機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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第14話

 

 

 

 

 

 

 

それは数日前の出来事だった‥‥ 

 

 

~連合軍 総司令部~

 

『チューリップ1基捕捉!!』

 

またもや木星蜥蜴が地球に向けてチューリップを打ち込んできた。

ネルガルが連合軍と和解した事で、軍にも相転移エンジン、ディストーションフィールド、グラビティブラストを装備する軍艦が揃い始め、地球に打ち込まれたチューリップはその数を減らし始めてきた。

その為の補充なのか、木星蜥蜴も追加のチューリップを地球へ次々と打ち込んでくる。

しかし、大抵のチューリップは修理された第一防衛ラインのビッグバリアによって破壊されるが、中にはビッグバリアを突破して地球へと落下してくるチューリップもある。

そして今回、地球に打ち込まれたチューリップも第一防衛ラインのビッグバリアを突破して地球へと迫ってきた。

 

『第一防衛ラインの突破を確認!!』

 

『チューリップ、第二防衛ラインに侵入!!』

 

『第四防衛ラインのミサイルと共に迎撃せよ!』

 

第二防衛ラインの戦闘衛星と第四防衛ラインの地上のミサイル基地から多数のミサイルが接近するチューリップに向って発射されるが、チューリップは破壊されずに赤道直下のとある島に落下した。

 

それから数日後‥‥

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「と、言う訳で、テニシアン島に落下した新型と思われるチューリップの調査をアタシと!アタシのナデシコで‥‥!」

 

ブリッジで悦に浸りながら熱弁を奮うムネタケ。

 

「そう、優秀なるアタシ達だからこそ与えられた任務なのよ‥‥なのに、どうゆう事よ!?」

 

気持ち良さげに演説していたが突然怒り出すムネタケ。

 

「誰もアタシの命令を聞こうとブリッジにやってこないってのはどういう事なの!?」

 

吠えるムネタケの前に空間ウィンドウが現れる。

その空間ウィンドウにはパジャマ姿のイネスが映し出されている。しかもその手には何故かクマのヌイグルミがある。

彼女は年に似合わず意外と少女趣味なのかもしれない。

 

「因みに現在、作戦現地時間で午前2時‥‥日本でいう丑三つ時、こんな時間は部屋で寝るのが当然」

 

ムネタケにそれだけ説明すると空間ウィンドウが閉じる。

ねむけ眼でも説明をする見上げた根性の説明師、イネス・フレサンジュであった。

 

「キィィィィィッー!!何言っているのよ!?ナデシコは軍艦なのよ!!こんな事でいいの!?」

 

珍しく正論を叫ぶムネタケ。

だが、それを誰も聞いていない事がやはり虚しい。

 

「ファァ~‥寝よ‥‥」

 

ムネタケ以外に唯一ブリッジにいたミナトもパジャマ姿、しかも大欠伸のオマケ付きでさっきまでムネタケが大声で熱弁していたにも関わらず、全く聞いていなかった様子。そして時計を確認すると徐に敷いていた座布団を手にシートから立ち上がる。

 

「ちょっとアンタ!!貴女、操舵士でしょう!?ちゃんと持ち場にいなきゃ駄目じゃない!!」

 

突然席を立ったミナトに注意するムネタケ。

しかし、彼女もムネタケに指示に従う様子はない。

 

「だって、交代だもん~‥‥タッチ」

 

「ご苦労様」

 

そして入れ替わりにブリッジへと入ってきたエリナとタッチを交わしブリッジを出ていくミナト。

 

「そういや艦長はどうしたのよ!?艦長は!?」

 

ムネタケがユリカの居場所について喚くがエリナは何処吹く風、と言った表情で空間ウィンドウと向かい合う。

 

「赤道直下‥テニシアン島‥‥珊瑚礁‥そして白い砂浜‥例の物を作っておいた方が良さそうね」

 

テニシアン島の地図を見て呟くエリナであった。

その頃、ムネタケが言うナデシコの艦長であるユリカの姿は自室で眠っているかと思いきや、食堂にあった。

 

「そうなのよ、待っているだけじゃダメなんだわ!!」

 

