木連を代表して俺達につけられた護衛役。こんな風に、抜け駆けする連中が出たときのためのね」

 

「高杉だ、よろしくな」

 

「どうも……ホシノ・ルリです。」

 

三郎太に手を差し出し握手するルリ。

 

「‥‥ホシノ・コハクです‥‥貴方に会うのはこれで2度目ですね」

 

左手でまだズキズキと少し痛む頭を押さえながら三郎太と握手をするコハク。

 

「ああ、火星で白鳥少佐と生体跳躍してきたあの時の嬢ちゃんか。久しぶりだな‥‥それにしてもその翼は一体?」

 

「あ、あの高杉さんこのことについては誰にも話さないでください。イズミちゃんも」

 

アキトがコハクの正体が生体兵器であることを黙っていてくれと頼む。

 

「何かワケありのようね」

 

「そうだな‥‥」

 

2人は快く了承してくれた。

 

「さて、今夜はもう襲っちゃこねえだろうし、湿っぽい話はこれまでにして、先に行った皆さんに追いついてメシにしようぜ、メシメシ!」

 

三郎太は先に立って歩き出した。

コハクはまだ体調が優れないと言ってそのまま宿舎で休むことにして、ルリもコハクと共に宿舎へと戻った。

 

コハクの頭に響く謎の声

火星遺跡の謎

地球、木連両陣営に居るであろう過激派の存在

火星でのサミット終了までまだまだ予断を許さない状況が続く事になるだろう。

 

 

 

 

・・・・続く

 




ではまた次回。

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