成り上がりの息子と赤龍帝     作:ケツアゴ

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虎の尾 竜の逆鱗

悪人も英雄も最期はあっけないものだ。人間には到底不可能な十二の試練を成し遂げたヘラクレスは毒が塗られた下着を穿いて死を選んだ。生きたまま世界一周を成し遂げたフランシス・ドレイクは熱病でくたばった。

 

 だから、英雄に憧れ、英雄とは何なのか理解しなかった少年も呆気なく終わりそうだ。彼にはこの言葉を贈ろう。憧れは理解から最も遠い感情だ。特に接点の無かった老人の言葉で変わった彼の憧れや信念は煙のように軽い物だったのだろう。

 

 

「……そうだ、間違っていたんだ。今までずっと……」

 

 三国志の英雄曹操の子孫である曹操は山中で木にもたれ掛かりながら空を見上げ呟く。食事が足らず、暖かい布団での安眠も出来ない彼は見るからに窶れ、少し前までの自信に満ち溢れた姿は何処にも見えない。何日も洗濯をしていないのか汚れた制服の脇腹の辺りは血で染まっていた。

 

 お前にはもう付いていけない、お前の何処が英雄だ。部下だった者達は口々に彼を罵って去っていった。だが、仕方のないことだ。レオナルドは射殺され、ゲオルクは敵の監視中に爆発し、ジャンヌもヘラクレスも連絡が取れなくなった。

 

 力で他者を支配するのは有効だ。だが、相手が悪すぎた。力を誇示できなくなれば人は付いて来なくなる。怖じ気づき、攫った九尾の姫を連れ出した者が居た。残り僅かな資金を持ち出した者が居た。曹操の首を手土産に投降と減刑を目論んだ者が居た。

 

「元から奴らは道具だった。最初から居ても居なくても同じだった……」

 

 曹操は慣れない手当をした刺し傷をさすり、解毒剤を飲み込む。彼の最大にして最後の自信の根拠である聖槍を握り締めた彼は一枚の書類を手にする。ジェイル達が宿泊しているホテルの見取り図が記載されていた。

 

 

「俺は覇道を歩むんじゃない。……俺が歩んだ道が覇道だったんだ……」

 

 立ち上がった曹操は計画を練る。ターゲットはアーシア・アルジェント、赤龍帝の恋人で、フェンリルを倒したモモンガの養女。彼女を浚い、二人を意のままに操れば全ては上手く行くと本気で思っていた。

 

「トイレにでも行って一人になった時を狙おう。ああ、見た目は良いし犯すのも面白そうだ。曹操は好色だったしね」

 

 事実曹操には多くの妻が存在し、息子だけでも二十名以上の名前が残っている。その多くの子供の誰かの子孫である曹操は既に信念も薄っぺらい誇りも失い、完全に我欲で行動する犯罪者の瞳になっていた。

 

 しかしこれは偶然だろうか? この曹操が部下に裏切られ組織としての力を失ったように、三国志において曹操は赤壁の戦いでは引き入れた敵将と軍師にしてやられ、何度もスカウトして引き入れた司馬懿の一族に国を乗っ取られた。自ら破滅を呼び込む所は遺伝していた様だ……。

 

 

 

 

「……随分と面白い話をしているな」

 

「っ!?」

 

 その声は突如背後から聞こえてきた。咄嗟に槍を構えようとする曹操。その腕の中の槍は……消え去っていた。彼が狼狽する中、目前の相手の手の中に聖槍は存在する。もっとも警戒する相手、モモンガの手の中に唯一の切り札が収まっていた。

 

 

「指輪をまた一つ使ってしまったが、この槍を手に入れたのだから良しとしよう。コレクター魂を刺激されるにも関わらず、悪魔がこれを持つことへの対外的な問題から極秘に封印するしかないのが残念ではあるが……」

 

