さて、これで完結四作目
普段は呑気で何処か抜けていて、もしかしたらハムスケと同程度の知能しかないのではと一部のものに疑われているゼスティだが、この日の彼女は真剣な様子だった。床の上で座禅を組み、目を閉じてジッと精神を集中させている。
「姉ちゃ……」
「こら、今の姉さんに話し掛けたら駄目。これから大切なお仕事があるから集中しているの」
奇妙に思い話し掛けようとした弟妹達を止めたヴァイオレットは頼もしいものを見る目を姉に向ける。普段は自分に怒られてばかりの情けない姿が多いが、ここぞという時は本当に頼りになると彼女は知っているのだ。
「頑張ってね、姉さん。……あれ?」
ふと口元を見れば涎が垂れ落ちそうで、微妙に頭がコクリコクリと前後に動いている。耳を澄ませば安らかな寝息さえ聞こえてきた。
「……」
無言で棚からハリセンを取り出す。レライに作って貰ったゼスティにのみ電気ショックを与える特別性。それを勢い良く振りかぶり、彼女の後頭部に叩き付けた。
「起きろっ!!」
「ぷひゃっ!?」
「今から重要なお仕事なんでしょ? なのに寝るってどういう事? ねぇ、どういう事か教えてくれるかしら? ねぇ、ねぇ!」
「いや、これは……」
「言い訳しないっ!! 明日の朝ごはん無しっ!!」
曹操が嬲り殺しにされている頃、チャンドラー家のリビングでは何時もの光景が繰り広げられていた。
「お、おい、実験ってどういう事だ!? オーフィスの存在が他の神話にバレたら拙い事になるぞ。特にハーデスの爺ぃとか……」
《ファファファ、呼んだか?》
オーフィスに対し実験への協力を持ち掛けたジェイルに連れられてアザゼルは冥界のとある施設まで転移する。オーフィスとは途中で別れて別室に案内されており、何も聞かされていない彼が慌てる中、背後から聞きたくない声が聞こえてきた。
《おや、一体どうした? カラスは昼間は目が効かんのか?》
「な、なんで此処に……」
其処に居たのはハーデスだけではない。協定を結んだ各神話の責任者が集まっていた。あからさまに敵意を浮かべてはいないが、その目は友好的な物では決してない。皆、アザゼルには非友好的な視線を向けていた。
「私が呼んだからだよ、アザゼル」
「アジュカっ!?」
「さて、皆様。始めましょうか。世界の危機を取り除くための第一歩を」
魔王の中で唯一アジュカだけがこの部屋にいる中、巨大な実験場の映像がスクリーンに映し出される。そこにはオーフィスと、全身に杭が刺さった蛇と人を融合させたような姿の堕天使の姿があった。
「サマエルだとっ!? ありゃ各神話の同意の下で封印されてたはずだろっ!?」
「ああ、なので全員の承諾の下で封印を解き、あのレライとかいう嬢ちゃんが操っているのじゃよ、小僧。貴様の独断行動よりも効果が見込めるのでな」
オーディンが笑う中、実験に協力すると約束したからか、それとも無限の存在ゆえに身に迫った危険を回避するという本能が無いのかオーフィスは巨大化したサマエルの舌に飲み込まれる。何かがオーフィスの体から抜けていく中、レライはサマエルの方に視線を向けた。
「この程度で良いかな? じゃあ、後は宜しく頼むね、二人共。主神や代表者の皆様も宜しくお願いします」
レライが指を鳴らすとサマエルと同時に彼女は転移する。その場に残されたオーフィスに先程までの力はもう無い。無限の存在から有限になり、力は二天龍より二段ほど下になっていた。そして、その存在を完全に滅するべく二人が現れた。
「モモンガさん、止めは頼むっすよっ!」
「ああ、任せろ。お前は確実に決められるように追い詰めてくれ」
ゼスティと一誠の禁手で倍加を可能にした状態のモモンガ、この二人は既に最大ま己の力を高めている。時間の余裕、落ち着いて力を高める余裕がある以上、敵と対面するより前に力を高めておくのは当然であった。
「悪いけど……全力で行くっすっ!!」
