機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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第27話

 

 

 

1度目の地球脱出時とは違い、2度目はプロスペクターが入手した防衛ラインの攻撃中止コードのおかげで、防衛ラインの攻撃を受けることもなく、宇宙へと脱したナデシコ。

駐留艦隊も4基の相転移エンジンを搭載したナデシコに追いつけるはずもなく、ナデシコはあっさりと地球圏内を抜けて一路木星へと針路を向けて順調に航行中。

 

「よかったのかな?これで?」

 

キャプテンシートに両肘をつきながらユリカがポツリと呟いた。

 

「今更何言っているんだ?ユリカ」

 

「そうですよ『お互い喧嘩をやめよう』って話し合いをするため出てきたんじゃないですか」

 

ジュンとメグミは此処まで来て今更何を言っているんだと思いユリカに言う。

実際に自分達はもう後には引き返せない。

今の自分達は軍とネルガルから見れば反逆者なのだから‥‥

 

「そうなんですけど、いざとなると色々考えちゃって‥‥トカゲさんに殺された人達の事とか色々と‥‥」

 

「僕らの選択が間違っていたとでも?」

 

「あのまま地球にいた方が良かったと思うんですか?」

 

尚も食いつくジュンとメグミ。

 

「そうは言わないけど、今の自分が正しいって胸を張って言い切る自信がなくて‥‥」

 

ユリカがしょんぼりしながら言う。

 

「私は信じるわ」

 

「えっ?」

 

ミナトは自信に満ちた表情で言う。

 

「私は私自身とあの人を信じる」

 

ミナトの言う『あの人』が九十九の事をさしていた。

 

「ミナトさん‥‥」

 

ユリカには今のミナトが輝いて見えた。

 

 

~ゆみづき 格納庫~

 

「なぜ止める元一朗?」

 

格納庫の前で元一朗は九十九の腕を掴んでいる。

 

「貴様が和平の水先案内人となるだけなら止めはせん。だが‥‥」

 

元一朗は九十九の腕を強引に振り解くと九十九が手に持っていた鞄が床に転がり、中から荷物と共に指輪の入った小箱が落ちる。

九十九は慌てて荷物を鞄に詰めなおす。

 

「よりにもよって地球の婦女子にたぶらかされるとは‥‥我々にとって理想の女性はこのナナコさんではなかったのか!?」

 

元一朗は懐から国分寺ナナコのブロマイドが入った写真ケースを取り出す。

しかし、九十九は小箱を手にとり、指輪を見つめながら、

 

「確かにナナコさんは素晴らしい女性だ‥‥だが‥‥」

 

「だが?なんだ?」

 

「所詮は二次元の女性だ!!」

 

元一朗の背後に『ガーン』という文字が浮かび上がるのではないかというぐらいに元一朗はショックを受けた。

元一朗がショックを受けている隙に九十九は格納庫の扉に向かい、元一朗に敬礼をし、ゆめみづきを後にした。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「前方にボソン反応‥‥ゲキガンタイプ1機、ボソンアウトしました」

 

九十九を乗せたテツジンはナデシコに繋留され、九十九はナデシコの格納庫に足を着けた。

 

「はじめまして。ナデシコ艦長 ミスマル・ユリカです」

 

格納庫で九十九を迎えに行ったユリカが挨拶をする。

 

「お、女?」

 

九十九は怪訝そうな顔になる。そもそも木連では女性が軍人になるなんて考えられず、まして今まで散々と自分達が苦戦を強いられてきた敵戦艦の艦長が女性だったとは予想外だったのだ。

 

「あのぅ~?」

 

「ハッ失礼しました。自分は木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ・及び他衛星国家間反地球共同連合体、突撃優人宇宙部隊、少佐、白鳥 九十九であります」

 

ユリカに敬礼し挨拶をしている九十九であるが、視線はチラチラとユリカの隣にいるミナトに向いている。

ミナトも嬉しそうに九十九を見ている。

 

「お兄ちゃん!」

 

ユキナが九十九の耳を引っ張った。

 

「ユ、ユキナ!?」

 

ようやくここにユキナがいたことに気づく九十九。

でもすぐに優しい兄となりユキナを抱きしめる。

 

「ユキナ。心配したぞ」

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん」

 

しばしの間白鳥兄妹は久し振りの再会を喜んだ後、九十九は木連からの使者の顔になりお礼を言った。

 

「地球の皆さん、ありがとうございました。妹のユキナが迷惑をかけてしまったようで‥‥」

 

「い、いえ、そんなことありません」

 

「これは、ほんのお気持ちです。受け取ってください」

 

九十九は鞄から分厚い桐の箱を取り出し、ユリカに渡す。

 

「開けてみてもよろしいですか?」

 