ユリカは食堂の責任者であるホウメイに頼んで、厨房を貸してもらっていた。

 

「こんな風に彼のためにお夜食とか作ってあげて‥‥」

 

鼻歌を歌いながら、調理を進めていくユリカ。

 

「急に厨房を貸してくれって言うから何かと思えば‥テンカワの奴も大変だね」

 

料理をしているユリカの後姿を見て呟くホウメイ。

しかし、どうせその場に居るのであれば、ユリカに対して料理の指南をしてほしかった‥‥。

もし、この時ホウメイがユリカに料理を教えていれば、この後に起こった悲劇は防げたのかもしれない。

 

 

~ナデシコ コハク・ルリ共同部屋~

 

「うふふ‥‥コハク‥‥」

 

「ル、ルリ?」

 

ベッドでルリがまたあのサディスティックな笑みを浮かべながらコハクに迫ってくる。

コハクは壁に追い詰められて逃げ場がない。

 

「ど、どうして?今日は特にお仕置きされるようなことは何もしていないよね‥‥?」

 

迫りくるルリに対して恐る恐る確認をとるコハク。

 

「姉妹の営みに理由が必要ですか?‥‥はむっ‥‥」

 

ルリがコハクの耳朶を甘噛みする。

 

「ひっ、い、営みって?」

 

「コハクの耳‥柔らかいですね~髪もサラサラですし、匂いも良い匂いです~それに‥‥ペロッ‥‥」

 

「ひぃっ~!!」

 

ルリがコハクの頬に赤い舌を這わせる。

 

「ウフフ~‥‥コハクの肌‥何だか、甘い味がします~」

 

コハクの頬を舐めたルリは頬を赤く染めてトロ~ンとした目で迫って来る。

再会してからルリの寝ぼけた時のスキンシップが日に日に過剰になっていく気がする。しかも危ない方向に‥‥

これじゃあ何の為に、火星で距離を置いたのかわからないし、なにより自分の貞操がピンチである。

このままではいずれ自分の処女がルリに奪われてしまうのではないのか?

そんなことを考えていると、ルリはコハクの着ているパジャマに手を掛ける。

コハクは決してルリとこの様な関係を望んでいる訳ではない。

だが、ルリが相手だとコハクは何故か逆らえず、身体が動かない。

 

「ちょ、ちょっと!!ルリ!!なにやっているの!?」

 

自分の着ているパジャマを脱がそうとしているルリに対してコハクは慌てて尋ねる。

 

「営みに邪魔な衣服は剥いでしまわないと‥‥」

 

平然とコハクのパジャマを脱がす理由を言うルリ。

そして、ルリはそのままコハクのパジャマを脱がし、遂には最後の砦となる下着へと手を伸ばす。

 

「や、やめ‥‥ルリ‥‥やめて‥‥」

 

ルリの行為に思わず涙声になるコハク。

目には薄っすらと涙を浮かべている。

しかし、そんなコハクの態度は逆にルリのドS心をますますと熱くさせる。

そしてコハクの最後の砦である下着が脱がされる寸前‥‥

 

「ウギャァァァァッ!?」

 

誰かの悲鳴がナデシコに響き渡る。

 

「ん?今の声は‥‥」

 

「アキトさん?」

 

今のアキトの悲鳴で我にかえったルリ。

 

「何かあったのかな?」

 

(た、助かった‥‥)

 

脱がされそうになった下着を慌てて調え、脱がされたパジャマを着て、自分達の部屋を出て悲鳴が聞こえたアキトの部屋へと向かっているその途中で、通路を医療班のスタッフ達が担架と消毒スプレーを持って食堂へ入っていくのが見えた。

 

 

~ナデシコ 食堂~

 

医療班の後を追ってコハクとルリの2人が食堂に入ると、防毒マスクをした医療班のスタッフ達が厨房を消毒し回っている。

そして運ばれる担架の上には、

 

「ウ~ン‥‥ユリカ~‥‥」

 

青い顔をして目を回しているジュンが居た。しかも口からは蟹の様に泡を吹き出している。

 

「すぐに医務室に運んで!!それとその鍋は焼却処分して!!厨房と食堂は念入りに消毒を!!」

 

