機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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第18話

~地球 アトモ社・ボソンジャンプ実験ドーム~

 

此処、ネルガルの系列企業であるアトモ社の研究所では、ボソンジャンプの生体実験が行われていた。

 

「ボソン・フェルミオン、変換始まっています」

 

「エステバリス、準備はよろしいですか?

 

『問題ありません』

 

「耐圧エステ、降下」

 

「フィールド拡大、光子、重力子、π中間子増大中」

 

「エステのモニター順調に作動中‥‥」

 

頑丈そうなワイヤーで吊られた特注の耐圧エステバリスが鹵獲されたチューリップの中へと入っていく。

 

『まもなくジャンプ・フィールドに接触!センサー、作動開始します』

 

やがて、チューリップの中へ降下していく耐圧エステバリスの姿が見えなくなる。

 

 

 

 

薄暗い会議室モニター越しに向き合う白衣の集団と1人の女。

和やかとは遥かに掛け離れた雰囲気で言葉が交わされる。

 

「生体ボソンジャンプ実験はいずれも失敗した‥‥」

 

「ナデシコやクロッカスの例から見て、ボソンジャンプはテレポートとは異なる現象と考えられます」

 

「いずれにせよ、CCがボソンジャンプの鍵になるという説は否定されたということか?」

 

「そうとも限りません。私がナデシコで集めたデータでは、生体ボソンジャンプの可能性はまだ十分にあります。ネルガルに損はさせません。もう一度チャンスを頂けますね?」

 

「しかし、それにはやはり彼等のどちらかを分析しなければこれ以上やりようがないぞ、エリナ・ウォン?」

 

チーフの女性科学者がアキトとコハクの写真をエリナの前に出す。

 

「その点ならご心配なく。いずれ両名を連れて参りますわ」

 

「そうか‥‥」

 

科学者の目に怪しい光が灯る。

時間は少し遡り、宇宙での哨戒任務を終え、ヨコスカドックへ向っていたナデシコ。

日本の季節は12月で街はクリスマス気分一色だった。

 

展望室を改装し、クリスマスパーティーの会場の飾り付けをするのはナデシコの整備班班長のウリバタケ。

そしてそれを手伝っているジュン。

 

「ふっふっふ……完璧だ。見よ!!この豪華な会場!!スーパーラブアタックゲームに、セイヤスペシャルねるとんマシ~ン!ふっふっふっ、準備完了だ‥‥さあ、いざ来たれや乙女たち~~!!」

 

女性が見たら逃げ出しそうな感じで血走った目をしてウリバタケが吼えている。

しかし、ある少女の一言がウリバタケの苦労と妄想をぶち壊した。

 

「あぁ~でも、皆アカツキさんのパーティーに行くみたいだよ」

 

会場設営を見に来たルリにそう言われ、ウリバタケは石像のように固まった。

 

 

ナデシコが連合軍ヨコスカ基地に入港すると、近くの港では周辺住民のナデシコ入港の反対デモが行われていた。

 

《ナデシコ入港断固阻止》 《帰れ!ナデシコ!》 《Go Home!》

 

掲げられた旗や垂れ幕、プラカードは数えればキリがない程である。

軍の宣伝部が流したプロパガンダのおかげでナデシコが連合軍最強の戦艦という事は衆知の事実となっており、"ナデシコある所にトカゲあり"といったイメージが民衆に定着するのも仕方のない事ではあった。

付近の住人にとって自分達の住む街が戦場になる可能性が高いのだから、抗議活動をするのも当然と言えば当然である。

ヨコスカ基地に入港と同時にブリッジに突然の招集命令で集められたクルー達。

クルー達と向かい合う形でプロスペクター、ムネタケ、そして基地の指揮官らしい将官クラスの階級章を付けた軍人と多数の兵士が立っていた。

そして指揮官がおもむろに口を開く。

 

「いつまでも軍艦のクルーが民間人という訳にもいくまい」

 

「本来ならナデシコが軍の指揮下に入ったところで全員お払い箱だけど、今回は特別にアタシがアンタ達を軍人に取り立てて貰えるように計らったって訳。感謝してよね?」

 

ムネタケがにんまりと笑ってクルーを見回す。

 

「誰が頼んだわけ?」

 

「まったくだよ」

 

ルリとコハクがボソリと呟く。

ムネタケの言葉にプロスペクターが申し訳なさそうに続ける。

 

