機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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第29話

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい退却するのかよ?」

 

カキツバタ所属のエステバリス隊は突如踵を返して撤退していく。

 

『そう。無駄な争いはしないことにしたの。そっちも遺跡にアキト君とイネスさんがいては相転移砲を撃てないでしょう?』

 

エリナの指摘は最もである。

アキトとアカツキも戦闘を止めて、2人で遺跡の地下へ降りていった。

 

「上空より降下してくる物体あり!これは‥‥チューリップです!」

 

ルリの報告と同時に火星遺跡近くにチューリップが轟音と共に落下、すると口が開き中から木星戦艦「かんなづき」と「ゆめみづき」が出てきた。

 

「チューリップ開口!内部より戦艦が来ます!内1隻は例のボソン砲搭載戦艦です!」

 

メグミさんの報告を聞き、

 

「急速離脱!ボソン砲が来るよ!」

 

ユリカは即座にナデシコを移動させた。

 

 

~かんなづき 艦橋~

 

「都市上空に相転移炉式戦艦2隻を確認!内1隻はナデシコです!」

 

「ナデシコ!?」

 

オペレーターの報告を聞き高杉は声をあげる。

かんなづきの乗員にとって前回の借りをようやく晴らせる機会が訪れたのだ、皆少々興奮気味になるのは当然だが、艦長の秋山は冷静に指揮を執る。

 

「通信士、『ゆめみづき』に打電、『我、先陣を務める』と」

 

「了解!」

 

「艦長!これで前回の借りを!」

 

「分かっておる!さあて、あの快男児、今回はどう出る?」

 

秋山はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

 

~ゆめみづき 艦橋~

 

ゆめみづきは本来白鳥九十九が艦長の任についていたが、その白鳥が今は不在のため、月臣元一朗が新たに艦長の任についていた。

 

「『かんなづき』に返信、直ちに人型、虫型戦闘機を発進させろ」

 

「了解」

 

2隻の木星戦艦から多数のゲキガンタイプの機動兵器とバッタが射出される。

ナデシコとカキツバタは遺跡より木星艦隊に対しに戦闘準備を開始した

その頃アキト達は遺跡内部に設置されたフィールドに手こずりながらも遺跡の地下を目指していた。

一方、遺跡上空の戦闘はまさに一方的だった。

木星軍は二手に分かれず、数に物を言わせた物量作戦でまずはカキツバタへと襲い掛かっていた。

 

「ナデシコ!ちょっとはこっちの援護もしてよ!このままじゃあカキツバタが堕ちるわ!」

 

エリナからの通信はかなり苦戦し、切羽詰った状況だ。

 

「確かに‥‥カキツバタ、タコ殴り状態です」

 

ルリがカキツバタの現状をモニターで映し出す。

カキツバタは全方位からの集中攻撃で手が回らない状態で、フィールドで何とか凌いでいる状態だった。

 

「エリナ君、カキツバタはもういい。君達は直ぐに逃げたまえ!」

 

アカツキがエリナに退艦命令を出す。

 

「で、でも‥‥」

 

「いいから早く逃げろ!」

 

カキツバタの周囲をガキガンタイプが包囲し、フィールドを無理矢理破ってカキツバタを攻撃する。

 

「ゲキガンビーム!」

 

高杉の乗ったデンジンがフィールド内にボソンジャンプして侵入すると至近距離でグラビティーブラストを撃つ。

フィールド内‥しかも至近距離からのグラビティーブラストを受けては流石のカキツバタでも耐えられるはずもなく、カキツバタは爆沈した。

 

「カキツバタが‥‥」

 

「沈んだ‥‥」

 

カキツバタが轟沈した光景をナデシコのクルーは唖然とした表情で見ていた。

 

「エリナ・ウォン‥‥夢半ばで火星に散る‥‥ナ~ム~」

 

イズミが手を合わせ合掌する。

 

『死んでない!』

 

死んだと思っていたエリナ達カキツバタの乗員は撃沈前に脱出艇で無事脱出していた。

そしてカキツバタを脱出したエリナ達はナデシコへと収容された。

 

