機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

32 / 61
更新です。


第31話

 

 

 

 

 

 

 

「皆、半年間の拘留生活ご苦労さん。とりあえず拘留生活は今日でおしまいだから家に帰るなり、新しい場所に引っ越すなり、これからの事は自由にしてくれてかまわないよ。あと、暫くの間はちょっとした監視は付くと思うけどあんまり気にしなくて良いからね。まぁ、建前みたいな物だから」

 

アカツキがナデシコ長屋の集会場に集まったナデシコクルー達に拘留期間の終了を告げると、サセボ基地の司令官が地球連合政府から正式に通達のあったナデシコクルー達への釈放命令を伝える。

 

こうしてナデシコクルーはサセボ基地を‥‥ナデシコ長屋を後にして第二の人生を歩んでいった。

 

「‥‥‥」

 

「‥‥‥」

 

「‥‥‥」

 

大岡裁きの結果、ルリ、コハクのホシノ姉妹はユリカの実家ミスマル家で暮らすことなった。

そして現在、ユリカの父ミスマル・コウイチロウが手配した飛行機でサセボシティーからトウキョウシティーへと向かっていたのだが、機体の中の空気がとてつもなく重かった。

その原因は不機嫌そうに窓の外を見ている金髪の少女だった。

 

「あ、あの‥コハクちゃん‥‥」

 

恐る恐るユリカがコハクに話しかける。

 

「なんです?ユリカさん」

 

振り向いた少女の顔は不機嫌極まりないといった表情をしていた。

なぜ、コハクがこうも不機嫌になっているのか?

その理由は彼女がナデシコ長屋に滞在したのが最終日の僅か数時間だったというのが、不機嫌な理由だった。

子供っぽいといえば子供っぽい理由であったが、コハク本人にとっては十分不機嫌になる理由であった。

彼女としてはルリと一緒に長屋での生活を楽しみにしていたのにリハビリやら検査やらの為、入院が思ったよりも長引いてしまったのだ。

トウキョウシティーに着くまでユリカとルリはコハクの機嫌を治すのに苦労した。

 

 

~トウキョウシティ ミスマル邸~

 

床の間を背にし、ユリカの父、ミスマル・コウイチロウがユリカ、ルリ、コハクと対面する形で座っている。

 

「‥‥という訳で、2人をこの家に引き取りたいのですが。お父様、よろしいですか?」

 

「う~む、そう言う事ならしばらくの間家においてもよかろう」

 

ユリカの言葉に威厳のある顔で答えるコウイチロウ。

 

「ありがとうございます、お父様!」

 

ユリカがコウイチロウに向かって笑顔を向けるとコウイチロウは赤い顔をしながら、

 

「う、うむ。ユリカの頼みをわしが断るわけがないではないか」

 

デレデレと顔を歪ませてユリカに言うコウイチロウ。

相変わらずの親バカである。

家主であるミスマル・コウイチロウの許可が正式に下りたことによりルリとコハクはミスマル家にお世話になることになった。

 

ミスマル家にお世話になって暫くして、突如ミスマル家に親子の大声が響き渡る。

 

「もぉ~~、お父様のわからず屋ぁ!!どうして私とアキトの仲を認めてくれないのよ~!?」

 

「ユリカ~、わしは別にアキト君の事をどうこう言っている訳じゃなくて。もう少しよく考えた方が良いんじゃないかと」

 

この2人の親子喧嘩は別に珍しいものではないので、ルリは気にせずお茶を飲み、コハクはノートパソコンを使い新型相転移エンジンの設計作業をしていた。

しかし、この日の親子喧嘩はどこか違っていた。

普段ならばコウイチロウが謝るか、彼がユリカの頼みを聞いて終わるのだが、今日の喧嘩は未だに終わる兆しを見せずに両者は平行線を辿っている。

 

「ルリ、止めなくて平気かな?」

 

流石に普段と違う雰囲気を感じ取りコハクが作業を止めて、ルリに尋ねる。

 

「いつもの事です。気にしてもしかたありませんよ」

 

ルリはユリカとコウイチロウの口喧嘩は日常茶飯事の出来事なので気にする必要はないと言うが、その間にも2人の口喧嘩は次第にエスカレートしていく‥‥

 

「確かにそうなんだけど、なんかいつもと違うというか、雲行きが怪しくなって来ているというか‥‥‥」

 