多くの血の繋がらない弟妹を持つゼスティにとって幼女の姿をしたオーフィスと戦うのは心苦しい。だが、オーフィスがテロリストに力を貸した為に多くの犠牲が出て、これからも多くの者が泣く。オーフィス自体も利用する為に力を貸したのだから、騙されたとか利用されただけなどは通じない。グレートレッドを打倒し次元の狭間を取り戻すという目的は世界を破壊しかねない危険な物だからだ。家族の、友人の、知らない誰かの為にもゼスティは一切の手加減をしない。
「おりゃっすっ!!」
鋭い蹴りがオーフィスの柔らかそうな腹に直撃する。矮躯は容易に地から離れ斜め上へと飛んで行くが、既にゼスティが回り込み斜め下に蹴り飛ばす。加速して飛んで行くオーフィス。防御が必要なかった故に防御するということを知らない、故に回避も防御もしないその体をゼスティは真上に蹴り上げ、最後に翼を広げて再び先回りすると両の拳を組み合わせハンマーの様に叩き付ける。
「凄まじい力じゃの……」
その光景を見ていた神々が戦慄する中、オーディンが代表するように呟く。力に引かれてグレートレッドが出ないよう、オーフィスが逃げ出さないように全員で結界を張っているが、あまり長くは持ちそうにない。だが、長く持たせる必要はない。地面に強く叩きつけられたオーフィスはクレーターの中に沈み、起き上がろうとするが膝から崩れ落ちる。凄まじいダメージによって起き上がれないオーフィスの直ぐ傍で、モモンガの切り札が効果を発動しようとしていた。
それはモモンガの持つスキルの中でも切り札と言えるもの。デメリットとして百時間に一度しか使えない。だが、このスキルを発動させて唱えた即死魔法は十二秒後に発動してあらゆる耐性を貫通し、大地や空気さえ殺す。そのスキルの名は『
「『
この日、無限の存在であったオーフィスは完全に死を迎えた。たとえ蘇生の手段があったとしても魔法の効果によって阻害される。
アジュカはその光景を見て笑い、各神話の代表者達に向き直った。
「では、後はサマエルを吸い取ったオーフィスの力ごと消滅させて終わりに致しましょう。跡形もなく完全にね……」
こうしてテロ組織との戦いは終わりを告げた。この後、二つに分かれて戦争を行っていた吸血鬼の国が隕石群の落下によって滅びたり、ボーナスを使い切って手に入れた指輪を使い切ったが、超激レア物の酒杯(三つセット)を手に入れた骸骨が喜んだりしたが、ごく少人数だけが知っている事だ。ついで言うならばモリアーティ家にメイドが一人増えてギャスパーと仲が良い事くらいだろう。
そして十数年後……。
「あ痛たたたたたっ! こ、腰がぁあああああっ!!」
モリアーティ家当主の部屋に部屋の主の悲鳴が響く。四つん這いになった彼の背中にはピンクがかった髪をした幼い少女が乗っている。彼女の名はイブ。今年三歳になるジェイルとフランの娘である。二人だけで旅行に行き、今日帰ってきたのだが孫に付き合って無理をしすぎたようだ。
「おじー様、だいじょうぶー?」
「大丈夫大丈夫。でも、退いてくれたらお爺様うれしいナー」
「やだー!」
可愛い孫にせがまれて仕事中に馬になっていたのだが見事に腰をやられてしまったモリアーティ。腰痛になった祖父が頼んでもイブは背中から退こうとしなかった。
「あらあら、駄目よ、イブちゃん、さっ、私とお昼寝しましょうか」
「うん! おばー様とお昼寝するー!」
数分後、妻に連れられて去っていく孫の姿に寂しさを感じつつもホッと一息つく。だが、執務机に大量の書類が置かれた。
「セ、セバスチャン? それは何かナ?」
「今日中に済ませて頂く書類です。イブお嬢様とのご旅行中に溜まりに溜まりましたので」
一切の容赦はなく、腰痛を堪えながら仕事を終えたのは夜中の事だった。
「……あー、糞、だりぃ」
「行儀が悪いですよ。もう三十代でしょうに」
「俺は悪魔だから良いんだよ。にしてもテメェ老けたなぁ」
イギリスのとあるオープンカフェにて怠そうにしているモードレット。テーブルの足を乗せて大欠伸をした所でアーサーによって注意を受けた。
「まあ、既に子持ちですしね。貴女はどうなのですか?」