「まさか、カキツバタが沈むとは‥‥」

 

「どうします?艦長」

 

「ナデシコを遺跡内部へと降下。遺跡の中に入っちゃえば向うも迂闊に攻撃は出来ないでしょう」

 

木星の連中が欲しがっている遺跡を人質に立て篭もるという作戦にでたナデシコ。

すると遺跡の中からアキトとアカツキが出てきた。

何故だかアキトの表情は暗く、その傍らには気を失ったイネスの姿があった。

医務室で気を失ったイネスの横で俯いているアキトに医務室で休んでいたコハクは声を掛けた。

 

「どうしました?アキトさん」

 

「コハクちゃん‥‥以前、アイちゃんの話をした事があったでしょう?」

 

「ええ、確か火星のコロニーで知り合った女の子と聞きました」

 

以前、プライベート中にコハクはアキトから火星のコロニーで知り合った少女のことを聞き、アキトが最初木星蜥蜴に対し、異常なまでに恐怖心を抱くのもそのとき知った。

 

「そう‥あの時俺は、アイちゃんは死んだと思っていた‥‥蜥蜴に殺されたと思っていた。でも、アイちゃんは生きていたんだ。あの時、俺のジャンプに巻き込まれて‥‥今さっき遺跡にいたと思ったらまた‥‥」

 

「そのアイちゃんは、今度は何処に?」

 

「20年前の火星の砂漠‥‥ほら、イネスさんの頭文字って『Ⅰ』だろう?」

 

「はい‥‥っ!?ま、まさかっ‥‥!?」

 

「そう、イネスさんはアイちゃんだったんだ。20年前の火星に飛ばされた時にショックで記憶を失ったらしい。そして、ナデシコでの航海と俺達の接触により記憶を取り戻せたらしい‥‥‥でも、俺のせいで‥俺のせいでアイちゃんはこんな偏屈なオバサンに‥‥それなのに俺は地球でのうのうと‥‥俺は…俺は‥‥」

 

(アキトさん、落ち込みながら今サラっとイネスさんに対して失礼なことを言った気が‥‥‥)

 

イネスも眠りながらもアキトの発した『オバサン』の部分に反応し、顔を顰めていた。

 

「それでアキトさんは何をしたいの?ただイネスさんの横で謝り続けるだけ?」

 

「コハクちゃん‥‥」

 

「復讐とか言っているアキトさんも嫌いだけど、いつまでもウジウジしているアキトさんも嫌い。やっぱりアキトさんはいつもどおりのアキトさんらしくあればいいと思う。きっとアイちゃんだってそう思って居るはずだよ。」

 

コハクは眠っているイネスの頭を優しく撫でる。

 

「ありがとうコハクちゃん」

 

コハクに言われ、アキトは吹っ切れた表情をしていた。

 

 

作戦室に集まった主要クルーにルリがナデシコの現状を説明する。

現在遺跡上空には約7万隻の木星軍が遺跡を包囲しており、脱出は不可能、かといって戦って勝てるかと言えば当然NOである。

地球連合軍の到着までまだ時間があり、援軍も期待できない。

さらに木星軍からも降伏文が送られている絶体絶命の状況。

 

「どうするおつもりですか艦長。相転移砲は恐らくもう使えませんよ?」

 

「まさに孤立無援というわけですな」

 

「木星軍からも降伏勧告が送られていますが‥‥」

 

「降伏はしません!」

 

きっぱりと断言するユリカ。

 

「ハナから遺跡を渡すつもりもないし、ドーンとやっちゃいましょう」

 

ユリカが微笑む。

 

「ドーンってなにをやるつもりですか?」

 

コハクがユリカの『ドーン』について聞く。

 

「では具体的に説明します」

 

ユリカがホワイトボードに遺跡の地下の図を書き説明する。

 

「ナデシコをこのまま遺跡内部で、4基の相転移エンジンを暴走させ、そのままナデシコを自爆させます」

 

(自爆‥‥ナデシコを自爆‥‥)

