ボクのモンハン見聞録!〜ただそれだけの、物語〜 作:リア充撲滅委員会北関東支部筆頭書記官
答えはノーだ。
オーマイガッ!
「目が覚めると、そこは見知らぬ天井だった。」
なんて陳腐な表現になってしまうけど、今のボクの状況を述べるならばまさにそれだった。
感覚的には、そこまで長い時間気を失っていたわけではなさそうだ。完全に腹時計なのだが。
と、今の状況を理解しかねて取り留めのない思考に耽っていると、突如として香ばしい香りが漂ってきた。
ガバッ…!!
即座に起き上がる。いや、自分でも自分がこんなに食いしん坊キャラだとは思わなかったが、それよりなにより文明の香りを感じ取ったのだ。
起き上がり、香りの方向に顔を向けると、そこには串刺しの肉を焼いている猫……否、アイルーがいた。
おお、リアルアイルー…!
などという感動を抱く前に、ボクの感情は全てその肉に釘付けになった。この世界に来て初めて目にする、人間らしい食料に。
だが、そこで無理に起き上がった反動か、全身を有刺鉄線で縛られたかのような痛みが走り、苦痛に顔を顰めながらボクの寝かされているベットのような場所に倒れる。あまりの痛みにふたたび意識が飛びそうになるが、それをアイルーの「にゃーにゃー!?」という鳴き声がなんとか繋ぎ止める。
肉を焼いていたアイルーは、肉焼き機的なものの火を消して慌ててボクに駆け寄ると、なにやらにゃーにゃー言いながら、瓶に入った濁った緑色の液体を差し出して来た。その不気味な色はもちろん、なにやらドロドロしていて、しかも妙な匂いまでする。いや、これ飲んじゃダメな奴じゃ……
しかし、アイルーに害意が有るようには見えないので、取り敢えずそれを左手で受け取り、匂いを嗅ぐ。
この香り…これのエグい感じは…薬草?と…そのエグ味を却って強調する甘い匂いは……ハチミツと思わしき物が入っているようだ。聞くまでも無いだろう。回復薬グレートである。
ああ、あの謎の魔法薬ね。
アイルーはまだ横でなにやらにゃーにゃー言っている。
ボクは回復薬グレートと思わしき物をしばし見つめ、生唾を飲み下し、そして覚悟を決めてそれを口に含んだ。
瞬間、口の中に襲いかかるは猛烈なエグ味と苦味と甘味の波状攻撃。口の中を掻き毟りたくなるようなエグ味がまるでブラキディオスの粘菌のように炸裂し、それを強調するもっさりとした甘味がゲリョスの毒液のように口の中に広がり、最後に脳天まで突き抜けるような強烈な苦味が怒り状態のティガレックスの突進のように舌の上を駆け抜ける。
ヤバい。後悔の涙で時間が巻き戻りそう。
しかしそんなことは起こらず、ボクはなんとかこの回復薬グレートを飲み干した。
却ってダメージを受けそうなぐらい不味かったが、しかしその効果は確かなものであった。
これまで体を苛んでいた倦怠感や痛みがスッと引き、しかもチラホラと見られた傷が少し治っているのだ。やっぱモンハン世界の物質って意味わかんねぇや。
体力が単純に回復するなんて薬、元の世界にあったら間違えなく戦争の種だね。
などと取り留めのないことを考えて若干現実逃避していると、目の前に串に刺さった肉が差し出された。
それを追ってアイルーに視線を向けると、アイルーはよくわからないけどコクリと頷いた。食べていいってことだろうか?恐る恐る串を受け取ると、アイルーはササッと戻って肉焼き機の片付けを始めた。
もう一度肉に視線を向ける。
正直に言って仕舞えば、肉の品質としてはそこまでいいものではないし、味付けは保存用の調味料のみ、焼き加減も素人のそれだ。だが、しかし、それでも、
表面に滲む僅かな肉汁。少しコゲてはいるけど香ばしい香り。本能的に食らいつきたくなる肉の匂い。紛れも無い焼き肉がそこにはあった。
一口、焼き肉にかぶりつく。
もちろん、天に昇ったり、服が弾けたり、そんな美味しさは全くない。寧ろ一般の料理店にも負けるような味だろう。
表面は少し焦げているし、中はパサパサとまではいかないが硬い。肉の繊維の結びつきも強くて思うように噛みちぎれないし、焼き方も均一でないから内側の方なんかは一部生のままだ。
……でも。
………でもなんで、涙が出てくるんだろう。
隣でアイルーが驚いてオロオロしながら何かニャーニャー言っている気がするけど、そんなことには意識も裂かず、ボクは肉を食い続けた。あれ?思ったよりしょっぱい…。
【
……今何か聞こえたような?