食堂で消毒の指揮をとっているイネスにコハクが声をかけて尋ねる。

彼女は先程まで寝間着であったが、今は制服の上に白衣を着ている。

 

「イネスさん、一体何があったんですか?」

 

「あら、タケミナカタ・コハクにホシノ・ルリ。ごめんなさい起こしちゃったかしら?」

 

子供は当に寝る時間なのにもかかわらずパジャマ姿で起きてきた2人に謝るイネス。

 

「いえ、むしろ助かりました‥‥」

 

「?」

 

ルリに聞こえないよう小さな声で呟くコハク。

 

「それで何があったんですか?」

 

ルリの質問に険しい表情を作るイネス。

 

「現状では何とも言えないわ。ただ、厨房にあった鍋の1つから毒物らしき物質が検出されたのよ」

 

「「毒!?」」

 

コハクとルリが"何で"と言った表情で呟く。

イネスが作ったと言うのであれば、何となく分かるが、彼女の口ぶりからすると、どうやら謎の毒物はイネスが精製したモノではない様だ。

しかも此処は医務室ではなく食堂‥‥

 

「木星蜥蜴の新しい攻撃なのかしら?」

 

「それってまさか、ナデシコの乗員の食べ物に毒を入れて毒殺しようとしたって事ですか?」

 

食堂で毒物が見つかったと言う事とイネスが言った「木星蜥蜴の新しい攻撃」と言う事でコハクが木星蜥蜴はナデシコを物理的に破壊するのではなく、食べ物に毒物を混ぜて乗員を殺害する戦法をとってきたのかと問う。

 

「そうね、場所が場所だけにそうとしか考えられないわね」

 

イネスはコハクの仮説を肯定する。

 

「敵の侵入経路や正体とかは分からないんですか?」

 

続いてルリがナデシコの食べ物に毒を盛った方法、毒を盛った犯人について尋ねる。

 

「まだ、調査段階で詳しい事はこの後の調査結果次第ね。念の為、飲料水や食糧庫の食糧を全てチェックした方がいいわね」

 

医療班はイネスを含め、今日は徹夜となるだろう。

しかし、食べ物に毒を盛られたかもしれないと言う事であればやらない訳にはいかない。

そんな中、ホウメイがボソリと呟く。

 

「あぁ~多分、他の食糧は大丈夫さ」

 

「何故そんな事が言えるのかしら?」

 

「まっ、あれは木星蜥蜴の攻撃では無くて、恋の劇薬ってところかな?」

 

頭に手を当てて苦笑いするホウメイ。

 

「「「?」」」

 

ホウメイの言葉の意味が理解できずに頭の上に?マークを浮かべるイネス、コハク、ルリだった。

 

 

~南太平洋 赤道直下 テニシアン島~

 

「リーフ手前で着水。各自、上陸準備!」

 

「「「「「「「は~い♪」」」」」」」

 

ムネタケの号令にクルーが珍しく素直に返事をする。だが、制服を来ているのはコハク、ルリ、エリナ、そしてムネタケぐらいのものであった。

他のクルーは皆、思い思いのサマーファッションの服に身を包んでいる。

 

「ルリルリ、コーくん。アンタ達は肌白いんだから日焼け止めはコレ使いなさい」

 

そう言ってルリとコハクに日焼け止めクリームを渡すミナト。

 

「ありがとうございます。ミナトさん」

 

「すみません‥‥海、初めてなんで‥‥何だか、嬉しい‥‥」

 

ミナトから受け取ったクリームを見つめ、呟くルリ。

その表情はやや微笑んでいるようにも見える。

ルリも初めても海で嬉しそうだ。

 

(僕は戦場で彼方此方を渡り歩いたので、海は見慣れたモノかな)

 

ルリは今回が初めての海水浴になるが、コハクはナデシコがチューリップの中にいる間、世界中の戦場を渡り歩いた事から海は珍しくない。

 

ナデシコはテニシアン島に近づき着水する。

そしてナデシコのクルーがエステバリスと上陸艇に乗り込み、一斉に飛び出していく。

 