コハクは口喧嘩の内容がエスカレートし、2人の声の大きさが段々と大きく、荒々しい口調になって行く事に対してちょっと心配になる。

ルリとコハクがコウイチロウとユリカとのやり取りを静観していると、

 

「もぉ~~ガマンできない!!私この家を出て行きます!!」

 

と、ユリカが我慢出来ずに家出宣言をする。

 

「ユ、ユリカ~~~!」(涙)

 

勢い良く襖を開けて入ってきたユリカがルリとコハクに話しかけてくる。

 

「ルリちゃん、コハクちゃん!急いで荷物を纏めて!こんな家に居たら2人ともお父様みたいになっちゃうよ!」

 

(それは親バカになるって事かな?)

 

ユリカの言うコウイチロウみたいになると言う事は、親バカになると言う事なのだろうかと疑問に持つコハク。

 

「でも、ユリカさん行く当てはあるんですか?」

 

ルリがミスマル家を出た後行く場所があるのかと問う。

既にナデシコはネルガルの管理下にあり、ドックの中。

サセボのナデシコ長屋は既に解体されている。

まさか、軍の寮にでも入るつもりなのだろうか?

ユリカの場合は入れるが、軍に所属していないルリとコハクは入れない。

 

「もちろんアキトの所!」

 

ルリの言葉にユリカが当然と言った顔で行くあてを答える。

 

「あ、あのユリカさん。少し落ち着いて、もう一度コウイチロウさんと話し合ったほうが‥‥それにいきなり押しかけてはアキトさんも迷惑なんじゃ‥‥」

 

コハクが恐る恐るユリカにもう一度、冷静にコウイチロウと話し合ってはどうかと声をかけるが、

 

「ホラ、コハクちゃん早く!」

 

コハクの意見はユリカの耳にまったく入っておらず、ルリとコハクの荷物を纏め始める。

おろおろするコハクと2人の荷物を詰め込むユリカ、そんな2人の様子など気にもせず、ルリはお茶を啜っていた。

 

「ユリカ~~~~~~~~~~~!!」(号泣)

 

門前で大声を出し、滝のような涙を流しているコウイチロウを背にユリカ、ルリ、コハクの3人はアキトの家へと向かった。

 

 

~トウキョウシティー テンカワ家~

 

アキトが現在住んでいるのは築20年前のレトロな四畳半一間のアパートでナデシコ長屋を出る少し前にウリバタケの知り合いの不動産屋さんから紹介された安物件の部屋だった。

ユリカの家と違い、四畳半と言うことで、ユリカ、ルリ、コハクの3人と持ってきた荷物、そして家主のアキトで部屋は一杯になった。

 

「すみませんアキトさん突然押しかけてしまって‥‥」

 

コハクが申し訳なさそうに言う。

 

「いや、別にかまわないよ。でも俺、まだ仕事決まってないけど‥‥」

 

アキトはネルガルからの退職金を使いながら絶賛就活中だった。

家賃が安い古いアパートに住んでいるのもまだ就職先が決まっていない為、退職金を節約する為でもあった。

 

「アキトはラーメン屋さんでしょう!?」

 

ユリカがアキトに笑いかける。

 

「ラーメン屋か‥やりたいんだけど、資金が無いしなぁ‥‥」

 

ナデシコ乗艦時代、コック兼パイロットであったアキトはそれなりに貰っていた筈であったが、ナデシコに乗っている間、色々と問題行為があり、減俸等で思ったよりも減額されてしまった為、手元に残ったお金では家賃と生活費の他に店を開くほどの資金は無かった。

そこで、

 

「それならラーメン屋の屋台でお店の開店資金を溜めましょう」

 

ユリカが店を開く為にまずは屋台を引いて開店資金を貯めようと提案する。

 

「やっぱり、屋台を引くしかないかな、まぁ、俺もそう考えていたからなぁ」

 

「屋台って言ってもどうするんですか?資材を集めて作るんですか?」

 

肝心の屋台のあてはあるのかと問うコハク。

 

「ああ、こんなこともあろうかと、この間セイヤさんに屋台を作ってくれるように頼んでおいたんだ。そろそろ出来る頃だと思うけど」

 

「ウリバタケさんですか‥‥まともな屋台なら良いんですけど‥‥」

 

一応、屋台の手配はしてあるのだが、その製作者があのウリバタケと言う事で一抹の不安がある。

 