 

ナデシコを自爆させるというユリカの言葉に皆唖然としていたが、

 

(‥‥エンジンを暴走。弾薬庫内にある残弾のミサイルに自爆シークエンスを強制入力‥‥)

 

「うっ‥‥」

 

そんな中、コハクの頭の中に夢で見るあの忌まわしい場面と1人の青年の声がした。

右手で前髪を掻き毟るかのように握るコハク。

 

「コハク、大丈夫ですか?」

 

コハクの様子がおかしいことに気づいたルリが声をかける。

 

「大丈夫‥‥ちょっと立ちくらみがしただけだから」

 

「本当に?」

 

「うん‥‥本当に大丈夫だから」

 

ルリに苦笑いをしながら答えるコハク。

 

(なんなんだ?今のは‥‥?)

 

コハクが脳裏によぎった光景に疑問を浮かべている間にクルーも冷静さを取り戻したようでナデシコを自爆させるというユリカの意見に反発していた。

 

「そんな事をしてナデシコクルーを全員殺す気ですか?」

 

「そんな事しないよ。残るのは作動キーの使える私だけ。皆は暴走前にナデシコから退避してもらうよ」

 

「何言ってんだ!?ユリカ!!」

 

ユリカがナデシコに残り、自爆させるという案にアキトが強く反発した。

 

「何言ってんだよ!?お前死ぬ気か!?」

 

「大丈夫だよ。死なないから」

 

「死ぬって!」

 

「死なない!」

 

「死ぬって!」

 

「死なない!」

 

「死ぬって言ってんだろうが!このバカ!」

 

アキトのこの一声にユリカが涙目になる。

 

「「あ~あぁ」」

 

イズミとヒカルが声を合わせ

 

「「泣かした~」」

 

プロスペクターとアカツキも声を合わせてアキトをジト目で見て言う。

 

「遺跡さえ無くなれば戦争だってなくなるのに‥‥」

 

「でも、自爆して本当に遺跡を壊せるの?」

 

「えっ?」

 

肝心な点を見落としていたユリカ。

確かにナデシコを自爆させて遺跡を破壊できるという保障はどこにもない。

もし、ナデシコを自爆させても遺跡が無傷では意味がない。

 

「やはりここはネルガルを頼りたまえ。悪いようにはしない」

 

「そうよ。艦長」

 

ここまできて遺跡を諦めきれないアカツキとエリナ。

 

「「カキツバタ墜とされたくせになにいってんだか」」

 

ルリとコハク、2人の少女の毒舌にギョッとした表情になるクルー。

 

「と、とにかく自爆なんてダメだ!」

 

「どうしてよ!?私達で戦争を終わらせることができるかもしれないんだよ!?火星の人達を見殺しにした私達が!」

 

火星の人達を見殺しにした‥‥過去の辛く苦い経験を無しに出来る。ユリカのその言葉がクルーに迷いを生じさせた時、

 

ポロロロン~

 

突如、隣の部屋からウクレレの音が響いた。

 

「私じゃない‥‥」

 

いつもウクレレを弾いているイズミに皆視線を向けるが、イズミは今ウクレレを持っていない。

イズミを含む皆の視線が隣の部屋に続くドアへと向けられる。

そしてドアが開くとそこには思いもよらない人物がいた。

 

「あ、貴方はっ!?」

 

「私~らしく~私らしく~私の未来~」

 

そこにはウクレレを弾き、グラサンをかけ、バッタに乗った瓢提督がいた。

 

「やめとけやめとけ自爆なんて。ブイ」

 

元気そうにブイサインをする瓢提督。

 

「「「提督!?」」」

 

「生きておられたとは‥‥」

 

「そんなに生きていて残念かね?」

 

『遺跡でお会いしてね。あの後、バッタに救助されて捕虜になっていたんですって』

 

イネスが何故ここに瓢提督がいるのか説明した。

 

「何故です?提督。何故だめなんです?提督」

 

「だって自爆だよ。バカバカしいよ」

 

「そんな、私は提督のように皆を守るために艦を‥‥」

 