「パラソル部隊、いっそげ~!」

 

「「お~♪」」

 

先陣を切ったのはリョーコ率いるパラソル部隊‥もといパイロット3人娘。

 

「女子に負けるな!」

 

「「おう!」」

 

続いてアカツキ率いるジュン、ウリバタケ。

その後もクルーが続々と上陸するがエリナが皆を呼び止める。

 

「ちょっと待って、アナタ達!」

 

その声に振り向くクルー一同。

 

「アナタ達はネルガル重工に雇われているのよ。だから、遊び時間は給料から引くからね!」

 

「「「「「「「ええ~っ!?」」」」」」

 

一斉にブーイングを浴びせるクルー達。

アカツキもここぞとばかりにその輪に加わっている。

 

「で、はいコレ」

 

エリナが懐から取り出したプリントを皆に配る。エリナが配ったプリントそれは‥‥

 

『ナデシコ海水浴inテニシアン島』

 

と書かれている『海のしおり』だった。

 

「ビーチではサンダル着用、岩場は危ないので近づかないこと、沖には行かないこと、遠泳禁止、ゴミはちゃんと持ち帰ること、サンオイルは自然分解質の物を使用することそれから‥‥」

 

そしてエリナはしおりの内容を読むが、皆は忍び足でエリナから離れていく。

やけに静かな事を不審に思ったエリナ。

海のしおりから視線を上げるとそこには誰もいない。

 

「もう!ちゃんと読みなさいってば!」

 

エリナが制服を脱ぎ捨てるとその下から現れたのは水着。そして早くも遊びだしたクルーの元に走っていく。

エリナも南国の誘惑には勝てなかったようだ。

 

ビーチでは皆がそれぞれにバカンス気分を楽しんでいる。

水遊びをする者、日光浴をする者、ビーチバレーに興じる者、南のビーチに来たにも関わらず、縁台将棋に勤しむ者。

そして‥‥

 

「さあ~いらはい。海水浴場の三大風物詩といえば、粉っぽいカレーに不味いラーメン、溶けたカキ氷、俺はその味を現代に伝える‥‥俺は一子相伝・最後の浜茶屋師なのだ!」

 

ウリバタケは簡易資材で浜茶屋を作り運営していたが、ほぼ客は0。

そりゃあ店主自ら『不味い』と言う食べ物をわざわざお金を出して食べる物好きもいない。

と、思ったらジュンが興味本位なのかラーメンを注文していた。

 

「‥‥ラーメン」

 

「へい、まいど。だるまさんがころんだ、だるまさんがころんだ、だるまさんがころんだ~」

 

ぜんぜんあてにならない時間の計り方をしながら、スープをどんぶりに入れて、茹で上がった麺を投入。

 

「へい、おまち!」

 

ズルッ

 

ジュンは一口食べて一言呟く―――。

 

「まずい」

 

「あったぼうよ!!」

 

なぜか自信満々に答えるウリバタケ。

 

(なら、なぜ、浜茶屋なんか出しているんですか?ウリバタケさん。僕には、窺い知れない)

 

青い顔をしつつ彼が作った不味いラーメンをすすりながらウリバタケの行動を疑問に思っているジュンであった。

 

ナデシコのクルーが南国でのバカンスを楽しんでいる中、少し遅れてテニシアン島に上陸したムネタケはナデシコのクルー達が仕事をせず、バカンスを興じていたのを見て、怒鳴ったが、完全に無視されたので近くでもう一度叱咤しようとしたらアカツキの作った落とし穴にはまり、そこをエステバリスのパイロット達に埋められ、砂浜に顔を出している状態だった。

しかも波打ち際なので、周期的に波がムネタケを襲う。まさに拷問のような状態だ。

波が引くたびに喚いているが、提督としての威厳が無いのか、それとも彼に人徳が無いのか、誰も助けようとしないのが悲しい。

 

「あれ?ルリは泳がないの?折角海に来ているのに‥‥」

 

パラソルの下でノートパソコンを打っているルリにコハクが尋ねる。

 

「そう言うコハクこそ‥‥な、なんですか?その格好は!?」

 