「うっ」

 

ルリの言葉にちょっと焦るアキト。

 

「だ、大丈夫ですよ‥‥たぶん‥‥」

 

違法改造屋ではあるがメカニックとしての腕は確かなのだし、不良品を渡す様な事はしない筈だ。

 

「ははは、そ、そうだな。とりあえずセイヤさんのところに行ってみよう」

 

コハクの言葉に何処か渇いた笑顔を浮かべてそう言うアキト。

とにかくアキト達はウリバタケの家に向かった。

 

アキト達がウリバタケの家の前に来ると‥‥

 

「うぎゃ~~~~~~~~~~~~~」

 

ウリバタケ家の中からウリバタケの断末魔のような叫び声が聞こえてきた。

 

ガチャーン

 

「うぇぇぇーん!!」

 

さらにその声に紛れて物が壊れる音や子供の泣き声も聞こえてくる。

 

「戦闘中のようですね」

 

ウリバタケ家の中から聞こえる悲鳴や物音からルリは家の中では壮絶な戦闘が行われていると推察する。

 

「そう‥‥みたいだね」

 

アキトがルリの言葉に続く。

 

「と、とにかく中に入ってみましょう」

 

コハクが少し戸惑いながらもそう言う。

 

「ご、ごめんくださ~い」

 

ユリカの言葉に全員が中に入るとウリバタケの奥さん、オリエにコブラツイストをかけられているウリバタケの姿が目に入った。

それにしてもオリエは妊婦さんなのに、あんなに暴れて大丈夫なのだろうか?

 

(完全に決まっていますね。これはそう簡単に抜けられないでしょう)

 

(痛そう‥‥)

 

冷静に状況判断するルリと技の威力を見て感想を述べるコハク。

2人の横でアキトが声を上げる。

 

「セイヤさん!」

 

「ふんっ!」

 

アキトの言葉も耳に入らず気合いと共にさらに力を入れるオリエ。

 

「ぎゃあああああああー!!ロープ、ロープ‥‥ロープだって言ってんだろう!!」

 

オリエもアキト達が来たのを確認し、ウリバタケを開放する。

 

「ふぅ~」

 

ようやくオリエのコブラツイストから解放され一息つくウリバタケ。

 

「あの‥‥」

 

「よく来たな、待っていたぜ」

 

アキトの言葉にまるで何もなかったかのように答えるウリバタケ。

 

(大丈夫なんでしょうか?あんなにキッチリと決まっていたのに‥‥)

 

(打たれ強いか、もう慣れているんじゃないかな?)

 

ウリバタケの無事な姿に少し驚くルリとその丈夫さに予想をたてるコハク。

 

「何があったんですか?」

 

アキトはどういった経緯があってウリバタケがオリエにコブラツイストをかけられたのかを尋ねる。

 

「あんた達、聞いてよぉ~」

 

オリエが先程とはうってかわって涙ぐんだ目をしてアキト達に声を掛けてきた。

 

「この人ったら、家に帰ってきてもロクに仕事もしないで模型ばかり作って‥‥」

 

「そ、それは‥‥」

 

アキトが口ごもると。

 

「それは仕方ありません。それがウリバタケさんですから」

 

ルリがすかさずそう答える。

ナデシコに乗っていた時もウリバタケは模型を作っていた。

ナデシコを降りてからはエステバリスの整備などの仕事がないので、こうして模型ばかり製作しているのだろう。

 

「たまに仕事が来ても、気に入らないとか言って追い返しちゃうし。少しは家のことも‥‥」

 

「ばかやろう、俺は仕事を選ぶんだよ。この俺にしか出来ない仕事をよ。俺を必要としてくれる仲間のために、この腕はあるのさ!」

 

「もう、なに言ってんのよ!?なら、アレは一体何なの!?」

 

オリエが指差した場所にある物。

それは‥‥

 

「な、なにコレ‥‥?」

 

コハクがそこに置いてある物体を見て声を上げる。

そしてそれに答えたのがアキトだった。

 

「屋台だ」

 

「う、うわああああああー!」

 

アキトの言葉と同時にオリエが泣き崩れる。

 

「これから、上の子が幼稚園に上がるんで、お金を貯めていたのに‥‥それがこんな物に変わって‥‥」

 

「典型的な家庭崩壊劇でしょうか?」

 

血も涙もないような事を言うルリ。

 

