先程からカリカリカリカリとペンを走らせる音が執務室に響く。目の前には書類の山又山、全然減る様子が無く、隣の部屋では父さんの眷属(ギャスパーは三時間前にダウンした)が必死に追加の書類を作成しているんだろう。
新たに加わった領地への支援や他の領地からの移民希望と、元の領地の領主への対応。これに通常の領地の書類や商会関連の書類も加わって悪魔の体力でも相当堪える。
「……そろそろ休憩にするかネ?」
両手にペンを持って同時進行で作業を進めていた父さんは疲労が滲んだ顔で息を吐き出す。僕が頷くと机の上のベルを鳴らしメイド達を部屋に呼んでお茶を煎れてもらった。
「……短期間に功績を挙げるのも考え物だ。権力を持つと言うことはそれだけ大勢の民の人生を背負うと言うことだからネ。……上級悪魔を目指す者への事前講習とか提案すべきかな。まぁ派閥を広げようとしていると言われるのがオチか」
「……モモンガさんや僕に北欧の方から縁談が持ち上がって、何とか回避したけど大変だったよね。ガゼフは……女っ気が無かったから良かったのかな?」
僕とフランの円満な夫婦関係の為に犠牲になってくれたガゼフには感謝している。警備隊隊長って重要な役職のお嫁さんが余所の神話ってのは少し不安だけど、彼なら情報を漏らすヘマはしないだろうし安心だ。
……モモンガさんに関しては二人が本当に怖かった、うん。
「でも天界関係者や他の神話の神の感覚ってどうなってるんだろう……」
今回ロキを討伐したハムスケだけどオーディン様は随分と評価をしてくれた。叡智と気高さを併せ持った凛々しい瞳を持った大魔獣だと褒め称え、ミョルニルのレプリカまで褒美にくれたんだから驚きだ。清らかな心だから使いこなせるらしい。
「普段から食っちゃ寝してるハムスケが?」
「まぁ、獣の本能に従っているだけだし……」
理解は出来るが納得出来ない。取り敢えず取り扱いに関して大量の書類仕事が必要になったのは本当に辛い。早く終わらせてフランとデートに行きたいと思っていた時、ノックの音と共に野暮用で外出していたセバスチャンが入ってくる。父さんの表情が父親から教授へと変化した。
「……成果はどうだったかネ?」
「一番厄介な少年は仕留めましたが、スコープ越しに無限龍と目が合ったので撤退致しました」
「……結構。功名心と自尊心に支配されただけの青二才なら兎も角、未熟な子供の方が行動を読みにくい。感情も爆発させ易いしね、幼子は」
父さんが下がるように命じるとセバスチャンは一礼して去って居く。まあ、幹部の一人分の功績よりも安全性の方が大切か。
「
「僕はオーフィスの方が怖いよ。力云々より、目的達成の為の人員を集めながら自分はそれ以上に動く様子が無いなんてさ」
「何時の世もいるものさ。きっと誰かが何時か何とかしてくれる、そんな風に動かない者はネ。圧倒的に強いから、本当に必要なら動けば良いし、どう動くか考えるのも面倒臭いのだろう。……実に分かり易くて結構だ。強者に最も有効な毒は慢心だよ」
何かを企んでいるという時の笑顔で父さんは笑う。さて、そろそろ書類仕事に戻ろうか。
「あっ、マジカル☆レヴィアたん劇場版の出演依頼の書類が混ざってるや」
確かこの山の書類の選別はイッセーだったっけ。上級悪魔を目指すって言うから事務仕事を学ばせるために任せたけど仕方ないなぁ。
「社会情勢を考え見て判断した結果お断りさせて頂きますって感じで良いよね? 不興を買うとか恩を売る機会の喪失以上にデメリット有るし」
「敵としての出演であるし構わないとも。というより同盟を結んだのに堕天使や天使を外交担当魔王の番組で敵扱いする神経が信じられん。……火種が大きくなる前にマスコミを使って潰しておこう。ネット場での世論の操作を進める書類は……任せたヨ!」
……くそっ! 父さんのせいでフランとのデートが遠退いた!
「来週いよいよ京都だけど……何かあるかもよ」
「確か英雄派さんでしたっけ? の計画に九尾の狐さんを使う計画が有ったのですよね? やっぱり私達が行くついでに実行しようって事でしょうか?」
昼休み、僕は結界で人払いをした場所で眷属達と食事を摂っていた。天界からの派遣二人? 上には伝えてあるし、付け焼き刃の連携ならしない方がマシだ。後で纏めて情報を知らせておこう。
「自称英雄だからね。演出には拘るでしょ。曹操が厄介かな? 聖愴は弱点だし、アーシアを含んだ教会組は見ただけでも不味いことになる。妖怪側には知らせてあるから誘拐が失敗に終わるかもだけど、絶霧が有るからね」
「不意打ち放題って事だろ? ヘラクレスってのは接近戦禁物だしジャンヌってのも聖剣の神器だし……構成員も加わったら俺達だけじゃ手に負えなくないか?」
イッセーの心配はもっともだ。首都であるルシファードに移送された後で
「事態が事態だし、何か起きた場合は即座に助っ人が動くから大丈夫。……それにしても落ち着くなあ。いや、ドキドキしてるから落ち着かないのかな? 凄く癒されるけど」
「……さっきから言おうと想ってたんだが……学校で何してんだよ!?」
イッセーが指差しながら叫んでくるけど見たら分かるよね?
「人払いしてまで着て貰ったフランに膝枕して貰ってるんだけど?」
「アー?」
「あっ、そうだ! 書類仕事も一段落したし、放課後はハムスケに乗ってデートしようか」
「ウ!」
ああ、本当にフランと居るのは幸せだなぁ。え? 今度は僕が膝枕させる番だって? オッケー! ついでに頭撫で撫でも? 喜んで!
「……許せませんね」
「ア、アーシア? ほら、君には俺が居るし……」
「違います! 赤穂浪士や新撰組が忠義の為に戦い、牛若丸が育ち、坂本龍馬が国の行く末を憂い立ち上がり行動した、そんな京都でヒーローごっこの為に暴れるなんて許せません! 絶対に懲らしめて幕末志士ゆかりの地巡りを楽しみましょう!」
……気合い入ってるなぁ。
「所で沖田総司ならサーゼクス様の眷属に居るけど……」
「え? 興味ないですよ? 私はあくまで時代劇や歴史書の新撰組が好きですし、イメージと違ってガッカリしたくないので」
本当に変わったなあ。ゼスティの家でヴァイオレットと暮らしてから特に……染まりやすい子なんだな。
僕達の日常はこんな風に過ぎていき、いよいよ修学旅行の日がやってきた。尚、京都の妖怪の姫君である九尾の狐は浚われたらしい。
「京都楽しみだなぁ。俺、お茶も飲めないし銘菓も食べられないけど……観光を楽しもう!」
「私は貴重なサンプルが欲しいな。京都って普段は入れないからさ」
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