パソコンの画面から顔を上げ、コハクの姿を見たルリは彼女が着ているその服装に一瞬言葉を無くした。

コハクは当初、胸元に『こはく』と書かれた紺色のスクール水着を着ていたのだが、今のコハクの格好は、スクール水着から蓬色で錨のマークが描かれた帽子、帽子と同じく蓬色の上着にズボン。そして、茶色のワイシャツに黒ネクタイ‥‥コハクは今、旧日本海軍の第三種軍装の格好をしていた。

 

「南の島の軍服はコレだってオモイカネが教えてくれたから、ウリバタケさんのコレクションの中から借りてみたの‥どう?似合う?」

 

ポージングをしてルリに第三種軍装が似合うか尋ねるコハク。

 

「で?コハクはそんな格好をして何をしようって言うんです?」

 

ルリがいい笑顔で尋ねてくる。

 

「うっ‥‥そ、その‥‥ちょっと島の探検に行こうかな?と思って‥‥」

 

「そうですか‥‥危険な所に行ったり、危ない事をしては駄目ですよ」

 

以外にもルリはコハクが探検に行くというのを許可した。

 

「う、うん。わかった」

 

ルリの態度に何か引っかかるも、一応ルリの許可は出たので、コハクは密林へと入っていった。

その頃、密林では、

 

「アキト!!どこ―?」

 

ユリカは浜辺に見当たらないアキトを求めて密林へと入り、アキトを探していた。

アキトは確かに自分達と一緒にこのテニシアン島に上陸したのだが、いつの間にか浜辺から消えていた。

しかし、アキトのエステバリスが浜辺に置いてあるのは確認済みなので、アキトはこの島の何処かに居る筈である。

ユリカがアキトを探しながら島の密林を歩いていると、

 

ガサ、ガサ、ガサ‥‥

 

と、茂みをかきわける音が聞こえる。

 

「アキト?」

 

恐る恐るその音がする方へと声をかけるユリカだが、返事はなくその音は段々と自分の方に近づいてくる。

ユリカは茂みの音がする度に不安になり、近くに落ちていた棒を拾い、振り上げながら茂みに近づくとそこから顔を出したのはアキトでも獣でも不審者でもなくコハクだった。

 

「こ、コハクちゃん?」

 

「あれ?ユリカさん?‥‥どうしたんですか?こんな所で棒なんて振上げて‥‥?スイカ割りの練習ですか?」

 

「あ、いや‥‥あははは」

 

「?」

 

咄嗟に棒を捨てて笑ってごまかすユリカ。

そんなユリカを不思議そうに見るコハクであったが、不意にユリカの足元に落ちていた女物の白い帽子に気づきそれを拾う。

 

「あれ?帽子?しかも女物‥‥これ、ユリカさんのですか?」

 

コハクは拾った帽子をユリカに手渡して確認してもらう。

 

「ううん、違う。私のじゃない‥‥」

 

帽子を見てユリカは自分の物では無いと言う。

 

「じゃあ誰のでしょう?」

 

「誰のだろう?」

 

持ち主の分からない女物の帽子を前に互いに首を傾げるユリカとコハクだった。

 

コハクとユリカが密林で鉢合わせして、誰かの帽子を拾っていた頃、ピーチにいたルリはテニシアン島のことを調べて、あることに気づいた。

 

「この島は最近になって、個人の所有になったみたいですね。豪州圏最大のコンツェルンのオーナー、クリムゾン家の‥‥」

 

ルリがパソコンの画面を見ながら呟く。

 

「クリムゾン家!?」

 

エリナがその言葉にピクリと反応する。

 

「知っているわ!!ついこの間、そこのお嬢様が社交界にデビューして話題になっていたわ!!」

 

ネルガル会長秘書の立場柄、そう言った事情にも詳しいエリナ。

ましてやクリムゾン家はネルガルのライバル企業の家柄でもある。

だが、テニシアン島がクリムゾン家の所有になっていた事までは知らなかったようだ。

 

「‥クリムゾン」

 

クリムゾン家の名前を聞いてイネスがテーブルの陰からヌッと現れる。

 

