プロローグ
此処は魔王の執務室、机の上には書類の山脈が連なっている。一枚、また一枚と書類が片付けられていくのだが減っているようには見えなかった。
「……全然終わらない。ああ、釣りに行きたい、評判の芝居が見たい、ガーデニングがしたい、そして何より可愛い孫娘のセシルの顔が見たいぃいいいいいいい」
執務室に響くのは社畜の哀れな悲鳴。荘厳さを感じさせるローブを身に纏った骸骨、モモンガである。彼は今、魔王としての職務に存在しない胃をキリキリ痛めていた。
「長期の休みが欲しいって言ったのは父さんだろう? レライさんが発見した異世界の本格的調査に行きたいからスケジュールを調整しろって言ってさ。それに可愛い娘が居るんだから良いじゃないか。でもまぁ……」
そんな言葉を掛けながら現れたのは銀髪を後頭部で括った美女。スレンダーな長身で瞳はルビーを思わせる紅。高級そうなスーツといった格好からして優秀なキャリアウーマンを思わせる。モモンガの机に飾られた幼い少女の写真を手に取ると……何の躊躇いもなく熱烈に口付けを開始した。
「あー! 私の姪っ子って本当に可愛い! ナデナデしたい、スリスリしたい、って言うかペロペロしたいっ!」
「その辺で止めておけ、馬鹿娘! って言うか自重しろ!」
「大丈夫さ、YESロリータNoタッチ! 視姦と妄想に留めておくさ! 私の理性が持つ内は!!」
「……あ~、他の子達はマトモなのに、此奴だけどうして……」
親指を立てて堂々と宣言する娘にモモンガは更に胃を痛め、存在しない肺から深いため息を吐き出し、取り敢えず『
モモンガには子供が四人存在する。骨だけだが、悪魔に転生した際に生えた羽から細胞を抽出、其れを元に精子を人工的に培養してモモンガに熱烈な好意を向ける二人の体内で誕生した。経緯はどうであれ、血の繋がった家族を子供の時に失った彼は養子のアーシアを含めて愛情を注ぎ、長男の所に第一子、モモンガにとって血の繋がった初孫が誕生した。
尚、現在モモンガのチョップを受けて悶えているのは本編主人公の家に仕えていたカウンセラーの吸血鬼の第二子で現在は魔王であるモモンガの秘書をやっているドロシーである。それと他の兄姉達は性癖と性格は比較的マトモである。
「あぁ、無限龍を倒したせいで魔王に推挙された時、
「はっはっはっ。安易に行動するなって事じゃないか。それに今の書類が終われば長期の休みだ。異世界に行ってみたいんだろ?」
本編主人公の眷属でありドラえもんポジのレライが発見した異世界。事前調査で存在する生物の強さや地理は概ね把握しており、今後は大陸ごとに現地調査が行われる事になったのだが、終末世界からこの世界に転移してきた影響で多趣味に目覚めたモモンガは強く興味を引かれ調査員に名乗り出た。その結果、現状の惨状だ。
「……そうだよな! おっし! 頑張って終わらせるぞー! 異世界の芝居とか草花とか絶景とか楽しみだなー」
「あっ。一応仕事って名目だから私もついて行くよ。あと、流石に二人だけは無理だからハムスケ借りていくから」
「ふぁっ!?」
別に二人の妻や成人した子供達が鬱陶しい訳ではないが、気楽な一人旅だと思っていた矢先に思わぬ連れを知らされたモモンガ。彼の苦労はこの時点で始まっていた。
「いや~、それがし旅行は久し振りで御座るよ。前は頻繁に殿の家族旅行にご同行して姫や若の子守をしたでござるが。およ? どうしたでござる? モモンガ殿」
「……あ、うん。ちょっと癒やしが欲しくってな」
出発の当日、待ち合わせ場所に先に来ていたハムスケの毛皮に身体を預けるモモンガの姿があった。激務で久々に寝顔以外を見ることが出来た孫娘だが、モモンガが長期の仕事という名の旅行に行くと聞いた途端に妻、彼女からすれば祖母にどこか行きたいと言い出し、結局所有する別荘に泊まりがけで行くことが決定した。
「お、俺だって孫と旅行に行きたかった……」
「あー、はいはい。スケジュール調整して日帰りくらいなら行けるようにしてあげるからさ。まったく、優秀な娘に感謝してくれよ?」
「流石俺の娘! 最高!」
「……現金だなぁ」
コロッと態度を変えたモモンガを見ながらドロシーは呆れながら魔法陣を起動させる。光がモモンガ達を包み込み、次の瞬間には森の中に転移していた。
「さて、設定は分かってるね?」
モモンガとドロシーの格好だが転移した瞬間に変わっている。モモンガは骨の腕を隠すための籠手を両腕に装着し、顔は嫉妬マスクと呼ばれていた仮面で覆う。ドロシーはスーツではなく軽鎧を身に付け腰に二本差し。ハムスケも鞍を装着していた。
「俺は旅の魔法使いで、お前は娘兼助手。ハムスケは使役魔獣だな」
「了解でござる! 殿からお二人の指示に従うように言い付けられているでござるし、張り切るでござるよー!」
「じゃあ、早速行こうか。街に向かう前に……悪党退治だ」
格好付けて飛び乗る二人だが、乗っているのは巨大なジャンガリアンハムスターなので少々情けなかった……。
「やあ、いい天気だね」
森の奥の洞窟を根城にした『死を招く旅団』。入口で警戒をしていた男達は現れた美女に目を奪われた。銀の髪に赤い瞳、スラッとした高身長で胸は控えめなのが残念だが劣情を誘うには充分だ。事実、彼らは既にどうやって犯すかを考えていた。
「へへっ。どうしたんだい、お嬢ちゃん」
「まあ、中に入りなよ。服を全部脱いでさ」
武器を構えて力付くで捕まえようと近付いていく。逃げる様子がないのは足が竦んでいるのだと考えて、顔を欲望で染め上げて。次の瞬間、二人の足下めがけて巨大な火球が飛来して爆ぜた。衝撃で吹き飛ばされて岩壁に激突するも死んではいない様子。其れを確かめたドロシーはジト目を物陰に隠れていたモモンガに向けた。
「……父さん。計画では私が此奴達に催眠を掛けて情報を聞き出すって手筈だっただろ? 冒険者って身分があった方が調査に役立つし、手土産にする手柄が欲しいって言ったじゃないか」
「ごめんごめん。いや、嫁入り前の娘にあんな態度をとられたからつい……」
「親心と思っておくよ」
仕方ないなと溜め息を吐きつつ笑うドロシー。その横では一人を叩き起こしたハムスケがちゃんと仕事をしていた。
「『
「あっ、それと私は嫁に行く気も婿を取る気もないから。男よりロリが良い!」
「……さて、行こうか」
「ちょっと待って貰お……」
「先手必勝!」
途中、刀を持った青い髪の男を瞬殺したドロシー。捕まっていた女達を救出して揚々と近くの街エ・ランテルへと向かうのであった。
「あの青い髪の男、ジェームズさんの部下に似てないか?」
「さあ? 他人の空似でしょ」
見聞のためとハムスケが引っ張る荷台に乗せられた死骸と捕縛された賊の山を見ながらそんな会話をする二人。この後、任務のために来ていた別の知人と同姓同名の男によって青い髪の男が誰かが判明し少し騒ぎになるのであった……。
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