機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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第1話

 

 

 

 

 

 

 

西暦2195年‥‥

それは、木星の向こう側からやって来た‥‥

人類はその生存圏を地球から月、火星へと伸ばしていた。

そんなある日、木星の向こう側からまるでチューリップの花の形をした隕石に似た物体が火星に迫って来た。

連合軍はその物体を形状からチューリップと命名し、これの迎撃にあたった。

しかし、火星の周辺に展開された宇宙艦艇は旗艦である戦艦リアトリス以外は巡洋艦、駆逐艦、護衛艦ばかりの中小艦艇ばかりで、しかもいずれの艦艇も二線級ばかりの旧式艦だった。

3つあった防衛ラインの内2つは悉く突破され、残すは最終防衛ラインを残すみのとなっている。

 

「敵はまっすぐ火星へ向かっています。大気圏突入後目標地点は同南極」

 

「敵の目的が侵略である事は明白である。奴を火星に降ろしてはならぬ」

 

リアトリスの艦橋で老将、瓢仁(ふくべ じん)は鋭い眼差しで火星に迫っているチューリップを睨みつける。

 

「各艦、射程に入ったら撃ちまくれ!!」

 

 

「敵、尚も前進!!有効射程距離まであと20秒!!」

 

火星へと迫って来るチューリップ。

すると、チューリップがその名前の如く突如、花弁の様な部分が開くと中からは紫色をした小型艦艇が多数出て来た。

連合軍は後にこの小型艦艇をカトンボ級駆逐艦と命名した。

やがて、カトンボ級駆逐艦が連合軍の主砲の射程内に入ると、

 

「撃て!!」

 

瓢の命令で火星に展開していた連合軍の主砲が一気にチューリップとカトンボ級駆逐艦に向かって放たれる。

すると、カトンボ級駆逐艦も応戦してくる。

2つの光線がぶつかり合うかと思いきや、敵の光線に触れた連合軍のレーザー砲は軌道がズレ、見当違いの方向に跳び、反対に敵の砲撃はそのまま連合軍へと迫り、艦隊のあちこちで爆発が起きる。

敵のたった一度の斉射で連合軍は7割以上の艦が撃沈された。

 

「っ!?」

 

「我が方のビーム砲、全て捻じ曲げられました!!」

 

「ぬぅ‥‥重力波か‥‥」

 

(奴等にはこの艦では勝てない‥‥)

 

目の前の現実に瓢は苦虫を嚙み潰したように顔を歪める。

そして、敵と味方の艦艇とで大きな技術力の差がある事を実感した。

 

「チューリップより多数の機動兵器の射出を確認」

 

チューリップは次に黄色のてんとう虫の様な姿をした小型の虫型機動兵器を出現させる。

連合軍は後にこの黄色の虫型機動兵器をバッタと命名した。

 

「レーザー一斉発射!!」

 

残存艦は対空砲で迎撃するが、此方もレーザーが虫型機動兵器に当たる前に弾かれる。

 

「きかない‥‥」

 

「そんな、バカな!?」

 

「チューリップ、衛星軌道に侵入!!あと60秒で火星南極点に突入!!」

 

バン!!

 

瓢はコンソールを思いっきり叩くと、

 

「総員退避!!本艦をぶつける!!」

 

瓢は最後の手段としてリアトリス本体をチューリップにぶつける作戦に出た。

やがて、乗員の避難が完了し、リアトリスの船体の一部が分離して離れるとリアトリスの船体はチューリップに体当たりを敢行する。

しかし、リアトリスの船体の体当たりを喰らってもチューリップを破壊する事は出来ず、突入軌道を僅かにズラす事しか出来なかった。

リアトリスの船体の体当たりを喰らい、軌道がズレたチューリップは火星地表で大勢の人々が住んでいるユートピアコロニー付近に墜落した。

後の歴史にて第一火星会戦と呼ばれるこの戦いから連合軍はこの木星蜥蜴と呼ばれる謎の敵に敗退をし続け、火星と月は完全に木星蜥蜴の勢力圏に落ちた。

木星蜥蜴に対する連合軍の不甲斐なさ、そして現在の地球の実情を見た大手企業のネルガル重工はあるプロジェクトを立案した。

そして、ネルガル重工がそのプロジェクトを進行中にそのネルガル重工のとある研究所では‥‥

 

 

ピッ、ピッ、ピッ と心電図の電子音と共に脳裏に人の声は聞こえないが様々な光景が浮かぶ。

しかし、それはどれもこれもヒトがやる事とは思えない非人道的行為ばかりの光景‥‥

白衣を着た人間達は実験体となっている人を人とは思わず実験動物の類の様にぞんざいに扱っては殺し、中には性的暴行をする者も居た。

何故自分の脳裏にこんな光景が浮かぶのか理解出来ない。

悲鳴やその非人道的行為を行っている人の声が聞こえなのはせめてもの救いだった。

やがて、今度は本当の人の声が聞こえて来た。

 

(‥‥此処は‥‥何処だろう‥‥?)