いや、気のせいか。
今はそんな事よりも、すべき事がある。
泣きながら肉を食べ終わったボクは、アイルーにお礼を言おうとするも、しかしその途中で噎せてしまい何度も咳き込む。それを見たアイルーは素早く駆け寄り、水の入った瓶を差し出した。
ボクはそれを手に取って飲み干し、喉を潤すと、改めてお礼を言う。
あ〜。え〜。他人に向かって人間語話すのなんていつ振りなんだろう?こういう時ってどうやって切り出すべき?
なんてコミュ障みたいな疑問が浮かんでくるが、まあ、ここはそこまで悩む必要性は無いだろう。
「…あ、ありがと。」
あれ?おかしいな。久し振りに声を出したからかな?後半部分が消え入りそうだ。でも、アイルー自身は結構近くにいたし、耳も良いので多分聞き取れただろう。そのはずだ。
しかし、肝心のアイルーは、ボクの方を振り向いて首を傾げた。
え?もう一回言うの?
「あ…ゴホン……ありがとう。」
今度はさっきより大きな声で言えたが、それでもアイルーは首を傾げたままだ。もしかすると、アイルーと人じゃあ言葉が通じないのかな?
うーむ。困った。
本当は頭の一つでも下げたいところだけど、生憎動くことさえままならない。本当に人生思った通りにはいかないものである。ボクの場合少しいかなすぎるきらいがあるが…。
暫く首を傾げていたアイルーは、やがて思いついたように左手に右手の拳をついた。これがフィクションであったのならば彼(彼女?)の頭の上には間違えなく豆電球が光っていたことだろう。
そんなわけで何やら思いついたアイルーは、ボクのいるテントを出て何処かへ行ってしまった。
暫しの沈黙。
その間に、ボクは自分の状況を見直した。
どうやらエリア11で意識を失ったらしいボクは、あのアイルーに助けられ、ここまで運ばれたと考えるべきだろう。
そこで改めて、自分の右腕と左足に視線を送る。
茶色く硬い毛に覆われており、指はランゴスタの甲殻に覆われ、爪は麻痺針となっている異形の右腕。
青い鱗に黒い縞模様の皮に覆われ、指先には真紅の鉤爪がついたゴツゴツとした左足。
……不気味だ。
こんな存在を、何故あのアイルーは助けた?
恩人に対して酷い考えだとは思うが、それ以上にこの世界の事が信じられないボクは、何か裏があるのではと思ってしまう。
だが、ボクはそこで、自分の思考を振り払った。
先程のアイルーが、もう一匹、一回り大きな左目に傷跡のあるアイルーを連れてきたのだ。と言うよりは、ボクに色々世話を焼いてくれたこのアイルーが小さいようだが。子供なのかな?
しかし、それを考える前に、連れてこられたアイルーがボクをその琥珀色の目でジッと見つめ、そして先程の子アイルーに何やら一言二言ニャーニャーと喋りかけた。
なんだろう?
何か変なところがあるのかな?いや、右腕やら左足やら変なところだらけだけど。
『調子はどうだ?』
先程までは猫らしいニャーニャーという鳴き声だったにも関わらず、突如連れてこられた隻眼アイルーの口から発せられる音声が、明らかに猫のそれとは変わった。
何かの言語だろうか?
ボクは暫く塾考する。
『おい、どうした?』
考え込んでいるボクに、再び隻眼アイルーの声が掛けられる。やはり何を言っているのかはよく分からないが、猫の言葉とは明らかに違う、整然とした法則というか…規則性とでも言うべきものがあった。
……。
隻眼アイルーは怪訝そうな顔をして、子アイルーに再び猫の言葉で何やら語りかけた。
アイルーに対して猫の言葉を使っているのだから……つまりボクに対して使っているのは……、
ちょっと待てボク。そうさ、わかりかけてる。
でもちょっと待ってくれ。
冗談だよね?
『おい、なんとか言ったらどうなんだ?』
また声が掛けられた。何を言っているかは全く分からないけど、流れからして多分「何か喋ったらどうにゃ?」とか言ったのだろう。
その言語に、ボクは僅かに聞き覚えがあるのだ。それは即ち…、
…ああ、間違えようがない。これは所謂モンハン語だ。
翻訳は出来ないがなんとなくそれだけは解る。
つまりだ。
『…まさかとは思うが。』
まさか……、そんな。
–––––––言葉が、通じないなんて。
そんな事が、あるのだろうか?
いや、事実として今この瞬間、ボクはこの世界の言葉を理解出来ずにいる。
ボクの認識は、甘かったとしか言いようが無い。
ひとまずの死を乗り切って、油断していたというか、慢心していたというか。
いや、違う。
心が折れないように、自分に言い聞かせて、自分を騙していたのだ。
"人里にさえ出れば、安全である。"
そんな、夢物語にも無いような幻想を、抱いていたのだ。
……だが、現実はどうだろうか。
このボクに、逃げ場などありはしない。それが例え大自然の真っ只中であろうと、大都市の人混みだろうと……、
ボクの、最凶災厄のモンハン転生は、
なんら分け隔てすることなく、恒常的に、ボクに試練を与え続ける。
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