 モモンガは名残惜しそうに聖槍を弄び、心底惜しそうに異空間に収納する。天界や信者、他の神話の反応を考えると公に所持は出来ず、神の遺志が宿るなど悪魔的に不吉でしかない。レア物大好きなモモンガは世界に一つしかないアイテムを泣く泣く諦めるしかなかった。

 

「ま、まあ、モリアーティさんが奥さんに内緒で集めている骨董品を幾つか指輪と槍の代わりに貰えることになっているしな……さて、話を戻そうか」

 

 モモンガの声が一変する。人の良い小市民的な声から見た目相応の死の支配者へと変わったモモンガに対し、曹操は槍を返せとさえ言えない。言葉を発する勇気が存在しない。

 

 

 

 

「お前は私の身内に何をしようとした? 嫁入り前の大切な義娘を浚い、あまつさえ犯すだと? く…糞がぁああああああああっ!!」

 

 モモンガの右腕が曹操の顔面を掴んで口を塞ぐ。左腕が外そうとした曹操の腕を掴み、握り潰した。声にならない絶叫を上げる曹操。だが、その程度でモモンガの怒りは収まらない。

 

「糞が! 糞が! 糞がっ!  お前は殺す! 絶対に殺す! ああ、勿論アンデッドなどにしてやるものかっ! 魂をソウルイーターに食わせて転生もさせんっ!!」

 

 曹操の顔面を掴んだ腕を振り上げ、木に一撃でへし折れる威力で叩き付ける。何度も、何度も、曹操が既に死んでも何度も繰り返す。怒りが収まるまでずっとモモンガは曹操の死体を痛めつけ続けた。

 

 

 

 

 

 

「今までの奴、自分の力だけ鍛えてた。でもお前は誰かと一緒に戦うための力。何故?」

 

 危険だからと同じ班の一般人は催眠で退避させオーフィスの対応をしているジェイル一行。オーフィスはこの場で一誠に一番興味深々な様子で、食べかすが口に付いたまま彼の顔をのぞき込む。一誠は少し考え、自分に言い聞かせる様に言った。

 

 

「多分、俺が恵まれているからだと思う。俺は両親に恵まれた。馬鹿やって反省もしない出来の悪い俺を見限らずに愛してくれた両親に恵まれた。そして仲間に恵まれた。眷属内だけじゃなく、ろくに体を鍛えていなかった俺を鍛えてくれた警備隊の皆、力の扱い方をレクチャーしてくれたドライグ。皆が居たから、皆の為だから俺は強くなれて、今の力を手に入れたんだ」

 

 一誠は今一つ理解できて居なさそうなオーフィスの姿に悲しいと思い、そんな自分に言い聞かせた。見た目が少女じゃなかったら、本来のドラゴンや以前までの老爺、例えば直ぐに嫉妬していたイケメンだったら同じ様に反応したのか、と。

 

 

「なあ、オーフィスには仲間って言える奴は居ないのか? 力を利用する気だけの奴らじゃなくてさ、互いに信じられる仲間が……」

 

「信じられる仲間? それ、どうやって作る? 居ればグレートレッド倒せる?」

 

「そうか、居ないよな、居るはずないよな。俺、聞いたんだ。グレートレッドとお前が戦えばお前が次元の狭間を取り戻せば世界がどうにかなっちゃうって。結局、全員自分の事しか考えてなかったんだな……」

 

 それでも一誠は悲しさを感じずにはいられない。不思議そうにするオーフィスを見て彼が拳を握りしめた時、ジェイルの携帯に着信があった。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇオーフィス。ちょっと実験に付き合って貰えないかな? 君の要求を飲んだし、()()()()の為に君も力を貸してよ」

 

「信頼関係の為? 我、分かった。何すれば良い?」

 

 曇り一つない笑顔でオーフィスに頼み込むジェイル。一誠の目には一瞬だけモリアーティと重なって見えた……。




次回最終回!


・・・・自分、出番有るんっすかね?BYゼっちゃん

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