「誠に心苦しいのですが、先日のオモイカネ暴走で連合軍に与えた損害を計算致しますと、このままでは皆様にお給料どころか損害賠償を請求しなければなりません」

 

そして再び指揮官が口を開く。

 

「2週間前に月面基地で原因不明の爆発事件が起き、月方面艦隊に空白が生じている。我々としては急ぎ月面方面の艦隊編成を急がねばならぬのだ。そしてその編成にはナデシコの配属も検討されている」

 

「この艦を降りても不愉快な監視がつくだけですし‥‥ここは1つ曲げてご承知を…」

 

プロスペクターの言葉にクルーは複雑な表情を浮かべる。

軍人になるのには抵抗があるが、四六時中軍に監視されるよりはマシといったそんな表情である。

 

「それからテンカワ・アキト」

 

「…はい、何ですか?」

 

突然話を振られたアキトは怪訝な表情を浮かべる。

 

「アンタにはナデシコを降りて貰うわ」

 

ムネタケはアキトに退艦しろと言い放つ。

 

「「「「「「えっ!?」」」」」

 

ムネタケのこの一言にアキト以外にもユリカやコハク、リョーコらアキトと交流が深い人達が驚愕の表情を浮かべる。

 

「質問!!提督、なんでアキトがナデシコを降りなきゃいけないんですか!?」

 

ユリカがムネタケに尋ねる。

だが、それに答えたのはムネタケではなく基地の指揮官だった。

 

「こちらで調べた所、テニシアン島やナナフシ攻略時の単独行動など、彼には軍人としての資質が欠けている。今後は民間人として銃後の守りに徹して貰いたい。もちろん監視はつくがね」

 

「ここはアンタの居場所じゃないって事よ」

 

「‥‥」

 

その後、ナデシコに残るクルー全員に軍から階級章が配られ、その場は解散となった。

渡された階級章を手に取りながらルリはふとコハクがいないことに気がついた。

 

「ミナトさん、メグミさん、コハクがどこへ行ったか知りません?」

 

「ああ、コーくんならヨコスカに着いてからすぐにイネスさんと一緒に出かけたよ。どうしても外せない用事らしいからね、パーティーには参加できないってさ」

 

「そう‥‥ですか‥‥」

 

メグミからコハクの行き先を聞いたルリだが、一緒にいるメンツから不安は拭いきれなかった。

 

 

~ナデシコ 通路~

 

「アキト、待って!」

 

「ユリカ…?」

 

退艦を命じられ、荷物を纏めたアキト。

自転車を押しながらハッチへと向かっていた。そこを追い掛けてきたユリカに呼び止められたのだ。

 

「アキト、ホントにナデシコを降りちゃうの!?」

 

「ああ」

 

「そんな…イヤだよ、アキトがいなくなっちゃうなんて。もう1回、提督とお話しよう?きちんとお話すれば提督だってきっと分かってくれるよ。それにいざとなればお父様に頼んでみるから」

 

ユリカがアキトの上着の裾を掴み、引き止めようとする。だが、アキトはそんなユリカに黙って首を振る。

 

「俺は軍人には向いてないよ。命令だから何でもする‥‥もしかしたら『勝つ為に仲間を見捨てろ』って言われるかもしれない‥‥俺にはそんな事、出来ないよ」

 

「私だってイヤだよ!アキトがナデシコを降りるなら私も降りる!」

 

ユリカの大きな瞳に涙を浮かべて叫ぶ。

 

「バカ!お前は俺と違ってナデシコに必要なんだよ!ナデシコがナデシコである為にもさ‥‥」

 

優しくユリカを諭すアキト。

 

「でもでも~」

 

「ごめんな、ユリカ。俺のナデシコでの旅はここまでだ」

 

「‥イヤ…イヤだよ。アキトとお別れなんてイヤだよぉ…」

 

ぽろぽろと涙を零すユリカ。だがアキトはユリカにかけてやるべき言葉を持っていなかった。

 

「じゃあな‥‥元気で‥‥地球からナデシコの無事を祈っているから‥‥」

 

踵を返し、ハッチへ向って歩み去っていくアキト。そしてユリカもまた、小さくなっていくアキトの背中をただ見送る事しかできなかった。

 

「アキトの…バカ‥‥」

 

ユリカはアキトの後姿を見つめながら寂しそうに呟いた。

 