ブー

 

クイズの外れのような音がなりユリカは音のしたほうを見る。

ルリとコハクの周りにはオモイカネが、

 

《嫌》

 

《×》

 

《不可》

 

《ダメ》

 

《イヤ》

 

《NO》

 

《反対》

 

の空間ウィンドウを展開し、ナデシコ自爆に強く反対していた。

 

「ルリちゃん、コハクちゃん」

 

「私たちは反対です」

 

「遺跡を壊せば歴史が変わる。戦争もなくなる。でも大切なものまで壊してしまうんじゃないですか?」

 

「大切なもの?」

 

「もし、遺跡を壊して、タイムパラドックスが起こり、戦争の無い歴史になったとしたら、ナデシコで過ごした時間も消えてしまいます。艦長がナデシコで体験したアキトさんとの思い出も全て消えてしまうんですよ。艦長はそれでも本当にいいんですか?」

 

「コハクちゃん」

 

「だから‥‥僕は‥‥」

 

「私は‥‥」

 

「「反対です!」」

 

2人の少女はもう一度、反対の言葉を繰り返した。

大切なものを守るために‥‥。

確かにユリカの言う通り、戦争の無い歴史になれば、この戦争で死んだ大勢の人が生きている歴史になるかもしれない。

でも、それもあくまでも可能性であり、100%絶対にその歴史になると言う確証はない。

だからこそ、2人の少女は『もし』の歴史よりも確実な『今』を選んだ。

2人の少女の言葉にナデシコクルーも決心がついた。

 

地球にも木星にもネルガルにも遺跡は渡さない。

かといって遺跡を完全に壊すことも出来ない。

そうなれば皆の手が届かない所へ飛ばせばいい。

ということで遺跡の演算ユニットはナデシコのYユニットに搭載され、ボソンジャンプで宇宙へ出た後、どこか遠くの宇宙へ行ってもらうことになった。

演算ユニットがなければ遺跡は文字通りただの遺跡‥何処かの誰かが残した廃墟の遺物となる。

遺跡ユニットを積み込んでいる時、九十九がコハクに話しかけた。

 

「コハク君、すまいなが自分を『かんなづき』に跳ばしてくれないか?」

 

「白鳥さん?」

 

「かんなづきの艦長、秋山少将は前々から草壁のやり方に疑問をもっていた人物だ。もしかしたら戦争後の混乱に乗じて草壁を打倒する手を何か考えているかもしれない」

 

「それで自分もその秋山少将と共に草壁を倒すと‥‥」

 

「ああ‥今後木星と地球の未来に草壁のやり方ではまたいつ戦争になってもおかしくない。それならばいっそ‥‥」

 

九十九は草壁が自分を殺そうとしたように自分も草壁を殺すつもりでいた。

 

「‥‥分かりました。ただミナトさんや妹のユキナさんには‥‥」

 

「先程必ず生きて帰ってくると誓いを立てたよ」

 

「分かりました。では、行きましょう。白鳥さんは秋山少将ないしかんなづきのブリッジを強く想いうかべてください」 

 

コハクは九十九に手を差し伸べる。

 

「あ、ああ‥‥」

 

コハクが九十九の両手を握り、目を閉じると、コハクと九十九の身体は光だし、体中に紋章が浮かび上がる。

そして2人は跳んだ。

 

 

~かんなづき 艦橋~

 

「艦長!跳躍反応あり!」

 

「何!どこだ!?」

 

「そ、それが‥此処です!!本艦の艦橋です!」

 

オペレーターが叫ぶとかんなづきの艦橋に光が満ち2人の人影が姿を現す。

 

「な、何者だ!」

 

秋山が声を上げ、艦橋内に居た者は腰のホルスターに入っていた銃を構える。

 

「秋山少将!自分です!白鳥九十九少佐であります!」

 

九十九は敬礼しながら秋山に答える。

 

「し、白鳥!?貴様死んだ筈じゃあ‥‥」

 

突然現れた九十九に戸惑うかんなづきの乗員達。

 