「セイヤさん、奥さんが泣いていますよ」

 

「ええい、気にするな。俺はなお前に連絡をもらって、すごく嬉しかったぜ。仲間のためなら女房を質に入れてでも、用立ててやるぜ」

 

アキトの言葉にウリバタケが誇らしげに語る。

その横ではユリカがオリエに声を掛けている。

 

「奥様のご恩は決して忘れません。この屋台を使って、アキトがラーメン屋を始めた時、お金は利子を付けてお返しいたします。それまでは私達を信じて下さい」

 

その言葉を聞いてオリエも少しは落ち着いたようだ。

 

「それにしてもすごく変わった屋台ですね、ウリバタケさん」

 

コハクの言葉に「待っていました」とばかりにウリバタケが説明を始める。

 

「よくぞ聞いてくれた。これは全天候型自走式耐熱耐寒スペシャル屋台だ。車輪にはエステバリスの駆動システムを採用し、ディストーションフィールドで暑さ寒さもなんのその。もっていけ泥棒、お客さん!」

 

「なんか屋台って気が全然しないなぁ‥‥やっぱ、雨の日は休みたいし」

 

(私の思った通りですね)

 

(屋台バリス?)

 

ルリも自分の考えが間違っていなかった事を確認する。

コハクはウリバタケの作った屋台は屋台型のエステバリスなのではないかと思った。

率直な感想を言うアキトの背後にウリバタケが霊のように顔を出した。

 

「俺の仕事に文句あるのか?」

 

「うわっ!!」

 

驚くアキトを脇目に

 

「正直言って‥‥使えない」

 

「ううっ、うわあああああああっ!」

 

ルリが屋台バリスに対する素直な感想を述べるとオリエがまた泣き出してしまった。

ユリカが必死に宥めようとしているが、彼女の顔も既に引き攣っている。

ユリカ自身もこの屋台は使えないなと思っているのだろう。

 

「いや、どう考えてもこの屋台は使えないでしょう‥‥装甲車じゃないんですから」

 

「うーん、そうだな」

 

コハクもアキトもルリの意見に賛成のようだ。

実際にこんな物を使っては何が起こるか分からない。

 

「よーし、こうなったら俺も男だ。男の仕事にケチつけられちゃあ、黙っちゃいねえ。裏に行ってみな、そこにお前らの望む普通の屋台がある」

 

ウリバタケがアキト達の声にそう答える。

 

「ほんとに?」

 

アキトが駆け足で裏手へ出ていった。

 

そこには‥‥

 

「普通の屋台だ!さすがセイヤさん!」

 

其処には昭和、平成時代によく使われていた木材で作られた普通の屋台があった。

 

「まあ、こんな事もあろうかと!あっ、こんな事もあろうかと!!!そっちも準備しておいたのさ!」

 

誇らしげに声を上げるウリバタケ。

 

「あんた、なにもそこまで‥‥」

 

オリエを尚も励まそうとするユリカ。

そんなユリカの努力をぶち壊すようにまたまたルリが一言。

 

「あのう‥‥最初からこれだけ作っていればよかったんじゃないですか?」

 

ルリの言葉に固まるコハクとユリカ。

 

「ううう‥うわああああああああああああああああ!!」

 

ルリの言葉に3度泣き崩れるオリエ。

もう立ち直るのは不可能かも知れない。

 

「ルリ‥‥」

 

コハクがルリに「もう少し空気読もうよ」と言いたげな顔と口調でルリの名前を言う。

 

「と、とにかく、これでラーメン屋台を始められるぞ!」

 

アキトは何処か引き攣った顔でそう言う。

 

「うんうん、やっぱり仕事をやり終えた後っていうのは気持ち良いもんだねえ。はっはっは」

 

周りの空気も気にせず1人だけ気持ち言い気分になっているウリバタケにルリが呟く。

 

「バカ」

 

ウリバタケ家を家庭崩壊に追い込みつつ屋台を手に入れたアキト達。

早速お店の開店資金を稼ぐため屋台を引くことになった。

上手くいく保障はないが、何とかなりそうな気もする。

 

「あ、あの‥コレ、足りないかもしれませんが、屋台の前金として受け取って下さい」

 