「どうぞ」

 

ユリカが箱を開けると古いビデオテープが入っており、ラベルには『ゲキガンガー 特別編集版 熱闘編』と書かれていた。

 

「ゲキガンガー 特別編集 熱闘編?」

 

「ほんのお気持ちです」

 

九十九は微笑んでいた。

そしてビデオの題名を言った男の声に聞き覚えがあり尋ねた。

 

「君はもしかして月で戦った時の?」

 

「え?ああ、はい、そうです」

 

「あの時は名前を聞きそびれたな。ずっと謝りたいと思っていた。ユキナを保護してくれていたらしいし‥今度は名前を聞かせてくれるかい?」

 

「テンカワ・アキト。パイロット兼コックッス」

 

2人は固い握手を交わした。

アキトと九十九の2人を見て地球も木星とこの様な形で和平が成立して欲しいと願った。

 

「今時ビデオテープなんて持ってこられてもなぁ‥‥俺のコレクションがなかったら見られなかったところだぜ。感謝してもらおうか」

 

ウリバタケが部屋から骨董品のビデオデッキを食堂のモニターに接続する。

 

「はいはい」

 

食堂に主要クルーと手空きのクルーが集まり、九十九の持って来たビデオの上映を待っている。

 

「どうして私まで付き合わねばならん?」

 

ゴートは不満そうである。

 

「しかたないよ。お客様だからね。クルーを上げて持て成さないとさ」

 

隣にいるホウメイがゴートに言う。

ゴートの視線は最前列にいるミナトと九十九に注がれている。

2人は付き合いだしたカップルのように親しげに話し仕込んでいる。

やがてビデオの映像がスクリーンに上映されると皆の視線がモニターへと釘付けになる。

ビデオの内容は九十九がゲキガンガーの全話から熱いシーンを自ら編集した秘蔵のビデオらしい。

 

ビデオ上映中ブリッジでは。

 

「ハァ~バ‥‥」

 

「バカばっか」

 

「えっ?」

 

ルリがビデオに夢中な大人たちにお決まりの台詞である「バカばっか」を言おうとしたとき、自分よりも先にそのセリフを言った人物がいた。

 

「いい大人があんなアニメに夢中になるなんて、すっごく変!バッカみたい‥‥」

 

ユキナは木連では珍しくゲキガンガーにはぜんぜん興味のない娘でむしろ、ゲキガンガーの事を嫌っているといっても過言ではない娘だった。

なので、今回のビデオ上映もまったく見る気がしなかったので、ブリッジで不貞腐れていた。

そんな態度をとっているユキナをルリとコハクはジィーっと見ていた。

 

「なに?」

 

「いえ‥‥」

 

「別に‥‥」

 

あまりにもガン見していたので、振り返ったユキナのきつい視線を浴びる2人。

だが、それをあっさりと交わす少女達であった。

 

ビデオ上映が終わると暫くの間誰も喋ろうとも立ち上がろうともしない。

そりゃあ今まで戦ってきた相手がエイリアンかと思ったら実は同じ人間で、しかもその人達はアニメオタクの集まりといってもいい人達だ。

ショックを受けてもおかしくはない。

と、思ったら、最前列にいるユリカが立ち上がった。

 

「アキト!私、分かった。答えはゲキガンガーよ!」

 

「えっ?」

 

「正義を理解する私たちを理解できる人達‥‥それは連合宇宙軍でもなく、ネルガルでもなかった。それは木星蜥蜴さんだったの」

 

「な、なんでそうなるんだ?」

 

「だって木星蜥蜴さんもゲキガンガーを愛しているから!」

 

「そうです!」

 

続いてユリカの隣に座っていた九十九も立ち上がる。

 

「愛と勇気と熱血こそが、この世界に真の平和をもたらすのです。ゲキガンガーは我々に人間の素晴らしさを教えてくれているのです!!」

 

九十九がゲキガンガーの素晴らしさを力説していると、ジュンが拳を固め、涙を流している。

 

「僕は自分が恥ずかしい。今まで子供番組だとバカにしていたけれど、この作品は違う!」

 

「今時のアニメにはない製作者の誠意を同じ現場の人間として感じました」

 

メグミも感動している。

声優としてゲキガンガーに何か感じるモノがあったようだ。

最近では、やりたくもないアニメ内容の声優をしていただけあってその衝撃は大きかった。

 

「もう少し評価されてもいい作品ですなぁ」

 

「単なるアニメーションではない。すばらしいヒューマンドラマだ‥‥」

 

プロスペクターとゴートのおじさん2人組みまでも控えめながら、目をウルウルしている。

 

「も、燃えたぜ。友情、勝利、熱血‥‥」

 