 

~ヨコスカ・市街地~

 

ナデシコを降りたアキトはとぼとぼとヨコスカの街を歩いていた。

 

「これからどうしよう‥‥」

 

地球にやってきてからはずっと長崎のサセボで暮らしていたアキト。

当然ヨコスカの街は始めてで、知り合いがいる訳がなかった。

いや、それ以前に地球にはナデシコのクルー以外、アキトにはサセボの雪谷食堂のサイゾウ以外に知り合いは居ない。

当面の生活費と言われ、ナデシコを降りた時、幾らかの金をもらい、後日正式に退職金も支払われる予定でとりあえず、しばらくは生活費には困らないが、いつまでもブラブラしているわけにはいかない。

貰ったお金だって限りがある。

 

「またサセボに戻ろうかな‥‥」

 

アキトが最悪サセボのサイゾウの所に戻ろうかと思いながら、ぼんやりとヨコスカの街を歩いていると、

 

「そこで自転車を押しているテンカワ・アキト君」

 

突然見知らぬ街で自分の名前を呼ばれキョロキョロと辺りを見回すアキト。

 

「こっちよ」

 

そこにはネルガルのロゴの入った公用車の運転席で微笑むエリナがいた。

エリナはいつものナデシコの白い制服ではなく、ワインレッドのビジネススーツを着ている。

 

「‥‥何か用スか?」

 

なんとなく胡散臭い感じのするエリナの笑みを警戒するアキト。そのためか、自然とアキトの言葉に棘が混じる。

 

「いきなりご挨拶ね。まぁ、いいわ。貴方、これからどうするの?どこか行く当てはあるの?」

 

「‥‥」

 

エリナの問いに答えてよいものか迷うアキト。

 

「答えたくないなら、それでもいいわ。今日はネルガルの会長秘書として貴方に会いに来たのだから」

 

「ネルガルの?」

 

「そう、実は貴方にしか出来ない事があるの‥‥話くらいは聞いてくれるわよね?」

 

エリナにそう言われ、アキトの心は揺れた。

 

"自分にしか出来ない"

 

不要だと言われてナデシコから降りたアキトにとって、その言葉は余りにも甘美なものだった。

 

「‥‥わかりました」

 

アキトを乗せたエリナの車はヨコスカ市内で一際目立つピラミッド型の建物、アトモ社へと向かい走り去った。

 

 

~アトモ社 会議室~

 

「木星蜥蜴がチューリップで一種の瞬間移動…私達はボソンジャンプと呼んでいるけど。それによってほぼ無尽蔵の攻撃を仕掛けている事は知っているわよね?ネルガルでは軍とは別個にこのシステムの解明を行っているの」

 

スクリーンの明かりのみが光源の会議室で向かい合う科学者達とアキト。

アキトの隣にはエリナが座っている。そして科学者のリーダーの女が口を開く。

 

「木星蜥蜴は最初から無人兵器…火星で発見されたクロッカスのクルーは全滅。では何故、ナデシコだけがクルーを無事にジャンプさせられたのか?」

 

「その原因がアキト君にあるという訳ね」

 

科学者の女の言葉に答えたのは暗がりから響いた新たな声だった。

 

「イネスさん?それにコハクちゃんも!」

 

白いスーツを纏ったイネスと黒いワンピース姿のコハクが暗がりから会議室に姿を見せる。

 

「私達の実験に興味を持って下さってね」

 

「木星蜥蜴も未だ生命をジャンプさせる事には成功してはいない。彼等がその技術を得る前に我々がそれを得なければならないのだ」

 

科学者の女は淡々と言葉を放つ。

 

(ん?生命をジャンプさせる?木星蜥蜴は無人の機械じゃないのか?)