先程、オリエは上の子供の幼稚園の入園資金があの屋台バリスの製作費に消えてしまった様な事を言っていた。

このままではウリバタケ家の長男が待機児童になってしまう。

それではオリエも子供もあまりにも不憫なので、コハクが屋台の前金としてナデシコでの退職金をオリエに渡す。

普通の屋台は兎も角、屋台バリスの製作費がかなりかかった筈なので‥‥

 

「うぅ~‥‥ありがとうございます」

 

オリエは涙を流しながらコハクの手を握り礼を言った。

 

 

夕焼けに染まった坂道。

その坂道に屋台を押して登っていく男女の姿と屋台の左右に分かれチャルメラを吹く小さな女の子の姿が2つ。

先頭でアキトが屋台を押し、後ろからユリカが押す。

左側にルリ、右側にコハクがそれぞれ歩きながらチャルメラを吹く。

 

(こうして屋台を引くのは初めての筈なのになんだか懐かしさを感じるな‥‥)

 

チャルメラを吹きながらどこか懐かしさを感じるコハク。

 

坂を登りきってしばらく進んだ平地の所でアキトは屋台を止める。

 

「ここら辺で良いだろう」

 

アキトが屋台を止め、早速みんなで開店の準備を始める。

とはいえ、屋台を開いたからといってすぐにお客が来るというわけではない。

 

屋台を開いて既に一時間が経過し、日も既に沈んで当たりは暗くなっている。

ルリとコハクが辺りを見回してみると、見事なほど人が居ない。

 

「誰も居ないねぇ‥‥」

 

「そうですね‥‥」

 

しばらくしてもう一度当たりを見回すと、誰かがこちらに向かって歩いてきた。

だんだんと確認できるほど近付いてくるその人影はナデシコ元パイロットの1人だったアマノ・ヒカルだった。

ルリとコハクはヒカルに近付く。

 

「こんばんは、ヒカルさん」

 

「えっ!?」

 

突然声をかけられ驚くヒカリ。

 

「お久しぶりです。ヒカルさん」

 

「あ~ルリルリ、コーくん。どうしたの?こんな所で?」

 

最初はびっくりしていたヒカルだが、声をかけてきたのがルリとコハクという事で落ち着きを取り戻している。

 

「テンカワさんのラーメン屋のお手伝いです」

 

「ラーメン屋?そうか、アキト君ラーメン屋を始めたんだ」

 

「はい、よかったら食べていきませんか?案内しますよ」

 

「うん、お願い」

 

ルリとコハクはヒカルを屋台に案内した。

 

「お客さん、こないわねぇ‥‥」

 

その頃、屋台ではユリカが初めて口に出した時、

 

「「お客さんで~す」」

 

ルリとコハクが第一号となるお客を案内してきた。

 

「おじゃましま~~す」

 

暖簾をくぐって入ってくるヒカル。

 

「ヒカルちゃん!お客さんの第一号がヒカルちゃんなんて、なんかついているなぁ」

 

「皆、久しぶり。でもアキト君のラーメン屋台がこんな所に在るなんてちょうど良かったよぉ~今ちょうどお腹空いてたんだぁ~」

 

ヒカルが笑いながらそう言う。

 

「ご注文は何にします?」

 

コハクがヒカルに注文を取る。

 

「注文といっても醤油ラーメンか味噌ラーメンしかありませんけど」

 

確かに、今この屋台には醤油ラーメンと味噌ラーメンの2つしかない。

屋台の構造上、チャーハンやギョーザを作ることが出来ないからだ。

でも、いずれお店を持ったらメニューに追加していきたいと思っているアキト。

 

「じゃあ醤油をもらおうかな」

 

「アキト!醤油ラーメン一丁!」

 

「あいよ!」

 

アキトは沸騰したお湯に麺を入れ茹で、器にテンカワ特製スープを入れ、茹で上がった麺をスープの入った器に入れ、ヒカルの前に出す。

 

「醤油ラーメンおまち!」

 

ヒカルは出されたラーメンを食べ始める。

きりのいいところでユリカがヒカルに聞く。

 

「ところでヒカルちゃんは今なにしているの?」

 

「へへ~ん‥‥」

 

ユリカの言葉にヒカルは嬉しそうに原稿袋を見せた。

ヒカルの漫画原稿を見るアキト達。

 

「へぇー、ヒカルちゃん漫画家になったんだ」

 

アキトが感心した途端にヒカルがうな垂れた。

 

「はぁ~まだ投稿して回っている最中なの。今日も3つほど出版社を回ってその帰り」

 