「いえ、自分は死んでおりません。このとおり生きております。しかし誰がそのようなことを?」

 

「草壁閣下だが‥‥やはりあの男‥‥」

 

秋山は木星出立時に草壁の芝居じみた演説を思い出し、顔を渋らせる。

草壁は木星市民に対して白鳥九十九は地球側のスパイの手によって殺されたと発表した。仮に本物の白鳥九十九が現れても恐らく草壁は『地球側の送り込んできた偽物の白鳥九十九だ!!』または『地球側のスパイだ!!』とか言って、九十九を地球側のスパイとしてどの道葬るつもりだったのだろう。

 

「秋山少将。自分がここへ来たのは少将にお話しがありまして」

 

「ん?」

 

九十九はナデシコでの出来事を全て話した。

ナデシコのクルー達と共にゲキガンガーを見た事。

ナデシコのクルー達は真剣で地球と木星の未来を考え和平交渉を行おうとしていた事。

そしてその和平交渉で無理難題な条件を突きつけ、終いには自分を暗殺し、それをすべて地球側の陰謀だと処理し、戦争を継続させようとした草壁の陰謀も。

 

九十九の話を聞いた秋山もかんなづきの乗員も戸惑いが隠せない様子だった。

 

「艦長、『ゆめみづき』より通信が入っております」

 

「ん?月臣から?一体なんの用だ?」

 

秋山と月臣が秘匿皆伝で何かを話し合っている。

 

「分かった。すまんが暫く艦橋を空ける。白鳥、お前もついてきてくれ」

 

秋山と九十九は通信室へと入る。

 

「それで、一体何の用だ?月臣」

 

「源八郎、例の件だが、お前の返事を聞きたい」

 

「こんな時にか?」

 

「こんな時だからこそ聞いておきたいのだ」

 

月臣が返答を催促しているが、秋山の返事は九十九の話を聞き既に決まっていた。

 

「わかった。俺も例の件には賛同しよう」

 

「ありがたい。お前が熱血クーデターに参加してくれるのなら百人力、鬼に金棒だ」

 

「月臣、お世辞を言うなと言っただろう」

 

「すまん。だが、これで草壁を完全に失脚させることが出来る」

 

「月臣、天は我々に味方しているぞ」

 

「ん?それはどういうことだ?」

 

「白鳥」

 

九十九が通信モニターに映る。

 

「つ、九十九!お前、生きていたのか!?」

 

「おかげさまでピンピンしているよ」

 

「草壁から地球のスパイに殺されたと聞いたが‥‥そうか生きていてくれたのか」

 

「ああ、今回のことで木連上層部のやり方がよくわかった。俺達が変えなければならないということが‥‥」

 

「うむ。未来のために」

 

「おう。未来のために」

 

木連の三羽烏と言われたこの3人が中心となって行われたクーデターは後に、『熱血クーデター』と呼ばれる木連最大のクーデターが決行されるのはもう少し後になってからだが、3人の結束が強まったのはこの時であった。

 

九十九はこのまま秋山と行動を共にするということでかんなづきに残り、コハクは再びボソンジャンプし、ナデシコへと戻った。

コハクがかんなづきから帰ると、早速ミナトとユキナに九十九がどうなったかを聞かれ、コハクはかんなづきでの出来事を話した。

最初はまた命の危険に晒されるような環境に戻った九十九をミナトは理解できないと言っていたが、秋山と月臣の人柄をよく知るユキナがミナトに2人は十分に信頼の置ける人物であり、決して九十九を死なせるようなことはしないだろうという事を聞き、一応は納得してくれた様子だった。

ミナトとユキナに九十九の事を説明し終えたコハクはアキト、ユリカ、イネス、ルリの4人がいる展望室へと向った。

 

展望室では簡易的ではあるが、オペレート機器が設置され、後はアキト達がボソンジャンプでナデシコを宇宙へ跳ばすだけとなった。

 

「じゃあ始めましょうか」

 

「「は、はい」」

 