 

しかし、その科学者の口調からまるで木星蜥蜴が人間の様に感じたのだが、アキトはその事に気づかなかった。

だが、コハクはその発言を聞き逃さず、世間で言われている木星蜥蜴との間に矛盾を感じた。

 

「地球には木星蜥蜴のような優れた無人兵器を作る技術はないものね‥‥生体ボソンジャンプでしかこの戦争の活路は開けない‥という事ね」

 

イネスが科学者の言葉を補足する。

 

「そういう事よ。地球から火星や月にジャンプを利用して戦力の大量投入が出来れば、戦局は大きく変わるわ。それには貴方の力がどうしても必要なの!」

 

勢い込むエリナにアキトは俯く。

 

「…でも、なんで俺なんすか?俺はただのパイロット…いえ、コックですよ」

 

アキトがボソリと呟く。

 

「貴方には不思議な力があるの‥‥これ、見た事ないかしら?」

 

エリナが懐から青いクリスタル状の鉱物を取り出してアキトに見せる。

 

「これはCC…チューリップ・クリスタル。チューリップと同じ組成で出来た石よ」

 

「…!」

 

CCを見たアキトの顔色が変わる。

 

「…これ…父さんの形見…」

 

「やっぱり見た事あるのね…ねぇ、それは、どうしたの?」

 

エリナの目が怪しげな光を放つ。

 

「どうって…火星から地球に来た時…気付いたらなくなって…」

 

「…やっぱりね」

 

エリナはニヤリと笑うと席を立つ。

 

「ついてきて。貴方に見せたい物があるわ」

 

そう言って歩き出したエリナの後をアキトは着いて行く。

イネスやコハク、科学者達もそれについていく、そしてエリナがとある部屋の扉を開く。

 

「見て」

 

エリナの声と共に部屋に明かりが燈る。

 

「これは…!」

 

イネスが短い言葉を発し、息をのむ。

その部屋にはCCの入ったケースがズラリと並べられていた。

 

「…父さんの形見がこんなに…?」

 

アキトとイネスはその光景に目を奪われていた。

エリナはそんな二人の様子を見て、ニンマリと笑う。

 

「CCはボソンジャンプの鍵だと私はそう思っているわ。そして、CCを使用したボソンジャンプを発動するには一定の条件を満たす必要がある、と」

 

「…その条件を満たせる人物がアキト君とコハクちゃん…?」

 

イネスが呟く。

 

「そう!コハクは火星からネルガル本社にボソンジャンプをしてきたのを私はこの目で見たわ。そして、ナナフシの時もボソンジャンプをしてアキト君の近くにボソンジャンプをした‥そして、アキト君‥貴方もあの日、跳んだのよ。火星から地球へと‥貴方のお父様の形見のCCを介してね。」

 

「…でも」

 

口ごもるアキトの手を取り、エリナが言葉を繋げる。

 

「ねっ!お願い!実験に協力して!貴方なら出来るわ!貴方やコハク、そしてイネスさんの貴重なデータが人類の未来を切り開くの!!」

 

「…」

 

戸惑うアキトであったが、何かを決意したような表情で口を開こうとする。しかし、それを遮る者がいた。

 

「…エリナ・ウォン。ちょっと…」

 

しきりに何処かと連絡を取っていた科学者の男が何かをエリナに耳打ちする。

その瞬間、エリナの顔がさっと青ざめる。

 

「ごめんなさい!少し待ってて!」

 

そういうとエリナと科学者達は慌てて部屋を出ていく。取り残されたアキトとイネス、コハクの3人。

 

「何かあったようね。アキト君、コハクちゃん、私達も行きましょう」

 

イネスはそういうとエリナ達を追って部屋を出ていく。

 

「え?イちょっと、イネスさん」

 

アキトとコハクも慌ててイネスの後を追いかける。

 

 

~アモト社 ボソンジャンプ実験ドーム~

 

突如、チューリップの口から何時ぞやの実験で使われた耐久エステバリスが吐き出され、ドームの床に叩き着けられる。

機体はグチャグチャに潰れてもはや原型を留めぬ鉄クズと成り果てた。

当然コックピットには生命の痕跡は残っていなかった。

 

「…そんな」

 

その光景にエリナは思わず息をのむ。

 

「…なるほど、既に生体実験をしていた訳ね」

 

「…っ!?」

 

イネスの声に慌てて振り向くエリナ。

そこには冷めた目でドームに横たわるエステバリスを見つめるイネスとコハク、そして険しい目をして肩を震わせるアキトがいた。

 

「でも、この様子じゃ実験成功には程遠いようね…」

 

「アキト君!これはね…」

 

エリナが笑顔でその場を繕おうとするがアキトの険しい言葉がそれを遮る。

 

「…そういう事かよ。俺やイネスさん…それにコハクちゃんまでもモルモットにしようって事かよ!汚ねぇよ、ネルガルは!」

 

その言葉にエリナの顔色が変わる。

 