 

(僕は‥‥誰なのだろう‥‥?)

 

「おい、実験体E-01の様子はどうだ?」

 

白衣を着た小太りで研究者然とした男がモニターを見ている同じく白衣を着た男性研究員に尋ねる。

 

「あっ、所長。まだ目を覚ましてはいませんが、『素晴らしい』の一言です‥‥こちらをご覧ください」

 

「ん?」

 

男性研究員がキーボードをいじると空間ウィンドウにナノマシンを映した映像が移る。

 

「こちらが先日E-01に投与したナノマシンです。今までの実験体では耐え切れず死亡してきましたが‥‥」

 

「こ、コレは‥‥!!」

 

所長の目が空間ウィンドウに釘付けとなる。

 

「ええ、E-01の体内にあるナノマシンが投与されたナノマシンを撃退、もしくは自分の体に適した形に変形させ、吸収しています‥‥同じく様々な薬物でも同様の結果が出ています。血液中に入った薬物の成分をナノマシンが分解、無効化しています」

 

男性研究員が興奮気味で所長に詳細を説明する。

 

「‥‥ふむ、クリムゾンの研究所を襲い、そこの連中を皆殺しにしてでも手にいれた甲斐があったというものだな」

 

所長が口元に笑みを浮かべながら呟く。

どうやら、手に入れたサンプルやデータは自分達が独自で作ったモノではなく、他社が製作したものを強奪して来たモノの様だ。

 

「ですが所長。ここ一ヶ月の経過観察をしましたが、未だに目覚める気配がありません。このまま目覚めなければ使い物になりませんよ?」

 

モニターを見ていた男性研究員の隣にいる、女性の研究員が所長に尋ねる。

 

「なぁに、まだまだ試したい薬やナノマシンも沢山あるし、データ採取ぐらいにならまだ使えるだろう?それにこの先E-01のクローンを作り続ければ一体ぐらいは使い物になる代物ができるかもしれんだろう?」

 

「あっ、なるほど。そういう使い道がまだありましたね!さすが所長ですね!」

 

3人が言っている実験体E-01とは、空間ウィンドウ上に映っている培養液の入ったカプセルの中で眠っている10~11歳位の裸の女の子のことである。

3人の研究員達は、カプセルの中で眠っている女の子を実験体と言う事に何の抵抗も感じつに、むしろ誇らしげな様子で喋っている。

 

「これならば今度の社長への定時報告には良い報告ができそうだ」

 

「じゃあ、私たちの出世は間違いありませんよね!?」

 

「それにボーナスも大幅に上げてもらえるかも!!」

 

「ああ、そしてあの青二才の若造をさっさと会長の座から引き摺り下ろし、社長が新たに会長となれば‥‥」

 

「所長が社長で‥‥」

 

「お前達は本社の重役だ!!」

 

「やったー!!」

 

「約束ですよ。所長!!」

 

「ああ、心配するな」

 

3人が自分達の将来の姿を妄想で描き、浮かれていると‥‥

 

ビービービービービー

 

突然警告音が響き渡る。

 

「な、何だ!?何があった!?現状を報告しろ!!」

 

妄想から現実へと戻った所長が他の2人の研究員に指示を出す。

もしかしたら、会長派の連中にこの場所が特定され、シークレットサービスの襲撃が脳裏を過ぎる。

ようやくナノマシンに耐えうるサンプル体を完成させたのに此処で捕まっては今までの苦労が水の泡となり、今後の出世どころの話ではない。

 

「は、はい!!」

 

「しょ、所長どうやらE-01が目覚めようとしているようです!!」

 

研究者達が急いで警報の原因を調べるとどうやら、シークレットサービスの襲撃ではない様だ。

 

「な、なに!」

 