拳を握り締め、熱くなるリョーコ。

その隣には登場人物の1人、海燕ジョーのコスプレをしたヒカルが得意げに言う。

 

「ほら、リョーコ。私の言ったとおり、燃え燃えでしょう?」

 

「映画を見て泣いているゲキガンガー。ガンガー感激、カン・ゲキ・ガンガー‥‥クククッ」

 

イズミは感動しているのかどうか分からないが、会場の雰囲気は最高潮に達しようとしている。

 

「皆さん!私たちの進むべき道はまさにゲキガンガーだったのです!」

 

「「「「「「おおおおおおおおおっ!」」」」」」

 

ユリカの声に続いて会場の全員が雄叫びを上げている。

ただ、今回の上映会では、以前ガイが見せた時にゲキガンガーを見たクルーもいたのだが、あの時は此処まで盛り上がらなかった。

これまでのナデシコの航海で彼らの中で何か心情の変化でもあったのだろうか?

 

そして最終的に食堂では、

 

「レッツ・ゲキガイン」の声が何度も響き渡った。

 

ゲキガンガーを見て、その勢いで木連との和平を単独で結んでしまおうと決めたナデシコクルー。

ゲキガンガー好きの木連の人々とゲキガンガーで盛り上がり、ゲキガンガーファンとなったナデシコクルー、お互いゲキガンガーを通じて分かりあい、その勢いで木星との和平‥つまり仲直りをしようという単純な発想かもしれないが、これで戦争が終わるのならばそれでもいいとナデシコクルーはそう思っていた。

木連との和平会談まで時間があるということで、ナデシコではゲキガンガー祭り、通称ゲキ祭りが開催されている。

ユリカとアキトはゲキガンガー全39話を一気に上映するゲキガンガーフルマラソンの司会進行役を務めている。

司会のお姉さん、つまりユリカが敵役のキョアック星人に扮したクルーに襲われるなどの、デパートの屋上でやっているヒーローショウみたいなお約束のような場面もあった。

パイロット3人娘はゲキガンガーのパイロットのコスプレをして大勢のクルーから写真撮影を頼まれていた。

中でもヒカルはゲキガンガーの同人誌を作り販売したり、カラオケで熱唱していた。

ウリバタケはここぞとばかりにキャストの腕を披露して、ゲキガンガーの登場キャラ、登場メカのフィギュアやプラモを販売していた。

その中にはなぜかナデシコの女性クルーのフィギュアも含まれていた。

プロスペクターもいつの間に用意したのか、ゲキガンガンガーのグッズを同じく販売していた。

最もプロスペクターの場合グッズが大事なのか、商売が大事なのか分からない。

メグミはさすが現役の声優だけあって手慣れたもので、歌に踊りにアフレコと実に見事なエンターティナーぶりであった。

ジュンは祭りの実行委員として、机の配分や列の整理、チケットの販売兼もぎり、などの裏方業務をこなしていた。

 

「ヤマダさんがいたら狂喜乱舞して喜んでいただろうなぁ‥‥」

 

祭りの様子を見ながらコハクがルリに呟く。

 

「そうですね‥‥恐らく今のナデシコの艦内温度が5℃ほど上がっていたでしょう」

 

ゲキガン祭りを見ていたコハクとルリであったが、少し疲れたので、ルリと共に人気のない部屋で一休みをする。

 

「ふぅ~どこもかしこもゲキガンガーだらけだったね」

 

「そうですね。でも、どうして大人の人達はあんなに漫画やアニメに夢中になれるのでしょう?」

 

「う~んどうしてだろう?オモイカネ、君は分かる?」

 

《不明》

 

「そうだよね」

 

《現在ゲキガンガー感染率97パーセント、年齢、性別、出身地に関係なく感染率の差異は認められず》

 

「残りの3%は?」

 

《白鳥ユキナ、ホシノ・ルリ、タケミナカタ・コハクの3名は比較的感染率が弱いと思われる》

 

「か、感染率‥‥」

 

「ゲキガンガーは伝染病というわけですか‥‥妙に納得できますね」

 

「確かに‥‥」

 

ゲキガンガーは感染症と言うのであれば、今のナデシコの艦内を見れば一目瞭然である。

そう言って点で見れば、恐らくユキナはゲキガンガーの熱が充満している木連では恐らく抗体かウィルスの役割を持つ人物なのかもしれない。

 

「ほら、ここなら大丈夫。誰もいないみたいよ」

 

2人が休憩していると突然ミナトの声がした。

ルリとコハクがいた場所はちょうどミナトの視線の死角に入りしていたため、ミナトは誰もいないと勘違いしたのだろう。

 

「やっと2人っきりになれたわね」

 

「は、離れてください。じ、自分は‥‥」

 