「バリア関係ではトップの世界有数の兵器メーカーね。あのバリア衛星もここの受注。しかし、その財閥の正妻の1人娘はたぶんに問題児らしいわ」

 

クリムゾン家には正妻の他にクリムゾン家当主の愛人との間にそれぞれ娘が1人ずつ存在している。

イネス曰く、愛人の娘の方はクリムゾングループの重役の座についてちゃんと仕事をしており、それなりに優秀な人物らしいが、正妻の娘の方は人間性に問題のある人物らしい。

 

「問題児?」

 

「いきなりパーティーで招待客全員の料理に痺れ薬を入れたり、自分の為だけに少女漫画を描かせると言って漫画家の誘拐未遂を起こしたり‥‥まっ、クリムゾン家にとっちゃ唯一の汚点よね」

 

空を見上げ遠い目で呟くイネス。

クリムゾン家に対して何か思うところでもあるのだろうか?

クリムゾン家にとっても優秀な愛人の娘よりも正妻の娘の方が大切らしく、正妻の娘の問題行動にはかなり目を瞑っている傾向がある。

そして、そんな正妻の娘を溺愛する父親に対して愛人の娘は嫉妬心を強く抱き、父親とも正妻やその娘とも不仲でクリムゾン家に関係しつつも彼女はクリムゾンの姓を名乗らず、愛人である母親の姓を名乗っているらしい。

ただ、クリムゾンという言葉を聞いてエリナとルリはコハクの身の心配をした。

 

(コハク、大丈夫でしょうか?‥‥万が一にもクリムゾンの人達に攫われるようなことがあったら‥‥)

 

(まずいわね。よりにもよってクリムゾンの連中の庭にコハクを連れてきてしまうなんて‥‥これでコハクが連中に再び奪取されるとプロジェクトが大幅に遅れるわ‥‥コハクがクリムゾンの連中に見つかる前にナデシコに戻した方がいいかもしれないわね)

 

コハクの存在はクリムゾンにとってもトップシークレットだったが、万が一、コハクの存在を知っているクリムゾンの連中がこの島に居ないとは限らない。

そう思ったエリナは、コハクを探すが浜辺に彼女の姿は見えない。

 

「あれ?コハクは?それに艦長もいないみたいだけど?」

 

「コハクちゃんなら、さっきこの島を探検するって言って密林の中に入ってきましたけど?」

 

ジュンがコハクの行方をエリナに伝える。

 

「何ですって!?」

 

ジュンから聞いたコハクの事を聞いてエリナは思わず声をあげる。

 

(まずいわ、新型チューリップの探索ついでにコハクを探してきてもらわないと‥‥)

 

「はい、そろそろ探索を開始して」

 

エリナはコハクの探索を隠す為に本来の任務を始めるようにエステバリスのパイロット達に仕事をする様に言う。

 

「へいへい」

 

バカンスの時間が終わり、エステバリスのパイロット達は次々と浜辺から自らのエステバリスへと向かう。

その途中‥‥

 

「コラー!!あんた達!!何処行くのよぉー!!」

 

砂浜で埋まっているムネタケが声を上げるが、誰も答えないし、誰もムネタケを気にも留めないし、助けようともしない。

何度も波を受けている為か、彼の頭には海藻とヒトデが乗っかっている。

其処にまたもや波がやってくる。

 

「あれー!!」

 

海岸にこれで何度目になるか分からないムネタケの絶叫が木霊する。

しかし、相変わらず誰も気には留めないし、助けもしない。

哀れである。

 

「あっ、アカツキ君」

 

「ん?」

 

エリナがエステバリスに向かうアカツキを呼び止める。

 

「なんだい?エリナ君」

 

「実は‥‥」

 

エリナはアカツキにこの島がクリムゾン家の所有になっている事、そしてコハクが密林に探検に行っていることを伝える。

 

「本当かい?それは?‥‥そいつは少々厄介だな‥‥」

 

「ええ、万が一クリムゾンの連中にコハクが見つかると厄介だわ。その前にコハクを連れ戻してきて」

 

「了解」

 