所長がモニターで確認しようとしたが、突然空間ウィンドウの映像がブレるとその後は何も映らなくなり、強制的に空間ウィンドウが閉じてしまった。

 

「おい、どうした?何も映らないぞ!?」

 

「ダ、ダメです。観測用計器が全て壊れました!!!」

 

「コンピューターもブラックアウト!!復旧まで時間がかかります!!」

 

研究者達が再びコンピューターを立ち上げようとしたが失敗し、復旧作業に時間がかかると報告すると、

 

「く、くそ‥‥えぇ~い、こうなったら自分の目で直接見てくる!!」

 

「しょ、所長、まっ、待って下さい!!」

 

「僕らも行きます!!」

 

所長が現状確認のため、コンピュータールームを出て行くと、研究員達も慌てて所長の後に続いた。

 

「こ、コレは!?」

 

「E-01が!?」

 

所長が中の様子を見て愕然とした様子で言う。

一緒について来た2人は阿呆のように口をポカ~ンと開けたまま呆然として立っている。

それも無理は無いだろう。

なんせ、この一ヶ月に渡りありとあらゆる手段を行っても決して目覚めなかった実験体の女の子が、自分達の苦労をあざ笑うかの様に収容されていたカプセルを破壊し、自分で目覚めてそこに立って居たのだから‥‥

 

「‥‥此処は‥どこ‥‥?」

 

E-01と呼ばれた少女は焦点のさだまらない眼差しをしながら誰ともなしに呟く。

 

「おぉ、目覚めたか?E-01?」

 

「‥‥E-01?」

 

「そう、E-01。それがお前に与えられたナンバーだ。そして私はお前のパパだ」

 

「‥‥E-01‥‥あなたが、パパ‥‥?」

 

「その通りだ。よ~し、よし。いい子だ。そのまま大人しくしているんだぞ?」

 

所長はヘラヘラと薄ら笑いを浮べながら、片手に注射器を持ちながら、E-01と呼んだ少女の方に近づいていく。

所長が近づいてくる中、E-01と呼ばれる少女の脳裏を過ぎるのは青く輝く銀の髪、大きくて綺麗な金色の瞳をもつ少女の姿が突然フラッシュバックする。

 

「‥‥うッ‥チガウ‥‥ちがう‥‥違う、違う、違う…違う、ぼくの‥僕の名前は‥‥」

 

頭を抱えながら少女の声は段々と大きくハッキリとした口調となっていく。

 

「ええーい、うるさいぞ!!実験動物の癖に!!大人しくこっちに来い!!」

 

少女の態度に業を煮やしたのか、所長は少女の腕を掴み無理やり引っ張る。

だが、男は最も重要なことを忘れていた。

クリムゾンの研究所を襲い、少女と共に得た僅かな資料の中に記載されていた内容を‥‥。

少女には戦闘の為の遺伝子操作が施され、その為のナノマシンが大量に投入されていたことを‥‥。

 

「‥‥触るなぁーっ!!」

 

少女が怒声をあげると、右手が光りだしやがてそれは大きな包丁のような刃物に姿を変えとその直後に、

 

スパーン!!

 

鋭い音と共に、所長の首が胴体から飛び、真っ赤な血の花が壁と床の一面にバッと咲く。

 

ドサッ

 

首と胴体がなき別れになった所長の身体が床に倒れる。

 

「「ひ、ひぃぃ」」

 

突然起こった目の前の光景に男の方は後退りし、女の方は腰を抜かす。

少女は振り返るとゆっくりと2人に近づく。

 

「く、来るな!バ、バ、バケモノめ!!」

 

男は震える手で常備してあった拳銃を少女に向ける。

 

「バケモノ?彼方達が僕をバケモノと呼ぶの?彼方達研究者じゃない‥僕を作りこんなバケモノにしたのは?」

 

少女が感情を押し殺した底冷えのする声で問う。

 

「ち、違う!!お前を作ったのはクリムゾンの連中だ!!俺達は関係ない!!」

 

「そ、そうよ、私たちは無関係なのよ。今なら穏便に済ませてあげるわよ?」

 

男の言葉に女も便乗する。

 

「よく言うよ‥‥大体、誰が産めと頼んだ?誰が作れと願った?そして、今までお前達が何をしてきたか僕は全部知っている」

 

「う、嘘だ!!」

 

「嘘じゃない‥‥カプセル内の生命維持装置からこの研究所の端末に入り込んで実験データを見た‥‥人を人とも思わない彼方達なんか、生きていてもまた同じ事を繰り返すだけ‥‥それなら今ここで彼方達を殺しといた方がこの先、大勢の犠牲者を生まなくて済むでしょう?」