「モルモットですって!?…いいじゃない!どうせアンタ、半端なんでしょ!?人類の為よ!!モルモットの方がまだ立派よ!」

 

「…クッ」

 

エリナに反論できず俯くアキト。

 

その視線の先にはドームに横たわるエステバリス。

 

(…それが…アレかよ…)

 

エリナがアキトの手を取る。

 

「貴方なら大丈夫!きっと成功するわ!協力して!ね?」

 

「…っ!」

 

エリナの手を振りほどき、踵を返すアキト。

 

「…失礼します」

 

そしてアキトはその場から立ち去ろうとする。

ただ、その前に、

 

「コハクちゃん。コハクちゃんも行こう。此処に居たら、君もネルガルの連中に殺されてしまう」

 

アキトはコハクを連れ出そうとする。

しかし、

 

「ごめん‥アキトさん‥それは出来ない」

 

コハクはアキトと一緒には行けないと言う。

 

「っ!?なんで!?」

 

「僕の所有権はネルガルにある‥‥僕はいわば、ネルガルの所有物だから、アキトさんと一緒に行くことは出来ない」

 

「そんなっ!?」

 

「そう言う事‥コハクを連れていきたいのであれば、それ相応の値段で彼女を買い取ってもらう必要があるのだけれど、今の貴方にコハクを買い取る程の財力があるのかしら?」

 

「くっ‥コハクちゃんを物扱いかよ‥どこまで腐っているんだ?アンタ達は!!」

 

「僕の事は大丈夫ですから、アキトさんはアキトさんの道を見つけてください」

 

アキトに対して微笑むコハクであったが、今の彼にとって微笑む彼女を見て、自分の無力さを痛感させられた。

自分にもっと力があれば‥‥

権力があれば‥‥

財力があれば‥‥

このまま彼女を救う事が出来たのに‥‥

 

「コハクちゃん‥‥」

 

アキトは虚しい気持ちでアモト社を後にした。

 

「止めないの?」

 

アキトを見送ったイネスがエリナに尋ねる。

 

「戻ってくるわよ、必ず。あの子、あのままじゃホントに半端になっちゃうから」

 

「そういえば、貴女はいいの?タケミナカタ・コハク?」

 

「?」

 

イネスがコハクに尋ねてきたが、コハクはその内容を理解してないかのように首を傾げた。

 

「あんなモノを見せられ、次は貴女がああなるかもしれないのに平気かってことよ」

 

「今更逃げた所でどうしようもないですし、下手に逃げてルリを人質にとられるよりはマシなので‥‥」

 

まるで自分の運命を受け入れるかのように淡々と答えるコハク。

 

「それよりも気になることが‥‥」

 

そして、コハクは実験を見て気になった疑問をイネスにぶつける。

 

「何かしら?」

 

「護衛艦クロッカスやパンジーの時の様にチューリップには出入り口は多数あると考えられますよね?」

 

「ええ」

 

「もし、此処で使用した実験機が敵本星のチューリップに出たら‥‥」

 

「っ!?」

 

コハクの指摘にエリナはハッとし、イネスは冷静に

 

「当然、気付くわよね。地球のジャンプ実験に‥‥」

 

至極当然のことをイネス言う。そしてそのイネスの言葉に答えるかのようにチューリップの周囲で爆発が起きる。

 

「フィールド・ジェネレーター破壊!」

 

「チューリップ内部よりディストーション・フィールド発生!」

 

オペレーターの叫ぶような報告が響く。

 

「そうなれば敵の考える事は実験の妨害…そして施設の破壊ね‥‥」

 

「来た‥‥」

 

「あ、あれはっ!?」

 

チューリップの中からゆっくりと迫り出してきたのはバッタでもジョロでもなく、今までどの戦線でも見たことのないゲキガンガーに似た2体の巨大ロボットだった。

 

 

~ナデシコ ナデシコ食堂~

 

ナデシコ食堂ではクリスマスパーティーの真っ最中であった。

入港時、軍人となる事を突然告げられたクルー達だったが、そこはナデシコクルー。

まずはとにかく目の前の今を‥‥パーティーを楽しめ、という訳で大騒ぎである。

クルーの何人かはコスプレまでしている。

そんな中、エステバリスのコスプレをしたユリカがいたが、その表情はアキトの退艦以来、重く沈んだままである。

誰かに話掛けられれば、ユリカはいつもの明るい笑顔で応対する。しかし、その笑顔はどこか痛々しいものだった。

皆がその理由を知っている為、ユリカに必要以上に構う事はしなかった。

当初、別会場で女性クルー限定のパーティーを企画していたアカツキも急遽合流して、殆どのクルーが参加する賑やかなものとなっていた。

盛り上がる会場の隅で佇む2人の男女‥‥ゴートとミナトである。

ミナトが手に持っていた紙を破り捨てる。

 