「あん? 興味ねぇよ、んなの。そんな事よりもルフェイの男ってどんな奴だ? くだらねぇのなら俺が根性叩き直してやるよ」
「止めて下さい、絶対死にます。私もよくは知らないのですけどね。……来たようなので本人から聞いてくださいよ」
こうして偶にだが兄妹三人で会い、他愛も無い事を話している。毎回同じような物だが、それでも楽しいようだ。
「行け、ハムスケ!」
「行けー!」
「ひ、ひげは引っ張らないで欲しいでござるよー!」
その頃、ハムスケは小学生ほどの男女の双子を乗せて疾走していた。ジェイルの弟のジャックとルーティである。ルーティの方が一時間だけ早く生まれたので姉だが、ジャックの方がしっかりしている。二人はハムスケに乗るのが大のお気に入りであった。
「最近戦いがなくて暇でござるなあ。お昼寝がはかどるでござるよ。そろそろお腹が減ったでござるがご飯はまだで御座ろうか……」
「レライ君、次の研究だが……」
「ああ、もう資料は揃えているよ」
レライはアジュカの研究所で彼の助手として働いていた。自分の研究も並行して進め、今では権利関連で莫大な富を築いている。その全てを研究費に注ぎ込んでいる彼女だが、その指には指輪が嵌められていた。そして同じ指輪がアジュカの指にも……。
「そろそろハムスケの番いを作ってやろうかな? でも、私が作ったら姉弟じゃ……別に良いか」
「ならこっちで作ろう。材料は揃っているし、今のハムスケよりも優れたのを……」
「……は? 私が作って改造しまくったハムスケより優れたのを作る? 面白い! どっちがより優れたのを作れるか対決と行こうじゃないかっ!!」
どうやら仲は良好のようだ。この後、熱中するあまりに強いキメラの作成ばかり気が行ってハムスケの事は忘れられたのだが……。
「うぅ、感無量っす。皆、大人になったんっすね」
ゼスティは弟妹全ての就職が決まった事で安堵する。やがて全員自分の下から巣立っていくと思うとうれしい反面寂しくて、溜息を吐いた途端に頭にハリセンが叩き込まれた。
「当たり前でしょ、姉さん。ったく、いい加減慣れなさいよ」
「ヴァイオレット、酷いっすよぉ」
「はいはい、ごめんごめん。……でっ、姉さんはいつ次のステップに進むのかしら? 姉さんが結婚しないと私も安心出来ないんだけど?」
「いや、ヴァイオレットの方が先っすよ。自分、悪魔だから寿命は長いっすし」
「あら、私は彼氏居るわよ? ちゃーんと身元も素行も調べたのが」
「聞いてないっすよっ!?」
「言ってないもの」
妹の先を越されたことにショックを隠せないゼスティ。彼女に春が訪れるのは何時になるのやら……。
「……うーん。中々いい名前が思い浮かばないな」
「大丈夫です、イッセーさん。私達の子ですから、どんな名前でも幸せにしましょう」
一誠とアーシアは数年前に結婚、もうすぐ生まれてくる我が子の名前が中々決まらずに悩んでいた。冥界に家を購入し、二人で暮らしているが孫が生まれればモモンガが入り浸る事になるだろう。それを予感している一誠はせめてその間だけはアーシアとの甘い時間を過ごしたいと思っていた。
「なあ、アーシア。もう安定期だし、触るくらい良いか?」
「最初の妊娠で不安ですし駄目です。殴りますよ? 本気で」
「……はい、ごめんなさい」
すっかり尻に敷かれている彼だが、生まれてくる娘の尻にも敷かれる将来を知る由もなかった……。
「ほら、気を付けてね。三人目だから安心だけど、それでも注意しなきゃ」
ジェイルは気分転換に庭を散歩しながらフランと腕を組む。彼女のお腹は膨らんでおり、胎児は順調に育っていた。
「ジェイル……だーい好き」
「ああ、僕も君が大好きだよ、フラン」
二人は笑いあい、キスをする。これからも二人は多くの仲間や家族に囲まれて幸せに暮らす事だろう。きっと、何時までも……。
なお、モモンガは悪魔になったことで生えた翼の細胞から疑似的な精子をレライが作成。それによって妊娠した二人に子供の顔を見せられ結婚させられた。まあ、幸せなのではないだろうか。
「俺がオチ担当かよっ!?」
応援有難うございました