「こんなに上手なのに‥‥」

 

アキトがヒカルの漫画を見てそれを褒める。

 

「ご馳走様でした。でも、いつかきっと漫画家としてデビューしてみせるわ」

 

そう言って笑顔になるヒカル。

 

「「頑張ってください」」

 

ルリとコハクがヒカルを励ます。

 

「「頑張ってね、ヒカルちゃん」」

 

アキトとユリカもそれに続く。

 

「ありがと、これからアシスタントの仕事があるの」

 

「えっ?これからですか?」

 

ヒカルの言葉にコハクが驚いた声をあげる。

既に日は落ちているのに、これから仕事なんて‥しかも昼間は出版社へ原稿の持ち込みをしていたのに‥‥

それに持ち込み用の原稿の製作もやっていた筈‥‥結構ハードなスケジュールである。

 

「明日が締め切りなんですって。それじゃあね!」

 

ヒカルは出されたラーメンをスープを含めて全部食べ終えて、お代をテーブルの上に置くと屋台から出ていった。

 

「俺も頑張らなくちゃなぁ‥‥」

 

ヒカルが自分の夢に向かって頑張っている姿を見てアキトが呟いた。

その後、ちらほらとお客は来たが思ったほどの売り上げにはならなかった。

 

「まぁ、最初はこんなもんだよ」

 

アキトの言葉に少し不安になるルリとコハク。

ユリカはもちろんアキトの事を信じていた。

こうして屋台の初日が終わった。

かくしてアキト、ユリカ、ルリ、コハクの共同生活はこうして始まったのだった。

 

屋台を始めて十数日後、アキト達は久しぶりに屋台を休んで、休みを取る事にした。

ここのところずっと休みなして働いていたのでたまには休みも必要だろうというアキトの案だった。

特にユリカとコハクは屋台の手伝いの他にも仕事を抱えていたので、休息は必要不可欠だった。

 

「せっかくの休みなんだから皆で街に行きましょう!」

 

というユリカの提案で町に繰り出す事になったアキト達。

 

 

~トウキョウシティー 映画館~

 

現在映画館ではあの伝説のアニメ『ゲキガンガー3』が復刻上映中だった。

ナデシコクルーにとってあのアニメにはいろんな思い出がある。

売店で買ったジュースやポップコーンを片手にアキト達は4人並んで席に座る。

順番は通路側からユリカ、アキト、ルリ、コハクの順で映画が始まる前に入り口でもらったパンフレットを見ている。

映画の内容はTV版ゲキガンガーの総集編と幻の劇場版の二部構成でアキト曰く、

 

「ファンにはたまらない!」

 

だそうだ。

 

 

やがて映画が終わって、

 

「う~ん、終わった‥‥ん?なにしてんの?アキト」

 

ユリカが伸びをしながら隣にいるアキトに話し掛ける。

 

「余韻に浸っているの」

 

アキトは目を瞑ってジッとしていた。

 

映画館でゲキガンガーの映画を見た後、軽く昼食を済ませて、町を歩いていると突然ユリカがバーチャルルームボックスというモノの話を始めた。

そして訳も分からないうちに、アキト達3人はその『バーチャルルームボックス』へ連れて行かれた。

 

 

~バーチャルルームボックス~

 

お店の中に入るとユリカが嬉しそうな顔をしてアキト達3人の方に振り向く。

 

「これがバーチャルルームボックスでーす。バーチャルルームには入った事あるよね?」

 

「確かナデシコにもありましたけど、僕は使ったことはないです」

 

「私もありません。でも、どうしてこんな所にバーチャルルームがあるんですか?」

 

「最初は戦艦や宇宙船にしかなかったんだけど、それが好評で最近地球にもちらほらとこういう施設が出来ているみたいなの」

 

何故地球の町中にバーチャルルームボックスがあるのかをユリカが説明をする。

 

「これはやっぱり2人で入るモノなんですか?」

 

ルリがユリカに質問し、

 

「もちろん!さっ、アキト、入ろ!」

 

「あ、ああ」

 

ユリカはアキトの腕を組んでボックスの中に入っていった。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

なんとなく手持ち無沙汰になったルリとコハク。

 

「こ、このまま待っていても退屈だし、折角だから入ってみようか?」

 

「そうですね」

 