 

少女は悠然と言い放ち、冷たい目をして刃物化した右手を振り上げて男の方へと迫る。

 

「く、来るな!!来るな!!」

 

室内に拳銃の乾いた発射音が連続して木霊する。しかし、震える手で放った弾丸は、少女に掠りもせず壁や床に弾痕を穿つだけだった。

 

「‥‥死ね」

 

ブシュッ

 

少女は一言そう言い放つと男を頭から一刀両断‥‥唐竹割りの要領で真っ二つにした。

 

「ひぃ‥‥た、助けて‥‥」

 

「ダメ」

 

続いて右斜め上から右手を振り下ろし、残った女研究員の息の根を止めた。

部屋にいた3人を殺した後、再び少女の右手が光り、その光が収まると少女の右手は人間の手に戻っていた。

3人の人間を殺したのに罪悪感は一切湧かなかった。

右手が戻ると同時に突然部屋のドアが開き、大柄な男が銃を構え入ってきた。

 

 

此処で時系列は少し時間を巻き戻す。

少女が3人の研究員を殺す少し前、研究所の外では‥‥

 

「ここだな?社長派の例の研究所は?」

 

ネルガルシークレットサービスの一員、ゴート・ホーリーは双眼鏡で建物を見ながら隣にいる男に確認を取る。

 

「はい、間違いありませんね。表向きは社長派の製薬会社の研究所となっておりますな」

 

金縁の眼鏡を掛けた男が確認を取るように呟く。

 

「ふっ、ようやく社長派の尻尾をつかめたというわけか‥‥A班は俺と共に研究所の制圧!!B班はミスターと共に研究所内のデータと資料の確保!!C班は研究所の周りを包囲!!1人も逃がすなよ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

「予定通り、3分後に突入する各員時計合わせ!!」

 

そして3分後‥‥

 

「よし、時間だ‥‥突入!!」

 

ネルガルシークレットサービスの研究所一斉摘発が行われた。

A班を指揮するゴートが遠くの方で銃声を聞き、急いで銃声がしたと思われる実験室へと向かい、実験室のドアを開け、

 

「シークレットサービスだ!!武器を捨てて両手を頭の上に乗せろ!!!‥‥なっ!?」

 

と、大声を張り上げるも部屋の中の光景を見て、ゴートは言葉を詰まらせた。

実験室の中は床も壁も飛び散った血飛沫だらけで、惨殺された3人の研究者らしき遺体と一糸纏わず、返り血で体を染める少女が立っていた。

少女はルビーのような紅い眼でゴートの姿を見ていたが、すぐにゆっくり瞼を閉じると糸の切れた人形のようにその場に倒れた。

 

「お、おい!!」

 

ゴートは倒れた少女を片手で引き起こしたが目覚める気配がない。

 

「おい、担架と毛布だ!!急げ!!」

 

「は、はい!!」

 

自らが率いていた隊員に指示を送ると、救護車から持ってきた担架に少女を乗せ、上から毛布を掛けた。

 

瞬く間に研究所を制圧したネルガルのシークレットサービス。

研究所の職員と研究者達を護送車に乗せている中、B班を指揮していた金縁眼鏡の男、プロスペクターがゴートに話しかけた。

 

「どうやらこれで社長派は完全に終わりのようですな」

 

「ああ‥‥それよりもミスター‥あの少女はマシンチャイルドなのか?」

 

「えぇーそれにつきましてはなかなか興味深いデータがありましたが‥‥」

 

あの少女の正体についてプロスペクターは口ごもる。

 

「ん?どうした?」

 

「何分これは内容が内容だけに会長の指示を仰がねばと‥‥」

 

「そんなに不味い内容なのか?」

 

「ええ‥‥」

 

そう言ってプロスとゴートが振り向く。

その視線の先には救護車が停まっており、その車内には穏やかに眠る少女がいた。

 

 

~ネルガル重工 本社ビル 会長室~

 

「それじゃあ、報告を聞こうか」

 

ネルガル重工会長、アカツキ・ナガレが社長派の研究所を制圧したプロスペクターとゴートに今回の強襲の成果を尋ねた。

隣には会長秘書のエリナ・キンジョウ・ウォンの姿もある。

 