「…いいのか?」

 

「…いいのよ」

 

どこかすっきりした表情を浮かべるミナト。

ミナトが破いた紙はナデシコがヨコスカ入港前にゴートが渡した辞令書だった。

今後、戦争が激化する中、ナデシコは軍艦として戦闘の最前線に駆り出される可能性が十分に高い。

そして撃沈される可能性も‥‥‥

ゴートはミナトに生き延びてほしく、ネルガルの本社勤務になるようネルガルに推薦状を出し、本社勤務の書かれた辞令書を渡したのだった。

しかし、ミナトはそれを今此処でゴートの目の前で蹴ったのだった。

楽しい時間、平和というのは昔から短いもので、パーティー会場に突然警報が鳴り響く。

空間ウィンドウが開き、ルリが報告する。

 

「カワサキシティーに木星兵器と思われる巨大ロボが出現、現在軍の機動部隊と交戦中」

 

パーティー会場に警報が響いてからものの数分で戦闘体制に移行したナデシコ。

しかし、今回の戦場はヨコスカ市街のど真ん中。ナデシコに出来たのはエステバリス隊を発進させる事ぐらいだった。そしてそのエステバリス部隊も敵の新型兵器に苦戦を強いられていた。

 

「何あれ!?ゲキガンガー!?」

 

「何でゲキガンガーが街を破壊しているんだ!?」

 

エステバリスの有に数倍はある巨体でヨコスカの街を暴れ回る赤と青のゲキガンガーに似た巨大ロボ。

 

「たぁーっ!!」

 

リョーコが先陣きって砲戦フレームを突っ込ませる。しかし、分厚いディストーション・フィールドによって突進は阻まれる。

 

「クッ…、フィールドがなんだぁ!喰らえっ!!」

 

フィールドにライフルの銃身を突き刺し、弾丸を撃つ。だが、砲弾が届く前にゲキガンガーの姿が消える。

 

「何ぃ!?」

 

そしてリョーコ機の背後に現れるゲキガンガー。

 

「うわぁぁぁぁぁっ!」

 

再度展開されたフィールドにリョーコ機が弾き飛ばされる。

 

「リョーコ!」

 

ヒカルが援護射撃を加えるが、それもフィールドに弾かれる。

そして再び姿を消す。

 

「ヒカル、後ろ!」

 

「…!」

 

突然響いたその声にヒカルが慌ててエステバリスをダッシュさせる。

ゲキガンガーの胸から発射されたレーザーはヒカルがほんの数秒前までいた場所をなぎ払う。

 

「何よ、訳わかんないよ~!なんで消えるの~!?」

 

ジリジリと追い詰められていくエステバリス隊。

既に攻撃は諦め、今は防備と回避に専念していた。

連合軍の地上部隊は既に全滅し、ヨコスカを守る盾はナデシコのエステバリス隊だけとなっていた。

戦闘の様子を半壊したアモト社の屋上から双眼鏡で見ているエリナとイネスそしてコハク。

エリナは敵のロボが消えるあの現象を瞬間移動ではなく、ボソンジャンプではないかと、推測した。

 

「じゃあ、もし、あれがボソンジャンプなら‥‥」

 

「生身の人間じゃ、耐えられないわね」

 

エリナとイネスの会話を聞いてコハクはコミュニケを使って、エステバリスのパイロット達に注意を呼びかけ、社内にあったモバイルパソコンを使い、敵のジャンプパターンを計測し、ジャンプアウト地点を伝達する。

赤いゲキガンガーは空からのアカツキの攻撃とリョーコのレールカノンの攻撃を頭部目掛けて集中攻撃され、ビルに寄りかかる形で沈黙、残った青いゲキガンガーにエステバリス全機の集中攻撃を受けると、突然腹部の装甲が開く。

 

「最悪ね‥‥‥あの機体最初から自爆するようプログラムされていたみたい‥‥」

 

「自爆?その規模は?」

 