イネスの開始の言葉を合図にカキツバタの時同様アキト達3人の体が光体中に紋章が浮き上がる。

そしてボソンジャンプ‥‥と、思いきや、ナデシコはボソンジャンプせず、遺跡の地下にいたままであった。

 

「跳びませんね‥‥」

 

「変ね‥‥理論上ではこれで正しい筈なんだけど‥‥」

 

「ですが、現実に跳んでいませんよ‥‥やっぱり僕がナデシコを跳ばしましょうか?」

 

カキツバタを追って火星に来た時と同じ様にコハクがナデシコを跳ばそうかと提案したが、

 

「今の貴女は度重なるボソンジャンプで酷く体力を消耗しているわ。そんな中、また戦艦1隻をボソンジャンプで跳ばしては、貴女の命に係わるか、どこに跳ばされるか分からないからダメよ」

 

コハクの体力的問題でコハクの提案はイネスに却下された。

 

「コハク、貴女はまた無茶をしようとしたんですか?」

 

ルリにギロッと睨まれて委縮するコハク。

そしてイネスは腕を組み先程のボソンジャンプの失敗原因と次は成功させるため、どうすべきかを考える。

展望室にいるイネスを除く4人はイネスの答えを待つしかなかった。

 

「‥‥‥やっぱりコレしかないわね」

 

どうやら答えが出たようだ。

 

「アキト君、艦長。貴方達2人、キスしなさい」

 

イネスはアキトとユリカにいきなりとんでもないことを言い放った。

 

「えっ!?エ―――!!」

 

「キ、キスっスか!?」

 

2人とも鳩が豆鉄砲を食らったような驚きっぷりだ。

 

「これだけ大きな物体をジャンプさせるには、それなりに大きなフィールドが必要なの。最初からフィールドが開いているチューリップとは違うわけだから、私達も電気的接触というか、粘膜同士の接触というか‥‥」

 

イネスが最後の方は言葉を濁らす。

粘膜同士の接触‥‥それはつまり唇と唇同士ということだ。

本当にそれでジャンプが出来るかわからないが、今はイネスの言葉を信じるしかなかった。

アキトがユリカの方を向き言う。

 

「じゃ、じゃあ行くぞ‥‥‥」

 

「いやっ!!」

 

プイとユリカが顔を背ける。

 

「だってしょうがないだろう!?」

 

「しょうがない!?しょうがないからアキトは私とキスするの!?」

 

ユリカの言うこともなんとなくわかる。

彼女だって女性なのだから想い人とキスをするからにはそれなりのシチュエーションやロマンスを求めていたにもかかわらず、折角アキトと合法的にキスできると言うのにアキト本人はしょうがなくというなんだか嫌々でキスをすると言うこのシチュエーションでは、キスを拒否したくもなる。

 

「そんなこと言っている場合じゃないだろう!?戦争を無くすためなんだから‥‥」

 

「いや!アキトなんて、イネスさんかコハクちゃんとキスすればいいのよっ!」

 

ユリカはそう言って消えてしまった。

 

「お、おいユリカ!」

 

「どうやらボソンジャンプしたみたいね。艦長なかなか才能あるじゃない」

 

「ジャンプって一体どこに?」

 

「さあ?」

 

キョロキョロと辺りを見回すアキト。

そこに格納庫にいるウリバタケから通信が入る。

 

『おい、テンカワ!なんだか分からねぇが、お前のエステに艦長が!』

 

ウリバタケの背後にはアキトのエステバリスに乗ったユリカの姿が映った。

 

「追って、アキトさん!」

 

「コハクちゃん‥‥でも俺‥‥」

 

「どうしたの?」

 

「その俺‥‥俺‥‥」

 

「ん?」

 

煮え切らない態度のアキトに首をかしげるコハク。

そしてアキトが覚悟を決め言う。

 

「俺!随分前からコハクちゃん、君のことが気になっていたんだ!」

 

「「「‥‥‥」」」

 

言われた本人もそうだが、ルリとイネスも唖然としている。

 

「アキト君‥‥」

 

「テンカワさん‥‥」

 