「はい、ではまずこちらを‥‥研究所から押収した資料とコンピューターに残っていたデータです」

 

プロスが資料の入った袋とデータの入ったディスクを会長のデスクに置く。

 

「これであの狸オヤジを完全に潰せるってわけだ‥‥それで?重要な件がもう1つあるって聞いたけど?」

 

自分の叔父である社長を追放できる事に嬉しさを感じるアカツキ。

会社の為ならば、例え身内でも容赦ないが逆にこうまでしないと自分が社長である叔父に食われる。

そして、叔父の社長を潰せるネタの他に重要案件があると聞き、早速その案件の内容を尋ねるアカツキ。

 

「はい‥‥研究所で保護した例の少女についてです」

 

「あの研究所で保護ってことは、その子はマシンチャイルドなのかい?」

 

「それが一概にそうとも言えないようで‥‥」

 

「ん?それはどういう意味だい?」

 

プロスペクターにしては随分と歯切れが悪い事にアカツキは眉をひそめる。

 

「此方を見て頂けると分かりますかと‥‥」

 

プロスは懐からもう1枚、別のディスクを取り出した。

その表面にはネルガルのライバル企業であるクリムゾングループのマークが描かれていた。

 

「それはクリムゾングループのロゴ!?」

 

エリナがマークを見て思わず声を上げる。

まさかネルガルのライバル企業のマークが入ったディスクが社長派とはいえ、同じ会社の研究所から押収されるとは思っていなかったようである。

 

「どういうことだい?社長派の連中はクリムゾンと手を組んでいたのかい?」

 

「いえ、これは社長派の連中がどうやらクリムゾンから奪ったもののようです」

 

「へぇ~連中も随分と荒っぽい事をするねぇ~それで内容は?」

 

プロスペクターがエリナにディスクを渡すと、エリナはパソコンにディスクをセットして、内容を立ち上げた。

 

「こ、これは‥‥」

 

「むぅ…」

 

ディスクの内容を見て、アカツキとゴートは思わず言葉を失う。

ディスクの中に収められていたのは断片的であるが、ナノマシンを使っての生体兵器の開発計画が書かれていた。

そしてその最初のプロジェクト『Arcadia』と命名されていたものに4人は釘付けとなった。

それはネルガルの前会長が進めていたマシンチャイルドの研究を上回る内容で、ナノマシンを使い、遺伝子配列を変換させ、生体兵器の開発過程とその研究、さらにはボソンジャンプの実験内容まで書かれていた。

そして試作品完成の項目に保護した少女の顔写真、身長、体重、ナノマシンの人体に対する影響が明記されていた。

そして1番下にボソンジャンプ実験の計画内容が書かれていた。

 

「何だかパンドラの箱を開けて中身を取り出しちゃった気分だよ」

 

それがディスクの中身を全部見た後、アカツキが発した感想だった。

 

「それで、いかがなさいますか?」

 

プロスペクターがアカツキに尋ねる。

 

「どうするもこうするもせっかく手にいれたお宝をみすみす手放すのはもったいないじゃないか」

 

この少女は確かに自分達の会社が生み出したマシンチャイルドではない。

だからと言ってクリムゾングループに返すのは勿体ないし、返せばそれは自分達ネルガルがクリムゾングループの研究所を襲い、強奪した事を自分から教える様なモノだ。

クリムゾングループもこの内容から、この少女型のマシンチャイルドの製造に関してはトップシークレットで一部の人間だけしか知らないのだろうが、ネルガル側がこの少女の身柄の返還を申し出れば、その方法を問いただしてくる筈だ。

報告書の内容では、とても世間で知られてはならない方法でネルガルの社長派はこの少女型のマシンチャイルドを手に入れていた。

ライバル会社のスキャンダルネタに必ず食いついてくる筈だ。

そうなれば、そのスキャンダルネタで此方を叩いてくるのは目に見えている。

故にアカツキが下した判断はこのままこの少女をネルガルの所有物にすると言うモノだった。

 

「それでは‥‥」

 

「彼女はこのままウチで保護しようじゃないか。それにこのデータを見る限りじゃあスキャパレリ・プロジェクトには好都合の人材じゃないか」

 

「た、確かに‥‥」

 

「それじゃあ彼女の教育は君達3人にまかせるよ」

 

「「「はぁ!?」」」

 

突然の会長命令に声を上げる3人。

 