ルリとコハクは受付で説明を受け、バーチャルルームボックスに入ることにした。

ナデシコのバーチャルルームボックスはウリバタケが改造したもので、年齢設定を変更することが出来たが、此処は公共のバーチャルルームボックスなので年齢変更は出来ない。

此処では機械が自動でお客さんに合ったシチュエーションを選んでくれるようだ。

ルリとコハクにぴったりのシチュエーションは『医者もの』らしい。

 

「『医者もの』とは、2人とも医者なのでしょうか?それともどちらかが患者なのでしょうか?」

 

「まぁ、それも設定によって変わるんじゃないかな?」

 

ルリが設定の『医者もの』に対してどんな設定なのか疑問に思う。

とりあえず2人は『医者もの』というのがどんなものなのかを受付のお姉さんに聞いてみることにした。

 

「いらっしゃいませ。『医者もの』の設定はノーマル、ビギナー、アダルトの3つの設定になりますがどの設定になさいますか?」

 

受付のお姉さんがどの設定にするかを聞いてくる。

その時、ルリの眼がキラ-ンと光った‥‥様に見えた。

 

「アダ‥「ビギナーでお願いします!」」

 

一瞬ルリの口からとんでもない発言が聞こえたが、ルリの声を打ち消すようにコハクが大声でビギナー設定を頼んだ。

 

(突然何を言い出すんだこの姉は!?)

 

「チッ」

 

ルリが舌打ちをしたように思えたがあえて気づかないフリをするコハク。

 

(あぁ~今日の夜が不安だ‥‥)

 

ナデシコを降りてからコハクは病院に入院し、ルリは長屋でユリカと一緒に生活していたが、どうもユリカではコハクと勝手が違うらしく夜はおとなしく寝ていた。

アキトの部屋に来てからも仕事の疲れで夜は夕食を食べて皆で銭湯にいって寝るだけという自転車操業のような生活を送っており、結果的にルリはナデシコを降りてからコハクを襲い‥もとい夜のスキンシップをとっていないにため、久しぶりにスキンシップを取りたいようだった。

夜の不安を覚えつつ2人はボックスに入った。

 

「これはどういう状況になるんですか?」

 

ボックスに入ったルリがビギナー設定の医者ものがどんな設定なのかを尋ねる。

 

「えっと‥‥僕が長期入院中の薄幸な少女。ルリはその主治医。外出も許されない僕を海に連れてきた、という物らしいよ」

 

コハクが設定の説明を終えると同時に辺りが暗くなっていく。

 

「なんかありがちなパターンですね‥‥」

 

ルリが設定に対してボソッと呟く。

やがて、バーチャル空間が始まり、目の前が明るくなるとそこには海があった。

 

「海‥‥ですね」

 

(海‥‥懐かしいですね。私が始めて海を見たのがずいぶん前に感じます)

 

ルリはナデシコでみんなと一緒に海に行った時の事を思い出していた。

 

「海‥だね‥‥」

 

コハクは車椅子に乗ってその海を眺め、ルリは車椅子の後ろに立っている。

 

「先生は海に来た事ないの?」

 

コハクは振り向いてルリに尋ねる。

 

「もちろんあります。一回だけですけど‥‥」

 

「夏にはここで泳いだりするんですよね?」

 

「そうですね‥夏が来たら皆で来ましょう」

 

「そうですね‥‥皆でいっしょに。楽しみだね‥‥」

 

ルリの声に答えるコハク。

 

(そうだね‥‥今度はアキトさんユリカさんとルリ‥‥”家族”で行きたいな‥‥)

 

コハクはそう思いつつ演技を続ける。

 

「夏まで僕が生きていられればいいんだけどね‥‥」

 

「そんな弱気な事を言ってはいけません。貴女は必ず私が治しますから」

 

ルリはコハクの前に立ち、彼女の手をギュッと握りしめて真剣な顔で言う。

 

「る、ルリ‥ちょっと、なりきりすぎじゃないかな?」

 

ルリの迫真の演技にちょっと引き気味のコハク。

 

「そうですか?」

 

ルリはコハクの言葉にキョトンとした様子で答えた。

 

その日の夜、不安を抱えたコハクであったが、アキトの部屋が狭く、ユリカとアキトの2人が居るということでルリからの夜のスキンシップはなかったが、それでもいつ襲ってくるか分からず、警戒しながら横になっていたため、すっかり寝不足になってしまったコハクであった。

 

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。