「「そういう趣味だった(の?)(んですか?)」」

 

ルリとイネスがジト目でアキトを見る。

 

「‥‥‥」

 

アキトは俯いてしまった。

 

「アキトさん‥‥」

 

コハクが静かにアキトに言う。

 

「アキトさん‥‥仮にアキトさんが僕に恋愛的感情に似た感情を持っていたとしましょう。しかしそれはきっと恋愛ではありません」

 

「えっ?」

 

「アキトさんが僕に抱いている感情は恋愛的なものではなく憧れです」

 

「憧れ?」

 

「はい‥‥アキトさんはナデシコの航海中僕と何度も稽古をしてきました。その時、アキトさんは僕の強さに憧れを抱いただけにすぎません」

 

「‥‥」

 

「恋愛と憧れは別物です。アキトさんとユリカさんの関係には誰にも越えられない壁が存在するはずです。なにせユリカさんは10年以上もアキトさんに恋愛感情を抱いてきたのですから‥‥‥アキトさんも心のどこかでは分かっている筈です。でも恥ずかしくてそれを認められない‥‥違いますか?」

 

「恋愛と憧れは別物‥‥」

 

「そうです。恋も戦も勇気が大切なのです。アキトさんはもう十分に勇気をつけ、そして強い心を持っています。さぁ、恥ずかしがらず勇気を持ってユリカさんを追ってください。そして心の奥底にあるユリカさんに対する思いをぶつけてください」

 

「‥‥わかった!ありがとコハクちゃん」

 

アキトはユリカのいる格納庫へと向った。

 

 

~ナデシコ 格納庫~

 

「おーい!降りろ!あんたじゃ操縦は無理だ!」

 

ウリバタケがメガホン越しにユリカに向って声をあげる。

しかし、そんなウリバタケの言葉を無視し、エステバリスを動かす。

 

「ユリカ!お前何してんだ!?降りろ!」

 

格納庫に着いたアキトも声をあげ、ユリカをエステバリスのコックピットから降ろそうとする。

 

「艦長!あんたIFSつけてないだろう!」

 

再びウリバタケがユリカに向けってエステバリスを動かすには不可欠なIFSを指摘する。

それを聞いたユリカは舌をだし、ウリバタケとアキトに右手を見せ付ける。

そこには確かにパイロット用のIFSのタトゥーがくっきり刻まれていた。

元々火星生まれのアキトにIFSがあるのだから、当然アキトと同じ火星出身のユリカだってIFSがあっても可笑しくはなかった。

 

「「えっ!?」」

 

それを見たウリバタケとアキトは驚いた。

 

「なんで艦長がIFSつけてんだ?」

 

「アイツ‥‥」

 

『跳ぶのよ、アキト君。イメージしてエステバリスのコックピットを‥‥』

 

「ユリカ‥‥」

 

アキトが目を閉じ、ボソンジャンプする。

 

「うわぁっ!?」

 

突然消えたアキトにびっくりするウリバタケ。

 

 

~アキト機 コックピット~

 

突然自分の後ろにボソンジャンプしてきたアキトに声をあげるユリカ。

 

「いやーっ!!あっち行って!!」

 

「こんな狭いとこで、あっちもこっちもないだろう!?」

 

「やだ!やだ!やだぁ!」

 

「何意地はってんだよ、お前は!?」

 

アキト機のコックピットから流れてくる会話はいきなり騒がしいものだった。

尚、この会話はナデシコだけではなく、木連側にも筒抜けである。

 

「お前、何考えてんだよ!?」

 

「だって、アキトはイネスさんに‥アイちゃんに責任感じているんでしょう?だから、私、時間を戻して‥‥」

 

「お前、そんなことのために?」

 

「そんなことじゃないもん!私にとっては大事なことだもん!」

 

「ユリカ‥‥」

 

「どうして来たのよ!?アキト!!」

 

「ば、バカそれはその‥‥俺はお前が‥‥」

 

「心配だから?」

 

「‥‥そ、そうだよ」

 

「やっぱり!」

 