「この街がきれいに無くなることは保障できるわ」

 

「それはどうも‥‥でも大丈夫じゃない?」

 

「「えっ?」」

 

アモト社の正門前にアキトがいた。

 

「アキトさん?」

 

「CCを‥‥俺に‥‥」

 

肩で息をするアキト、しかしその目は険しくエリナとイネスを見据える。

 

青いゲキガンガーはフィールドを張り悠然と街を歩く、エステバリス隊はライフルによる攻撃を行うが、分厚いフィールドでまったく効き目がない。

そこへ、アタッシュケースを抱えて青いゲキガンガーに向かって、ビルの屋上を走るアキトがいた。

アキトがアタッシュケースの鍵を外し、青いゲキガンガーに投げつける。空中でアタッシュケースが開き、入っていたCCが外へ撒き散らされる。

そしてCCは見事に青いゲキガンガーのフィールドに張り付き、光を放つ。

 

「俺は本当に何かが出来るんだろうか‥‥?俺にしか出来ない事が‥‥」

 

アキトの体が光りだし、ナノマシーンの紋様が現れる。

そして青いゲキガンガーの頭上に空間の穴が開くと、アキトと青いゲキガンガーはその穴の中へ消えていった。

その様子をナデシコから見ていたユリカは、悲鳴をあげ、泣き崩れた。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

ブリッジには重苦しい雰囲気が漂っていた。

 

「…テンカワ君、最後の最後で戦士になったね」

 

アカツキがポツリと呟く。

 

「生きて帰ってこなくちゃ意味ねぇだろうが‥‥テンカワのバカヤロウ」

 

「‥‥リューコ」

 

ユリカはあれ以来、部屋に引き篭もったままである。

そこへエリナとイネスがブリッジへとやってくる。

 

「あれ?艦長は?まだ引き篭もっているの?」

 

「おい!そんな言い方ねぇだろう!?」

 

エリナの言葉にリョーコが食ってかかる。

 

「ああ、テンカワ君のことなら心配ないわ‥‥ほら」

 

砂嵐のスクリーンが開くと、

 

『ナデシコ~?おーい、ナデシコ~?』

 

ノイズがひどいが確かにそう聞こえてくる。そしてスクリーンがようやく画像を映し出すと、そこにいたのは‥‥

 

『やっと繋がった!もう2週間も通信していたのに、全然繋がらないんだもんな、心配したよ!』

 

エプロン姿のアキトだった。

 

「彼は跳んだのよ‥2週間前の月にね‥‥」

 

空間ウィンドウに映るアキトをうっすらと微笑み見るイネスがいた。

 

 

~ナデシコ ユリカの部屋~

 

ベッドで泣いているユリカ、そこに空間ウィンドウが開き懐かしい声がする。

 

『ユリカ?お前泣いているのか?』

 

聞き間違いのない声に反応し、空間ウィンドウを見るユリカ、そこには死んでしまったと思っていた彼の顔が映っていた。

 

「幽霊?」

 

『本物、生きているよ』

 

「アキト!生きていたんだ!今どこにいるの?」

 

『よくわからないけど‥月』

 

「わかった今すぐに迎えに行くから」

 

『無理言うな。それよりもメリークリスマス‥ユリカ‥‥』

 

「アキト‥‥やっぱりアキトは私が大好き!!」

 

 

~ナデシコ 格納庫~

 

ナデシコの格納庫ではヨコスカの市街戦でナデシコに鹵獲された赤いゲキガンガーが整備班によって解体、分析されていたのだが、ウリバタケがある音楽が流れているのを聴き、辺りを見回す。

 

「誰だ?ゲキガンガーなんか歌っている奴は?」

 

「誰も歌っていませんよ‥‥この中から聴こえますが‥‥?」

 

整備員の1人がゲキガンガーの頭部を指差す。

 

「そんなわけあるか、コイツは無人兵器だぞ」

 

この赤いゲキガンガーは木星の兵器であり、木星蜥蜴は無人兵器の集団だ。

そんな無人の機械がゲキガンガーのオープニングソングなど聴くわけがない。

しかし、気になったウリバタケ達は赤いゲキガンガーの頭部の装甲を丁寧にはがしていくと、そこにはコックピットらしき箇所があり、備え付けのレコーダーからゲキガンガーのオープニングソングが流れていた。

 

 

・・・・続く




ではまた次回。

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