声は裏返っているが、間違いなくこの声の主は白鳥九十九だった。

 

「い・や・♡」

 

「じ、自分は、あの、その、こ、こういう状況には不慣れなものでして‥‥」

 

「かーわい♡」

 

「あ、あの、そ、その、わ、我々木連の男子は‥こ、このようなご婦人と接する機会がほとんどないものでして‥‥」

 

「じゃあ、キスしたこともないの?」

 

「‥‥は、はい」

 

「教えてあげようか?キス‥‥」

 

「ひっ!?」

 

九十九が引き攣った声をあげる。

 

「嫌なの?」

 

「そ、それは‥‥」

 

九十九だって男だ。

異性に興味がないと言えば嘘になる。

ただ、これまでの生活からどうやって接していいのか分からないだけだ。

 

「はっきりしなさい!男の子でしょう!?」

 

「い、嫌ではありません!」

 

「じゃあ、してあげる♡ 目を閉じて‥‥」

 

「こ、こうですか?」

 

「そう。そして、右手はここ、左手はこっちね。ああ、ダメよ目は閉じたまま」

 

「は、はい」

 

声だけしか聞こえないけど、大体どんな状況なのかは理解出来たらしく、隠れている2人の少女は顔を赤くした。

 

「い、今更出るわけにはいかないよね?」

 

「あ、当たり前です。2人の世界を壊しては気の毒です」

 

小声でコハクはルリにこの状況での対応を聞く。

 

その間にもミナトと九十九の行為は続く。

 

「顔を傾けて‥そう。そのまま‥‥ンっ‥‥」

 

「し、静かになっちゃったよ」

 

「気になるのでちょっとだけ覗いてみましょう」

 

2人の少女がそっと二人の様子を見るため、物陰から顔を出すと、ミナトと九十九は唇を合わせていた。

最初は戸惑っていた九十九も段々と慣れてきて、何度もミナトの唇を求めていた。

2人のとんでもない姿を見てしまった少女達は再び物陰へと隠れる。

 

「‥‥」

 

「す、凄かったですね?」

 

「‥‥」

 

ルリの問いに赤い顔で何度も首を縦に振るコハク。

 

「あれが大人の恋というものなのでしょうか?」

 

「わ、分からない‥‥でも、好きな人といつまでも一緒に居たい、繋がっていたいというのは木星も地球も変わらないってことなんじゃないかな?同じ人間なんだし‥‥」

 

「そうですね。オモイカネ、ミナトさんたちに気づかれないよう出られる出口は?」

 

《壇上横に控え室に通じる扉があります》

 

オモイカネが指示した扉は2人のいる位置からまるっきり反対側だ。

2人の少女達はやむを得ず匍匐前身で講堂からの脱出を図った。

 

ミナトとのキスの一件後の九十九はとても上機嫌だった。

そしてゲキガン祭りもいよいよフィナーレ、上映会も残すところ39話の最終回だけとなった時、木連側から通信が入り、残念ながらゲキガン祭りはここでお開きとなった。

木連側の出席相手はなんと木連優人部隊の総司令からだった。

九十九の話ではこの優人部隊総司令官の草壁中将という人物は熱血と平和を愛する優秀な軍人という話で、熱血はともかく平和を愛するということはナデシコ側にとってもありがたいこと。

ナデシコ側は代表者を立てて草壁中将と会談をすることとなった。

交渉の時間まで残り僅かな休息の時間、アキトと九十九は2人で話をしていた。

 

「もうすぐ和平交渉の時間か‥‥」

 

「俺、必ず和平を実現させてみせます‥‥ゲキガンガーとは違う形で戦争を終わらせてみせます」

 

「そうだな‥平和を愛する心は1つだ‥‥僕はこの戦争が終わったら愛する女性に求婚するつもりだ。君は戦争が終わったら何をするか考えているかい?」

 

「そんなこと考えたことないッス」

 

「僕は結婚して家庭を持つことにするよ。愛する女性と一緒にね‥‥」

 

九十九はミナトとの結婚生活を夢見る。

 

「なんかきっぱりしていますね」

 

「君だってそういう日がくるさ。本当に愛する人がいたら、たとえどんな苦渋の決断だとしても、どんな過酷な状況だろうともきっぱりとした答えが出来るはずさ」

 

「本当に愛する人‥‥」

 

アキトの頭の中にユリカとコハクの顔が浮かび上がった。

 

 

~かぐらづき~

 

草壁がナデシコに通信を入れる少し前、

 

「ついに見つかったのですか!?」

 

元一朗は声を上げ真意を聞く。

 

「そうだ!我々はついに都市を手に入れたのだ」

 

かぐらづきの会議室のモニターには火星の極寒地域にある遺跡の画像が映し出されていた。

 