ユリカの声のトーンが跳ね上がった。どうやらいつものユリカに戻ったようだ。

 

「アキトは私が大好き!」

 

「そ、そうだよ!!悪いか?」

 

アキトの照れる声がする。アキトもようやく認めたようだ。

 

「私? うん、私はアキトが大好き!」

 

「‥‥初めて聞いた」

 

「嘘」

 

「ホント」

 

「嘘、嘘」

 

「ホント」

 

「‥‥‥んっ」

 

戦場に響きわたる痴話喧嘩。

繰り返し続くユリカの言葉を、アキトの唇が塞いだ。

 

──キス。

 

幼い頃、火星の草原で交わして以来の2度目のキス。

驚いたように見開いたユリカの目が閉じられ、アキトはユリカの肩をやさしく抱き寄せた。

 

「イメージして‥‥火星の‥‥太陽の反対側の軌道を‥‥」

 

イネスさんがボソンジャンプ先の場所をエステバリスにいる2人に伝える。

 

「空間座標固定‥‥メグミさん、エステバリス隊に帰還命令をだしてください」

 

『了解』

 

メグミさんが、帰還命令を出している中、ルリはキスしている2人の映像をジィッと見ている。

 

「どうしたの?ホシノ・ルリ」

 

「ボソンジャンプってキスしないと出来ないものなのですか?」

 

映像を見て、ボソンジャンプに対する疑問をイネスに聞き、そして一瞬チラッとコハクを見るルリ。

 

「それはまだ貴女には早いわ。もう少し大人になったら分かるわ」

 

(大人の言い訳ですねイネスさん‥‥)

 

やがてジャンプフィールドがナデシコを包みナデシコは跳んだ。

 

アキトとユリカはボソンジャンプに普通は耐えることの出来ない生身の人間を守って無事ナデシコを宇宙へと跳ばした。

 

「Yユニット、自走システム異常なし、切り離します」

 

遺跡ユニットを乗せたYユニットはナデシコから切り離され漆黒の宇宙を当てもなく進んでいった。

これで地球と木星との戦争がすぐ終わるとはおもえないが、とりあえず、ナデシコの航海はこれで終わり、後は地球へ帰るのみとなった。

 

展望室から宇宙の彼方へと進んでいくYユニットを見ていたコハクだったが、突然右手で左わき腹を抱えながら倒れた。

 

「コハク!」

 

慌ててルリが駆け寄ると、コハクの脇腹からは赤い血が流れ白い包帯とシャツを赤く血で染める。

 

「どうしたんですか!?コハクこの傷は!?」

 

ルリがコハクの傷を聞く。

 

「‥‥さっき‥まで‥我慢して‥‥たんだけど‥‥やっぱりボソンジャンプのせいかな‥‥‥傷口が開いたみたい‥‥」

 

「すぐに医務室に‥‥」

 

イネスがコハクを医務室に連れて行こうとするが、

 

「待って‥‥手当てなら‥‥ここで‥‥」

 

「何言っているんですか!?」

 

ルリが声をあげる。

 

「‥‥地球を見ながら‥‥イネスさんお願いします」

 

「はぁ~分かったわ」

 

オペレートシートを倒し、そこに横たわるコハク。

 

応急処置をし終えてルリと一緒に地球を見る。

 

「‥‥ねぇ、ルリ」

 

「なんです?」

 

「‥‥なんだか‥‥すごく長い間、地球を離れていた気がするよ」

 

「そうですね」

 

ナデシコは次第に地球へと近づいていく。

 

「‥‥地球‥か‥‥何もかも‥‥みな‥‥懐か‥‥しい‥や‥‥」

 

コハクはそう呟くとゆっくり眠るように目を閉じた。

 

「コハク?‥眠ってしまったんですか‥‥?‥‥お疲れ様です。今はゆっくり眠ってください‥‥」

 

ルリは静かに目を閉じているコハクの髪を優しくなでた。

 

 

西暦2198年 3月 ナデシコはその航海を終え、無事地球へと帰還した。

 

 

 

・・・・続く

 




ではまた次回。

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