アカツキは急いで自らのエステバリスに乗り込んだ。

今回の調査目標である新型のチューリップは直ぐに見つかったが、チューリップは何故かバリアに包まれていた。

これはチューリップの能力ではなく、チューリップの四方に設置されたバリア発生装置から発生しているモノで、そのバリア発生装置にはクリムゾングループの家紋が描かれていた。

 

アカツキが本来の任務+コハクの捜索をしている中、その肝心のコハクとユリカは密林の中にひっそりと建つ手入れが行き届いた花園と噴水のある白い別荘のような建物を見つけた。

そこのテラスにはユリカの探し人であるアキトは白いワンピースを着た女の人と一緒にいた。

アキトを見つけたユリカは一目散にテラスへと向かい、

 

「アキト!誰なのその人!?」

 

アキトに声を上げ、一緒に居るその女の人が誰なのかをアキトに問う。

見たところ2人は随分と親しいように見える。

 

「誰?」

 

女の人は目を細めてユリカとコハクを睨みつける。

 

「あっ、どうもはじめまして」

 

ユリカは反射的に女の人に挨拶をする。

 

「ユリカさん、そうじゃなくて‥‥で、アキトさんその人誰ですか?」

 

「あっ、いや‥これは‥‥」

 

コハクが改めてアキトに女の人が誰なのかを問う。

心なしかコハクの目がジト目で何だか不機嫌そうである。

 

「ここまでのようね」

 

白いワンピースの女性が胸元のブローチを押すと、チューリップを覆っていたバリアが消え、チューリップの花弁が開くと中から巨大なジョロが出てきた。

 

「なるほど、あのチューリップはどうやらワームゲートではなく、アイツの運搬カプセルの様ですね‥‥蜥蜴も色んな戦法を試していると言う事かな?」

 

それを見て冷静に新型チューリップの分析を行うコハク。

ただ巨大なジョロをそのまま放置するわけにもいかないので、エステバリス隊は巨大ジョロを攻撃する。

そんなコハクやエステバリス隊、巨大ジョロを無視し、ユリカはアキトに詰め寄る。

 

「アキト!誰なのその人!そんなに2人でくっ付いちゃって!貴女!アキトから離れなさい!」

 

「ま、待ってくれ!彼女は‥彼女は俺にとってのアクアマリンなんだ!!」

 

「はぁ?」

 

白いワンピースの女性をゲキガンガーに登場するキャラに例えるアキトを見てユリカは絶句する。

まぁ、この女性、アキトが言うゲキガンガーの登場人物に容姿と声が物凄く似ていたので、無理もない。

 

「ユリカさん危ない!!」

 

コハクがユリカを庇う様に覆う。

巨大ジョロから放たれたミサイルが近くで着弾し瓦礫が降り注ぐ。

同じくアキトも白いワンピースの女性、アクアを庇う。

 

「大丈夫か?アクア‥えっ?」

 

近くにミサイルが着弾し、ここも危険だというのにアクアは顔を赤らめている。

 

「嬉しい。いよいよ私たち最後のときを迎えるのね?」

 

自分が死ぬかもしれないのに何故か嬉しそうな様子のアクア。

 

「えっ?」

 

「私の夢が叶うのね‥‥戦火の中に散る愛し合う2人‥‥ああ素敵」

 

「あ、アクア君は何を言っているんだ?」

 

アキトとしては彼女の言っている事が理解できない。

 

「私はずっと待っていたのよ!!この時を!!美しく死ぬ愛し合う2人‥‥そう、その時私は悲劇のヒロイン~!!」

 

アクアは嬉しさのあまりに舞い踊っている。

 

「アキトさん!!その人、イネスさんよりも危ない変人だ!!その人から離れて!!」

 

「貴女!!アキトから離れなさい!!」

 

瓦礫を刃物化した髪の毛で細かく切り裂いて、アキトに忠告するコハク。

そんなコハクの人間離れした能力に気づかずアクアにアキトを離すよう命令するユリカ。

しかし、アキトは腰が抜けたのか動こうとしない。

 

「あ、あれ?どうして?‥‥か、体が動かない」

 

「食事に混ぜた痺れ薬が効いてきたみたいね」

 

「えええーっ!!」

 