「これによって地球との戦争の意味も戦況も大きく変わることになるだろう」

 

「では?地球との和平交渉は?」

 

「木連最高戦争評議会で現在検討中だ‥‥和平交渉の場には私も出席する」

 

「中将自らですか!?」

 

「そうだ」

 

何やら陰謀の匂いが渦巻く中、木連戦艦『かくらづき』にて和平交渉の場が設けられることになり、ナデシコ側からは代表者として艦長のユリカ、ネルガルの代表としてゴート、仲介役として九十九、木連の軍人との面識のあるコハクと同じく面識もあり、ヒナギクのパイロットとしてミナト、護衛でアキトが随行した。

 

「これでやっと戦争も終わるね」

 

ミナトが先導する九十九のテツジンを見ながら言った。

 

「うん、大丈夫だって、みんなゲキガンガーを愛しているんだもん」

 

ユリカもこれで戦争が終わるということを信じているが、ゴートはどこか違ったみたいだ。

 

「とは言え、相手の懐に飛び込むのだ。油断は出来ん」

 

ミナトの隣で操縦桿を操作しながらゴートは言った。

 

「それって嫉妬?」

 

「私は仕事に私情は挟まない」

 

「ふ~ん、私情を挟まないっていうならステディな相手に艦を降りろって言うわけ?」

 

「昔は昔、今は今はだ」

 

昼ドラの一面のような場面に直面したユリカ。

 

「私なんか居づらいッス」

 

ユリカが気まずそうに小さく呟く。

 

「木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ・及び他衛星国家間反地球共同連合体代表、草壁春樹中将であります」

 

しかつめらしい顔をして、木連の代表者が敬礼をしながら挨拶をした。

紫色の詰め襟の学生服風の軍服を着たオジサン。

短く刈り込んだ髪がなんとなく昭和の頑固オヤジ的な印象を与える。

 

「ナデシコ艦長ミスマル・ユリカです」

 

ユリカがにこやかに挨拶をする。

 

(こういう社交辞令的な挨拶をさせると、艦長が意外とマトモに見える。やっぱり家柄と教育のおかげなんだろうな)

 

ユリカの挨拶を見たコハクの印象だった。

残りのナデシコクルーもユリカの挨拶の後、それぞれ可能な範囲でにこやかに挨拶をする。

挨拶後、会談会場へと案内される。

会場はやはり畳が敷かれた和風の部屋でその雰囲気のためか、全員正座して会見に望む。

しかし、挨拶の時に浮かべたにこやかな表情は会見の5分後には一転、ナデシコクルーの表情は強ばった。

その原因は木連の人達から配られた文章ファイルだった。

 

「なんですか?これは?」

 

真っ先に声をあげたのはユリカだった。

 

「和平交渉を円滑に進めるためにこちらで作成した文書だが?」

 

草壁はきちんと正座したまま、まったく表情を変えない。

 

「違う!これはそんな和平的な文書ではない!」

 

続いてゴートも声をあげる。

木連側が提示した文書の内容‥それは、以下のようなものだった。

 

・地球圏の永久武装放棄

・地球圏に存在するありとあらゆる財閥の解体

・政治理念の転換

・火星・月の所有権の永久放棄

・地球における全ての宗教理念の転換と統一

・地球連合政府及び軍における戦争責任者の処罰

 

20世紀における日本がアメリカをはじめとする連合軍との戦争で負けた時に結んだポツダム宣言に類似したものがあるが、この要求をすべて呑んだ場合、地球は完全に木星の植民地という扱いになる。

この条件はとても和平交渉の条件ではなく、勝者が敗者に下す様な条件だった。

 

「本当にこれが和平の条件なんですか!?この要求を呑まないと和平に応じないというんですか!?」

 

「そうだ!この件に関して一切改善の余地も妥協もない!」

 

「そんな‥‥」

 

ユリカとゴートの言葉にもまったく表情を変えない草壁。

むしろ、ほくそ笑んでいるようにも見える。

 

(あの草壁っていう人、和平交渉をする気があるのか?こんな条件を出したら、交渉は決裂する事なんてわかっている‥まさか、あの人、こうなることを確信していたんじゃ‥‥となるとこの会場にもなにか罠がある可能性も‥‥)

 

草壁の態度に不審を抱いたコハクは集中し、辺りを警戒する。

 

「この文書の撤回をお願いします!!」

 

九十九は声を張り上げながら立ち上がる。

中将と少佐、上官と部下との差も忘れるかのように九十九は草壁の前に挑むかのように立ちはだかる。

 

「理由を述べろ!白鳥少佐!」

 