「適材適所ってやつだよ。エリナ君には一般常識とマナーをプロス君にはコンピューターとプロジェクト関係、ゴート君には戦闘訓練をあの子に教えてもらいたい」

 

「は、はぁ‥‥」

 

「分かりました‥‥」

 

「‥‥」

 

説明を聞き完全に納得はできないものの、了承した3人であった。

 

 

少女が次に目を覚ましたのは白い天井に壁、洗いたてのシーツと柔らかいクッション、さらに清潔な毛布に包まれたベッドの上だった。

 

「‥‥‥?」

 

むくっ、と上半身をゆっくりと起こし辺りを見回す。

外は晴れており、窓の方からは小鳥の声が聞こえ、そよ風がなびいている。

 

(‥‥此処は?それに‥‥僕は一体誰なんだ‥‥?)

 

頭を抱え、必至に自分が誰なのか?

此処はどこなのかを考える。

 

(僕は‥何かを守ろうとしていた?‥‥でも何も守れなかった‥‥そんな気がする‥‥でもそれは一体なんだったんだろう‥‥?)

 

何か大切なものを守ろうとしていたが、その大切なものが何なのかが、思い出せない。そもそも自分自身が一体何者なのかが分からない‥‥そう考えると不安で怖くてたまらない。

その時、病室のドアが開き2人の男性と1人の女性が入ってきた。

 

「おや、お目覚めでしたか?」

 

金縁の眼鏡をかけた男が話しかけてきた。

 

「えっと‥‥」

 

「あぁ~失礼しました。私はこういうものです」

 

懐から名詞を取り出す金縁眼鏡の男。

 

「‥‥‥プロス‥‥ペクター?‥‥えっと‥‥これって名前?」

 

「ペンネームみたいなものです」

 

「はぁ‥‥」

 

(なんでペンネーム?)

 

「えぇ~それで、ですね貴女の身柄についてなのですが‥‥」

 

「‥‥‥」

 

「貴女の身柄は我が社が‥‥ネルガル重工が責任を持って、貴女の生活の保障、戸籍など、生活に必要な物は全てご用意いたします」

 

「‥‥‥」

 

突然、生活の保障や戸籍を用意するといっても、会社や企業は慈善事業ではなく、何か利益が無いと動かない。

必ずそれに見合う条件をこちらに提示してくる筈‥‥。

 

「‥‥条件は?」

 

少女は警戒するかのような口ぶりで金縁眼鏡の男、プロスペクターに尋ねる。

 

「お話が早くて助かります。実は今度、我が社ではある一大プロジェクトが行われる予定でして、是非とも貴女にはそのプロジャクトに協力していただきたいと‥‥」

 

「プロジェクト?」

 

「はい、詳しい内容はまだ申し上げられませんが是非‥‥」

 

「‥‥どのみち僕に拒否権は無いのでしょう?拒否すれば殺されるか、研究所で実験動物にされるかのどちらかですものね?」

 

あの時、研究所で見たあの光景が忘れなれない。

あれが実験動物の辿る末路だ。

自分も今ここでこの人達の要求を断ればあの末路が自分を待っている。

今の自分は一体誰なのかを思い出す為、そして何を守れなかったのかを思い出す為にも死ぬわけにはいかない。

だからこそ、この人達の要求を断る訳にはいかなかった。

 

「「「‥‥‥」」」

 

「‥‥わかりました‥‥協力します」

 

「ありがとうございます。では、こちらの契約書にサインをお願いします」

 

いつの間に用意したのか細かい文字の羅列がびっしりと書かれた契約書を手に取る。

 

「あと、ご紹介が遅れましたが、後ろの2人は今日から貴女の教育係で、男性の方がゴートさんで女性の方がエリナさんです」

 

「教育係?」

 

「はい、私もそうですが、プロジェクト開始まで、十分に対応できるようさまざまな教育と訓練を行ってもらいます」

 

「はぁ‥‥ところで‥‥」

 

「なんでしょう?何か契約面で質問ですか?」

 

「名前‥‥僕の名前‥‥何って言うんですか?」

 

少女の質問に3人は顔を見合わせる。

研究所では名前なんてものが着けられているはずも無くナンバーで呼ばれていたからである。

名前がわからなければ契約書にサインできない。

しばらく沈黙が続いた後、

 

「そう、貴女の名前は‥‥」

 

エリナが少女にある名前を授けた。

 

タケミナカタ・コハク。

 

その名が、彼女が得た彼女の名前だった。

 

 

・・・・続く


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