ユリカとコハクが来る前、アキトはアクアが作った料理を食べていた。

まさかその中に薬が盛られていた事に驚愕するアキト。

コックを目指すアキトの舌をも見抜けなかった薬‥‥恐らく無味無臭の薬だったのだろう。

 

「アキト~」

 

「変人さん!!死にたいのなら1人で死ね!!他人を巻き込むな!!」

 

コハクはアクアに指をさして抗議する様に言う。

 

「貴女達に分かるもんですか!小さい頃から何不自由なく、欲しいものは何でも手に入って‥私はずっと憧れていたのよ!悲劇のヒロインに‥‥」

 

これから死ぬかもしれないのと言うのに目がキラキラと輝いているアクア。

 

「駄目だ、この変人‥早く何とかしないと‥‥」

 

アクアの異常さに呆れながら呟くコハク。

 

「幸福すぎたのが私の不幸‥‥私は愛する男の人と2人戦火に散る‥‥あのチューリップは神様のくれた贈り物だったんだわ~!!」

 

「わ~や、やめてくれ!!」

 

「アキト、もう放さない。私たちここで美しく散るのよ」

 

巨大ジョロはエステバリスよりも手ごろな獲物と判断したのか、アキトとアクアに迫ってくる。

だが、間一髪リョーコのエステバリスがジョロに体当たりをしてアキトを危機から救う。

 

『平気か?アキト!』

 

アキトの無事を確かめるリョーコだったが、カメラが捉えた映像はアキトがアクアに抱かれている光景だった。

 

『アキト!テメェ、何やってんだ!?』

 

「リョーコ、後ろ、後ろ!!」

 

巨大ジョロが起き上がりリョーコ機を襲いかかろうとするが、

 

『うるせぇ!』

 

リョーコの怒りに満ちたアッパーが決まり、続いて左フックと蹴り、最後に至近距離からのライフル射撃に流石の巨大ジョロもこれには耐え切れず爆発した。

 

『こえぇ~‥‥』

 

アカツキの呟きがその戦いを見ていた者の気持ちを代弁していた。

その後、コハクがアクアから何とかアキトを奪還して、皆はナデシコへと戻った。

夕日に染まるテニシアン島から離れていくナデシコ。

そんなナデシコを見ながらアクア浜辺で、

 

「アキト!!カムバック!!私と一緒に悲劇の主人公になりましょう!!」

 

そんな事を言っていたが、正直付き合っていられない。

 

その日の夜、ナデシコで‥‥

 

「アキト!あの子の料理は食べたんでしょう!?」

 

「アキト!遠慮すんなって!オレの作った飯が食えないってのか!?」

 

ユリカとリョーコにドロドロのヘドロのような料理(?)を迫られ逃げ惑うアキト。

 

「誰か助けてくれ~!」

 

そしてある一室では、

 

「言った筈です危険な所には行かないと‥‥」

 

笑顔でコハクに迫ってくるルリ。

 

「ま、まさかルリ‥ああなることを予見して‥‥」

 

「うふふふ」

 

「お、俺は‥‥」

 

「ぼ、僕は‥‥」

 

「「悲劇の主人公だ~!!」」

 

ナデシコに2人の男女の悲鳴が響いた。

 

余談であるが、今月のナデシコ標語には、

 

『ある者の幸福はある者の不幸…他人の不幸は蜜の味』 byアカツキ・ナガレ

 

が、選ばれたと言う。

そしてテニシアン島の浜辺に埋められたムネタケはと言うと、

 

「こら~ちょっと!!私はどうなんのよ!?」

 

未だに砂浜に埋められていた。

そんな彼に‥‥

 

「ウフフフ~」

 

「ん?」

 

「もうすぐ潮が満ちてきて2人は海の中‥‥ウフフフ‥‥」

 

アクアに絡まれていた。

 

「『ウフフフ』って何よ!?この子!?誰か助けてぇ~!!」

 

「幸せになりましょう?」

 

「幸せじゃないわよ!!私は!?アッ―――!」

 

夜のテニシアン島の浜辺にムネタケの絶叫が木霊した。

しかし、潮が満ちる前にムネタケは無事に救助された。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。

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