「彼らもまたゲキガンガーを愛しています!それが理由です!!私は此処に来る前、彼らと共に改めてゲキガンガーを見ました‥‥素晴らしいアニメです。友情、努力、勝利、そして愛‥‥人として大切なものが、あの作品には込められています。彼らもそれに気づいたからこそ、和平を求めてきたのです!!」

 

木連側の提示した文書の内容に一番驚いたのは恐らく木連軍人の九十九本人だったろう。

ゲキガンガーによってようやく敵と分かり合えた、これでようやく戦争は終わり、人々は1つになるはずだった。

その後は手に手を取り見果てぬ宇宙を目指し、人類は進歩する。

そのはずなのに、同じゲキガンガーを愛したはずの仲間が和平どころか降伏勧告を出し地球を植民地化しようと画策していたのだ。

これでは木連が明らかに悪だと分かる。

それが九十九にとってはショックであり、裏切られた思いでもあった。

 

「草壁中将、もう一度検討を!!」

 

「ならん!」

 

「お願いします!正義は‥正義は1つのはずです!?」

 

九十九の声は震えていた。

九十九の中には怒りと悲しみが混ざり合っていた。しかし、草壁は相変わらず表情をかえない。

それはまるで偽善者の仮面を被っているかのようだ。

 

「そうだ!君の言うとおり、正義は1つだ!」

 

草壁のその言葉か合図だったのか、彼の後ろに立ててある屏風から僅かな殺気をコハクは感じ取った。

 

(殺気っ!?)

 

「伏せて!」

 

コハクは咄嗟に声をあげ、皆を伏せさせるが、立っていた九十九は突然伏せろと言われても対処できなかった。

 

「くっ‥‥」

 

バキューン!!

 

直後に1発の銃声が会場に響く。

 

九十九の身体はその場に倒れる。

 

「あっ‥‥」

 

彼の白い制服はみるみるうちに赤い血で染まる。

 

「‥‥」

 

九十九は自分の手を見る。

其処には真っ赤な血が着いていた。

しかしそれは九十九の血ではなく‥‥

 

「「コハクちゃん!」」

 

アキトとユリカが声をあげる。

コハクは咄嗟の判断で九十九の前に立ち、彼を押し倒し、凶弾から九十九を庇ったのだ。

 

「君!しっかり!」

 

撃たれて倒れるコハクを九十九は受け止めた為、九十九の制服には血がついたのだ。

 

「コーくん!」

 

ミナトが九十九に抱きかかえられているコハクの傍による。

 

「チッ、小娘が余計なマネを‥‥」

 

草壁が独白しようやく表情を変える。

それはようやく草壁が本性を現した瞬間でもあった。

 

「まあいい、白鳥少佐が謀反!白鳥少佐及び地球人どもを1人残らず拘束せよ!抵抗する場合は射殺しても構わん!」

 

草壁の声と共に襖の奥から武装した兵士達がなだれ込んでくる。

 

「なんで!?どうして撃った!?」

 

周りを武装した兵士に囲まれているにもかかわらず、アキトは草壁を怒鳴る。

 

「あの作品のテーマは正義が悪の帝国は滅ぼすという事だ。つまり我々を弾圧した地球は滅んで当然!」

 

「俺達が悪の帝国だとでも言うのか!?」

 

「そうだ!そこに倒れている小娘も所詮悪の帝国の住人の1人!!故に死んで当然の存在だ!」

 

「き、貴様‥‥!」

 

アキトやゴートは歯ぎしりをしながら草壁を睨み付けた。

けれど圧倒的有利からか、草壁は平然としていた。

 

「草壁中将、貴方は間違っています!」

 

「私のどこが間違っているのだね?白鳥少佐。ゲキガンガーのラストでは確かに悪の帝国はゲキガンガーによって滅ぼされた。正義は必ず勝つのだ」

 

「確かに、正義は勝ちます。しかし、たとえ敵であろうが、互いに分かり合い、共に手を携える者を友と呼びます!そして友を裏切る卑怯な輩に正義も、ゲキガンガーも語る資格はありません!」

 

九十九はコハクを抱きながら草壁に怒鳴り散らす。

 

「黙れ!地球側のスパイに成り下がった裏切り者が!」

 

草壁は明らかに怒気を含む声で怒鳴る。

 

「ゴホッ‥‥も、もういいです‥白鳥‥さん‥‥この人達に何を言っても‥‥無駄‥のようです‥‥」

 

口から血を吐き苦しそうに言うコハク。

 

「コハクちゃんしっかり!!」

 

ユリカもコハクの傍による。

 

「艦長‥‥帰りましょう‥‥ナデシコに‥‥」

 

弱々しく笑みを浮かべるコハク。

 

「うん、そうだね‥‥皆で帰ろうね‥‥」

 

ユリカは涙を流しながらも無理に笑みを浮かべコハクの手を握る。

 

「バカめ!ここから逃がすと思っているのか?構わん!撃ち殺せ!」

 

草壁が兵士達に命令する。

 

「その‥‥セリフ‥完全に‥‥悪役の‥‥セリフだ‥‥偽善者め‥‥」

 

コハクはそう言って制服のボタンの1つをむしり取る。

 

「皆、目‥‥閉じて‥‥」

 

コハクはむしり取ったボタンを床に投げる。

すると突然ボタンが眩い光を放つ。

 

「ぐあぁぁぁぁぁ」

 

「うわぁぁぁぁ」

 

突然の閃光で草壁も周りの兵士達も目を押さえる。

 

「今のうちだ!」

 

ゴートとアキトが近くにいる兵士に当て身を食らわせ、銃を奪い、ナデシコクルーとコハクを抱いた九十九は会場から逃げた。

 

「くそっ」

 

兵士の1人がライフルを撃とうとするが、

 

「よせっ、撃つな!!同士討ちになるぞ!!」

 

視界が戻るまで兵士達は銃を撃てなかった。

 

ナデシコのブリッジと周辺の警戒をしていたエステバリス隊はいきなりの事態にパニックになっていた。

 

「木星戦艦から多数の小型兵器の射出を確認!」

 

「なんだって!?」

 

ルリの報告を聞いたジュンは驚いた。

 

「ジュンさん、戦闘指揮を!」

 

「え?でも‥‥」

 

「敵が攻撃を仕掛けているんです。アキトさん達の護衛で艦外待機しているリョーコさん達を見殺しにするつもりですか!?」

 

ルリに叱咤され、指示を出すジュン。

 

「総員第一種戦闘配備!ディストーションフィールド全開!艦隊外部で攻撃されているエステバリスに援護の砲撃を!」

 

「了解」

 

「なんだってんだよ!?コイツら!!」

 

「和平会談しているんじゃないの!?」

 

「交渉決裂‥艦長、また何かヘマをやらかした?」

 

「それは確かにあり得るけど‥‥」

 

「バカ野郎!いきなり襲ってくるような決裂の仕方ってどんなだよ!?」

 

パイロット3人娘達は突然大挙して襲いかかってきたバッタの群を倒すのに必死だった。

ゲキガンタイプが押し寄せてこないのが幸いであったが、バッタといえど、これまでの戦闘とは異なり数が違った。

 

「ライフルの残弾数が少なくなってきた‥‥」

 

「リョーコ、一度撤退しようよ~」

 

「バカ野郎!艦長達を見捨てるつもりか!?」

 

「けど、中の状況がまったくわからないんじゃ‥‥」

 

「ゴートの旦那にテンカワだっているんだ。無事に決まっている!!!オレ達はあいつ等のための退路を確保しないでどうする!?なんとしてもここを死守しろ!」

 

弱気になるヒカル達をリョーコは叱咤する。

 

「ねぇ、どういうことなの!?」

 

ユキナは突然襲ってきた木星兵器に戸惑いを隠せない。

 

「わからないんです!いきなり襲ってきて‥‥」

 

まったく状況がつかめていないナデシコのブリッジのスタッフワークは最悪だった。

 

艦長のユリカも戦闘指揮のオブザーバーをするゴートも火器管制担当のコハクも操舵士のミナトもいなければ、副操舵士のエリナもいない。

エステバリス隊もアキトとアカツキを欠き、リョーコ達はかぐらづきの傍から離れることも出来ない状況下、必死にジュンが指揮するものの、迂闊に木星艦隊に攻撃できない。なにせ、かぐらづきにはユリカ達がいるのだ。

しかしそんな事情もお構いなしに木星軍は攻撃してくる。

 

「一度退却して‥‥」

 

「それではヒナギクを‥艦長たちを見殺しにしてしまいます。リョーコさん達の頑張りを無駄にするつもりですか!!!」

 

「くっ、どうすれば‥‥」

 

ユリカ達を見捨てることも出来ず、また判断を誤ればナデシコ全員の命を危険に晒しかねない。

その瀬戸際でジュンは苦悩していた。

その時、

 

「木星戦艦より脱出する機影を発見!‥‥ヒナギクです!」

 

クルー達は一先ずユリカ達が無事なので安堵した。

 

「ヒナギクから通信が入っています!」

 

「繋いで!」

 

メグミが通信回線を開く。

ヒナギクからの通信は驚愕の事実を告げるものだった。

 

『和平交渉は決裂した!謀られた!奴らは最初から和平なんてする気が無かったんだ!』

 

「そんな‥‥」

 

「それで全員無事なんですか?」

 

『テンカワに艦長、ミナトは無事だ。ついでに白鳥も‥‥ただ白鳥を庇ったコハクが銃で撃たれた』

 

「っ!コハクが!?」

 

『とにかく手術の用意をしておいてくれ!一刻を争う!!!』

 

「わかった!本艦はヒナギクを収容した後、全速後退する。エステバリス隊は援護射撃を!」

 

『わかっている!やっているよ!!!』

 

ナデシコもエステバリス隊も訳が分からないなりにも、まずは生き残ることを優先しなければいけなかった。

 

「そんな‥コハクが撃たれた‥‥コハクが‥‥ほんのさっきまで‥‥」

 

コハクが撃たれたとの報告を聞き、ルリの小さな体が震え、瞳も焦点も合っていない。カチカチと歯を打つ音だけが聞こえてくる。

しかし、この時少女のショックを気遣ってやれる余裕のある者は誰もいなかった。

 

「後方よりグラビティーブラスト!」

 

突如ナデシコ後方からグラビティーブラストとレールカノンの掃射が木星艦隊を容赦なく攻撃した。

そしてその直後、通信が入った。

 

『まったくなにやってんだかね?格好つけて飛び出した割にざまぁないね』

 

「アカツキさん?」

 

ナデシコを助けたのはナデシコ級3番艦 カキツバタ だった。

 

「助けてくれるんですか?」

 

『まぁ、成り行き上、仕方がないでしょう。ホラ、援護するからさっさと収容急ぎな』

 

カキツバタの援護によってヒナギク、エステバリス隊は無事にナデシコに収容された。

 

ヒナギクが収容されるとルリは一目散にコハクの容態が気になり、医務室へと向った。

 

「か、艦長!?」

 

「ゆ、ユリカ!?」

 

流石のプロスペクターもジュンも驚き裏返った声を出した。

それもそのはず、ユリカは血で真っ赤に染まった制服姿でブリッジに入ってきたからだ。

しかも形相は鬼のようで、学生時代を共にしたジュンでさえ、ここまで怒ったユリカを見るのは始めてであった。

彼女は頬に付いたコハクの血を拭いもせず、彼女の血で汚れた制服を着替えずにブリッジに入り、驚くべき指示を出した。

 

「相転移砲の準備を!」

 

「か、艦長!いくら何でもそれは!」

 

「『それは』‥何ですか!?『それは』‥とは!?」

 

ユリカはギロッとプロスペクターを睨みつける。

 

「で、ですから、そんな事をしてしまっては和平への実現が‥‥」

 

「あの人達は初めから和平なんかするつもりはなかったんです!しかもあの人は撃たれたコハクちゃんを死んで当然だと言ったんですよ!」

 

ユリカは本当に怒っていた。

裏切られたのもそうだが、傷ついたコハクに対して草壁が言い放った発言がどうしても許せなかったのだ。

人を人とも思わない彼らが‥‥そんなものが彼らの正義なら滅んでしまえば良いとさえ思った。

どうせ生きていても将来あんなことを‥‥いや、もっと酷いことをするのならいっそこのままここで彼らを‥‥木連を滅ぼしてしまった方がマシであると‥‥

 

「ユリカ、君はそれで良いのかい?」

 

ジュンはユリカに問う。

 

「良いの!」

 

「本当に良いのかい?もし、撃ってしまったら、本当に和平の道が永久に閉ざされるよ。それでも良いんだね?」

 

「‥‥」

 

「本当に後悔しないね?」

 

「‥‥」

 

結局ユリカは完全に鬼になり切る事は出来ず、砲撃の命令を出せなかった。

ユリカが相転移砲の発射を決めかねている間もカキツバタはグラビティーブラストと側面に付いているレールカノンを正射し続け木星艦隊を攻撃。

結局ナデシコは相転移砲を撃つことなく後退し、カキツバタも攻撃をしながら機を見て安全圏まで後退していった。

 

 

~かぐらづき~

 

白鳥九十九の暗殺に失敗し、突如現れたカキツバタによってナデシコに逃げられたのは痛手であったが、当初の目的である火星の遺跡を発見し、もうまもなく手に入れられると言う事で草壁は一応満足することが出来た。

しかし、ここでナデシコを逃がしたことが後に草壁にとって首を絞める結果となったのはもう少し後のことである。

 

「フフフ‥ようやく手に入れた火星の都市だ!今更地球と和平なんぞしてたまるか!フフフフフフ‥‥ハハハハハ‥‥」

 

草壁はモニターに映し出された火星の遺跡を見ながら高笑いをしていた。

それは子供が新しい玩具を手に入れたときのような笑みを浮かべていたが、その一方で悪の親玉が浮かべる様な邪悪な笑みにも見えた。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。

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